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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
126/202

125.九月六日 火曜日





 新学期始まってまだ一週間足らず。

 にも関わらず、早くも八十一高校は混乱と混沌とが渦巻いている。


 楽しい楽しい夏休みが惜しまれつつも終わった後、新学期の開始とともに立ちふさがったのは夏休みの宿題という忘却の彼方に捨て置いていた大敵。

 つらいことを見て見ぬふり、そしてつらいことを後回しにしてきた彼らは、今――


 死んでいた。


 ホームルームが始まろうという朝にも関わらず教室……どころか学校全体の雰囲気が暗い。もしかしたらテスト期間中以上に暗い。

 この時間なんてみんな無駄に元気で、基本的に遊んでいるか何して遊ぶか話し合っているか新しい遊びを考案しているか、まるでこれから始まる苦難の時間から逃げるように銘々に遊ぶことだけ考えているのに。

 活気がないのは当然として、嫌な男子校のノリさえ消え失せ、ただただ目に見えるような濃い陰鬱さが学校全体を取り巻いているかのようだ。


 宿題をやっていない連中のほとんどが死んでいた。

 机に伏せ、腐臭のような陰の気を放っていた。


 こんな光景がよそのクラスでも見られて、こんな惨状がよそのクラスでも起こっている。

 そりゃ学校中が陰気にもなるだろう。


 そして、巻き込まれている宿題やっていた組は、相当居心地が悪い。


 僕はたまらず、外の空気を吸いに教室を出た。





 開けっ放しの廊下の窓から外へ向かって、はぁ、と大きく息を吐く。

 宿題くらいやってくれよ……補習で懲りてただろ。やらないままじゃ済まないんだよ……


 もう、圧がすごいのだ。

 「おまえらなんでやってるの?」みたいな、筋違いな圧がすごいのだ。宿題やってる方が普通なのに、まるで異端扱いの恨めしそうな視線を感じるのだ。

 隣の柳君は平然としていたが……よく平気だな。僕はダメだわ。ダメだったわ。


 ぼんやり遠くの空を見ていると、コンクリートのような灰色の雲が流れていた。……雨雲だろうか? 八十一町には梅雨以来、あまり雨らしい雨は降っていない。

 もしかしたら、一日か二日後には雨が来るかも――


「あ、一之瀬君」


 ぼんやり考えていただけのどうでもいい思考が止まり、僕は反射的に声のした方を見た。


 ――C組のアイドル・しーちゃんだった。

 おお……ちょっと疲れた笑顔が、いつもと違う大人びた魅力を……あんなの反則だろ! あんな顔されたらC組の連中もそりゃ変になるわ! 好きになっちゃうわ!


 僕らは互いに歩み寄ると、B組とC組のほぼ中間辺りで合流し、並んで空を見上げた。

 何をしているのか、なんて語る必要はなかった。

 恐らく僕らは、同じ理由で廊下に出ていたのだ。どうしても教室に居辛くて、外の空気に触れようと出てきていたのだ。


 まあ、でも、ここで会えたのは好都合だったかもしれない。

 しーちゃんには色々と聞きたいことがあったのだ。


 B組もC組も、教室の中の連中は、他所事にまで気が回らない状態にある。今ならしーちゃんとあの話をしても、特に邪魔は入らないだろう。


「肝試しどうだった?」


 ――夏休みの終わりにやったあの肝試しに、僕はしーちゃんを誘っていた。生憎僕は主催側にいたのでしーちゃんの姿を見かけることはできなかったが、しーちゃんは「できたら参加する」と言っていた。

 しかし、ただ参加するだけじゃない。


 僕はしーちゃんに「しーちゃんが好きだっていう女の子を誘ってみたら?」と一言付け加えておいたのだ。


 いつだったか、僕はしーちゃんから、「自分には好きな人がいる」という話を聞いていた。確か片思いが確定した幼馴染だったかな? 

 僕は間接的に、その子を誘え、と言ったのだ。

 僕も誘ってみるからしーちゃんも誘ってみろ、と言ったのだ。


 その結果をまだ聞いていなかった。

 色々と失敗してて言いづらい状況に陥っていることを考えると安易に聞くこともできなかったし……ほら、肝試しで女の子そっちのけで怖すぎて泣いちゃった、とか。女の子置いて逃げたとか。もしそんな大失態を晒した直後に「どうだった!? 腕組むくらいした!?」なんて無遠慮に聞かれたら、僕なら泣く。もう絶対こらえきれない。


 報告的なものがなかった以上、そこまで上手くいったとは思えない……という予想がすでに僕の中にあったので、ちょっと時間を置いてから話そう、と思っていた。

 今がちょうどいい。

 あれからだいたい一週間くらい経っているし、よっぽどのことがなければ少しは立ち直っているはずだ。


「あ……僕も一之瀬君にそれ聞きたかったんだ」

「え?」

「いや、だって、告白するかもって言ってたから」


 ――なるほど。しーちゃんもだいたい僕と同じ理由で、僕に連絡をくれなかったらしい。「報告的なものがなかった以上……」みたいな思考が、しーちゃんにも芽生えていたのだろう。


