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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
夏休みバイト編
115/202

114.ある夏休みの一日 其ノ陸  焼



「横岳さん、お久しぶりです」

「おーカナちゃーん。元気してたー? 男できたー? 俺なんてどぅー?」


 もう日焼けというか、日焼けのレベルを一つ超えてるような真っ黒な肌に金髪ボーズというおっさん……いや、おにいさん? まだ若い? 微妙に年齢がわからないチャラい口調の人が、本日僕らの上司ということになる。


 夏波さんは、かるーいその人の言葉なんて聞こえていないかのように、僕らを振り返った。その表情はこれ以上ないってくらい真顔で、チャラい笑顔と並べると非常に対照的である。


「――これが横岳さんだ。大学卒業してから不真面目になったっつーどうしようもない人で、就職活動もせず基本バイトで食い繋いでる正直どうしようもないとしか言いようのない人だ」


 うん、会って三秒でわかった。どうしようもない人なんだな、って。というか大学卒業後にデビューしちゃったという始末に終えない人らしい。ほんとにどうしようもない。


「ちょ、やめてよ下のコの前でー。威厳とか影響しちゃうじゃんー」


 大丈夫です。威厳なんて会って五秒でなくなりましたから。

 何の反応もない僕と高井君……というより反応できないままただただじっと見詰めているままの僕らに、


「ボーイたち、今日は一日ヨロシクねー!」


 年季の入った木造小屋――海の家「うみぼうず」を背に、オーナー・横岳さんはチャラい笑顔で歯を光らせた。すげえ。焦がしチョコレート張りに肌真っ黒なのに、歯は異様に白い。なんというコントラストだ。





 この浜辺には海の家は数件あるようだが、数は多くないし密集もしていないので、生存競争みたいなものはないかもしれない。

 それほど忙しくはならないかな、と高を括ってしまったものの、それは二時間もすればすぐに撤回させられることになる。


 奥の方にわずかにスペースを取っている更衣室兼用の従業員室に荷物を置き、着替えて店に出た。僕と入れ替わりで夏波さんも着替えに行った。

 高井君は寝ぼけながらも下に着てきたらしく、すでに海パン一丁で自慢の筋肉に張りとツヤを入念に作り上げている――多少肉体に付加を掛けた方がより美しく見えるらしい。知らねーよ。


 海の家「うみぼうず」は、わりとシャレていると思う。

 砂浜から三段ほどの階段を登ったウッドデッキ調の作りで、正面入り口はオープンテラスのようになっている。テーブルとパラソルが四つあり、もちろん店内にもテーブルが備え付けられている。店自体はそう広くないと思うが、意外と奥行きがあるかもしれない。

 僕としては、海の家と言えば、下は砂浜、上はテントという安っぽいイメージが強かったのだが……オーナーはアレだけど店はしっかりしていると思う。


 その辺の店と違う点は、やはり海の家らしく厨房的なところが外に面しているところだろう。鉄板焼きがメインのようなので匂いも立派な武器として使い、またお客さんが外からでもテイクアウト的に注文できるというシステムなのだろう。


「一之瀬君、イイかい?」


 オープンテラスに出ると、高井君と話していた横岳さんが無駄に歯を光らせて声を掛けてきた。イイって何がだよ。


「秋雨君には呼び込み、君にはウェイターを頼みたいんだけど。イイ?」


 イイってなんだよ。……しかしなるほど。この横岳なる男、見た目と口調と中身はチャラくて胡散臭いが、適材適所を考えることはできるか。

 この「うみぼうず」なら、オーナーはともかく女性客に人気が出そうだ。その利点を活かすべく、肉体美を誇る高井君に呼び込みをさせ、さらに集客を狙おうというところだろう。


「夏波さんが呼び込みした方がイイんじゃないですか?」

「あーダメダメ。ここだけの話、カナちゃん女の子っぽいこと一つもできないから」


 知ってる。

 そしてもう一つ知ってる。

 本人が聞いていたら「ここだけの話」にならないってことを。


「……わざわざ時間作って手伝いに来た後輩に向かって随分なこと言いますね」


 その時の横岳さんの表情の変化っぷりは、筆舌できないほどに急速だった。

 まさにホラー!

 いや、知ってる分だけ下手なホラーより怖い!


 横岳さんの後ろには、着替えを終えた夏波さんが立っていた! まるですでに血ぬられているかのような赤いビキニの上下で! 似合う! 似合いすぎます夏波さん! あとやっぱこえぇ!





 横岳さんが鉄の爪で締め上げられ「いぎぃぃぃぃ」と本気極まりない悲鳴を漏らすのを冷めた目で見ていると、本日第一号のお客さんがやってきた。背丈より高いボードを持ったサーファー二人組だ。


 始まりは非常に穏やかだった。

 だが、ほんの十分もすれば、どこから来たんだってくらいわらわら人が集い、浜辺は人ごみでいっぱいになっていた。

 そしてそれに比例するように、「うみぼうず」での仕事も激務と化した。


 横岳さんは見た目と口調と中身はチャラくて胡散臭くて怪しいと言わざるを得ないが、鉄板にてあざやかにコテを振るう姿は、別人なんじゃないかと疑いたくなるほど頼もしかった。

 伊達にオーナーやってない、ということだ。


 夏波さんは、その溢れんばかりの力を駆使する、この暑い場所でもっとも売れるカキ氷機を任された。

 まさに適材適所。夏波さんは親の仇を削るがごとく重いハンドルをゴリゴリ回し続けていた。早二時間が経過しているのに、未だ落ちないそのペースに何やら背筋が凍るような脅威を感じる……あんなに細いのに……そりゃ高井君でも片手で引きずれるわ。


