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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
130/202

129.九月十二日 月曜日  喰





 彼は空を見上げると、ニヒルに笑う。


「フッ……晴れたか」


 先週から晴れたり曇ったりと不安定な天気が続いている。今朝も曇りだったが――


「おい一之瀬、いったいなんだ?」

「わからない」


 柳君の問いかけに、僕は首を振るしかない。

 だって僕はいまだに、これから何が起こるのかを知らないのだから。


「急ぐぞ」


 彼――松茂君は携帯で時間を確認すると、肩越しに振り返りそれだけ言い置いて歩き出した。見かけによらず機敏でテキパキしている松茂君だが、この時はさらに機敏に早足だった。


「……おい一之瀬、どこに行くんだ」

「わからない……いや、たぶん商店街の将龍亭、だと思う」





 九月十二日、月曜日。

 特になんでも日である。敬老の日は来週十九日だし、秋分の日は二十三日だ。強いて言うなら今日は仏滅だったかな?

 そんな平日の昼休み、僕は松茂君に「行くぞ」と言われ、一緒に校舎から出てきたところだ。


 僕はあまりにも話の筋と、これからどうなるかがわからなすぎて、朝から「何かあるかもしれないから」と柳君と高井君に声を掛けていた。

 あいにく高井君は絶対はずせない用事があるとかで断られたが、柳君はこうして付き合ってくれている。


 先週土曜日から言いようのない不安を僕に与えてくれているグルメボスこと松茂君は、今日は明らかにいつも以上の緊張感を帯びていた。まるで長年追い続けていた犯人ホシを逮捕できるかどうかの瀬戸際にいるかのように。光を遮るブラインドを指で押し広げてこっそり外を覗いている時のように。

 そんなボスのあだ名(僕が勝手に付けただけだけど)に相応しいピリピリした彼に、僕はどうしても話しかけることができなかった。彼自身も僕に「話しかけるな」と無言のまま語っていたように思う。

 だから当然、今日このあと何が起こるのか……そんな必要な要件さえ聞き出せていない。


 たぶん、今日の僕は彼の敵なのだろう。先週言っていた通り。


 正直付き合う必要もないような気はするのだが、僕にはすでに気がかりができていた。

 それは、そう――あの因縁の赤ジャージの存在だ。

 憎き彼奴めの存在だ。


 これから何があるのか、何をするのか、正直皆目検討もつかない有様だ。

 だがしかし、あの赤ジャージが参加するという事実だけ取れば、僕も参加せずにはいられない。あいつの存在を意識した瞬間から、僕はこの話を飲まないわけにはいかなくなった。


 あいつとは絶対に決着をつけなければならないからだ。

 僕の小さいけれど守り抜き、そして貫きたいプライドにかけて!





 松茂君の背を追うまま、僕らは校門を出てしまった。


「松茂、どこにいくんだ」


 まだ放課後ではない。修学時間である。……何人かは昼休み校外に出て昼食を調達している者もいるし、時々午後の授業をサボッて帰る連中もクラスにはいるが、表向きでは許可のない校外への外出は禁止されている。

