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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
夏休みバイト編
106/202

105.夏休みバイト編 六日目  後編





 人間は考える存在である。

 人間は考えることで、不可能なことを可能としてきた。

 馬より早く走る「モノ」の可能性を追求しなければ、自動車は生まれなかっただろう。

 鳥のように飛ぶ「モノ」の可能性を追求しなければ、飛行機は生まれなかっただろう。



 形のあるもの、形のないもの。

 計算だったり、概念だったり。

 数字で表せるものも、明確に現せないものも。


 人間が研鑽を重ねてきた文化は、あらゆる可能性を追求した。

 それら可能性の追求は、科学は元より僕ら人間の肉体と精神と心、精神論、哲学、道徳心やモラル、法、数え上げれば切りがないくらいにあらゆる「モノ」に向けられた。


 あらゆる「モノ」に、である。


 それには、そう――この状況をどうにかするような戦略や戦術、いわゆる策というものも存在したはずだ。


 あいにく僕は知らなかったが。




 客入りがないという異変の原因を確認した僕は、いったん店に顔を引っ込めた。


 喫茶店「7th」を挟むようにして、睨み合う二つのチーム。

 片方は『愚裏頭裏威』なる刺繍を誇らしげに彫り込んだピンクの特攻服姿の女の子たち――暴走族っぽいレディース十数名。

 もう片方は、派手な頭と基本黒い格好をしたパンク系ファッションに身を固めた男女混合二十名くらいのチーム。


 僕は真剣に考えていた。

 とりあえず今すぐ処理したい。穏便に、かつ迅速に。ケンカが始まったり警察が介入する前に。


 それを可能とする策は――実はすでに頭に浮かんでいる。

 それも、方法は二つも頭に浮かんでいる。


 だが諸々の事情から、どちらも遠慮したい策だ。


 一つは、十和田さんに包丁でも持たせてどっちかのチームに向かわせればいい。確実に蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出すだろう。

 だが後々のことを考えると、リスクが高いかもしれない。特に「十和田さんがここで働いている」という居場所特定の情報が漏れるのはまずいだろう。今はよくても、後々仕返しや嫌がらせがないとも限らないのだから。

 同じ理由で、悪メンにしてバリバリにケンカ強そうな瀬戸さんの投入も見送りたい。

 そう、店の人は矢面に立たせるべきではない。できれば僕も含めて。


 そしてもう一つは、八十一町の伝説にして不良界の禁則事項タブー、五条坂光の召喚である。

 これは単純に、呼び出す僕のリスクが怖いからだ。軽く請け負ってくれるなら構わないが……呼び出す対価が上半身裸くらいじゃ済まないかもしれないじゃないか。いや結構マジで。

 よって、本当に最終手段として考えておきたい。

 それに、いくら五条坂先輩でも、呼び出すには時間が掛かる。最悪今すぐ駆けつけられる場所にはいないかもしれないのだ。

 他力本願の策は、成功率の問題から、あらかじめ省いておくべきだろう。


 ゆえに、僕はまだ考えている。

 この状況は、どうすれば打破できる?

 たぶん片方が解散すれば、自ずと対抗チームも解散するはずだ。ここにいる理由がなくなるからね。


 ……ん? 理由?


 そういえば、彼女らはここで何をしているか……はともかく、なぜここにいるのだろう?

 ここでやりあおうとしているのは偶然か?

 たまたまこの辺で克ち合ったから睨み合っているのか?

 それとも、何か理由があるのか?


 理由……と言えば、やっぱり気になるのは、先日熊野さんを訪ねてきた金髪モヒカンの彼女だろう。あれほど尖ったハードな髪型、パンクスの中にいてもおかしくない。というかたぶんいる。無関係とは思えない。

 ってことは、熊野さん絡み?

 でも熊野さん、今日は昼から――


「なんかあった?」


 様子を見てくると言ってなかなか店を出て行かない僕を見て、レジ辺りで瀬戸さんと話していた今時の女子高生・新島さんが近付いてきた。

 説明……するべきなのか?

