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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
135/202

134.九月十四日 水曜日





 時計を見ると、六時前だった。

 外を見れば……真夏に比べればやや薄暗いだろうか。陽が落ちると若干涼しくなり、ようやく秋の気配を感じられるようになってきた。


 さて……そろそろいいかな?


 一年B組最強のアニメオタク富士君に借りていたDVD、ツンデレの魅力を知ることができると噂の「○の使い魔」の視聴を中断し、僕は腰を上げた。

 ちょっと迷ったが、壁に掛けてある白いジャージの上着を羽織って行くことにした。

 暑ければ脱げばいいし。急に冷え込んで風邪引くよりはマシだ。

 かの体育会系女子大生たちに譲ってもらったあのジャージだ。夏の間はパンツは履いたが上着は出番がなかったものの、秋はまた普段着としても着れるだろう。すっかり自分の物として気に入っているのだ。


 携帯と財布をポケットに突っ込み、リビングにいる母親に一言断ると「生姜買ってきて」とお使いを頼まれたりして、僕は家を出た。





 まだ空は明るい。

 暑い……ってほどでもないし、もちろん寒いということもないな。とりあえず着たままでよさそうだ。


 朝のジョギングコースをのんびり歩く。

 早朝とも、登校時とも違う顔ぶれが銘々に過ごしている。見覚えのある人もいるし、ない人もいるし。

 それにしても、犬の散歩してる人はどの時間帯にも必ずいるなぁ。いや、さすがに昼とか、陽射しが強い時はしてないとは思うが。犬の場合、照り返しを感じる距離が近すぎるので、人間より暑く感じるらしい。


 小学校低学年くらいの男の子二人が、僕のすぐ近くを追い抜く。近すぎてちょっとびっくりした。

 「おいおい危ないな、でも元気がよくて結構」などと思っていると、追い抜いた小学生がくるりと振り返った。


「早く来いよマイキー!」


 ……え!? マイキー!? ……それってマイケルの愛称のこと!?


 小学生が放った思いがけない横文字の名前(・・・・・・)にぎょっとしていると、ネイビーな感じのセーラー服を着た金髪の子が、僕の後方から駆け抜けて言った。


「待テヤぼけドモォウ!」


 ……え!? あ、あれがマイキー!?


 こちらも小学校低学年くらい。白地が輝くセーラー服に白い短パン……いや、丈的に半ズボンという格好の、たぶん男の子だ。最近の子供には半ズボンは珍しいが、よく似合っている。そしてショートカットの金髪にセーラーも違和感なくよく似合っていた。


「誰がボケどもだ! マイキーこの野郎!」

「エエヤナイカエエヤナイカ! わしラみんなナニワノあきんどヤンケ!」

「マイキー! やっさんのモノマネして! やっさんの!」

「――怒ルデ正味ノ話! きー坊ドコヤ!? わしノめがねきー坊ドコ隠シタンヤ!? 前見エヘンヤンケ! わし前見エフェンヤンケェ!」


 ……育ちの良さそうな身なりの異国の少年が、露骨なガニマタでメガネを押し上げる仕草をすると、日本人丸出しの子供二人はげらげら笑った。コッテコテだがイントネーションが怪しい関西弁をしゃべる異国の少年もしてやったりのドヤ顔でニヤリとし、三人でどこかへと走っていく。


 えー……マイキーって……やっさん……えー……


 なんか……すごいものを見た気がする。

 さすがは八十一町、住んでる人も一味違うなぁ。

 うむ、話のネタになりそうだ。今度「この辺でこんな子がいたぞ」って誰かに話してみよう。


 ……それにしても、あの年から僕ら八十一高校の生徒の臭いがするというのも……お父さんお母さんは大変そうだなぁ……


 ――ちなみに、後に知る異国の少年マイキーことマイク・ジョンストン君は、この辺では有名人らしい。

 子供服のモデルを勤めるほどの美少年でありながら、気取らない飾り気のなさすぎる性格が「昭和世代の子供を思い出す」と、商店街の中年層に大受けなんだとか。

 大好物は「黒い稲妻」というチョコレート菓子で、一時期女子小中高生からおばちゃんおばあちゃんに渡る幅広いファンによる彼へのプレゼントで商店街から「黒い稲妻」が消失するという「イナズマショック」なる現象を起こし、更に「マイキー、『黒い稲妻』プレゼントで虫歯になる事件」なるもので、商店街を中心に激震を走らせたという末恐ろしい子なのだとか。


 そんな少年のことを未だ知らないのだから、ここに越してきて半年足らずの一之瀬家の長男は、所詮まだまだもぐりの八十一高生ということだ。





 マイキーたちが消えていった商店街に、一足遅れで僕も入った。

 この時間は学生も会社帰りのサラリーマンやOL、買い物に来ている主婦など、一日でもっとも人が多い時間帯である。

 今日も変わらず、商店街はそれなりに賑わっている。


 だが、八十一駅前が繁栄するのに比例して、ここ八十一商店街もゆるやかに衰退していっているらしい。

 地域に密着している商店街だけに息は長いが、全盛期は裏道にもたくさん店があったんだとか。先の「九月十ニ日」で僕も裏道を走ったが、確かに少し行くだけでたくさんの枝道があり、とても入り組んでいた。

