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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
夏休みバイト編
120/202

119.ある夏休みの一日 其ノ漆   祭





「すみません団長、ちょっといいですか?」

「なんだ?」


 直立不動で前だけを見ていた応援団団長は、そのやたら鋭く迫力のある視線を僕に向けた。……通りすがりの子供とか、団長を見て皆一様にビクッとするんだけど、団長気づいてないのかな? ……自分が今どれだけ怖い顔してるかとか、気づいてないかもしれないな。


「トラブルか?」

「いえ、お願いがありまして……聞くだけ聞いてもらえませんか?」

「内容次第だ。応援団が動くに足るものなら頼まれずとも動いてやる。ただし利己的なつまらない用事だったら――鉄拳制裁だ」


 Oh……超こえー……! つか団長の視線がすでに怖いわ!

 団長と接するだけで異様な圧力を感じ、嫌な汗が出てくるものの、話してしまった以上もう話さないわけにはいかない。


「あの、実はこの後のことなんです」

「この後?」


 団長は腕時計を見て、時間を確認した。

 現在の時刻は七時半過ぎ、もうだいぶ暗くなっている。

 夏祭りは九時までだ。確か八時五十分くらいに打ち上げ花火が始まって、それが終わると祭りも終わりとなる。「この後」が「祭りの後」を指しているのであれば、まだこの言葉を使うには早い。一時間ほど早い。

 だが、僕らにとっての「この後」は、この時間で合っている。


「団長も色々と噂を聞いて出張ってきたんだと思いますが、それに関係しています」

「確かに色々聞いているが。話せ」


 話した途端、拳が飛んでこないだろうか……?

 内心かなりビクビクしながら、僕は言った。


「実はこの後、肝試しをやるんです」





 ケーキ屋「ショコラIMARI」に集まったあの日、月山さんが考えた「集団で行動でき、かつ己の欲望を満たす策」として挙げたのが、夏の風物詩・肝試し大会の開催である。

 人数がかさむという点はどうしようもないものとして、「柳君と一緒に夏祭り回るのは諦める。でも浴衣姿は見てもらう。それ以上は肝試しに賭ける!!」という力説の下、僕もその案に乗ることにした。


 だって冷静に考えると無理だから。

 天塩川てしおがわさんと僕が一緒に夏祭り回るなんて。

 月山さんと柳君がツーショットで夏祭り回るのと同じくらい無理だから。


 僕と天塩川さんは、仲が良い悪い以前に、ほとんど話をしたこともないのだ。

 こんな関係で二人きりで回れるわけがないし、男女数名ずつ……「僕らもグループで行動してます。陸上部の皆さんもご一緒にどうですか?」という合コン状態なら可能性はわずかなりとも考えられるが、しかしこの場合はとかく悪目立ちして、そこかしこにいる八十一高校(うち)の生徒に発見されるだろう。

 もし見つかったら、彼らは無理やりにでも仲間に入ろうとするかもしれない。

 八十一高校の生徒は必死だからね。色々と。

 特に、制服を着てきている野郎は「九ヶ姫で一番強い女子にカツアゲされるために祭りに来ている」という愚かしさである。まさにバカとしか言いようがない。


 まあ、余計なトラブルを避けるためにも、外野バカの目が多いここで派手に動けるものではないのだ。

 一対一のデート状態ならまだしも、集団行動は外野バカを呼ぶだけだ。


 理屈で考えると、月山さんが言ったように諦めるべきだったのだ。

 僕らはまだ、互いの好きな人と二人きりで夏祭りを楽しめる位置にいないのだから。


「肝試し……だと?」


 団長の目が一際険しくなった。……なんだよもう。本気になったプロレスラー張りに怖いっつーの。今にも足を狙ったタックルを仕掛けてきて、そのままジャイアントスイングで派手に回してスポーン投げ飛ばしそうで怖いわ。


