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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
138/202

137.――A secret meeting 九月十八日 日曜日  変紳





 翌日十九日に「敬老の日」という祝日を迎えた本日。

 なかなか涼しくなってきて、僕は普段着にあの白いジャージを普通に羽織るようになっていた。日中の陽の下ならまだ暑いが、日影に入るとひんやりしているのだ。

 だいぶ秋らしくなってきたように思う。


「あ、一之瀬ー。こっちこっち」


 カランカランと鳴るドアのベルが落ち着く頃、先客に名前を呼ばれた。


 呼んだのは前と同じく存在自体が輝いている月山凛で、メガネがクールな清水さんも一緒だった





 夏休みに一度だけ、ひっそり話せる喫茶店として利用した、八十三(やとみ)町にあるケーキ屋「ショコラIMARI」に、僕は再び訪れていた。

 もちろん、絶対に八十一高生(うちのせいと)に一緒にいるところを見られるわけにはいかない、そんな人物と会うためだ。

 九ヶ姫の生徒というだけでもNGなのに、しかも相手はあの月山凛だ。

 在校生の中でもっともかわいいと言われる三大美姫のうちの一人なのだから、もし知られたらたぶん僕は殺されるだろう。社会的に殺されるだけで済めば安い、というレベルで殺されるだろう。


 できるだけ早く済ませて別れるべきだろう。いくら安全と言っても公共の場だ、誰が来ないとも限らない。

 そんな想いが僕の足を進ませて、


「すみません。先にご注文をよろしいでしょうか?」


 かわいい制服の店員さんに呼び止められた。……なんか前も似たようなことをした気がする。そして同じ店員さんに呼び止められた気がする。

 そう、ここは喫茶店じゃないのだ。ここで買ったケーキをここで食べていい、というだけの話なのだから。そりゃ止められるわ。


 よし、じゃあ選ぶか。

 確か前は、ここの売りであるガトーショコラを食べたっけ。


 ショーケースを覗き込むと同時に、強烈なデジャヴを感じて振り返る。

 するとそこに月山さんがいた。

 そうそう、前はこうやって急接近してきて「どれを選ぶの?」って聞かれたんだっけ。さりげなく背中に置かれた手の感触さえ思い出してしまった。あれは反則だろ……だが「ドントタッチミー!」と言えない自分がかわいくて仕方ない。ああかわいいね。僕の大事にしたい大切な部分だね!


 だが月山さんは僕の警戒心などお構いなしに近づいてきた。――なんだよこの急接近! こ、今度は何を貢がせるつもりだ……前にガトーショコラ半分持っていかれたこと、忘れてないんだからな!


「私プレミアムモンブランがいいな」


 わあ秋らしいケーキだね……って、な、なんだと!? まさかのストレート催促だと!? しかも自分が食べる前提みたいなこの発言!


「ねえねえ、買って買ってぇ~」


 ちょ……袖取って引っ張っておねだりだと……!?

 き、君知ってるか!? わかってるのか!? 君の笑顔だけでご飯が食える男どもがいるんだぞ! 君の声だけでパスタを乾麺のままかじって食事にできる男どもがいるんだぞ! それを君、こんなっ……こんなんされたら毒キノコの可能性があるキノコだって喜んで食べる男どもが続出しても不思議じゃないんだぞ……!


 ……くそ、畜生! わかったよ、やってやるさ!


「プレミアムモンブラン一つ!」


 ――僕の張り上げた声は、それはそれは男らしい堂々たるものだったに違いない。


 ……月山さんに貢いでもしょうがないんだけどなぁ……





 テーブルに着いた僕らは挨拶もそこそこに、本題に入った。


「一之瀬くんならたぶん考えてると思うんだけど、一応言っておくね」


 そんな前置きをして、清水さんは言った。


「九ヶ(うち)の文化祭、入場するにはチケットが必要なんだって」


 あ、うん。それは考えてた。


「やっぱり誰でも参加OKってわけにはいかないんだね」


 何せ天下の九ヶ姫女学園だ。天下のお嬢様校だ。もし入場が自由だったらむさ苦しい男どもが殺到して溢れ返るに違いない。

 今日の集まりは、互いの学園祭について情報交換するために設けられた。

 月山さんたちは「柳君を自分たちの文化祭に呼べるかもしれない」という理由で乗り出しているし、僕は天塩川さん……はもうダメだとして、新たなる出会いと男としての夢とロマンを求めてここにいる。