 それらは商店街に増設するように後から後から追加追加で作られた店舗や家屋だから、並びや大きさもまちまちになったんだとか。

 でも知っての通り、裏道に店はほとんどない。そのほとんどない中でも、時代に逆らってこれからも生き残りそうなのは将龍亭くらいのものらしい。


 時代か……

 あと十年もしたら、こんな風に商店街が賑わう姿はなくなっているかもしれない。


 僕ら一之瀬一家が引っ越してきてまだ半年も経っていないが、半年も経っていないなりに、それでもこの辺は好きになっている。

 お客さん全員顔見知りというレベルの下町情緒溢れるところも好きだし、古い建物の並びに真新しいコンビニがあって時代の流れを感じるところも嫌いじゃない。この辺の人たちにとっては複雑かもしれないが。


 人を避けながら、僕は歩を進める。

 えー、確かこの辺って言ってたはずだけど……ああ、アレか……





 今時珍しい八百屋さんの店先に、年齢を問わない女子たちの群れがいた。それこそ小学生くらいからおばちゃんまでいる。

 なんかこんな感じの、昨日も見たな。


 ――兄妹揃ってやってくれるものである。


 そう、僕は今日、強制労働バイトにて食い逃げ全額の返済をする柳君の様子を見に来たのだ。あの世代を超えた婦女子全般に囲まれているのは、きっと柳君だ。確認するまでもない。


 えーと、確か捕まった人数とワリカンになったところ、イベントがあった月曜日から今週金曜まで、午後三時五十分から六時五十分までの毎日三時間労働で、柳君はまっさらな身体になるそうだ。

 あとあの食い逃げイベントは、将龍亭のみではなく商店街全体のイベントなので、毎日バイト先が変わるらしい。昨日は酒屋で倉庫整理と大掃除をしたとか言っていたっけ。


 今日は外に顔を出す強制労働バイト先だと聞いたので、ちょっと様子を見ようかな、と思ったわけだ。だって柳君、世間知らずだから。

 でも柳君は基本僕よりしっかりしているので、あまり心配もしてないが。

 ちょっと顔を見て、忙しそうじゃなければ挨拶でもして帰ろうかな、と思ったのだが……これは挨拶は避けた方がいいかもな。八百屋なら生姜もありそうだが、混雑しているのでどこかのスーパーで買おう。


 一応顔だけは見ていこうかな、と僕は婦女子たちの群れを眺めながら少し近づく。


「いらっしゃいませー。何かお探しですかー?」


 前しか見ていなかったので気づかなかったが、すぐ近くにいた若いにーちゃんが僕に声を……あれ?


 学ランにひっかけた「姉山青果」の文字が輝く濃緑色のエプロンで、賢そうな優等生顔ながらどこか言動全般が軽いこいつは……


「『跳ねる者(ラビット)』……?」

「おー。やっぱあの時のルーキーじゃん」


 お、おいおい……やっぱ『跳ねる者(ラビット)』だよ。

 あの「九月十二日(くいにげのひ)」、僕と『|跳ねる者(ゴート)』と三人で、強そうなおっさんの待ち伏せをすり抜けた時の感動は、今思い出してもちょっとドキドキするのだ。あれはすごかった。


「何してるの? りんご?」

「りんご? いや……つか、なんで……」


 何してるの、は僕のセリフだろう。なんで彼がここにいる?


「なんでとか言うなよー。捕まったから働いてるに決まってんだろー」


 ……え!?


「捕まったの!? あんなにすごい動きできるのに!?」

「俺が強いのは飛び越える系の障害物走であって、普通に走るだけじゃ普通よりすこーし速い程度なのよ。てゆーか大通りに出た道が悪かったわ。警戒しすぎて出口に遠い方選んじゃってさ。結局追いつかれちゃった」


 そ、そうなのか……いや、まあそんなもんかもな。跳躍力と走力はまた別物だもんな。


「で? ルーキーは何買うの? りんご?」

「いや、アレ」


 と、僕は婦女子群を指差す。


「友達の様子を見に来ただけだから。もう帰るよ」

「えーマジでー? りんご買ってけよー」


 やたらりんごりんごしつこいので、ここで生姜を買うことにした。


「りんごは?」

「いらない」


 それよりだ。


「上手くやってる?」

「柳のこと? 見ての通りだよ」


 ……上手くやってる……の、か? 囲まれてるのしか見えないのでよくわからないが。


「俺もそこそこイケメンなのにさ……なんかショック」

「気持ちはわかるよ」


 僕なんか柳君と八十一HON-JO(ほんじょう)というショッピングモールを歩いてて、柳君目当てで近づいてきた女の子に「邪魔」って言われたからね……あの時の衝撃は心の傷となって未だ癒えることなくじくじく痛み、僕を蝕んでいるさ……


「「……はあ」」


 男として同じ理由で傷ついた者同士、言葉がなくても想いは伝わる。


 そして伝わるからこそ、僕らはそれ以上の言葉は避けた。

 口に出さなくても理解できるが、理解できていても口に出したくない想いというものが存在する。


 男心も、それなりに複雑なのだ。





 というわけで、僕は生姜を買って、柳君に会うことなくそのまま帰った。


 下手に声をかけておばちゃんたちにまで「邪魔」とか言われたら、傷口が広がっちゃうからね……











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