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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
夏休みバイト編
109/202

108.ある夏休みの一日 其ノ弐  表





 世の中には、嬉しい悩みというものがある。

 たとえば二択あって、どちらも正解である場合。

 目の前に一番好きな食べ物と二番目に好きな食べ物が並んでいて、どちらを先に食べるか迷う場合。


 「どちらか」ではなく「どちらも」というのは、嬉しくて贅沢なものだ。


 そしてもう一つ、嬉しい悩みの形がある。

 もしかしたら、どれを選んでも正解という嬉しい選択肢よりこちらの方が好み、という人も少なくないかもしれない。


 何度か携帯を取り、置き、開いては迷ってまた閉じて。

 メールまで打った挙句に消したり、ちょっと面倒になって夕食を食べに行くも、食べながらもその悩みは頭から離れなくて。


 短針が水平を上回った頃、僕はようやく決心し、携帯を握り締めて決意のメールをしたためた。


『オレは人間を辞めるついでにテレビを買うぞ、ジョ●ョーーーー!! 明日鬼晴らし少女の前に十時集合だッ!』





 昨日の僕は浮かれていたと言わざるを得ない。それは送信したメールを見れば言い訳できないくらい一目瞭然だろう。

 バイト(のような手伝い)の初給料が出て数日。

 何を買うか、何に使うかでずっと迷っていた。


 世間的に見れば決して大金とは言えないが、僕にとっては今、人生で一番の大金を持っていることになる。

 何せ丸が四つ並ぶ額だ。

 何でも、とは言えないが、多くの欲しいものが買える額だ。


 でもこのまま持っていたら、コスプレ喫茶に通い詰めてユミさまに貢ぐだけで終わりそうだ。だからもう、きちっと欲しかったものを買ってやろうと思ったのだ。……だってもう三千円くらい注ぎ込んでるもの。一回行っただけで三千円も注ぎ込んじゃったもの。このままだと一週間くらいで思い出だけ残してなくなりそうだもの。

 そういうわけで、英断を下したわけだ。


 個人的な五千円以上の買い物なんて始めてである。 

 PSPやDSも欲しい。……学校で狩りをしているクラスメイトが羨ましくなかったわけじゃない。僕だって擦れ違い通信とかしてみたかったさ。ポ●モンマスターにだって興味あったさ。弥生たんと一緒に地球を守りたいなーとか思ったりもしたさ。

 もっとも欲しいのはパソコンだが、本体とネット環境を考えると、今回は見送ることにした。お金が足りないかもしれないから。


 そんなこんなであれこれ考えていて、やはりはずせないのはテレビだと思い至った。

 今テレビは安い。古い型ならそこそこ大きいのでも一万円しない。

 幸い僕の部屋にはテレビアンテナが引いてあるので、あとはテレビ本体と、テレビが古い型なら地デジチューナーがあれば、自分の部屋でテレビが見られるようになる。

 それに加え、今はDVDデッキも安いものがある。

 これさえあれば、深夜や家族のいない頃を見計らってリビングでこそこそアレなDVDを観るという高リスクの綱渡りをしなくて済むようになる! この前なんて妹が背後から見ていたのにしばらく気づかなかったくらいだから……ああ恐ろしい。今思い出しても心底恐ろしい。下手なホラーより恐怖体験だった。


 とまあ、それが長考にして熟考した結論だった。





 それから夜が明け、僕は、昨日の自分が浮かれていたことにようやく気づく。


「驚いちゃった。いきなり悪のカリスマDI●様メールでデートに誘ってくるんだから」


 待ち合わせ場所には、ホットパンツにTシャツというやや控えめにまとめた女装姿の少年がいた。かすかに盛り上がっている胸の詰め物がさりげなくも憎たらしい自己主張をしていた。

 覚醒した乙女マコちゃんである。


 ――どうやら僕は、昨日の晩、はしゃぎすぎたようだ。柳君にメールしたと思っていたのに間違えてマコちゃんに送信していたらしい。

 そうだよ、ちょっとおかしいと思ったんだよ。


 『べっ、別に! あんたに誘われたから行くんじゃないんだからね! あんたに使われるお金がかわいそうだから貰いに行ってあげるだけなんだから!!!』――なんてノリノリなカツアゲ予告メールが返ってきたんだから。よく考えたらあの柳君がこんなにハジケたメールを送ってくるわけがない。仮にハジケたとしても、その時点でもう僕が知っている柳君じゃないではないか。


 ヤバイ。

 この状況、どう見てもデートじゃないか。

 この状況、どう考えても僕の初デート消化試合じゃないか!


