110.ある夏休みの一日 其ノ参
正直な話、男同士で集まってどうするんだ――という気持ちもなくはない。
何かしら用事があるならいい。
先日のように、僕のテレビ購入に付き合ってもらうだとか。そういう主立った理由があるなら、僕からは一切不満なんてない。
しかし、ただ漠然と「遊びたいから」とか言われると。
ただ「俺の夏はこれからだぜ! 俺の夏はこれから始まるんだぜ!」と超ハイテンションで誘われると。
これが一人でも集まる面子に女の子が入っているのであれば、ええ、はい、大いに結構。たとえ友達の彼女であっても、僕だってテンションが上がるだろう。全然関係なくてもね。そういう年頃なんだよ。
でも、今日の集まりは……いや、今日の集まりも、男ばかりである。
今日も三十度を超えるであろう、快晴の猛暑日。
早くも汗がにじんでいる額を拭いつつ、僕は「家で映画でも観てりゃよかったかなぁ」と、この集まりに対して汗とともに、すでに後悔までもにじみ出ている始末である。
時刻は十一時を回る、八十一駅正面の大階段。
ここも目立つ場所なので、新八十一アーケード街の入り口にある鬼晴らし女像くらい人気のある待ち合わせ場所といってもいいのだろう。僕のほかにもかなりの人数が座っている。あと視界の端でいちゃいちゃしているカップルが非常にうざったい。今すぐ不純異性交遊疑惑で職務質問されて署まで引っ張られればいいのに。
一応屋根があるので直射日光は避けられるが、それでも屋外なのでむわっとする暑さは変わらない。
この真夏のクソ暑い昼時に、こうして男を待っているという現状。
なんというか、不毛だ。
高井君の補習明けじゃなければ、たぶん断ってただろうな。
暑さと不毛さと義理と友情とその他の何かのためにぼんやり待っていると、まず柳君が合流。その柳君と本人同士の意向で声を掛けたマコちゃんもやってきた。先日テレビを買いに行ったメンバーがまた集結したことになる。
あとは高井君を待つのみだ。
……ほんとに、収集掛けた本人が一番遅いとか……ほんと不毛だわ。
それと明らかにマコちゃんが、僕とテレビ買いに行く時とは違って格好とか身だしなみとかの気合の入れ方が違うのも、なんか……いや、別にいいけどね。がんばって柳君を口説けばいいと思うけどね。
約束の時間から遅れること十分。
ついに高井君がやってきた。
「わりーわりー。待った?」
悪びれもしない笑顔の高井君。そんな彼に、僕はまず言ってやった。
「屋内で待ち合わせでよかったんじゃない?」
「いいじゃん。すぐ移動するし」
行き先なんて知らねーよ! 漠然と「補習の終わった俺を止められる奴はいねえ! もう団長でも止めらんねえ!」とかわけわかんないハイテンションで呼び出したくせに! あとこれ見よがしにランニングとか着やがって! 腕筋見ろってか? 肩から続く力強くも流麗な上腕二等筋とか見ろってか!? 見ねえよ! もう見飽きてるよ!
「で、どこ行く?」
だから知らねーよ! つーか「すぐ移動する」って言った直後に行き先聞くなよ! あと微妙にマコちゃんに無視されてるのにもそろそろ気付けよ! マコちゃんは柳君に夢中すぎるよ!
