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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
140/202

139.九月二十日 火曜日





「竹田君、ちょっといい?」

「……あ?」


 日曜から敬老の日を跨いだ週明け。

 風が強いのは、台風が近づいてきているからだ。何号だったかな? 十四号か十五号か、その辺だったと思う。

 今のまま進路を変えないと明日明後日は直撃となる。が、今日のところはまだ風が強いだけで晴れ間も見えていた。


 そんな火曜日の昼休み、今日も朝から安定した睡眠状態にいる我がクラスの委員長に、僕は声を掛けていた。


「メシはもういいって……もう食えねえ……」

「いやメシの話じゃない。つかさっき食べてたじゃん」


 結構ベタな寝ぼけ方をしている竹田君をなんとか起こしてみた。


「なんだようるせーな……もうちょっと寝かせろよ……」


 ぐぐっと伸びをしながら、軋む声で竹田君は抗議の声を上げる。うん、なんとか起こせたようだ。


「ちょっと話があるんだけど」

「あっそー。言えばー?」


 ふたたび机に伏せそうになっている竹田君の腕を取り、引っ張る。


「ここじゃできない話なんだ。ちょっと来て」

「えーめんどくせー。西沢に言っとけよー。西沢じゃダメなのー? 西沢ー? 西沢どこー?」

「俺ここにいるけど」


 そう、すでに竹田君の代わりに苦労することの多い、B組のメガネ君にして苦労人である副委員長・西沢君は誘ってある。


「……マジかよ……わーったよ。行くよ」





 階段でグズる竹田君をなんとかなだめすかし、屋上まで出てきた。何人か先客がいるが、近づかれなければ話を聞かれることはないだろう。

 やはり秘密の話をするならここしかない。

 特に、これからする話は、絶対に漏らせない大事な話だ。


「竹田君、頼むから起きて」

「起きてるよ。さすがに立ったままは寝れねーわ。……ちょっとまぶたが開かないだけだから気にすんな」


 顔は寝ているが、いつものフランクな口調よりよほどしっかりした言葉が返ってきた。なるほど、これで逆に聞く体勢はできてるのか。嘘臭いけど、これはたぶん本当だと思う。


「一之瀬、あんまり時間ないから。早く本題に入ってくれ」


 西沢君に急かされ僕は口を開く――と、その前に。

 「ちょっと待ってね」と断り二人をその場に残して来た道を戻り、屋上の出入り口ドアを開けてみた。


「あ」


 やっぱりいた。自称情報通の渋川君だ。

 そう、情報に関しては情熱たぎる彼ならば、この何気なくもちょっと気になるメンツを見て、きっと勘が働くと思っていた。常にアンテナ張りっぱなしの彼なら、声を掛けなくとも来てくれるとも思っていた。まあ来ないなら来ないでもよかったが。あとで竹田君経由で話を通しただけだから。


 ――最悪なのはバレた場合だ。下手に探られるのも結構アウトだ。


 秘密を暴く可能性がもっとも高いのが渋川君だ。作戦を台無しにする可能性が高いのも彼だ。

 そんな心配を、リスクを解消するためには、最初から巻き込んでおくべき人材だとも思っていた。味方にすれば心強くもあるしね。


 僕は多くは語らず、彼を手招きしてメンツの輪に加えた。

 どうせ説明も疑問への返答もこれからするのだ。二度手間になるので竹田君たちと一緒に聞けばいい。





 竹田君、西沢君、飛び入りの渋川君と僕。

 普段には見ない珍しい四人が顔を併せていた。


 もし協力が得られなければ、僕の野望はここで潰えることになる。

 慎重に、そして誠実に話を進めなければ。


「君たちを呼んだのは他でもない、学園祭のことなんだ」


 僕は語った。

 ぜひとも一年B組の出し物は、女の子が呼べる女の子受けするものにしたい、と。ぜひともイチャイチャしたいんだ、と。チャイチャイしたいんだ、と。


「それで?」


 寝顔のままの竹田君は、顔はともかく頭はなかなか鋭かった。


「そんな俺たちの賛同を(・・・)得られる話(・・・・・)を、あえて呼び出してまでするわけねえよな? どんな裏を考えてる?」


 ――そう、この話自体は、僕もみんなの賛同を得られることを知っていた。彼らが反対する理由がないからね。女子が来て嬉しいのは僕だけじゃない。九割近くの八十一校生が喜ぶさ。

