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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
夏休みバイト編
112/202

111.ある夏休みの一日 其ノ肆





「にんじん」

「にんじん」

「じゃがいも」

「じゃがいも」

「たまねぎ」

「たまねぎ」

「シーフードミックス」

「シーフードミックス」

「生姜」

「生姜……こんなもんか?」

「そうだね」


 そうか、ならばあとは――


「このちょっと高いルウを併せて完成ってわけか」

「……ほんとに作る気? お母さんに任せた方がよくない? ルウもったいないよ」

「へやへ かえるんだな おまえにも べんきょうがあるだろう・・・」

「なんだとー!」


 たまたま飲み物を取りにリビングに来ただけの妹は、遠慮なくイラッとした顔を見せると、メモを置いて部屋へ帰った。


 彼奴はつかの間の休息を得て、受験戦争という戦いの世界へと再び舞い戻ったのだった。

 妹よ、今はがんばるがいい。

 いずれその疲れた頭と身体は、我がカレーが癒すことであろう……具体的には三時間後くらいに。


 ――さて、バカなこと考えてないで、始めるか。





 夏休みのある日、僕は台所に立っていた。

 目の前には、一般的なカレーの材料が無造作に広げられている。

 そう、カレーである。

 それもシーフードカレーである。

 僕はこれから、カレーを作るつもりなのである。


 先の喫茶店勤務の影響を受けて、少し料理を始めてみようかなと思っていた僕は、これまで母親の手伝いとして台所で包丁の使い方を学んでいた。やっぱりいきなり我流でどうこうってのはアレだからね。危ないからね。……だってほら、包丁って逆上した恋人とか浮気相手がよく男を刺す刃物だからね。モノがモノだけに怪我するからね。

 全然早くないが千切りくらいならできるようになったので、幸い母親も出かける用事があるとのことなので、思い切って今日チャレンジしてみることにしたのだ。


 喫茶店「7th」のシェフ・悪メン瀬戸せと孝弘たかひろさんに「初心者にもできる料理は?」と聞いてみたところ、「市販のルウを使えば、意外とカレーは簡単」とのこと。作り方を聞けば材料を切って「炒めて煮る」だけでいいみたいなので、初めて作る料理に選んでみた。

 ついでにレシピも教えてもらったので、まさに万全! 失敗する理由がないね! 瀬戸さんおすすめのちょっと高い市販ルウも買ったしね! 自費で!


 じゃあ始めるか。

 まずは材料を切って炒める……ん? あれ? にんにくは?


 ――チィッ、妹め! にんにくを故意に材料からはずしやがったな!


 材料チェックをしてくれた妹は、恐らく個人的な好き嫌いでにんにくを読みあげながったに違いない。……ああ、そういえばあいつ、にんにく多く食べると胃が痛くなるとか言ってたっけ。

 ……そういえば、カレーってにんにく入れるんだなぁ。生姜もなぁ……スパイスのイメージが強かったけど、そっちは全然指示なかったしなぁ……ターメリックとかいらないのか?


 ってしみじみレシピ見てる場合じゃないな。ほんとに始めよう。

 にんにく?

 もちろん入れるさ! 抑え気味にね!





 「初心者は手際が悪いから材料は先に切っとけ」とのアドバイスも貰っているので、まず材料を切り終え、それから手順に入ることにした。


「目がっ! 目がぁっ!」


 お約束のようにたまねぎを切って涙を流す。

 うおぉ、これが噂のたまねぎが目に染みるって奴か……ほんとに染みるな! えっと、なんだっけ、たまねぎの辛味成分である硫化アヴリルとかそんなののせいらしいって本で読んだことあるけど。某ム●カの気持ちが少しだけわかる。目ぇいてえ!


「一人で何やってんの?」


 うわ、妹!