 高井君は外にいるのでどうなっているかわからないが、店内の混雑ぶりを鑑みるに、がんばっているに違いない。


 そして僕は、特筆すべきことがないくらい普通に業務をこなす。オーダーを取ってオーナーに通し、できた料理から運ぶだけだ。

 まさかこんなところで喫茶店勤務の経験が生きるとは思わなかった。ほとんど説明もなくいきなり「やれ」と任されたのでやや不安ではあったが、あの頃の経験を僕はちゃんと憶えていた。

 まあ憶えるメニューもテーブルの数も「7th」より少ないので、それなりに楽である。

 ただ会計が注文した直後にその場でやるので、掛けたエプロンが小銭で重いくらいだ。


 朝っぱらからそんな調子で、気がつけば昼を回っていて、それでも客足はまったく変わらない満員御礼状態。

 時間の経過さえ忘れるほど慌しい時間を過ごし、僕らはただひたすら、自分たちがやるべきことをこなすことしかできなかった。





 異変というか、変化があったのは、昼時のピークを過ぎてからである。


「一之瀬君」


 横岳さんに声を掛けられて、僕は初めて時計を見ることができた。すでに時刻は二時を回っていて、もうこんな時間なのか、と自分で驚いた。

 針の進み方が異常に早く感じられた。

 こっちに着いたのが朝七時で、挨拶や業務説明を受ける前に仕事に入っちゃったから……八時前から今までずっと働いていたことになる。目の前に水着美女がいても気づけないくらい夢中になって。


 「7th」だとこれくらいの時間には休憩入れたんだけど……まあ、この分だと期待しない方がいいかな。だって店内は未だ満席だし、外に行列もできている。

 ピークは過ぎたようだが、元々の集客率が高すぎるのだ。


「わーるいけど秋雨君呼んでくれる?」

「え?」


 つーと、もしかして休憩か?


「疲れたでしょ? 炎天下で悪いけど、呼び込みしながら休んでよー。カナちゃんもそろそろ疲れちゃったみたいだからシフトチェンジってことで」


 ああ、やっぱ休憩じゃなかったか……

 言い方は軽いし胡散臭いが、横岳さんはこれで一応従業員に気を遣ってはいるのだろう。……一番大変なのが横岳さんだ、ってわかっているから、僕から文句なんてない。たとえ休憩がなくても。

 基本歩き回るだけの僕でも汗だくなのに、横岳さんは常に鉄板の前で火にあぶられているような状況である。汗の量も段違いだ。それでも歯を光らせるくらい元気なのだから、この人もなかなか底知れない。


「あー肩いってー」


 横岳さんの隣でひたすらカキ氷を製造していた殺戮マシーン夏波さんが、さすがに疲れたのか肩を回している。……つかこの人、八時から今までずっとカキ氷作ってたのか……すげえな。筋力もそうだが持久力も桁違いだ。あれって結構重労働っぽいのに。


 僕は、改めて彼女に逆らうことの無意味さと無謀さを噛み締めつつ、高井君を呼ぶべく砂浜に降り立った。





 そこに彫像が立っていた。

 麦わら帽子をかぶった彫像がポーズを極めて立っていた。


 ……おい……


「高井君、何してるの」

「お、一之瀬か」


 彫像――高井秋雨は、胸筋をピクピクさせるという躍動著しいサイドチェストから、オスとしての有能さを語るようなたくましい上半身を見せ付けるダブルバイセップス・フロントにポージングを変えつつ振り返った。

 ……ああ、くそ、高井君のせいで僕はポージングの名前まで覚え始めてるよ……汗のせいでテカテカしてて無駄に自己主張してるよ……この浜辺が高井君のステージと化してるよ……もう筋肉やだよ……女性の胸の谷間とか見たいよ……!


 一瞬でうんざりした僕は極力彼の身体を見ないようにしつつ、先ほど感じた疑問を告げる。


「呼び込みは?」


 さっきの様子を見る限り、高井君は無駄に力んだポーズ取って立っていただけである。

 半ば答えは予想できていたが、聞かずにはいられなかった。


 そして彼は、予想通りの言を発した。無駄に力んで。


「俺の、筋肉は、言葉よりゆうべぇぇぇぇん!!――あふん」


 わき腹というか、肉の薄い敏感なアバラ骨を指でつつくと、破裂した風船のように高井君の張り詰めた筋肉がしゅんとしぼんだ。


「なんだよやめろよ。俺の筋肉は観賞用なんだよ。タッチすんじゃねーよ」


 こっちだってやりたくてやってんじゃねーよ。あとクネクネしない! そんなムキムキなのにクネクネしない! 気持ち悪い!


「横岳さんが呼んでるから来て」


 だが文句は言わないでおいた。

 例のポージング呼び込み、意外と受けはよかったらしく、クスクス笑いながら女性たちが通り過ぎたり、子供たちがポーズを真似したりと、キモい筋肉マスコットみたいにはなっていたらしい。変わったキャラが受けていたのかもしれない。まあ確かに高井君の身体は細身ながらも肉体は完璧だしね。


 これで呼び込みとして役立たずだったら夏波さんに告げ口してやるところだ。

 僕も横岳さんも夏波さんも忙しく働いてるのに高井君だけ立ってるだけ、とか許されないだろう。特に火にあぶられている横岳さんに悪いわ。あんなどうしようもない横岳さんでも申し訳ないわ。








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