 でも説明した途端「警察! 警察!」と騒ぎ出して、瀬戸さんや店長に表の異変が知られるかもしれない。

 警察は、ちょっと勘弁して欲しい。


「実は……ってあれ!?」


 口八百で誤魔化そうとしたが、その暇もなく、新島さんは僕の横をすぎてさっさと表の様子を見てしまった。……まあ確かに、すぐそこにある異変なら説明聞くより直で見た方が早いからね……


「な……」


 それを見て、新島さんの動きが止まった。


「新島さん、巻き込まれると危ないから……」


 百四十半ばという小柄な彼女の肩に手を置き、僕は新島さんを店側に引き戻そうとする。

 が、ピクリともしない。

 確かにそこまで力を入れているわけじゃないが……全然、よろめきもしないし、振り返りもしない。


「……一之瀬、ちょっと付き合え」

「え? え、えぇ……!?」


 新島さんは逆に、肩に置いていた僕の手を取り、戸惑う僕を連れて表に出てしまった。





 なななななななんてことを……! なんてことをーーーー!!


 二つのチームが睨み合うほぼ中間に、僕と新島さんは立っていた。

 横っ面に薄い胸板にもやしっこの身体全体に、刺すような視線をビシバシ感じる。

 おいヤバイだろ! ほんとこれヤバイだろ! ONEの会の部室に連れ込まれた時くらいヤバイ気がするんだけどヤバイだろ!


「一之瀬」


 新島さんは僕の手を離し、その手でパンクスの方を指差した。


「室戸って奴連れてきて」

「え、えぇっ!? 僕が!? てゆーかこれ……なんすか!?」

「頼むよ。警察沙汰にしたくないんだ」

「で、でも僕、向こう行った途端殴られませんかね!? つか袋叩きにされませんかね!?」


 わからないことだらけだが、レディースもパンクスも、どちらも気が立っているのはわかる。わかっている。わりと一触即発だってことだけは、理屈じゃないところで理解できている。


「大丈夫だよ。――まだね」


 まだ!?

 新島さんは自分の主張だけ済ませると、……Oh……レディースの方にスタスタ行っちゃったよ……


 ――察するに、新島さんは何かしら事情がわかっているのかもしれない。


 はぁ……仕方ない。

 僕は溜息を吐くと、「警察沙汰にしたくない」という新島さんの言葉を信じて、パンクスチームの方へ歩を進めた。


 近くに寄れば寄るほど、敵意のある強い視線を強く感じる。

 女性も含めて、ほとんど僕より大きい連中ばかりだ。うわぁタトゥーとかすげー入れてるよ。あとモヒカンがこの連中の中じゃ普通に見えちゃうよ。うわぁ……うわぁ……地下の薄暗いライブハウスくらいこえーよ……超こえーよ……

 逃げ出したいのを必死で我慢し、僕は彼らの前に立った。


「すみません。室戸さんってどなたですか?」


 問うと、誰かから驚愕の返答がやってきた。


「ムショだ」


 むしょ……刑務所!?

 NOooooooooo!! 見た目通りヤバイ連中じゃねえかこの野郎!! 悪いことしたのか!? どんな悪いことしたんだ!? ……さ、SATSUGAIか!?

 今まさに心折れて逃げ出そうかと本気で考えた僕の前に、あの金髪モヒカンの女性が出てきた。


「室戸の代理だ。話なら私が聞く」


 彼女はセキと名乗った。たぶんあだ名だと思う。身長は僕と同じくらいだが、十センチを越えるトサカの部分が余裕で僕を上回る。赤いペンキを転々と飛ばしたような黒いデザインタンクトップ、ボロボロのブラックジーンズ、シルバーアクセと、どこからどう見てもバリバリのパンクかメタルかロックだ。