「おまえこそなんだよ。受験勉強しろよ」

「うわ、キモッ! 号泣してるし!」

「硫化アヴリルのせいだよ!」

「アヴリル? ……硫化アリルじゃなくて?」

「…………」

「…………」

「知ってたけど!? ちょっと噛んだだけだけど!?」

「まあなんでもいいけど、余計なものカレーに入れないでよね。私ちょっとガ●ガリくん取りに来ただけだし」


 妹は冷凍室から目当てのガリガ●くんを出すと、僕に目もくれずさっさと立ち去った。


 くそ、妹め。

 ちょっと僕より早く料理始めたからって上から目線で……ああ、ならいつも通りか。


 硫化アリル(・・・)の理不尽極まる猛攻に必死に耐えながら、なんとかたまねぎ他、野菜を切り終えた。





 えー、まずカレー鍋にサラダ油を伸ばし、みじん切りにしたにんにくとたまねぎ、にんじんを炒める。シーフードがメインになるから野菜類は小さく切った方がいいとのこと。その方が火も通りやすいとか。なのでできるだけ細かく切った。

 適当に火が通ったところで水を投入、っと。この辺の分量はルウに併せろって言ってたな……軽量カップできっちり計って投入した。沸騰したらルウを入れるのだ。ちょっと高いルウをね! 自腹を切ったルウをね!


 別にフライパンを用意し、軽くバターをひいてシーフードミックスを炒める。

 なんでもシーフードミックスが少し臭いがするので、酒蒸しにするといいらしい。……酒か。料理酒と普通の酒ってなんか違うのだろうか?

 ちなみにシーフードミックスというのは、小さなアサリやホタテ、エビやイカなどがまとめてパックになったものだ。非常に便利なのでぜひ使ってみてください。


 海産物とバターが混ざり合った良い匂いがしてきた。

 蓋を開けるとふわっと磯の香りが舞い上がる。これこのまま食べてもきっとおいしいだろうなぁ。……元から小ぶりだった海産物たちが火を通したらもっと小さくなっちゃったような気もしてちょっとモヤモヤするが。水分が抜けたからか? 僕の知っているシーフードカレーは、もっと、こう、普通のカレーのじゃがいも張りにゴロッと入っているイメージがあるんだけどな……

 まあ、しょうがないか。予算的に難しいもんな。

 時間通りに蒸し揚げて、シーフードミックスもカレー鍋に入れる。

 ……あれ? まだ沸騰してないけどよかったのかな? この辺聞いてないな……まあいいか。もう入れちゃったし。


「沸騰してないけど入れていいの?」


 うわ、妹!


「何回様子見に来てるんだよ」

「だってそれ、私の夕食にもなる予定なんでしょ? お兄ちゃんが一人で食べるなら心配なんてしないよ」


 ……くそっ、言い返せないぞ。


「でも失敗はしてないと思うけど」

「ま、味付けはルウがやってくれるしね。絶対に余計なもの入れないでよ。隠しきれない隠し味とかさ」


 あと灰汁取りなさいよ、と命令口調で言い残し、妹は去った。


 くそ、妹め。

 ちょっと僕より早く料理始めたからって先輩ヅラして……でも素直に灰汁は取ろうかな。


 鍋のお湯が沸騰するまでにまな板やフライパンを洗い、素材から浮いてくる灰汁をすくい、煮立ってきたのでお玉の上にルウを乗せ、野菜とシーフードが踊る鍋にゆっくり沈めた。


 ――よし。

 ルウをしっかり溶かし、時々かき混ぜながら弱火でことこと煮込めば完成、っと!





 後片付けも済ませ、すっかり台所は鍋がある以外は綺麗になった。

 時計を見ると、作り始めてから一時間半が過ぎていた。

 工程を振り返ると、確かに難しいことは何一つしていない。なのに一時間以上も時間がかかったということは、瀬戸さんの言う通り、初心者だから手際が悪かったのだろうと思う。


 ……それにしてもうまそうだな。匂いが間違いなくカレーだ。初心者でもできるもんなんだなぁ。

 夕飯まで一時間以上ある。

 僕はその時を待ち遠しく思いながら、リビングのソファに座ってテレビを点けた。


「カレーどうなった?」


 うわ、妹また来た!


「もう出来てるよ」

「ふーん……換気扇回してよね。超カレー臭してるし」

「誰が加齢臭だ」

「そういうお約束いらない」


 くそ、妹め。

 ちょっと僕より早く料理始めたからって調子に乗りやがって……でも今のは確かにつまらなかったな。





 そして二時間後、僕は走っていた!


 米炊くのすっかり忘れてたから、白飯買いに弁当屋に走っていた!





 初戦。

 VSシーフードカレー。


 味は最高に良かった。

 が、米を炊き忘れるというう致命的なミスを犯し、加えて母から「カレー一品だけは寂しいわね」とのダメ出しが入る。


 一対二。

 くっ……僕の負けかな……味は文句なくいいと思うんだけどな……





「味はまあまあなんじゃない? 福神漬けないけど」


 くそ、妹め!









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