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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
夏休みバイト編
119/202

118.ある夏休みの一日 其ノ漆   夜





 僕らの計画は、想像以上に大事になっていた。


 「九ヶ姫の生徒と遊ぶから一緒に来ない?」という僕が発した伝言ゲームは、瞬く間に八十一高校の飢えた男子どもの耳に入り――

 最終的には、「九ヶ姫でもっとも強い女子が八十一高生狩りをするらしい」という、どこからどう捻じ曲がったのかよくわからない、武闘派な噂になったそうだ。


 道理で、八十一高校の制服で着ている連中の多いこと多いこと。

 殴られてもいい。

 狩られてもいい。

 それでも九ヶ姫の女子と接点が持てたら……いや、殴ってくれるだけでも、女っ気のない彼らには嬉しいご褒美となりえるのかもしれない。まあ僕はさすがにそこまでは思えないが。


「でも一之瀬、あれってほんとなのか?」

「何度聞くの」

「悪い。でもなんか信じられなくてさ。なあ竹田?」

「そうか? 俺は一之瀬なら別にって感じもするけどな。バカじゃないし」


 自称情報通の渋川君から大雑把なここまでの流れを聞き、クラス委員長・竹田君は睡眠が充分足りているらしくやや元気だ。夏休みだから寝放題なんだろう。

 久しぶりに会ったこの二人は、私服だからだろうか、なんだか変な感じである。あれだけ毎日学校で会っていて、明後日の新学期からまた毎日会うことになるのにね。


「ほんとだよ。今日この夏祭りに、九ヶ姫の女子がいっぱい来る。把握しているだけで三十人以上来る。そして――」


 情報が漏れることは覚悟していた。

 八十一高校の、呼んでいない者が来ることもわかっていた。


 ただし、正規で呼んでいない者は、そこまでだ。

 どれだけ人数が多くなろうと、そこまでだ。


 僕らの計画は、夏祭り(・・・)自体にはない(・・・・・・)のだから。





 夏祭り会場である八十一神社は、僕は初めて来た。八十一町商店街から見ると、僕の家とは反対側に位置し、少し歩く場所にあるので僕の行動範囲にはなかったのだ。

 実際に見てみるとかなり大きな神社で、それだけにやや大規模だと思う。それに目の前の細い道も祭り用に確保してあるらしく、その辺にも夜店が並んでいる。神社の敷地の外にいるのに、にぎやかな祭囃子は身体の奥にある芯に響いた。あと焼き鳥だと思うが、タレの匂いがすごい漂ってくる。あとで絶対食おうと思う。腹減った。


 出入り口である鳥居の前、四時半集合。

 それが僕らの待ち合わせ場所だった。


 誰が言い出したか「三十分前行動」などという無茶をこの身に刻まれた僕は、四時くらいには待ち合わせ場所に到着していた。

 当然のようにまだ誰もいない。

 浴衣を着た女子、浴衣を着た妙齢の女性、浴衣を着た小学生くらいの小さな女の子とその手を引く美女……それらを見ているだけで退屈なんてしなかった。ちなみに男の姿は自動的に省かれるという便利な能力を見につけつつあるように思う。だって見たくないものは見たくないから。

 そんな風に僕なりに夏祭りを早くも楽しんでいると、意外な姿に目が止まった。

 それは浴衣でもなく女子でもないが、僕の便利な能力でも対抗できない違和感と存在感を放っていた。


 僕が見たのは、長い白ランを着た一際目立つ凛々しい青年である。


「だ、団長……?」


 尾道一真――八十一高校応援団団長だ。

 そして彼に付き従うように、こちらは黒い学ラン姿の団員が後ろを歩いていた。

 あまりに周囲に溶け込まない違和感バリバリの時代錯誤な連中がやってくる。僕以外にも唖然と見ている者も多かった。……あ、守山先輩もいるじゃないか! 相変わらずの美貌だ!