 僕もそうだが、柳君にとっても、理由のわからない校則違反というのは賛成しかねるのだろう。

 別に真面目ぶるつもりはないが、望んで問題を起こしたいわけでもないからね。問題起こしたら親に迷惑かけちゃうし。


今日は(・・・)問題ない。……少し急ぐぞ」


 松茂君は振り返るどころか、もう一度時間を確認して更に歩く速さを上げた。


 ――本当になんなんだ。


 僕と柳君は、隠し切れない不信感の見える表情で見詰め合うと、結局そのまま付いていくことにした。





 若干息が上がっている松茂君の先導で、僕は二度目の将龍亭の前にいた。


「急いだ甲斐があったな」


 松茂君は少しだけはぁはぁしながら、まるで勝利を確信したかのような強気な笑みを浮かべる。


 将龍亭。

 二度目に見る、路地裏にポツンと佇むボロッちい店は、土曜日に見た時とまったく同じである。まあ急に大きくなったり小奇麗になってたりしたら、そっちの方が怖いが。

 ただし、違う点があるとすれば、この細い路地の前に四脚ほどのテーブルと椅子が出ていることだ。イメージにそぐわないがオープンテラス的なことになっている。


「ここにしよう」


 滑り込むように、松茂君は外に出してあるテーブルの一番端の席に座った。 僕と柳君は、松茂君の向かいに並んで座る。

 なんかよくわからないが、とりあえずここで昼食を取るのだろう、ということだけはわかった。

 まさかここまで来てそれ以外の用事があるとも思えない。


 なんとなく思ったのは、もしかしたら今日は、この将龍亭という店のメニューが全品半額とか、そういうサービス的なことでもしているのか、というものだった。

 あの松茂君が学校を抜け出してまで食べに来るのだから、食に対するこだわりに起因しているのは間違いないだろう。





 ――僕の予想は甘かった。

 仮にも八十一高校と密着している八十一商店街において、そんな平和なイベントが行われるはずがない。


 これから始まる物語は、僕の予想をはるかに凌駕している事件であり、また、伝説でもある。


 そのことを知るのは、このすぐ後のことだ。





「来たな……」


 僕らがテーブルについて程なく、曲がりくねった路地の向こうから、学ランの男子生徒が小走りでやってきた。……学ランって、三十三みとみ高校の生徒か? うちの高校にも学ランの生徒はいるが、あの人たちは長ランだし。

 まさか、わざわざ昼食を食べにここまで来たというのか? 平日で、通常授業をしている日であろうなんでもない月曜日に? 何駅か隣の高校の奴が?


「……」

「……」


 彼は松茂君の姿を見つけると挑発的にニヤリと笑い、僕らとは対称的、つまり反対側の端のテーブルに着いた。


 あまりにも不自然な他校の生徒の出現に、僕は混乱した。彼はパッと見、授業をサボるような不良っぽい見た目ではない。むしろ優等生っぽかった。

 あ、でも、他校のことを言うなら、それは最初からわかってたのか。あの赤ジャージとその友達は、間違いなく他校の生徒なんだから。

 ……ん?

 んん?

 どういうことだ?

 なんか余計わからなくなってきた。いったいこれから何があるんだ。


「『跳ねる者(ラビット)』だ」


 松茂君が低く呟く。いきなり何言ってんだこの野郎、と思ったが、彼はあの獲物を狙う太りすぎた鷹の目をしていた。


「あの男には付いていくな。あいつの(ルート)はあいつだけのものだ」


 いや……あの、


「あのさ松茂君、いいかげん――」


 これから何やるのか教えてよ、と言いたかった。だが僕の言葉は彼の「シッ」という黙れのしぐさに潰されてしまった。


 途端、背筋にぞわっと寒気が走った。

 なんとなく憶えのある視線だった。


 振り返ると――灰色のブレザーを着た、あの赤ジャージが僕を見ていた。久しぶりに見る彼奴めは、やはり敵意むき出しで僕を見ていた。紙幣の顔の部分を折り曲げて不自然に笑わせてみた時のような妙に憎たらしい顔である。何一丁前に制服なんて着てるんだ。おまえなんか一生ジャージ着てろよ。……あいつ三十三高校だったんだな。

 あとついでのようで恐縮だが、赤ジャージの友達も一緒にいた。


「『知恵ある者(ゴート)』はともかく、あの『駆ける者(パンサー)』が参加するのか……面白くなってきたな」


 え?


