109.ある夏休みの一日 其ノ弐 裏
一件目。
午前十一時前、僕らは鬼晴らし女像から移動を開始し、新八十一アーケード街へと踏み込んだ。若者向けの店が多いせいだろう、すでにアーケードは人の山である。
これから行くアウトレットストアは、家具を中心とした店らしい。ちなみにアウトレットストアとは、売れ残りの在庫品を売る店だ。最新型がない店と言えばわかりやすいだろうか。
渋川君の話では、リサイクルショップよりは少し高いが品は確かだから、ブラウン管テレビを買うならここがいいかもしれない、と言っていた。
テレビの他にも買いたいものがあるので、できれば安く済ませたい。値段の参考程度に、というかスタンダードな値段を調べにいくと思えばいいだろう。あとで回る本命である中古屋での指針になるはずだ。
「柳くん柳くん」
「なんだ」
「宇宙人って信じる?」
「少し」
「じゃあUMAの諸々は?」
「雪男なら」
「エビフライってしっぽまで食べる派?」
「食べない」
「私たち、気が合うね!」
マコちゃんが熱心に柳君を口説いているのを横目に、僕は渋川君から聞いてメモした地図を頼りに歩く。
渋川君からの情報によると、僕が働いた「7th」へ行く十字路を、喫茶店とは逆の方に折れてアーケードを抜け、車道を二つ渡った向こう側にある、とか。
アーケードを出たら看板が見える大きな建物だから迷うことはないだろう、って話だ。
路地を折れると途端に人の波が減った。車道はバンバン車が走っていて、混雑と喧騒の代わりにエンジン音とタイヤがアスファルトを滑る音が大きく聞こえる。……へえ。こちら側も車道に添って店が並んでいるようだ。この辺来るのは初めてだから新鮮だ。
近くにあった歩道橋を上がったところで、目的の店の看板を見つけることができた。
……あ、そういえば。
「マコちゃん」
「邪魔しないで。今いいところだから」
「マコちゃん」
「……」
「マコちゃん」
「何ようるさいわね! 今忙しいのよ!」
ようやく振り返ったマコちゃんは、めっちゃくちゃ怒っていた。
マコちゃんは柳くんを口説くのに忙しいのだ。が、そんなことを気にしていたらこのメンツで買い物なんて行けないことを前回で悟っている。
「マコちゃんってこの辺地元になるの?」
家電とか強そうに見えないので当然のように何も聞かなかったが、もしマコちゃんが八十一町で生まれ育ったのであれば、それなりに詳しいはずだ。もしかしたら一度や二度行っている可能性があるではないか。地図頼りで未踏の僕よりよっぽど案内役に適している。
「そんなの知ってどうするの!? 今それ重要なの!?」
いや重要だよ……下手したら迷って無駄に時間をロスするんだから。この炎天下に無駄に歩き回るとか冗談じゃない。……というかマコちゃんはすでに、今日集まった目的を忘れている気がする。
「柳君は中三から引っ越してきたんだよね?」
「ああ。この辺の地理には詳しくない」
知ってる。行動範囲もそんなに広くないみたいだし。
「そうなんだ。私は小学四年生の頃に引っ越してきたんだよ。私たち、気が合うね!」
へえ。なら結構長いな。小四というと……十歳か九歳か。それからずっと八十一町にいるのなら、それなりに詳しそうだが。
「僕もつい四月頃に引っ越してきたんだけど。気が合うの?」
「え? 寝ぼけてるんじゃないの?」
え、なぜそのセリフ出た!? もうこの態度の差である。ある意味ウザかわいい。
いまいちマコちゃんとの意思の疎通に自信がなくなってきた頃、目当てのアウトレットストアに到着した。
時間の関係上、あまりゆっくりはできない。