 両チーム中間地点というか、僕はセキさんを連れて、なぜだか自然と「7th」正面に戻った。店から丸見えのここじゃなくても別にいいと思うんだけど、まあ、なんとなく。


 新島さんもレディースの方で何かしら話している。たぶんすぐ来るだろう。そうじゃないと困る。


「……あの、パンク系ですか?」


 沈黙がつらかったので、僕はちょっとだけ聞いてみた。


「パンクもメタルも。何? 興味あんの?」


 ありませーん。……いやなくはないけど、悪い道に引き込まれそうだからないことにしときまーす。カラオケとか行くと激しいのとかノリがいいのとか盛り上がるからね。レパートリーには一応あるんだよね。


「いやあ、音楽のことはよくわからなくて」

「わかる必要はねえよ。音楽なんざ感じるもんだし」


 うわ、さらっと言ったよ。ちょっとかっこいいな。





 なぜだか初心者オススメの洋楽アーティストの名前を教えてもらいつつ待っていると、程なく新島さんが特攻服の人を一人連れてきた。

 これまた見覚えのある、目付きのキツいポニーテールのあの人だった。


「で? おまえらどうなってんの?」


 セキさんとポニーテールを集めると、新島さんは低い声で問う。


「あたしらも困ってんだわ」


 ポニーテールがそう漏らした。


「室戸がムショ行ってから、色々バランスが崩れてる。……まあそもそもを言えば、キッコさんとヤコが同時に抜けたのが原因だけどさ」

「仕方ないだろ。最初から引退って決めた歳になったんだし」

「ヤコは違うだろ」

「その話はもういい。何回もしただろ」


 ……えっと、その、新島さん……その、引退とか、キッコさんと同時とか……うん、そうだね!


「それじゃ僕はこれで!」

「いいからいろ」


 なんでだよ新島さん! これ明らかにあなたと熊野さんの揉め事だよね!? ようやくそれがわかった今、僕がここにいる理由ないよね!?


「新島、ちゃんと説明してくれよ」


 と、僕のことなど全然気にせずセキさんが言った。まあ戻れなくなった以上無視してくれた方がありがたいけどね!


「昨日、そいつと一緒にクマに会いに来たんだ。説明しろってさ。でもあいつ『知らない帰れ』としか言わなかった。つかろくに話も聞かなかったよ」

「そりゃそうだろ。何の話かは知らないけど、私もキッコさんももう引退してんだ。個人的な付き合いならともかく、チーム同士のいさかいに巻き込むなよ」


 新島さん、あなたは今まさに僕を巻き込んでますけどね。


「筋違いだが、それを推してでも聞かなきゃいけなかったんだ。チームの存続に関わるからよ」


 室戸がいない今は私がチームの代表だからよ、とセキさんはハードな見た目によらず責任感の強いことを言う。


「頼むから事情を説明してくれよ。そうすりゃすぐ帰るからよ」

「ヤコ、私からも頼むわ。説明してくれ」


 セキさんの言葉に、ポニーテールも口を揃えた。たぶんこのポニーテールも、レディースの代表なのだろう。


「説明って言われても……なんの話だよ」


 話してみろ、と新島さんが言ったその時だった。


「――てめえら何やってやがる!!」


 芯の通った強い声が、灰色の空へと響き渡った。





 声の主は、「7th」の斜向かいにあるコスプレ喫茶から出てきた。


 あ、あれは……ユミちゃん!?

 いや、てゆーか……なんつー格好してやがる! スク水の上だけ夏服セーラー服とか! ……大好きなんだけどその格好なんのコスプレですか大好きですけど!


「あ?」

「はぁ? なんだコラ」


 僕の感動と感激など微塵も気にせず、やってきたユミちゃんは、まさに額をゴリゴリ押し付けて超至近距離で新島さんと睨み合う。……あ、あれ? ユ、ユミちゃ……いえ、ユミさん?


「おいこらチビ。てめえ引退こいたくせにまだうちのチームに関わってんのか? あ?」

「元だろ? いつまでも若い気でアタマ気取ってんじゃねえぞ垂れチチ」

「あ? 殺すぞ?」


 え、ちょ、その……ユ、ユミ、さま……?