 彼らは僕の目の前……出入り口である鳥居の前に立ち止まると、「八十一魂」を背負った団長が団員を振り返り、声を張り上げた。


「我ら八十一高校応援団は、本日八十一神社の警護及び巡回に当たる! 喧嘩、ナンパ、迷子の保護、揉め事の全てを速やかに解消しろ!」

「「押忍!」」

「以上だ! 散れ!」

「「押忍!」」


 団長の魂を揺さぶるような気合声に応え、応援団団員はそれぞれに散っていった。

 ……自主的な警護だろうか? それとも八十一高校の先生にでも頼まれたのだろうか? まあどっちにしろ、頼もしい存在が来たものである。

 鳥居の真横――境内へ続く出入り口の横に、団長は後ろ腰に手を組み胸を張って堂々と立つ。

 団長の持ち場はここら一帯らしく、そしてここから動かないようだ。恐らく多くの八十一高校の生徒が来るであろうことを予想し「自分たちもここにいる」と姿を見せ付ける意味もあるのだろう。

 揉め事を起こしたら応援団が飛んでくるぞ、と。

 ……カッコイイなぁ、団長。あの白ランもそうだけど、やっぱ本人が持つカリスマ性というか、存在感がすげえ。


「応援団出動か。たぶん九ヶ姫の女子が多く来るって情報が入ったんだろうな」


 ん?

 誰かの世間話にしては近くに聞こえた。振り返ると、……おお、渋川君だ! 自称情報通でワースト仲間の!


「一之瀬久しぶりー。あれ? ちょっと背ぇ伸びた?」

「久しぶりにあった親戚の子供か。変わんないよ」


 普段は気が抜けた態度で、それでもやる時はやるスタンスで一学期中僕らを引っ張ったクラス委員長・竹田君も一緒だった。





 ちょっと早めに来たらしい渋川君、竹田君と話しながら待っていると、続々と僕が声を掛けた連中が集まってきた。

 アイドル大好き四人組、鳥羽君と一谷君と松島君と城ヶ島君。

 サッカー部期待のホープ青島君。

 野球部の長谷君と上野君。

 グルメボス松茂君。

 ゲーマーの池田君と大沼君。

 「その日は闇の……いや、なんでもない。行けるかどうかはわからんが、気が向いたら遊んでやろう」とやたら上から目線ではっきりしない答えを漏らした立石君も、いつの間にか合流していた。


 誰もがほとんど一ヶ月ぶりである。どことなく懐かしい気さえした。

 でもなぜだろうね。

 あんまり会いたくはなかったかな。

 ほんとなんでだろうね。

 仲間なのにね。

 わりと苦楽をともにしたクラスメイトなのにね。

 ……その苦楽を運んでくるのも仲間のクラスメイトだからかもしれないね。


 そして柳君、高井君、マコちゃんといういつものメンツから、僕の知らない各自の知り合いという野郎ばっか鬱陶しいレベルで集まった。二十人くらいいるかもしれない。

 まあ、一番以外なのは、こいつだが。


「フッ。この僕の情報網を甘く見ないでもらおうか! 君たちごときが僕に隠し事? 滑稽だね!」


 我ら一年B組のライバルである一年A組のカリスマ・矢倉君である。ビシィィィ、と指差す姿は今日もジェラシーを禁じえないほどかっこいい。彼はどこで話を聞きつけたのか、二人ほど友達を連れて参加していた。

 矢倉君は、この集まりの本当の目的(・・・・・)も知っていた。これだけはトップシークレットだったのに。……チッ。大した奴である。


 「帰れよ」「帰れ帰れ」「メガネ賽銭箱に突っ込むぞ」「メガネ熱湯に漬けるぞ」「金魚すくいの池にメガネ落とすぞ」「そのメガネ鯉のエサにするぞ」「本堂にメガネ奉るぞ」などなどB組連中からの文句が飛ぶが、彼は涼しい顔で聞き流している。


「矢倉君も九ヶ姫のお嬢様に興味あるの?」


 僕は気になって聞いてみた。

 矢倉君は普通にモテるだろう。別に九ヶ姫にこだわる必要もないだろうし、こんな機会じゃなくても彼なら充分知り合いにもなれるだろうし、望めば九ヶ姫の彼女もゲットできると思う。


「一つは抑止力さ。君たちが彼女たちに要らないことをしないように。いわば監視役かな」


 矢倉君じゃなければ「おまえが言うな! メガネぶち割られる前に帰れ!」って感じなんだけどね……たぶん本音だろう。イヤミな奴だが意外とイイ奴だし。

 そして僕は不覚にも、その役目を負うと言ってくれた彼に安心感さえ抱いてしまった。企画者なだけに、問題が起こることへの恐怖と不安は、どうしても拭えないのだ。ある意味味方が増えたようで少しほっとした。