 二度目はいい。

 二度目からならマコちゃんとのデートだって受け入れるさ。なんなら五条坂先輩でも構わないさ。でも一番最初は、僕の人生で一度きりの初デートだけは、本当に僕が望む相手とさせてくれ!

 ずっと好きな相手としかしない、とか言わない! 贅沢は言わないから、せめて初デートだけは好きな人と……!

 将来大人になって誰かと酒でも飲みながら話している時に「一番最初のデート男とだったよー」と言うのと「二度目のデートなんて男とだったよー」と言うのでは、もう0と1か、ってくらいの差があると思う。……いや、大人になったら些細なことと思えるのかもしれないが、思春期バリバリの今はダメだ。たとえ将来「そっちの方がおいしいんじゃないか?」とわずかなりに考えなくもないが、今はそれは拒否したい。


「どこに行こっか?」


 かわいらしく首傾げるんじゃねえ! ノリ気か!? 君このデートにノリ気なのか!? なあ!? 君には柳君という本命がいるよね!? いるよね!? ……ハッ!? もしや僕は、マコちゃんの中ではキープ扱いなのではなかろうか……!?


 ……いや、うん、とりあえず落ち着いた方が良さそうだ。色々熱くなりすぎだ。


 あのメールを送った昨夜、テンションがやたら高かったのは認めよう。

 僕の部屋にテレビがやってくると思っただけではしゃいじゃったのも認めよう。

 今日も凶悪な夏の一日を予期させるくらいには午前中から暑く、そして今日も絶好の晴れ模様で、絶好のデート日和であることも認めよう。

 待ち合わせ場所にマコちゃんがいて、かなり戸惑ったし、彼の口調から僕が誘ったからここにいるということも、己のミスとして受け入れるべきことだ。


 落ち着いて考えよう。


 僕が悪いし、僕のミスである。

 別にマコちゃんと出かけるのは嫌ではない。もうほんと、あの高校で過ごしていれば、マコちゃんくらいの問題なんて「この程度」と本気で思える。女装でも男装でも勝手にやってくれ。隣に誰がいたって僕はもう平気だ。女装姿の五条坂先輩でももう構わない。

 つまり、だ。


 初デート。

 恐らく誰しもの心に強く残るであろう初デートという初物を、男性に捧げるのだけは嫌だということだ。


「これはデートじゃなくて買い物だけど」

「買い物だったらデートじゃない」


 撃沈! くそっ、マコちゃんめ! これをどうしてもデートにする気だな!?


「テレビ買いに行くだけだけど?」

「二人きりで行くと二人の新生活の始まりみたいだね」


 瞬殺! くそっ、マコちゃんめ! デートの意味合いをより濃密にしやがった!


 ……こうなったら仕方あるまい。


「ちょっと待ってね。うん。……あと一人呼ぶから」


 柳君、ごめん。もう一度君を少しだけ犠牲にするよ。


 僕は『緊急事態! 今すぐ鬼晴らし少女の前に来てくれ! できれば五分以内に! あと藍ちゃんも連れてきてくれると僕は涙を流して喜ぶけどどうする?』とメールを送った。

 すぐに『藍は無理だが俺は行ける。でも五分は無理だ。』と返信が来た。


 ふう……初デート回避!