 だからこそ、この話はここでは終わらない。


「でもさ、そもそも女の子来ないでしょ?」


 日曜日に、九ヶ姫屈指のドS・清水さんから聞いた推測を話すと、西沢君と渋川君は唸った。


「確かにそうだな」

「ああ。この辺の女子が八十一(うち)の学園祭に来るとは思えねえな。……ちょっと待ってろ」


 渋川君は携帯を出すと誰かに電話を掛けた。ニ、三言言葉を交わしすぐに電話を切った。


「推測通りだ。毎年うちに遊びに来るのは商店街のおっさんおばちゃん、生徒の身内、ガラの悪そうな野郎とかその辺がいいとこらしい」


 男子校らしく荒っぽい出し物も多いらしいしな、と渋川君は新たな情報をもたらした。たぶん情報通仲間の上級生にでも聞いたのだろう。

 ふむ……

 やはりこのままでは、男くさーい絶望感半端ない学園祭で終わってしまうわけだ。


 何より、柳君に会いに来るって言う月山さんと清水さんもちょっとかわいそうだもんな。周り男ばっかなのに女子二人だけで来るとか、どんだけ不安だろうか。

 他にも女の子を呼べれば、それだけ月山さんたちも気が楽になるはずだ。


 もう月山さんと清水さんは友達だから、柳君関係は別として、できるフォローはしたいよね。何より利害関係も一致してるし。

 来場する女子が増えて嬉しいのは、間違いなく僕ら八十一高側もだからね。


「ちょっと」


 僕は声を潜めて、三人に近づくようジェスチャーする。

 別に雰囲気を出したいわけじゃない、どんなことがあろうともこの情報だけは漏らせないからだ。用心するに越したことはない。


 三人が耳を傾けてくれた時、僕はトップシークレットの情報を伝えた。


「僕が九ヶ姫の三大美姫を呼ぶ」

「「えっ!?」」


 三人は目を見張って僕を見た。目が開かないと言っていた竹田君でさえ、覚醒するほど驚いたようだ。


「あの人たちを呼べれば、少なくとも九ヶ姫の生徒の多くが一緒に参加すると思う。彼女たちの護衛としてね。その他、あの人たちが来るって噂を流せば、近隣の生徒たちにも良い宣伝になるし」

「てゆーかまず呼べるのか? そこが問題だろ」


 渋川君の疑問はもっともだ。


「わからない。最善を尽くすとしか言えない」

「知り合いじゃないのか?」

「知ってるのは月山凛だけ。彼女の協力もあるから、そこを足がかりになんとかならないだろうか……ってのが現状なんだけど」

「かなり難しいと思うぞ。二年の天城山飛鳥は男嫌いだって噂だし、三年の佐多岬華遠は男に興味がないと聞いてるし」

「それは……え? 男に興味がない? それって」

「おまえの想像通りだ、と俺は聞いてる。でも確証がないから断言はしない」


 マ、マジか……

 いや、つか佐多岬さんの方が衝撃強すぎてアレだったが、天城山さんの方も結構問題だよな。男嫌いって……

 海で遭った時はそんな感じしなかったけどな……


 いや、あの時は色々突然すぎて、意識する間もなかったのかもしれないが。


「うーん……どう思う西沢?」


 竹田君は頭を掻きながら、相方に視線を向けた。


「竹田は?」


 聞き返され、竹田君は首を横に振った。


「ちっと穴が多いな」

「俺もそう思う」


 ……え? 穴?


「ダメってこと?」


 僕の質問に答えたのは、うーんと唸る竹田君ではなく、西沢君だった。


「ダメなんじゃない。弱いんだ」


 弱い?