 この時点で、お互い無駄に相手に気を遣っていたことが悟り、僕らは笑った。

 デリカシーの欠落した愚者が多いこの学校において、気遣いのできる相手に出会えた幸運。相手がしーちゃんじゃなくても大切にしたい縁だった。





「僕の方はダメだったよ。そもそも誘ったけど来なかったから」


 しーちゃんの回答は、そんなものだった。


「そっか。じゃあ肝試しに参加は」

「一応したよ。野辺君と筑後君と三人で。でも現地でバラバラになったけどね」


 そうか……そっちは計算通りに行ったのか。


 バスケ部の筑後君とチャラ男っぽい見た目の野辺君は、しーちゃんと同じC組で……その……ちょっとした気の迷いでしーちゃんのことが特に(・・)好きになっている二人だ。

 それなりに好き、観賞用として好き、という連中は僕含めて星の数ほどいるだろうが、彼らは越えられない壁を一つ越えたところで好意を示している危険人物である。……まあ気持ちはわからんでもないが。


 僕はしーちゃんの友達として、筑後君と野辺君には、しーちゃんに気づかれないまま諦めてほしいと思っている。

 だってしーちゃんは見た目美少女でも、ちゃんと男なのだ。エロ本だって好きなのだ。

 そんな彼に、男から……それも親友かってくらい仲の良い相手に迫られたり押し倒されたりしたら……うん、考えるだけでそれは色々恐ろしい……


 そんな考えるだけで恐ろしいことが、現実に起ころうとしているのだから、僕の心配を察してくれる人も多いと思う。


 僕としては、筑後君と野辺君には、何もアクションを起こすことなくしーちゃんを諦めてほしい。

 その第一段階として、肝試しを利用したのだ。


 もししーちゃんが「自分が好きな女の子」として噂の幼馴染を呼んで二人に紹介していれば、もしかしたら諦めるかもしれないな、と。

 可能性は、うん、まあ、結構低いかもしれないが。でもしーちゃんに好きな人がいるという事実を突きつけるのは、ある種けん制になるとは思った。


 まあ、肝心の幼馴染が不参加だったので、計画は不発に終わったようだが。

 ならば普通に肝試し楽しんだだけか。


「それより一之瀬君の方は?」


 まあ確かに「それより」って感じだよなぁ。だってしーちゃんからすれば普通に参加しただけだし。


「僕、君が片思いしてる人、たぶん見たよ」

「髪の毛天パの?」

「そうそう。ショートカットの人でしょ? ひまわりの浴衣着てた」


 あ、正解だわ。それで間違いない。


「かわいい人だったね」

「年上だけどね」

「そうなんだ」


 ……そしてフラれたけどね。

 …………

 ああそうだ。フラれたと言えば。そうだった。


「しーちゃん、僕フラれたんだ。約束通り慰めてくれる?」

「……約束だからね。いいよ。覚悟してたよ」


 そ、そうか……ついにスク水ニーソのしーちゃんの膝枕が実現するのか……! なんだこの胸のときめきは……天塩川さんに会った時くらい鼓動が速いぞ……!


「というか、フラれたの? 告白したの?」

「したよ」

「すごい勇気だね」

「そうでもないと思うよ」


 告白に躊躇するのは、それまでに積み上げてきた関係が壊れるリスクと、返答に対する不安が大きいからだ。

 でも、僕にはどっちもなかった。

 正直「友達」と言えるほどの関係もなかったし、僕は彼女のことをほとんど知らない。それに告白の返答も、告白する前に貰っていたようなものだ。

 だから躊躇しなかった。賭けるものが少なすぎたんだ。


 それまでの関係とか、立場とか、そういう要素が全部省かれたら、最後に残ったのは僕の気持ちだけだった。

 そして僕は、それを伝えただけ。ただそれだけだ。


 気持ちを伝えて、僕はすっきりした。

 これでいつ来るかはわからないが、次の恋が始められると思う。


「しーちゃんも告白してみたら? 結構諦めつくもんだよ?」

「む、無理だよ。そんな勇気ないよ」

「フラれたら僕の膝枕で慰めてあげよう」

「……いやいい」


 うわ、しーちゃんがすげーげんなりした顔した! そこまで嫌か? そこまで嫌か僕の膝枕は!?


 ――うむ、それでこそ男だ!





 早速ご褒美……いや、失恋の痛手を癒すスク水ニーソ膝枕会談を始め、ぼちぼち予定を詰めていると、廊下の先に弥生たんの姿を確認して僕らは教室に戻った。


 わかってる。

 もし本気でしーちゃんがスクール水着でニーソックスで膝枕なんてしてくれたら、僕は間違いなくしーちゃんを好きになる。

 約束したあの時は色々テンパッてたから勢い任せでこんなことになってしまったが、これを実現したら、僕の中の獣が「正直になれよ。男でもいいだろ? な?」と親しげに僕の理性と肩を組むことだろう。そうなったら、もう、僕も筑後君と野辺君と同じ領域に行ってしまう。


 だから、わかってる。

 しーちゃんも覚悟を決めてるだけで、別に進んでやりたいわけじゃない。


 ならば、僕としーちゃんの意見の間を取って、互いに妥協すればいいのだ。





 ――「殺したいほどま●もっこり」が写りこまないしーちゃんのしーちゃんによるしーちゃんのための撮影会を開くのだ!!!!!





 これはもう、絶対に、近いうちに、必ずやる!


 シビれろ!

 常人にはできないことをやるこの僕にシビれて憧れるがいい!!





 よし、そうと決まればカメラの調達だ!


 フフッ……忙しくなるぜ……!










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