 鬼を蹴り倒す逞しき少女の前で三十分ほど待っていると、呼び出した柳君がやってきた。

 ストレートのジーンズにスニーカー、薄手の白い長袖シャツがなんだかオシャレだ。普通夏場に長袖なんて暑苦しくてうっとうしいだけなのに……それに柳君には「男の白=ブリーフ」ではなく、「非常に涼しげでさわやか」が適用されるようだ。これがイケメン効果というものか。同じストレートのジーンズ姿だというのになんて差だろう。

 喫茶店で会った時は他のこと(主に藍ちゃん)に気を取られていたので見る余裕がなかったが、こうして見ると制服姿でも私服姿でも余裕のイケメンっぷりである。某五人組アイドルグループのリーダーみたいにファッションセンスが若干ズレているということもないらしい。

 マコちゃんも好きになるよなぁこれ。これで中身も男前なんだぜ? ずるい奴だよなぁ。


 隣のマコちゃんは当然として、その辺で待ち合わせしている女子や擦れ違うお姉さま方の視線を独り占めしながら、柳君はまっすぐ僕の前にやってきた。


「緊急事態とは何だ?」

「テレビを買いにいくから付き合ってほしい」

「それだけか?」

「余裕があったらお昼をおごる」

「……それだけか?」

「マコちゃんと初デートするはめになりそうだったから君を犠牲にした」

「…………」

「……って言ったら信じる?」

「前にも似たようなことがあったからな。信じよう」


 あ、柳君の僕を見る目が視線がやけに冷たくなった! ……そうだよなぁ、こういうの二度目だもんなぁ。このメンツでストラップ買いに行ったもんなぁ。薄々わかっちゃうもんなのかもなぁ。


「大した用事じゃなくてごめん。もしかして忙しかった?」

「いや、構わない。坂出がいるなら好都合だしな」

「え?」

「こいつがいたら女が寄ってこない」


 そう、女の子にしか見えないマコちゃんがいたら、逆ナン目的で柳君に近づく女性はまずいない。

 前回犠牲にした時、かなり女子の多いファンシーショップに連れて行ったのに、誰も声をかけてこなかったからね。……すげー注目は浴びてたけどね。もう五人に四人は見てる、って感じだったけどね。


 ――まあ、柳君が見てないところでマコちゃんが周囲を威嚇してたことを僕は知っているけどね。近づくな、と言わんばかりに。これは私のだ、と言わんばかりにね。これは私のケツだから見るな、と言わんばかりにね。


「で、どこに買いに行くんだ? HON-JO(ほんじょう)か?」


 八十一HON-JOは、地域密着型の大型ショッピングセンターである。夏休み真っ最中なのでかなりの混雑が予想される。


「いや、アウトレットストアかリサイクルショップでいいかなって思ってる。その辺の電気屋とかHON-JOに行っても最新型しか置いてないし。最新型買う予算はないよ」


 僕はポケットからパチンコ屋のチラシを出した。――用があるのは裏面の余白だ。


「昨日、渋川君に連絡して、この辺にあるテレビ買えそうな店を聞いたんだ。そっちを回るってことで」

「わかった」

「持って帰る時はどうするの?」


 マコちゃんの質問の意図は、僕もちゃんと考えていた。

 テレビは重い。たぶん小型の14インチでも、抱えて持って帰るというのはかなりキツイだろう、と。

 だから僕は昨日の内に、自称情報通の渋川君の他に、車的なものを運転できそうな知り合いにも連絡を取ったのだ。

 まあ、夏波さんだが。

 僕が気軽に相談できる年上は、なんだかんだ言って結局は荒ぶる女子大生・沢渡夏波さんなのだ。


「購入が決まったら知り合いが車出してくれるってさ」


 夏波さんはあいにくまだ運転免許を持っていないそうだ。が、何を隠そう、あの遠野洋子さんが自動車免許を持っているらしい。

 改めて洋子さんに連絡し、アポを取り付けることに成功した。でも洋子さんは昼過ぎまで「7th」で手伝いがあるので、会うのは昼以降となる。

 まったく。持つべきものは体育会系の先輩である。





「じゃあ行こうか。僕について来い!」

「はしゃぐと転ぶぞ」

「慌てると転ぶわよ」


 …………あれ? なんか僕の立ち位置が、柳君とマコちゃんの子供みたいじゃない……?













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