「確かに九ヶ姫のあの人たちを呼べれば、言い方は悪いけど客寄せパンダにはなる。ここらではすごく有名な人たちだし、男子のみならず女子の関心も多く向けられるだろうとも思う。間違いなく女子の来場者数は増える。

 問題なのは、うちの学園祭そのものだ」


 そのもの?


「あーなるほどなー」


 渋川君はわかったようだ。なんだ? 何が問題だ?


「八十一の悪評は、最近になって始まったわけじゃない。それこそ何年も何年も積み重ねてきた悪評だ」

「それで?」

「要するに、毎年女子は来ない。それを知っているから、上級生なんかは最初から女子を受け入れるような学園祭を作っていないんだ」

「えっ」

「さっき言っただろ。荒っぽい出し物も多い、って。そんなのが女子に受けると思うか?」


 そ……そっか……そういうことか!


「仮に女子が来ても見るものないしすぐ帰るのか!」

「「そういうこと」」


 そりゃそうか。楽しめない学園祭に長居する理由なんて、それこそ好きな人か恋人がいるか、くらいなものだろう。

 もう根本の思想とあり方からして、歴代モテない八十一校生の呪いみたいだな……女子を呼ぶ努力を怠った結果が現在(いま)なのだ。おかげで僕は……僕らは、普通の高校生が普通に得られるだろう青春を手にするため、すんごい労力と努力を必要とされるわけだ。

 今こうしてこそこそ会議してるのだって、大元はそこからだし。まったく……


「なーんか惜しい気はすんだけどなー」


 と、竹田君は頭を掻く。さっきから唸ってばかりだった彼は、恐らくずっと考えていたのだろうと思う。彼はずぼらで三年寝太郎みたいな奴だが、決してマヌケでも鈍くもないのだから。


「あのよー。この話、さすがに俺らだけじゃさばけねーわ。……いっそ生徒会長に話してみねーか?」


 え!?


「せ、生徒会長に?」


 急に話が大きくなって僕は驚いた。


「おう。女子を受け入れる体勢を作るには、全体の指揮を取れる連中が必要になる。うちで言うなら生徒会か応援団か教師陣だ。応援団は生徒会からの要請で動かせるし、教師陣は俺らが行きすぎなければ止めないだろうしな。

 B組だけで事足りるなら俺らだけでいいかもしんねー。そう考えて一之瀬は俺らを集めたんだろ?

 でもおまえの想像通りの学園祭にしたいならよー、B組だけがんばっても梨のつぶてだろー」


 ……確かに。

 僕らだけ努力しても、きっと追いつかないだろう。学園祭自体をどうにかしたいなら、それこそ全校生徒の力が必要だ。


「それに」


 西沢君は言った。


「俺は女子を呼ぶための要素がもう少し必要だろうと思う。あの人たちの参加の噂で男子はそれなりに来るだろうけど、果たして女子は来るか? ここは八十一高校だぞ」


 渋川君も我が意を得たりとばかりに頷く。


「俺としては、あの人たちが来る確証が欲しいけどな。噂なんかじゃ絶対弱いぜ」


 うぅ……なんか、気づかなかったが、確かに穴だらけだわ……僕の未熟者!





「んー……」


 竹田君はやや眠そうな顔で、渋川君を見た。


「おまえ彼女欲しい?」

「欲しい」


 渋川君は当然のように即答し、竹田君はその答えに満足したのか、西沢君にも同じ質問をした。


「一緒だよ」


 西沢君も即答だ。


 そして、竹田君は笑った。


「俺もほしーわ。つーわけで一之瀬の案、採用するわ」


 ……え?





 こうして台風の迫るある日、八十一高校全体を巻き込む一大プロジェクトが始まった。


 ――女子を呼ぶための学園祭を作る。


 声に出すととてもとてもバカバカしく。


 でも、とてもとてもバカバカしいのに。





 バカみたいに輝いていて、どこまでも心が躍る言葉だった。










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