「どっちが山羊ゴート? どっちがパンサー?」

「髪の短い方が『駆ける者(パンサー)』だ」


 ってことは、赤ジャージがパンサーか。

 パンサーって豹だよな? そんな上等なアレじゃなくていいだろ。キノコでいいだろあんな奴。マッシュルームカットみたいな頭してるし。なんならこけしでもいいわ。


「さっきから何を言っている?」


 僕もさっぱりだが、柳君もさっぱりわからないらしい。だよね。わからないよね。


「二つ名だ。本名を知らないからな」


 そういや、松茂君もなんとかって呼ばれてたけど……『丸い隼(ラウンドファルコン)』だっけ? いや柳君が本当に聞きたいのは、二つ名がどうこうじゃないと思うんだけど。


「げ」


 赤ジャージは、あろうことか僕の真後ろの席に座った。うぉぉ……なんという緊張感だろう。背中合わせなはずなのに、ビシバシ敵意を感じる。ビシバシ重圧プレッシャーを感じる。

 ……これ絶対嫌がらせだよ。相変わらずすげー嫌な奴だよ。





 それから程なくして、八十一高校うちの生徒が何人かやってきた。知らない人たちばかりなので特筆することはない。

 そんな中、一人だけ意外な人がやってきた。


 八十一高等学校応援団団長・尾道一真だ。


 八十一魂を刻んだ白ランのあの人がやって来た時、背後の赤ジャージや他の者は当然として、普段どっしり構えている松茂君でさえ動揺を見せた。いや体重的な意味ではなく。


「『伏せぬ者(エンペラー)』……」


 ……ああ、団長は皇帝エンペラーってあだ名ってことね。うんまあ、団長強いから、そんな風に呼ばれてもあんまり違和感ないね。

 そんな団長エンペラーは、僕らの視線など気にも留めず、店の中へと消えていった。





 一番乗りだった僕らがやってきてから五分足らずで、テーブルは全て埋まっていた。何人かは店内に行ったので、恐らく店内もほぼ満員のはずだ。小さい店だしね。


「お、やべ、もう始まってるか!?」


 そして、最後に駆けてきた者は――


「高井君!」


 そう、最後にやってきたのは、用事があって付き合えないと言っていたシースルー筋肉・高井秋雨だった。


「あれ? なんでおまえらいんの? まあいいや入れろ入れろ」


 と、高井君は無遠慮に、空いている松茂君の隣に座った。松茂君は若干嫌そうな顔をしたが、結局何も言わなかった。……ごめんね松茂君、空気読めなくて。高井君はそういう奴なんだよ。


「一之瀬も柳も、絶対こういうの興味ないと思ったから誘わなかったのによ」


 参加するなら一緒に来てもよかったな、と彼は屈託なく笑う。

 間違いない。

 彼は今からここで何が起こるのかを知っている。


「高井、これから何があるんだ?」


 やはり柳君も同じことを思ったらしく、僕より先に、この集まりについて質問した。

 最初はわからなかったが、団長が来た時に確信が持てた。

 今ならはっきりわかる。


 この集まり、どうにも和気あいあいとこれから昼食を食べよう、という雰囲気ではない。誰も彼もが緊張感に身と心を張り詰めているのが伝わってくるのだ。だから僕も柳君も、強硬に松茂君に問いただすことができなかった。


 だが、普段と変わらない……基本的に空気が読めない彼である。

 そんな高井君だからこそ、柳君は気軽に答えをくれそうな気がしたのだろう。


「え? 何って?」

「詳しい事情を聞かないままここに来たんだ。これから何をするのか教えてくれ」


 高井君はきょとんとしていた。知ってて当然、まさかここでそんなあたりまえな質問をされるとは思っていなかった、みたいな顔だった。


「何言ってんだおまえ。今日は九月十二日だぞ?」

「だから?」


 そして高井君は、驚愕の一言を発した。





「九月十二日は、食い逃げの日だろ」


 ……は?





 九月十二日、月曜日。

 別名、下手な語呂合わせの「食い逃げの日」。


 どうやら僕たちは、これから食い逃げをすることになるようだ。










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