結局マコちゃんがこの辺に詳しいかどうかも聞き出せないまま、二件目のリサイクルショップを経て、昼食を取ることになった。どこもかしこも多いので、ファーストフードをテイクアウトして三件目に向かう途中の公園で食べた。やたら一輪車の上手い小学生が流れる汗も気にせず一心不乱に爆走していたのが妙に心に残った。
腹に食い物が入ったせいか、マコちゃんのアグレッシブさがやや鈍ったので、この隙に世間話をしてみる。喫茶店で会ったりはしたがゆっくり話をするのは夏休み入って以来だ。
どうやら柳君は、この夏休みに海外に行ったらしい。そういえば一学期の終わり頃にそんなことを言っていた気がする。
マコちゃんはお盆に両親の実家に帰ったんだとか。僕と同じである。
それ以外、二人とも特にどこへ行くでもなく、ほとんど遊びにも出なかったらしい。僕と同じく基本家に引きこもっていたんだとか。
「妹にちょくちょく連れ出されていたくらいかな。レンタルDVDで映画を観て、あとは本を読んでいた」
さすが柳君、なんだか優雅である。夏休みだからってあくせく予定を詰めようとする僕とは大違いだ。
「私も似たようなものだったわ。こんなに陽射しが強いと日焼けしちゃうし。私たち、気が合うね!」
さすがマコちゃん、お肌へのこだわりが男の比ではない。
「僕もほとんど引きこもってたなぁ」
「でも一之瀬くん、なんとなく息を吸ったり吐いたりして生きてたんでしょ?」
「え? ……うん、まあ」
「じゃあ気が合わないわね! あなたは地球温暖化の悪だわ!」
……君も普通に生きてりゃそうだと思うけどね。この態度の差である。もうしびれるわ。
そして三件目。僕らは本命の大型リサイクルショップへ向かった。
一件目、二件目でだいたいのリサーチは済ませた。きっと買うならこの店で、ということになるだろう。
それにしても大きな店だ。駐車場も大きければ店自体も非常に大きい二階建てである。
ここは家電や家具だけではなく、古着やアクセサリー、ゲームにマンガに本にアニメ、CDにDVDにフィギュアやグッズ、携帯電話本体や金券などなど、とにかくほぼなんでも扱う店なのだそうだ。別にお金がなくても色々見るだけで時間が潰せる店として、今は小学生なんかの出入りも多いみたいだ。
「えっと……家電は二階かな?」
どうやら駄菓子屋もあるらしい。出入り口でガリガ●くんをかじっている小学生三人の脇を抜け入店し、案内板を見て自分の欲しいもののありかを探す。一階は……服とかマンガとかゲームとかあるみたいだ。
「別行動しようか」
僕は提案した。
人が、それも小学生くらいの小さい子が多いので三人で行動しづらいかもしれない。それに僕は見るものも決まっているので用はすぐに済むし、細部まで無理に付き合ってもらう理由もない。ここなら個人的に見たいものもありそうだし、僕に付き合わせるよりは退屈もしないだろう。
「そうね。それがいいかも」
マコちゃんが同意する。たぶん「柳くんと二人きりがいい!」という本音ではなく、僕のように客観的に考えたからだと思う。まあ強いて本音を探すなら「もうテレビ見飽きた」といったところか。マコちゃん家電弱そうだから。
「じゃあマコちゃん、柳君のことお願いね」
「OK!」
「……頼む相手が逆じゃないか?」
いや、合ってる。間違いない。
どうにも世間知らずで心配な柳君をマコちゃんに任せ、僕は二人と別れて二階へ向かうことにした。
ほんとに色々あるな……
エスカレーターに乗ってゆっくり二階へ登りつつ、物珍しく周囲を見回す。服なんかは僕も見たいなぁ。
雑多な一階とは違い、二階は通路をやや広めに作ってあるのは、スペースを取る家電があるからだ。洗濯機から掃除機、マッサージチェアにクーラーまである。リサイクルショップなだけに不意に増えたりもするのだろう。