「相変わらずできもしねえことウタうの好きだなぁ? そういうの年寄りの氷水っつーんだよ」


 冷や水だよ新島さん! それ言うなら年寄りの冷や水だよ!

 なんかもう展開についていけないが、今新島さんが痛恨のミスを犯したことだけはよくわかった。メンチ切り合ってる時にやってはいけないミスを犯したことだけはよくわかった。


 ……が、幸いにも、この場の女性たちはミス自体に気付かなかったようだ。……うん、よかったね新島さん……うん……よかったね……バレなくて……


「ユミさん落ち着いて。そいつ巻き込んだの私だから」

「――は?」


 ユミさまの危険極まりない目が、口を挟んだセキさんを捉える。


「おいセキ、いつからうちのモンは敵と戯れるようになったんだ?」

「別に戯れてないよ」

「それに元だろ。おまえもいい加減引退したこと自覚しろ」

「てめえに言われる筋合いねえんだよ!」

「うるせーな大声出すなボケ!」


 いや……どっちもどっちです、新島さん。


「はぁ……やっぱめんどくせーことになったな」

「ああ……」


 ポニーテールの深い溜息に、セキさんも溜息のような返事を返した。





 まあ、とりあえずだ。


「あの、そろそろ警察とか来ちゃうかもしれないんで、この場はひとまず解散してもらえませんかね?」


 頼みの新島さんが乱入してきたユミさまと睨み合うという、なんかもう……なんかもうっ、という状況になってしまったので、なけなしの勇気を振り絞って僕が話を進めることにした。

 とにかく早く去ってくれないと、天塩川さんが来なくなってしまうのだ。それだけはなんとしても避けたい。多少の犠牲を出してでも避けたい。

 とにかく僕は天塩川さんに会いたいのだ。


「そうしたいのは私らも一緒だよ」


 疲れた顔でポニーテールは言った。


「でも説明なく解散じゃ下が納得しねえ」

「うちもだ。話だけはどうしても聞かないと、もうどうにもならない」


 話……か。


「それってどんな話なんですか? 僕にもわかる話なら僕から説明しますけど」

「「おまえじゃ無理」」


 あ、そうですか。まあ僕には状況さえわからないからね。話しても無駄って気はするよね。


「でもこうなっちゃうと、話どころじゃないでしょう」


 新島さんはユミさまと完全ガチでケンカ始めそうなレベルで睨み合ってるし、同じく事情に通じてそうな熊野さんはまだ来ない。つまりこの場で何かしらの話の説明をしてくれる人がいないのだ。


「僕、熊野さんの携帯番号交換してますし。なんなら僕から事情を話して説明を求めてもいいと思うんですが」


 携帯を出して見せると、この提案には少しだけ光明が差し込んだらしい。セキさんとポニーテールは顔を見合わせると、「まあダメ元でいいよな?」「いいんじゃね?」と極短い打ち合わせを挟み、その肝心の話をし始めた。





 話を聞き終えた僕は、手短に答えた。


「関係ないですよ。だって五条坂先輩を呼んだのは僕ですから」

「「はっ!?」」

「あの人は僕の呼んだお客さんだったんです。少しだけ交流があるんで」


 ――揉め事の発端は、先日、あの五条坂光が「7th」にやってきたことから始まる。


 いや、そもそもの発端は、熊野さんがレディースチーム『愚裏頭裏威』(グリズリーって読むらしい)を作ったところから始まったらしい。

 当時、『愚裏頭裏威グリズリー』を作った初代総長である熊野さんと、ユミさま率いる……正式な名前はないが、ユミさまが好きなバンドから取っていつからか「war」と呼ばれ出したチームは、まあ想像通り対立していたらしい。


 一時期かなり激しいケンカや乱闘があり、その煽りを受けて『愚裏頭裏威グリズリー』と「war」以外のチームがなんやかんやで潰され、現状八十一町にはこの二チームしか残っていない。