――こうして、ようやく絶望的補習から解放された高井君が夏休みに突入した。
どこかに行きたいか。
その質問に答えたのは、意外にも柳君だった。
「自転車が見たいんだが」
自転車。
そういえば、一学期に大型ショッピングセンター八十一HON-JOに僕と柳君で行った時、ちょっとだけ自転車を見たんだっけ。僕と柳君の妹・藍ちゃんが初めて出会ったあの運命の日だ。
「買うの?」
「まだ決めかねている。一応資金は持ってきたが」
先日行ったアウトレットストアやリサイクルショップで自転車があるのを見かけて、本人も思い出したらしい。
「いいね! 自転車!」
マコちゃんのテンションが上がった。瞳は輝き、顔は喜びに満ちていた。きっとマコちゃんは柳君と二人乗り的な青春の一ページを想像しているに違いない。うん、それは青春だよね。僕も天塩川さんとそんなのしてみたい。
「自転車か。いいんじゃねえの?」
八十一町に生まれて八十一町で育った高井君にとっては、この辺は思いっきり地元である。当然ここらの地理にも詳しく、自転車屋は数店知っているらしい。
まずは自転車屋を回り、「昼を少し過ぎたら昼食にしよう」とゆるく予定を立て、僕らは動き出した。
手近な自転車屋……ではなくスポーツ用品店に入る。
ジャージを見に行った時も思った気がするが、最近のスポーツウェアはカッコイイ。普通っぽいTシャツもあるので、こういうところで服を選ぶのもありかもしれない。
周りには目もくれずスタスタ歩く高井君は、店の一角にある自転車コーナーに僕らを案内した。
「僕はこれがいい」
「俺はこれかな」
「私はこれかなぁ」
別に買う気もないが、柳君を待っているついでに、僕らも自転車を見てお気に入りを決めた。
ちなみに僕と高井君とマコちゃんは、すでに自転車を持っていたりする。まあ僕はランニング始めてからはほとんど乗らなくなってしまったが。極力歩くようにしているのだ。
そんな僕らが選んだ自転車は、見事にバラバラだった。
僕が選んだのは、二十インチというタイヤが小さい自転車。アルミフレームのオシャレなやつだ。坂道の少ない八十一町だし、これで充分だと思うが。
高井君が選んだのはマウンテンバイクだ。マウンテンバイクもいいなぁ。……柳君がやたらそのごんぶとなタイヤを気にしているが。なんでタイヤだよ。フレームの色とか見ろよ。
マコちゃんが選んだのは、まあ普通のシティサイクルというやつである。バリエーションが豊富なので選ぶのも楽しそうだ。
「現実的に見るなら一之瀬の選んだ自転車かな」
「そうなの?」
「家がマンションだから」
なるほど。僕が選んだのって何気に折りたたみ式だしな。外に出しておくんじゃなくて、部屋まで持っていくと想定するのであれば、場所を取らなくて軽い自転車が便利だろう。
「そうね、柳君ならそっちも似合うよね! ……あの、タイヤで……ふ、踏んで?」
「……」
「……なーんてね!」
暑さのせいだろうか。
それとも熱い恋心のせいだろうか。
マコちゃんのテンションが上がりすぎておかしくなっているような気がするが……
「あ? 踏んでほしいの? やってやろうか?」
高井君の何気ない言葉に、バッと振り返るマコちゃんの目つきは険しかった。
「おまえじゃねえよ!」
うわ、マコちゃんがキレた! 男言葉でキレた! 珍しい!
「なんで怒ってんの? ……おい一之瀬、どういうことだ?」
おまえこそどういうことだよ。マコちゃんの気持ちくらい気付けよ。……つかまだ気付いてないのかよ! ここまで露骨なのに気付いてないのかよ! ほんとに自分の筋肉にしか興味なしかよ! どういうことだよ!
ああ……補習でどこか変に……いや、多少まともになっているかとも思っていたが、これは間違いなく高井君だわ……一学期の高井君と寸分違わないわ……
柳君はいくつか候補を選んだが、結局一度持ち帰ることにするらしい。
自転車屋を数店はしごして、なんとなく時間も時間なので「解散しようか」と僕が言うと、
「えー? まだいいじゃん。ストリートバスケのコートあるからそこで遊ぼうぜ」
高井君がごねた。
時刻は五時半である。まあ高校生には帰宅するにはまだ早い時間だろうとは僕も思う。まだまだ空も明るいし。
でもおもいっきり切りがよかったのだ。
自転車も見たし、暑いし、久しぶりに高井君とゆっくり話もできたし。先日僕が弥生たんに差し入れに行ったあの日は、結局会えなかったしね。
「先輩から聞いた噂なんだけどね」
と、マコちゃんが口を開いた。
「八十一高校は、六時から先生たちの見回りが始まるんだって」
え? 見回り六時って……あー……いや、わかる。それはわかる。だって八十一高校の生徒だもん。目を離すと何をしでかすかわからない八十一高校の生徒だもん。
「捕まったら下手したら補習――」
「帰ろう! 解散だ!」
どうやら高井君は、補習という言葉がトラウマになってしまったようだ。
こうして普通に僕らは解散した。