「八時から別の場所でやることになってます。九ヶ姫の女子と、僕らと」

「……そうか。その計画が漏れたから、制服着た八十一高校の生徒(うちのバカ)がうろうろしているわけか」

「漏れたのは少しだけ……というか、『九ヶ姫の女子が多く夏祭りに来る』とだけしか漏れてないと思います」

「らしいな。肝試しなんて話、まったく聞いていない」


 ちなみに肝試しに参加しない九ヶ姫女子も、夏祭りの方を楽しむために参加組と一緒に来ているので、やはり祭りに来ている女子は例年より多い、と清水さんが言っていた。


 団長は腕を組み、「それで?」と話を促した。


「応援団に何を頼みたいんだ?」

「現場の指揮と見張りを」


 僕は語る。

 この「応援団の要請」は、ついさっき最終的な打ち合わせが行われた時、九ヶ姫側から頼まれたことだ。

 応援団がこの祭りに来ていることを知った彼女らが、念のために彼らを呼べないか、と。


 これだけ奇異にして目立つ存在である。

 当然このように校外への露出もあるし、うちでの評判や動向などの噂も広まっていて――内外問わず応援団への信頼は厚く、彼らの時代錯誤な硬派っぷりには、八十一高校の生徒という括りの中でも別格の意味を持っている、らしい。


 そんな彼らがいれば、女子は安心する。

 肝試しである以上、暗がりで行われ、しかも今日会ったばかりのよく知らない男子と一緒に参加する流れになることもある。というかそれがメインとして行われる肝試しである。

 だから、もしもの時……女に飢えすぎた男が、両手に金属の錠前を着けさせられるような事故が起こらないよう、そして自衛のために彼らを呼んで欲しいと。


 応援団が来るにしろ来ないにしろ、今更肝試しを中止にはできないので、無理なら無理でしょうがないのだが……でも団長なら聞いてくれそうな気がする。だから僕は「話すだけ話してみる」と答え、今団長と嫌な汗をかきながら顔を合わせている。


「急な話なのでアレですが、できたら付いてきてもらいたいんですが……」

「それはつまり、九ヶ姫の女子のために来てほしいわけだな?」

「はい。応援団が来てくれたら彼女たちは安心しますから」

「――なら答えは決まっている」


 その話正式に受けよう、と、団長はようやく笑ってくれた。……笑ってもなんか威圧感すごいな。まるで虎が獲物を見つけた時の顔のようだ。


「だが全員は無理だ。一応この夏祭りの警護は慣例でな。毎年八十一高校の生徒(うちのバカ)がバカやらかすから、俺たちも毎年出張ってるんだ。九時以降ならまだしも、今からとなると全員は行けない」

「構いません。何人でも」


 団長は、その格好と相まってやや違和感があるものの、現代っ子よろしくポケットから携帯電話を出して団員に連絡を取った。

 程なく二人の団員がやってくる。


「あ、おまえ」

「こんばんは」


 やってきたのは「守山悠介ポロリ事件」でお馴染みの、今日もその美貌に陰りを見せない守山おねえさ……アニキと、体格的には五条坂先輩に匹敵するほど大きい人だった――副団長だったと思う。名前は確か北見先輩……だったかな?


「おまえら二人、警護から外れてこいつに付いていけ」


 声を落とした命令に、副団長と守山先輩は疑問の声も上げず「押忍」と声量を控えて返答した。





 本来の目的である肝試しのことを話している連中は、八十一神社で仲間とは現地解散する手はずとなっている。

 これは余計な虫が付いてこないようにするための処置である。五、六人のグループでぞろぞろ移動すると「もしやこの後なにかあるのか?」と、飢えた獣が野生の嗅覚を働かせる可能性を考慮してのことだ。

 考えすぎ?

 いや、冷静に考えてほしい。

 男子の人数が増えることで、女子と肝試しができる確率が目に見えて減るのだ。何せ単純に分母が増えるのだから当たり前の話だ。


 九ヶ姫の女子は、限りある資源なのである。

 貴重な貴重な資源なのである。

 現段階でも男子の方がきっと人数が多いので、男同士で肝試しするというガッカリなことになる可能性も高いのだ。

 これ以上競争率が高くなることは、誰も望んでいない。

 だから細心の注意を払うのだ。





 念のために少し遠回りして尾行する者がいないことを確認し、僕は副団長と守山先輩に事情を説明しつつ、肝試しをやる現地へと向かう。


「軟弱な」


 肝試しのことを話すと、副団長は一笑に伏した。硬派だなぁ。


「楽しそうでいいじゃないすか」


 守山先輩はなんか余裕あるなぁ。美人だからか?


「なんなら先輩も参加したらどうすか? 応援団(うち)別に男女交際禁止じゃないでしょ?」


 え、そうなんだ。なんか意外だな。硬派な集団ってわけでもないのか。……やっぱ現代っ子だからか?