「あのさ――」


 知っているらしいが、一応本当の目的(・・・・・)のことを耳打ちしておいた。念を押すために。


「聞いている。大丈夫だ」


 彼は僕の心境を察してくれたのか、イヤミな笑みを消して真面目な表情で頷いてくれた。


「今日のあの話(・・・)、僕は八十一と九ヶ姫の関係修復のきっかけになると思っている。一度の実績、一度の成功例さえあれば、あとは信頼とともにそれを積み重ねていくだけ……君がどう思っているかは知らないが、僕にも僕なりのここにいる理由があるのさ」


 ……なるほど、矢倉君は先を見越してやってきたのか。さすがだな。


「じゃあおまえ裏方決定だな」

「何だと?」


 僕の傍で話を聞いていた竹田君の言葉に、矢倉君は不敵に笑った。


「いいのかい? この僕が裏方に回ったら……フフッ。君たち愚鈍なバカどもとはいえ同情せざるを得ないほどほどの痴態を晒すことになるぞ!」

「おもしれーじゃねえか。あ? やってみろよ」


 あ、裏方決定した。まあ僕としてはそれも願ったりだ!

 話も出たのでちょうどいい。声を掛けた連中は全員来ただろうし、この大人数となると溜まっているだけで邪魔になる。

 そろそろ話を進めよう。……なんか団長がずっとこっち見てる気がするし……


「みんなー! 注目ー! 今からクジ引きするからー!」


 ――これからの役割を決めると、僕らはその場を解散した。





 それぞれが散っていくと、最後には僕と柳君と高井君とマコちゃんという、いつものメンバーが残っていた。


「で、これからどうすんだ?」

「高井君は? 僕はまだやることがあるから、夏祭り行ってきたら?」

「うーん……柳は?」

「俺も行けない。一之瀬の付き添いだ」


 そう、僕が必ず連れて行かなければいけないのは、柳君だけだ。

 そしてマコちゃんは聞かずとも、柳君にくっついている状態だ。……ピンクの浴衣着て。かわいい。かわいい、けど、奴は男だ。


「じゃ俺も一緒に行くよ。何するか気になるし」


 お、高井君が筋肉以外のことを気にするとは。これは成長と呼ぶべきか、気まぐれと判断するべきか。……気まぐれだな。きっと。


 周囲を見回し、八十一うちの野郎が近くにいないことを確認する。

 連れて行くのは柳君だけの約束だが、四人くらいなら問題ないだろうと判断し、僕らも行動を開始した。





 時刻はすでに七時近い。

 レースのカーテンのような薄い夜が、お祭りの光を一層輝かせている。祭囃子の合間に子供の笑い声と泣き声が聞こえた。どっちにしろなんか平和を感じる。

 僕らは境内に踏み込み、人込みを避けながら奥へ奥へと向かう。

 向かうのは賽銭箱の置いてある本殿の脇、絵馬を吊るしてある場所だ。

 そこで待ち合わせをしているのだ。


 本殿に近づくにつれ、人込みが少なくなっていく。この辺には夜店がないからか、ちょっとした休憩場所みたいになっているようだ。

 しかし、その一角だけは例外だ。

 およそ十人ほど。浴衣を着ていたり着ていなかったりする女子たちが集まり、楽しげにおしゃべりをしていた。


 その集団に、僕は近づく。


「清水さん、いる?」


 声を掛けると、全員が振り返った。……おぅ、全員で見るなよ……


「こんばんは」


 集団の中から出てきたのは浴衣……じゃない、ノースリーブのシャツにジーンズというすっきりした格好の清水さんと、


「……」


 ……言葉を失うほどに気合の入った、夏祭り効果を遺憾なく取り込んだ魔性の女・月山凛だ。淡い朱色の浴衣を着て髪を結い上げ、薄く化粧をし、薄暗くなってきたこの時間にあっても眩いばかりの美少女オーラを放っていた。

 そんな美少女が、顔を赤らめ恥ずかしそうにもじもじして、柳君をチラチラ見ていた。


「ば……化けたねぇ」

「うるさい」


 先日僕のケーキを大口開けて食べたあの残念な月山さんを思い出しつつ漏らした僕に、彼女は一瞬の殺気さえ見せて僕を黙らせた。――彼女は本気だ。色々本気だ。

 そんな本気な月山さんは、目に見えるくらい懇親の勇気を振り絞って、一歩だけ柳君の前に出た。

 顔を合わせるとまともにしゃべれないという彼女には、本当に、本当に勇気を振り絞った行動だったと思う。健気さが伝わってくるようだ。……マコちゃんの不機嫌も背中越しに伝わってくるようだ。


「や、柳君……どう、かな?」


 全員が、女子の集団から僕から、あんまり興味なさそうな高井君から、すでに月山さんを敵とみなしているマコちゃんまで、口をつぐんで柳君の反応を待つ。

 そして彼は――


「何が?」


 ナニガ。

 ナニガッテ。

 ナニガッテ、ナニガ?


