124.九月五日 月曜日
「席に着けー。39さんと一緒にリズム刻むのもやめろー。ホームルーム始めるぞー」
担任・三宅弥生たんが教室にやってくると、僕らはテト●ス張りの隙と無駄のなさで席に着いた。
非常にだるい月曜日の学校が、やっと終わろうとしている。
まったく。休み明けってのはどうしてこんなにしんどいのだろう。……昨日の休みがどうこうじゃなくて、まだ夏休みボケしてるのかもしれないが。
普段だったらさっさと僕らを解放してくれる弥生たんだが、今日は一枚のプリントを持って、
「あー。連絡事項が二つ三つある」
と、そんなやる気なさげでアバウトな言葉で進行を始めた。どうやら今日は連絡事項があるらしい。
まあ二学期が始まったばかりだし、やはり何かしらあるのだろう。
というわけで、本日のホームルームが始まった。
早く帰りたいのは山々だが、それは絶対に弥生たんも一緒なので、文句は言いっこなしだ。
「まず席替えについてだが」
おお、席替えか。中学生の頃は月に一回やってたっけ。
八十一高校に入学してから、この席順は変わっていない……いや、出席番号順じゃないから、僕が休んでしまった入学式から一週間の間に、一度はやったんだと思う。
でも言われるまで本当に気にもしなかったな。
……それだけ僕が安定を求めていたってことだろうか?
この高校の環境に、変化ではなく安定を求めていたから気にもしなかったのだろうか?
まあ、それはそれで正しい選択だと僕は思うが。自らトラブルに飛び込む趣味は僕にはないし。むしろできるだけ避けたい方だし。
それに、だ。
僕は指折り、B組屈指の猛者たちを確認する。
かのヤンキー久慈君の隣の席になるのも嫌だし、アイドル大好き四人組の誰かの傍にいたら僕の心の中にアイドルを愛でる気持ちが芽生えそうだし、野球部の性癖がヤバイ上野君の近くも遠慮したいし、黒光りする肌が一層眩しい大喜多君を初めとしたイケメングループもまだちょっと苦手だし……
随分慣れているはずの高井君もなぁ……筋肉教の熱烈な勧誘がなぁ……マコちゃんの傍も少し遠慮したいな……彼はちょっと行き過ぎたレベルで僕に好かれていると確信しているから結構セクハラがあるし……あれ絶対に「男の子を翻弄するかわいい子悪魔」とか自分で思ってるよ。別に翻弄されてないからね! 言わないけど!
こうして考えてみると、ダメな人が多いのだ。
僕的NGなクラスメイトが多いのだ。
てゆーか、まるで吟味に吟味を重ねた、ある意味で選ばれし者のみでB組は構成されているのではないかと疑いたくなるほどの濃い連中ばかりである。
そういう意味では超イケメンという僕的欠点はあるものの、隣の柳君はこれ以上ないってくらいに僕にピッタリだった。
この荒廃した愚者の楽園において、かなり早めに僕の心のオアシスとなっていた彼の存在は、もうすでに、今後僕がこの高校で過ごすために絶対に欠かせない人物になっていると思う。……彼がどう思っているかはわからないが。
席替えか……柳君と離れたくないなぁ……
でも、そういうわけにも行かないんだろうな。
席替えってのは、いわゆる「付き合いのないクラスメイトとも付き合ってみなさい」という、ある種社会勉強のようなものなんだと思う。自由にならない席替えほど、特にその傾向は強いだろう。世の中にはいろんな人がいることを知りなさい、みたいな。
普通の学校だったら、僕だってすんなり受け入れただろう。別に席が離れるくらいどうってことないだろう。
でも、一年B組……いや、この八十一高校においては、席替えの持つ意味がだいぶ違うと思う。
まあ、やるならやるでしょうがないが。
こうなったら、ただただ願うばかりだ。
ただただ最悪に当たらないよう祈るばかりだ。
一学期最後に、八十一高校全体を巻き込んだ大惨事「神々の黄昏」の引き金を引いた、近年希に見るお調子者の田沢君の隣には絶対になりたくない! 可能な限り離れた席になりたい!