「女はまだ早い。男として未熟なくせに女など求められるか」


 うわあ……すごく時代錯誤だけど、でも、団員が言うとなんか響くものがあるな。


「じゃあ俺参加しちゃおっかな。楽しそうだし」


 まさかの百合!?

 ……いや、守山先輩は男だもんな。

 別にいいよな。


 ……いいんだよ、な……?


「好きにしろ。だが団員として腑抜けた様を見せたら俺が直々に鉄拳制裁だ。忘れるなよ」


 ――ちなみに副団長、こんなことを言っているが、数名の女子に「怖いので一緒に来てください」と懇願されて顔を真っ赤にして肝試しに参加することになる。





 肝試し開始場所には、およそ三十人ほどの男女がいた。

 実はここ、八十一高校の裏にある八十一山の片隅である。よくエロ本が落ちていること以外、事件なんて一度も起こったことなどない霊的にもまっさらな場所だ。だいたい通学路にしてる奴もいるしね。

 まあ強いて言うならモテない男の怨念的なものはこもっているかもしれない。


 ここにある細い山道は、八十一高校へ向かうルートと、八十三やとみ町側……というか八十一第二公園に出るルート、あとその辺に出るルートと、いくつか通り道があるのは、清水さんたちと下見に来た時に調べてある。かなりぼろいが一応看板もあるのだ。もちろん携帯が通じる圏内なので、いざという時は電話で助けが呼べる。

 もっとも、迷うほど複雑でもないし、どこを通っても長い道ではないのだが。

 中間ほどに地蔵があるので、一応そこがゴール地点となっている。


 陽の下で見るとわりとちゃちな山道なのだが、夜に見るとそうでもない。この辺は光源がほとんどないので、雰囲気はばっちりだ。

 これだけの人数がいてにぎやかにはならず、ひそひそ話している声しか聞こえないのは、この雰囲気に飲まれているからだろう。――野郎はあの九ヶ姫の女子が目の前にたくさんいることに萎縮しているだけだろうが。


「一之瀬くん」


 応援団二人を連れてやってきた僕に、清水さんがいち早く気づいた。持っている懐中電灯で足元を照らしながら近づいてくる。

 なお、男子は必ず懐中電灯を持ってくることが参加権となっている。女子のリードをしろ、という暗黙の指示である。


「一之瀬くんで最後だと思う――応援団のお二方、いきなり頼みごとをしてしまってすみません。ありがとうございます」


 清水さんが頭を下げると、副団長はわざとらしく咳払いをし、「団長命令だ。気にしなくていい」と緊張感を感じる硬い声で答えた。……照れてるな? あと女に免疫ないな?


 ちなみに、これで女子側にはヘルプコールなる応援団要請が可能となった。「助けてー」という言葉の叫びに反応し、副団長と守山先輩が現場に駆けつけるという単純なものだ。このことは最後の打ち合わせ急遽決定したことで、男には教えていない。

 これは、男子がいらないことをしようとした場合に発動される、女子だけに許された最終手段だ。もちろん副団長と守山先輩にはもう話してある。

 まあ、悲鳴を上げるならそれ以外で、ということだ。


 これで、色々と危険は目減りしたと思う。不安や心配はできるだけ減らしたいからね。何かあってからじゃ遅いからね。


「じゃあ始めましょう!」


 僕は声を張り上げ、肝試し大会開始を宣言した。





 これからの流れは単純である。


 まず十名の参加者を募る。

 僕が用意してきた、よくある割り箸のアレでクジ引きをしてもらう。

 赤い印の付いた「当たり」を引いた男子か女子が、自分が一緒に肝試ししたい相手を一人から三人まで選んでレッツゴーという、非常にシンプルな作りになっている。二人きりオンリーじゃないのは、男女比率からである。やはり男子の方が少し多いのだ。


 レディファーストとばかりに、女性だけにクジ引きの権利を与えよう的な意見もあったのだが、僕が却下した。

 だってそんなことになったら、売れ残る男子が続出する。

 イケメンから当然のように売れていき、最終的には……という悲しい現実を見つめることになってしまう。

 どうして期待に胸を膨らませてここにやってきたモテない男たちに、そんな残酷極まりない夏の思い出を刻みつける必要がある。

 僕はモテない側の人間として断固拒否してやったとも!