 言葉の意味を察した瞬間、僕の月山凛に上げさせられたテンションが丸ごと怒りに変わった。


「――ムッ」


 僕の放ったボディブローを、柳君は華麗にガードした。くそ、さすが柳君だ。鈍感なくせに。思いっきり不意打ちだったのに直撃を許さないか。鈍感なくせに。

 だが僕はそんなことは気にせず、叫んだ。


「ここで言うことなんて一つだろうが! それを言え! 早く!」


 そうだそうだ、という声はなかったが、女子たちが僕の言動に頷いていた。気持ちは一つだった。


「柳、俺でもさすがにわかるぞ」


 高井君の援護も入ると、柳君は女子の集団の非難めいた視線を見て、僕と高井君を見て、なぜだか祈るように手を組んでいるマコちゃんを見て、すでにちょっと落ち込んでいる目の前の美少女へと目を向け――軽く息を吐いた。


「……社交辞令だが。似合っている」


 社交っ……いや……いや、うん、これで柳君なりに相当気を遣ったということが、僕にはわかる。

 彼にとってはこれで充分譲歩した言葉なのだ。ここで怒るのは彼の意思を完全無視することになる。怒りたいが。もう一撃見舞ってやりたいが。


 ――しかし、その引っかかる言葉で月山さんはすでに幸せそうなので、もういいことにした。





 マジで熱があるんじゃないかってくらいに顔が真っ赤になった月山さんは役立たずになったので、清水さんと向こうの女子の責任者っぽい……たぶん上級生だろう数名を含めて、最後の打ち合わせをする。


「嫌っている子も多いけどね。嫌いたくない子もたくさんいるし、近くにある高校なんだから友好関係を結びたいとも思っているのよ」

「そうそう。隣人を毛嫌いするよりは、やっぱり仲良くしたいし」

「普通に彼氏が欲しい女の子もいるしね」


 本当にこの話に乗り気なのか、とこの期に及んで愚問を飛ばした僕に、彼女らは口々にそう言った。

 確かに八十一高校のバカたちは、大部分の九ヶ姫のお嬢様に嫌われているらしい。

 が、それが総意というわけでもないんだとか。


「かつてはスポーツ交流とかもやってたんだよ。日程を合わせて一緒に練習したりね」

「そうそう」

「それに、しつこいナンパから八十一高校の男子に助けられたとかって話もあるんだよ」

「応援団とか普通に人気あるしね」

「うん。困った時に応援団に助けてもらった子、結構多いのよ」


 へえ。

 聞いたことのない話に僕は興味津々だが、しかしあいにく今はそういう話をしている時ではない。

 話はいつでもできる。特に僕は九ヶ姫の女子と連絡が取れるようになっているので、機会を作ることは難しくないはずだ。

 でも祭りは今、今夜だけだ。

 この後の予定(・・・・・)も考えると、あまりゆっくり楽しんでいる時間もない。


 最後の打ち合わせをして清水さんたちと別れると、ようやく僕らも夏祭りへと乗り出した。





 そんな矢先だった。


 僕は目を疑い、目を凝らし、目をこすり、二度見したり固く目を瞑ったあとにカッと目を見開いて見たりと、非常に無駄な、でもとても大切な努力をした。


 無駄だったけれど。





 打ち合わせを終えた直後、境内にて、浴衣姿の天塩川てしおがわさんを発見した。

 僕は一瞬にしてテンションがマックスゲージを振り切り、これまでの人生にないくらい心臓の音が大きくなった。鼓動が外に漏れているんじゃないかというくらいにうるさかった。


 そして直後、全身に冷水を浴びたかのように、一気にテンションがゲージを振り切ってマイナスにまで落ち込んだ。





 天塩川さんは、男と歩いていた。

 手を繋いで歩いていた。

 これ以上ないほどラブラブで歩いていた。




 知ってたけどね! 彼氏いること知ってたけどね!


 ……知ってたけど……知ってたけどさぁ……





 ……まあ、知ってたからね。

 落ち込みはしたけど……現実を直視して落ち込みはしたけど……いや、良い機会か。





 今日、告白しよう。










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