「どうする? 席替えする?」
――え?
長々と、それも最悪方面を考えて早くも欝になりそうだった僕の耳に、弥生たんの驚きの言葉が突き刺さった。
え? 何? 選べるの? やるんじゃないの? 決定じゃないの?
「私としては別にしなくていいと思うんだけどな。また席憶えるのもめんどくさいし、第一おまえら時々勝手に替わってるだろ」
はい、替わってます。その時の気分とか、授業中に読みたいマンガがあったり早弁したい時とかで色々入れ替わってます。僕と柳君は替わったことないけど。
――ちなみに僕は後に知ることになるのだが、僕が今座っているこの席。教室のほぼ中央に位置するこの席は、元々はヤンキー久慈君の席だった。僕がやったインチキとは程遠い厳正なるクジ引きの結果、僕は本当は窓際の席になっていたらしく、久慈君は僕が登校してきていないことをこれ幸いと勝手に自分の席を替えてしまったのだそうだ。
この話を聞いた時、偶然って怖いな、と思った。
もし久慈君が勝手に替わっていなければ、僕は柳君の隣の席にいなくて、もしかしたら八十一高校の環境に負けて今頃引きこもっていたかもしれない。
まあ、もしも話なんて始めたら切りがないが。
結局席替えはなしの方向になった。
どうせ今替えてもおまえら後で勝手に替えるだろ、という弥生たんのもっともなセリフで、席替えをする意味と意義を失ってしまったのだ。自由だなぁ、八十一高校。
「えー、次に掃除区分が変更になる。こっちはちゃんとメンバーを選び直すぞ――どこぞの掃除の連中はサボりまくってたからな」
あ、やべ。どこぞの、ってのは僕らのことだ。……でも他のところの連中も似たりよったりだと思うよ!? だって教室掃除終わってないのに教室に戻ってきたりするんだよ!? ほんとだよ!?
いや……まあいい。
で、掃除場所が変わるらしい。メンバーを選び直すって……あれ? メンバーを選び直す? 出席番号順じゃなかったのか?
――ここで僕の勘違いが発覚した。八十一高校の出席番号は、あいうえお順である。
ただし、B組は「あ行」苗字の生徒が多い。なので、たまたま「あ行」の多い班ができてしまい、それが僕の勘違いに繋がっていた。
一学期の教室掃除班になっていたのは青島君、僕、上野君、大喜多君、小田君の五名だが、本当に出席番号順なら、ここには小田君じゃなくてゲーマー池田君が入っているはずだったのだ。
まあでも、あんまり重要なことじゃないか。だからどうしたって感じだし。
「んじゃ、これは私が適当に決めとくわ。明日から実行ってことになるから、今日まではいつものところの掃除しといて。――特に教室掃除はちゃんとやれよ」
え? 弥生たんが適当に決め……ああ、そうか。この場で僕ら込みで決めると時間が掛かるからか。
弥生たん……いや三宅先生。
絶対に僕と田沢君は一緒にしないでください! 久慈君までは諦めますから、どうか田沢君だけはやめてください! お願いします!
手まで組んで弥生たんに祈りを捧げる僕は、しかし弥生たんにはあんまり通じていないようだ。
「じゃあ最後に――」
僕らの二学期を明暗を何気に握っている女神は、僕らを……いや、彼らを再び暗黒の底へと突き落とした。
「夏休みの宿題やってない奴、今日から居残りでやるように。はっきり言うなら補習だ。宿題全部終わるまで毎日やらせるからな」
夏休みに終わったと思われていた地獄の釜が、再び開いた瞬間だった。
愚者たちは悲鳴を上げて苦痛から逃れようと懇願するも、女神は決して、二度目の罪を犯した彼らを許さない。まあ女神と言ってもあの人は確実に武神か闘神だからね。
……というか、僕はあたりまえだと思うけど。
多少やらないとか、一教科だけ忘れてたとか、間違いだらけだとか、そういう努力の跡が見えるならまだしも、八十一高校の愚者たちの選んだ道は、まるっきり全部手付かずだから。
そりゃそうなるわ。そうなるだろ。