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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
127/202

126.九月七日 水曜日




 今日はよく降る日だった。

 昨日、彼方の空に見た雨雲は夜には八十一やそいち町を覆い、今日の明け方から小雨が降り続いている。


 今日は本当によく降る日だった。

 ついさっきも、二度目の血の雨が降ったばかりだ。


 本日、我ら一年B組は、二回ほど聖戦を起こした。

 聖戦とは、教師側に生徒の要望を上申すること。男子校にはわかりやすい「力ずく」という腕っ節に寄る要素でほぼ成否が分かたれる荒業で、……成功率は二割以下、参加すれば十人中九人はまず怪我をした上で却下という残酷なルールで存在する、僕ら生徒にとっては最後の望みだ。

 成功率を取っても怪我をする率をとっても、僕はもう二度と参加したくない、教師との過酷な戦いである。


 そんな聖戦を、B組はもう二回起こしている。

 朝に一回、そしてこの昼休みに一回。


 ……連中が職員室に殴り込みをかけて十分が経過し、誰も戻ってこない。

 つまり、きっとまた全滅したってことだ。


 たぶん彼らは午後の授業には帰って来れないだろう。

 職員室前に正座するのに忙しくて。





「さすがに手首いてえ」


 聖戦に参加しなかった僕ら数名は無事午後の授業まで終え、欠席だったら間違いなく学級閉鎖決定という寂しい人数のホームルームが始まる。

 教室にやってきた担任・三宅弥生たんは、疲れきっていつもよりだるそうな顔で、しきりに左手首をさすっていた。


「弥生たん大丈夫ー?」


 クラス委員の竹田君も弥生たんに負けないくらいだるそうに問う。


「大丈夫じゃないっつーの。今日何回バカどもの相手したと思ってやがる」

「二回じゃねえの?」

「そりゃうちのだけだろ」


 ――どうやら教師陣からすれば、とんでもない事態になっていたようだ。


「二十三回だぞ、二十三回。もう笑えないっつーの」


 どうやら今日は、職員室で二十三回ほど血と悲鳴の雨が降ったようだ。


 いや、冷静に考えるとそうだよな。

 一年B組がバカなんじゃない。学校中がバカなんだよな。

 誰かしら「もう夏休みの宿題なんてやってらんねーよ! 聖戦やろうぜ聖戦! 宿題免除目指そうぜ!」なんて言い出して考えもなく駆け出すのは、僕らの教室だけではないだろう。


 夏休みの宿題やってない組が、放課後居残りで宿題を片付け始めて二日。この弥生たんの様子だと聖戦が成功したとも思えないので、今日の放課後も確定として三日目となる。

 夏休みの間の補習は「単位取得のため」という、大人しく受けざるを得ないもっともな理由があった。恐らく補習中にも先生たちは何度も何度もバカたちに説明したはずだ。サボッたら留年するぞ、逃げたら留年するぞ、と。


 でも夏休みの宿題は違う――かどうかはわからないが、宿題やらなかったバカたちはそう思ったのだろう。

 これは単位に関係ない。

 やらなくても留年しない。

 ならばやらない。

 聖戦やってでもやりたくない。

 ……と、彼らは考えそうだ。なんとなくわかる。


 宿題やるよりはケンカの方が手っ取り早くていいや、と短絡的に結論を出すのが彼らの特徴だからね!

 まあ僕としては、どう考えても大人しく宿題やって終わらせた方が楽だと思うのだが。殴られなくて済むし、やればやっただけ、やらないよりは身に付くのだ。それは結局テストの赤点回避へと繋がり、夏に味わった地獄の補習を二度と受けなくて済むことになる。どう考えてもやった方がいいと思うのだが。


「もう五十人潰したところで、面倒になって数えるのやめたよ」


 ご、五十人って……

 これ、どう考えても、普通に宿題やった方がいいだろ。先生たち強すぎるんだよ。


「中野先生と寿司賭けてたのに……おかげで今日はオゴることになっちゃったよ」


 それは知らん。何やってんだ。生徒で遊ぶな。


「おまえらも止めろよ。クラスメイトだろ」

「止めて聞くなら聖戦なんてやらないっすよ」


 と、次に答えたのは情報通の渋川君だ。


「てゆーか先生でもさすがに疲れたの? 放課後に聖戦やったら今度こそ負ける?」


 お、何気に情報収集してやがる。


「気疲れだけどな」


 え? 気疲れ?


「渋川、ちょっと言いふらしといてよ。あんまりやりすぎると先生たち現役を思い出すぞ、って。私も何度か反射的に右手が出そうなんだよ。こっちで殴ったらシャレにならない」


 ……え? 現役?