それに扱っているものがものなだけに、この辺は少しだけ人が少ないようだ。小学生なんて影も見えない。……と思ったが、ここ二階の隅にはゲームセンターみたいなスペースもあるみたいで、やはり子供はいるようだ。
テレビ自体が場所を取る大きさなので、並んでいる場所はすぐわかった。
画面が曲面に突出している古そうなブラウン管テレビから、平面の液晶……いや、フラットっていうのか? とにかく平面テレビ。薄型に地デジ対応型と、意外と選べるくらいバリエーションが豊富だった。
ざっと見て気になったのが、ちょっと古そうな21型テレビ。大きさはこれくらいで文句ないが、とにかく値段に驚いた。
三千円である。
野口さん三人の力で倒せる額である。
あまりの安さに「まさか」と目を見張る。が……どうやらリモコンがないらしく、色々と制限されてしまうようだ。ビデオやゲーム専用ということになるらしい。専用ならこの値段か……
心惹かれるものがあるが……うん、あとで必要な機能が使えなくてガッカリしそうなので、普通のテレビを選ぼうと思う。
前に回った二店から比べても、やはりここは格別に安い。決めるならこの店でいいだろう。
あとは選ぶだけだが……どうしようかなぁ。
値段、サイズ、地デジ対応か否か。
三つの条件で振るいを掛けて絞り込んでいくと、候補は三台ほどになった。
一台目は、32インチという僕の普通の部屋にはだいぶ大きめのテレビ。地デジ非対応の、薄型ではない分厚いやつだ。
いいなぁ。やっぱり大きいのいいなぁ。夢があるよなぁ。これくらい大きいと何観ても楽しいだろうなぁ。
二台目は、22インチ地デジ対応型。地デジチューナーを買わずに済むし、僕の普通の部屋の大きさ的にこの辺を選んでも充分だと思う。
そして三台目は、24インチ地デジ非対応。テレビもやや古めだろうか。でもこれは地デジチューナーがセットになっていて、普通に買うよりは千円ほどお得らしい。
僕は特に大きさにもブランドにもこだわりはないので、これはこれでいいと思う。
……さて、どうしよう?
安く済ませて他にも色々買いたい、という気もするが、後悔しないようちゃんとしたものを選びたいとも思う。それこそせっかく買うならバイト代全額注いででもより良い物を買ってもいい気はするが……でもしょせん選ぶものすべてが中古品なら、ある程度で手を打つ覚悟も必要か……
なんとなくテレビ売り場を離れて、考えながら色々見て回る――と、あるものが目に入った。
「デッキ……」
――DVDデッキか……なかなかのコンパクトさと画質だ。
この一之瀬友晴が生まれた時代はカセットテープしか流行っていなかった。
そう、目に入ったのはDVDデッキだった。いぶし銀に輝くそれを見て、僕は当初の、いや、大本の目的を思い出していた。
思い出せ。なぜテレビを欲したのか。
――それはこの世の神秘を知るためだ!
思い出せ。なぜテレビを欲したのか。
――いつの間にか妹が背後に立っていることがないように、すべてのリスクを帳消しにするため……!
まさに初心を忘れていた僕の脳裏に、理性の裏に隠していた欲望がまざまざと広がった。この僕としたことが、こんなにも大事なことを忘れていただなんて……
ギリギリまで投資する?
とんでもない! DVDデッキを買わずして、テレビになんの意味がある!
欲しいのは地デジじゃない。
画面いっぱいの肌色のソレのアレだ!
三択の答えは出た。
大画面の大迫力の肌色のソレのアレでカーニバル――僕にはその夢を捨てることはできない。
いや、男ならば捨てられるものではない!
僕は頭の中で、候補にあった32インチテレビの値に、DVDデッキと地デジチューナーの値段を上乗せし始めた。
あとは、浮いた予算で欲望濃く七色に輝くディスクの購入へと当てるのだっ……!
一之瀬友晴、ついに思春期の夢購入! イヤッホォォォォウ!!