 それに、僕が二人に相談したことの答えも、恐らく今日得られるだろう。というかそろそろ出し物決めないと間に合わなくなるし。


「でも運がよかったね。八十一高校の生徒は来場禁止ってことはないみたい」


 まあ逆に言えば、八十一高校の生徒は、その入場チケットの入手がかなり困難なんだろうけどね。……三千円で足りるだろうか?


「そのチケットってどうやって手に入れるの?」

「九ヶ姫の生徒全員に配られて、それを貰うしかないって感じになるみたい。ただ偽造できないように一枚一枚配った生徒の名前が書いてあってね、問題を起こしたらチケットを上げた子も罰を受けるみたい」


 ああ、そうか。なるほどな。


「チケットをあげるってことは、そのチケットの持ち主が渡した相手の身元を保証しますよ、みたいな意味になるんだね」

「そうだね。あげた相手が問題起こしたら連帯責任になるから、誰にでも渡せるものじゃないよね」


 そうなるか。……そうなるよな。


「ところで清水さん」

「ん?」

「君のチケットを僕にくれないか?」

「私のを?」

「そう」

「一之瀬くんに?」

「そう。――絶対に幸せにするから」

「チケットを?」

「チケットを」

「チケットを幸せにするの?」

「うん、チケットを幸せにするから」

「……」


 清水さんは笑った。


「いいよ。ちょっと面白かったからあげる」

「マジで!? やったー!」


 僕は喜んだ。思わず椅子から立ち上がり、場もわきまえず大声を出すくらい嬉しかった。


「あ、でも、一つ注意があるんだけど」

「やった……え? 注意?」


 拳まで振り上げて喜ぶ僕に、清水さんは笑顔のまま冷や水を浴びせかけた。


「中学生と高校生は、その学校の制服着用での入場が義務だから」


 ……へ?


「老け顔だったら大学生ってことで誤魔化せるかもしれないけど、一之瀬くんは無理だから。きっと私服で来たら校門のチケットチェック段階で捕まると思う」


 ……それはつまり……九ヶ姫のお嬢様たちに嫌われている八十一高校の制服を着て、八十一高校の生徒であることを丸出しにしながら参加しろってこと……?


 ということは、要するに、僕を見て九ヶ姫のお嬢様たちは、


 「うーわ八十一のバカが来てるよ」

 「キモいマヌケヅラひっさげて歩いてるね」

 「下等生物は地面をはいつくばってればいいのに」

 「ほんとほんと」

 「やだ。なんかあいつ臭くない?」

 「臭いよねー」

 「和式トイレに意味深にできた水溜りで溺れる便所バエみたいな顔してるよね」

 「似てる似てるー」


 ……という会話を僕に聞こえるようにコソコソ話し、僕と目が合うとみんな離れていくという、絶望的な村八分を経験しろ、と……?

 うわー! もしそんなことになったら、逃げる力も失ってその場で泣き崩れて号泣しちゃうぞ! ……でもなぜだろう、それを想像するだけで胸の高鳴りを覚えるのは……


「一人で来づらいなら友達を誘ってくれば? たとえば柳くんとか!」


 急に月山さんがそんな欲望丸出しの発言をした。

 そ、そうか……僕が夢の九ヶ姫女学園に突入するには、柳君という道連れが必要というわけか。柳君には月山さんがあげるとして、他の奴ではチケットの入手が困難だろうしな……


 ……仕方ない。

 マコちゃんじゃないけど、僕も必死になって柳君を文化祭(デート)に誘うことにしよう。


 九ヶ姫の文化祭か……絶対警戒してるだろうなぁ……柳君が簡単に頷くとも思えないなぁ……










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