「ちょっと待って先生。……まさかいつも手加減してるの?」


 心なしか表情が硬くなる僕らに、弥生たんは溜息混じりに「あたりまえだろ」と脅威でしかない現実を告げた。


「いくら男子校でも、殴り合いに慣れてる奴なんてほんの一握りだ。殴られ慣れてない奴なんて本気で殴ったら鼻血くらいじゃ済まない。おまえらは遠慮なしでぶつかってくるけどな、こっちはほんと気を遣って殴ってるんだぞ。やりすぎないように気を遣って殴ってるんだぞ」


 …………マジかよ。先生たち強すぎるの限度超えてるよ。もはや達人の集団じゃないか。


 聖戦は、だいたい一度に三十人くらいの生徒が参加する乱戦となる。さっき弥生たんが言ったように、僕らは全力で突破しようと入り乱れる。そこには統率による訓練された動きなどなく、みんなそれぞれバラバラに動いている。

 先生たちからすれば、それこそ手当たり次第に、周囲にいるバカたちを殴り飛ばせばいいわけだが、そこに今本人から情報提供があった「手加減してる」という要素が加わると、その難易度は想像以上に高くなると思う。


 僕は格闘技とかよくわからないから上手いことは言えないが、乱戦において闇雲に殴るのと、相手を見て殴るポイントを正確に打ち抜くのとでは、単純に考えて意味も必要とされる技術もまるっきり変わってくるはずだ。


「マジで言っといて。教頭なんて血を見るたびに確実に手加減利かなくなってきてるぞ。あの人が本気になったら私たちでも止められるかどうか……」


 教頭の話はやめてくれ! あの人は……というか空手部顧問の教頭含めて空手部全般は僕のトラウマだ! 教頭繋がりでバーコード頭もトラウマになったし!

 あんなに恐ろしいバーコード頭は……もうこりごりだ……!


「色々連絡事項もあったのに言えないしよ。毎年夏はほんとに……」


 ……あ、去年も似たようなもんだったんですね。つまりこの全校生徒半数くらいによる聖戦ラッシュ、毎年行われる八十一高校夏の風物詩的なものなんですね。


 つか、三年生よ。

 一年生の時も二年生の時も懲りてるだろうに、なぜに三年生になっても宿題やらないんだ。

 ……いや、逆に三回目ともなると、高校生活最後の夏、まるで甲子園を目指す球児のごとく夏休みの宿題免除を目指して立ち上がるものなのかもしれない。


 僕はこの件に関して聖戦を起こすことに意義を見出せないが、高校生活最後の夏の最後のチャンスに今度こそ念願の想いを遂げたい、という気持ちだけはわからんでもない。

 バカ丸出しだけど、ある意味ロマンがあると思う。

 ……バカ丸出しだからこそ、ロマンがあるのかもしれないが。


「あのさ、おまえらさ」


 弥生たんは苦々しい表情で、ぽつぽつと点在する僕らを見回す。


「どれだけ私が葉月君と付き合ってるのが嫌なの? 聖戦起こすほど嫌なの?」


 いや、何言って……え? あれ? ん?





 正直に言うと、その答えは、できれば聞きたくなかったのだ。

 でもそれでも、とてもじゃないが飲み下すことのできない大きな大きな違和感に、僕は手を上げざるを得なかった。


「あ? どうした一之瀬?」


 全員の視線が集まる中、僕は「あ、できれば聞きたくない」と自分の本心に気づいたものの、

 僕の中の罪深きささやかなる好奇心が、つい口を開かせてしまった。


「あの、うちのクラスの聖戦の要望って……夏休みの宿題の免除、……ですよね?」


 弥生たんはこともなげに答えた。


 僕の躊躇などお構いなしに、まるで巨木をなぎ倒す突風のように遠慮なく答えた。





「いや、葉月君と別れさせるためだ」


 ――あいつらどんだけバカだよ!! ゲームの中のイケメンキャラくらい許せよ!!





 九月七日、水曜日。


 今日はよく降る日だった。

 今日は本当によく降る日だった。


 彼らはいつも僕の予想を簡単に超えてくれる。


 ねえ、君たちはどれだけバカなの?

 僕は君たちの底が見えないバカっぷりを、どう思えばいいのかな?


「柳君」

「なんだ」

「大人ってきっとこんな時に酒を飲むんだろうね」

「よくわからんが、炭酸くらいにしておけ」


 帰りに飲み慣れないコーラを飲んで帰った。










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