 チームの規模、兵隊の質など、どちらも譲らない均衡を保っていたぶつかりあいは、新島弥子が特攻隊長になることで破られる。

 『愚裏頭裏威グリズリー』が徐々に押し始めたのだ。


 もうすぐ「war」が壊滅する――そんな矢先、ある意味事故に等しい一つの事件が起こった。


 経緯は誰も知らないが、ケンカ最強を誇っていた熊野さんが、とある人物に負けたのだ。

 その相手が、五条坂光だった。


 熊野さんはその後、何度も何度も五条坂先輩に挑み、その都度どんどん負けていった。二十回以上やりあって一度も勝てなかったらしい。

 『愚裏頭裏威グリズリー』率いる熊野さんがよそのことに気を取られている間に、「war」は息を吹き返し、反撃に出た。


 お互い何度かやり合うも決定打に欠け、結局決着がつく前に熊野さんは己が定めた「19歳の誕生日と同時に引退」という掟に従いレディースを後にした。新島さんは年齢的にOKだったが、熊野さんについていくように一緒に抜けたんだとか。


 で、熊野さんの引退を聞いたユミさまも、張り合いを失って引退した――という話だが、僕はたぶん、熊野さんとユミさまで内密に話し合って一緒にやめたんだと思う。

 というのも、熊野さんがやめて、ユミさまが抜けた『愚裏頭裏威グリズリー』と「war」は、二代目総長であるポニーテールさんと「war」の新ヘッド室戸さんで、和解協定が結ばれたらしいから。初代頭同士、大きな怨恨も因縁も抜ける時に持っていったのだ。


 それからは大したトラブルもなく平和な毎日を過ごしていたが、突如それは破られる。

 それが、「war」の新ヘッド室戸さんが刑務……いなくなったことだ。


 その一件が原因で、『愚裏頭裏威グリズリー』は真っ二つに割れたらしい。

 積年の恨みを知っているがゆえに「ヘッド同士の約束なのに片方がいなくなったので和解協定はナシだ」と言い出す派と、和解を続けたい派と。

 中には熊野さんに戻ってもらって「war」を潰そうと言う者もいたとか。


 そんな感じで、血気盛んな下の者が小競り合いを始め、二代目総長ポニーテールさんもヘッド代理セキさんも困っていたとか。

 下手に抑止しても火に油を注ぐだけ。むしろ余計強く反発する。それだけ前頭同士の影響力が強かったのだ。


 誰もがわかっていた。

 熊野さんがレディースに戻ったら、当時熊野さんより強いかもと噂されていた特攻隊長・新島さんも戻る。

 そうなれば「war」はおしまいだ、と。

 仮にユミさまがチームに戻っても、当時大きな戦力だった室戸さんがいない。だから絶対に負けるだろう、と。


 そんな危惧から、わりと前から熊野さんの動向、とりわけ「7th」は「war」の人に見張られていたそうだ。全然気付かなかったが、僕が働き始める前からそうだったとか。


 そして。


「五条坂先輩が来店したことで、また熊野さんの闘争本能に火が点いたんじゃないかと心配したと」


 レディース時代の熊野さんは、それはそれはキレていらっしゃったのだとか。目が合っただけでケンカ売るのは当たり前で、年下がつまらない冗談言っただけでボコボコにしたとかしてないとか。

 ……僕のゆるキャラ、暴走族の元総長でした。

 そして当時だったら僕はすでに五、六回はボコボコにされてました。

 人の過去って、なんでこんなに怖いんだろう。特にユミさまは……頭ガツガツぶつけながらメンチ切りまくっているユミさまは、まだまだ現役としか思えない。つか、新島さんも。


「なら安心ですね。先輩と熊野さん、会ってないですから」


 ポニーテールさんとセキさんは、もしかしたらレディースだかチームだかの誰かが五条坂先輩を熊野さんに会わせるために、喫茶店に呼び出したんじゃないか、と思ったらしい。すみません呼び出したの僕です。バイトの代打の僕が呼んだんですです。