 まあ、そんな譲れない主張もあったりなかったりしつつ、こういう簡単なシステムになった。


「クジを引いてください」


 立候補十名に関しては、特に意味はない。単に割り箸の数のせいである。立候補者だけしか誘えないとか、そういう制限も存在しない。

 ただ、意中の人がいるのであれば、その人が売れる前に自分が「当たり」を引いて指名するしかない。

 そういうわけで、まず第一陣に、早速月山さんが立候補した。まだ様子見をしている人もいるらしく、簡単に十名が決定した。


 他の候補者と出てきた月山さんと、目が合った。


『手はず通りに』

『任せて』


 そんなアイコンタクトを交わし、僕は割り箸を構えた。


 ――みんなごめんね。最初の「当たり」はすでに決まっているんだ。


 元々この肝試しは、僕と月山さんのために企画したイベントである。インチキだろうがなんだろうが、僕らの都合が最優先だ。

 「文句があるなら今すぐ帰れよヒャッハー!」……という気持ちで、僕は狙い通りに月山さんに「当たり」を引かせた。フッ。この程度の細工など造作もない。


「や、柳君! 一緒に回ってください!」


 柳君は僕のことをジロジロ見ながら、月山さんと一緒に山道へと歩いていった――僕のインチキ、柳君にはたぶんバレたな。というかまあ怪しすぎるよね。疑って当然だよね。でも不正の証拠はないけどね。フッ。

 向こう側の出口に着いたらそのまま解散なので、今日はもう会えないだろう。あとでメールしとこう。





 そんなこんなで、肝試しは続く。

 第一陣はいろんな意味でいっぱいいっぱいの月山さんと、怖いものなんてなさそうな柳君なので例外として。

 第二陣からは、山の方からわりと派手な悲鳴が聞こえてきていた。


 隣のA組のカリスマ・矢倉君を含めた数名が、おばけ役の裏方としてすでに山に入っているのだ。

 矢倉君のことだから明るいうちに山道を歩き、踏んだら転びそうな石などを退けるという地道な作業もしたに違いない。彼は抜かりないから。


 グルメボス松茂君のような恋人持ち(厳密には違うが)という男子や女子は、クジを引かずに自分が連れてきた相手と一緒に行ったりし、それぞれの楽しみ方ができるようになっている。


 目に見えて参加者が減っていく。

 彼女たちのほとんどが「夜九時まで」という門限で動いているらしいので、あまりゆっくりもしてられないのだ。向こう側で現地解散というのもその門限のせいだ。なんでも寮生が申請した外出時刻延長許可証なるものを申請し、寮母さんの許可を……いや、まあこの辺はいいか。とにかく自宅の者も寮生も九時が門限だ。


 さくさく予定は進み、ついに僕は、彼女を見つけてしまった。





 ――天塩川てしおがわ万尋まひろさん。


 彼女がこの肝試しに参加することは知っていた。というか彼女こそが僕の目的だった。

 最近ちょっと忘れがちだったが……いや、見ないようにしていたのかもしれないが、僕が好きになった彼女には彼氏がいる。

 夏祭りで見かけたあの時、僕は現実を突きつけられたのだ。


 そして、それを見て僕は決めた。


 もしこの肝試しで、天塩川さんが彼氏と一緒に行くようであれば、この場で諦めようと。


 でも、もし彼氏をこの場に呼んでおらず、そしてしばらく売れ残っているようなら――





「天塩川さん」


 何人目になるかもう忘れたが、妙に硬くなっている男子とそれをリードする女子という組み合わせを見送ると、僕は天塩川さんに声を掛けた。


「久しぶり、一之瀬くん。喫茶店以来だね」


 お互い気づいてはいたが、挨拶できる状態ではなかったので、この時僕らは初めて話をした。……といっても、まだまだ全然親しい仲というわけでもないが。会えば挨拶する程度の仲でしかないが。


「お一人ですか?」

「うん。一緒に来た陸上部の子は、誘われてもう行っちゃった」


 そっか……そうか……あの一緒にいた男はここにいないのか……





 ならば、決めた通りにやろうか。


「清水さん、変わって」


 僕の隣で主催側にいてくれている清水さんに頼み、僕がここで抜けることを合図した。


「――がんばってね」


 割り箸を渡す時、清水さんは耳元で囁いた。





 がんばるも何も、フラれるために、自分の気持ちに決着をつけるために告白するんだけどね。











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