「そっか。安心した。じゃあキッコさんと会う前にうちら解散しねえと」


 と、ポニーテールさんはレディース仲間が待っている向こうへ行ってしまった。


「私らも帰るか。ユミさん、また今度ライブ行こうな」


 セキさんが声を掛けると、ユミさまはメンチ切りながら軽く手を上げて答えた。……もういいじゃないですか。それやめればいいじゃないですか。


 まあ、とにかく、これで両チームがここにいる理由はなくなった。結構平和に解決したんじゃなかろうか。僕は特に何もしなかったが、解決するなら別になんでも構わないし。

 新島さんは……どうしよう?

 無理やりにでも引き剥がして店に戻るべきかもしれない。だってこれ、もう本人同士じゃどうしようもないだろ。引き際作ってやらないと延々このままだろ。


 「新島さん」と、声を掛けようとしたその時だった。


「納得いかねーっすよ!」


 ふと見ると、レディースの人たちが声を荒げて揉めていた。……え? まだ解決してないの?


「今サッとヤッちまえばいいでしょ! 今ならヤコさんいるしあっち室戸いねえしラクショーじゃないすか!」

「おまえ総長の言うこと聞けねえのか!」

「あ? 何ビビッてんすか! ヒヨッてんじゃねえぞセンパイ!」

「もういっぺん言ってみろや!」


 あー……すげー揉めてるわー……「war」の人たちも帰るに帰れなくなってるわー……

 これはいよいよヤバそうだ。本当にケンカが始まりそうになっている。内輪で。


「新島さんアレ止めてきて!」

「今それどころじゃねえ!」


 それどころってなんだよ、睨み合いしかしてないじゃないですかあなたは! 引退した者同士で! ……何それ楽しいの!? 僕もしたいんだけど! 額ガツガツ当てるくらいユミさまに接近したいんだけど!


 ……あーもう! わかったよ! 僕が行くよ! 僕が行って止めてくるよ! あとで熊野さんに言いつけてやる!





 具体的なプランはない。

 だがとにかく、どうにかして止めて解散させないと、本当に警察沙汰である。警察沙汰で流血沙汰である。

 時間的にも、そろそろ道を開けてくれないと売り上げに関わる。この件で何かしらの責任が問われたら、熊野さんと新島さんがクビになりかねない。……まあ新島さんは多少アレがあってもいい気もするが。


「すみません。どうにかなりませんか?」


 打つ手がないのか静観しているだけなのか、唯一僕に背を向けて立っているポニーテールさんに声を掛ける。すると彼女は肩越しに振り返りかすかに首を振った。――静観じゃなくて打つ手がなかったようだ。

 統率が取れてないのか?

 うーん……まあまとめられているのであれば、こんな騒ぎにもなってないか。


「み、皆さん落ち着いて! まず深呼吸とかしませんか!?」


 両手を上げて声を張り上げた……が、ほとんど見向きもしなかった。振り向いた何人かからは軒並み「うるせーな」とのお返事が。……ですよねー。このくらいじゃ聞きませんよねー。


「あんまり騒ぐと警察来ちゃいますよ!」


 これは何人かに効果があったらしく、怒鳴り合うような声が減った。

 よし、なんとか言葉は通じるぞ! もう一押しだ!


「皆さん! かわいいですよ!」

「「殺すぞてめえ!!」」


 え、なんで!?

 どうやら禁句だったようで、僕はおもいっきり地雷を踏んだらしい。


 ――答えは、『愚裏頭裏威グリズリー』は男女交際禁止で、「口説いてくる男=とりあえず殺せ、が鉄の掟だから」と後に知ることになる。熊野さんなんて掟作ってんですか! いいでしょ男女交際くらい! 楽しいですよ!


 内輪揉めは終わったが、代わりに彼女らは僕に詰め寄ってきた。うわこえー! ……あ、ほんとに何人かかわいい! でもこえー!


「待て!」


 と、傍観の姿勢を崩していなかった僕の横にいたポニーテールさんが止めてくれた。さすがに。


「こいつはキッコさんのツレだ! 手ぇ出すな!」

「関係ねーでしょ!」

「そいつはうちらにケンカ売ったじゃないすか! 総長だって聞いてたっしょ!」


 売ってませーん。全然売ってませーん。

 でもこれじゃ収拾つかないどころか、本気で袋叩きにされそうだ。本気で血気盛んだな……


 仕方ない。切り札を切るか。


「落ち着け!」


 僕は強気に出た。


「これ以上騒ぐなら、五条坂先輩を呼ぶぞ! 僕は五条坂先輩の携帯番号知ってるんだからな!」


 五条坂光。

 八十一町の不良はおろか、普通の学生でさえ恐れる生きた伝説。戦場から戦場を渡り歩く百戦錬磨の傭兵クラスのモンスターだ。

 そして、この名前は僕ら普通の学生よりバリバリのヤンキーの方が、あと五条坂先輩好みのイケメンの方がより強烈な脅威を感じることも知っている。


 自分たちの全てを破壊しかねないヤバイ名前の出現に、彼女たちは戸惑い――僕は最後の追い討ちをかけた。


「僕の身体を生贄にして五条坂光を召喚! 2ターン後には八十一町の伝説がこの世に襲来する!」

「「遊●王!?」」


 何人かはツッコんでくれた。

 もうそれくらいのノリじゃないと、僕も文字通り身体を張ったその主張を唱えることができなかったからだ。言葉ストレートのままでは、その、生々しすぎて。

 だが、言葉は真実である。

 僕は多少僕自身を犠牲にしてでも、天塩川さんに会いたかった。あと熊野さんと新島さんがクビになるのも嫌だった。


 幸いにも、この本気すぎて危険すぎる脅し文句は、彼女たちの戦意を根こそぎ奪うくらいには強力だったようだ。

 特に何人かは本気で僕の身体を心配してくれたようである。「自分を捨てるな」「その一線だけはマジやべーから」「援助交際とかやめろよ」と僕の身を案じる声をかけてくれた。……援助交際って言うな!


 まあとにかく。


 祝! 僕の貞操は守られたのだった!


 ――これが後に「貞操を懸けて伝説を操る遊戯●」と呼ばれる、「守山悠介ポロリ事件」から連なる僕の第二のレジェンドとなる。





「解散だ!」


 改めて下されたポニーテールさんの号令に、ぞろぞろとレディースの団体が動き出す。

 やれやれ、これでようやく店に帰れる……もう冷や汗びっしょりだ。今後彼女らやパンクスたちがどうなるかはわからないが、とりあえず今日のところはこれでいいだろう。


「なんか悪かったな。改めて挨拶に来るからよ」


 ポニーテールさんのそんな言葉に、即座に「いえ結構です」と返したかったが、僕にはさすがに言えなかった。曖昧に笑ってうなずくだけに留め、殿を務めるように最後まで残っていたポニーテールさんを見送った。


 ……ふう。

 無事大仕事を終えたことに、安堵の息が漏れた。

 今日はこれからが本番だというのに、その前にだいぶごっそり体力とか気力とか持っていかれたような気がする。

 いや、まあいい。

 とにかくこれで、店に客が入るようになるはずだ。


 反対側を見ると、パンクスたちもぞろぞろ移動を始めていた。そう、対抗チームがいなくなるのであれば、彼らもここにいる理由はないのだ。


 さあ、僕も店に帰ろう!





 教訓。

 女の過去には触れるな。

 ヤバイから。


 僕は店に戻った。

 新島さんは放っておいた。忙しそうだったから。


 あとユミさまのお店は……かなり行きづらくなっちゃったなぁ。

 でもあの恰好を見た以上、また行くしか! つかスク水の上に夏服セーラーとか……うん、もう、大好きだ!










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