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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
夏休みバイト編
104/202

103.夏休みバイト編 五日目  後編





 不安が的中した!

 これ以上ないほど不安が的中した!


「一之瀬」


 この日に呼んでいた柳君がいるのはいい。一緒に誘っておいた柳君の妹の藍ちゃんがいるのもいい。……Tシャツにジーンズという普通な格好なのに輝かんばかりのかわいらしさはいただけないけどね! その美貌、犯罪だね!

 だが、問題はここからだ。


「一之瀬」


 どうやら今日は、いつもの時間(・・・・・・)に若干遅れたらしき、九ヶ姫女学園の超美少女・月山凛と、友達でドSの清水さんが、柳兄妹の隣にいて。


「ちょっといい?」


 ……こっちは知らないが、どう見ても普通じゃない……つーか、その、思いっきり、あの……パンク系っていうのか? 黒髪でポニーテールという某応援団の人を思い出させる目付きのキツイ女生と、その連れだろう金髪でモヒカンという超絶尖った髪型の女性が僕に寄ってきた。


 こと浅からぬ因縁がある、「なぜ中学時代の同級生の月山がここにいるのか」とやや非難めいた視線を向けている柳君。

 こと浅からぬ思い入れがある柳君に会うために、この日この時を狙って数日通っていた月山さんと清水さん。

 ここまではいい。

 想定外が過ぎるが、この出会いがあることはわかっていた。

 だがしかし。


 見覚えのない金髪モヒカンという特徴的なヘアースタイルの女性を連れたポニーテールの女性二人組の存在が、僕を不測の事態へと陥れた。

 しかも、周りには何事かと注目する大勢の客の視線。


 そんな三組六人が偶然顔を突き出すような形となり、「なんだおまえら?」という感じでそれぞれに目を向ける。

 てゆーかモヒカンなんて始めて見たよ……すげー立ってるよ。パンクだよ。ここまで尖った人、八十一高校でもきっといないぞ。

 この状況を、僕一人でさばけというのか。

 判断を誤ると確実に店の評判を落とすであろうこの状況で、まだ勤務一週間も満たないバイトの代打の僕にどうにかしろってか。


 なんだこれ。どうにかなるのかよこれ。オーダーも取らないといけないのに。


 しかもちょっと離れたところから赤ジャージとその友達が見てるよ。赤ジャージが笑って見てるよ。……何見てんだよ。僕がテンパッてるのが面白いのかよ。面白いのかよっ。


 ……まあ、逆の立場なら、僕はきっと面白いだろうなぁ。





 今日の客入りは多かった。

 例の一日百個限定のシュークリームの存在が、いつもの五割くらい客を多く呼んでいると思う。店内の混雑も然ることながら、真夏なので外に並んでいるお客さんたちのことも気を配らねばならない。

 シュークリームは早々に完売してしまったが、「せっかく来たから」と食事をしたりお茶していこうと考えるらしく、今日は店外の行列が途切れることがなかった。

 昼時の慌しい時間、それも今日は特別忙しいランチタイムをウェイターとして過ごしていた僕は、


「あの、昨日のスーツの人たち、今日は来ないんですか?」


 などと、昨日来た五条坂先輩を筆頭としたONEの会の方々のことをちょいちょい聞かれ、あの人たちの来店もこの集客に一役買っているらしいことを悟る。

 元々女性客、それもこの季節だから高校生や大学生という若い客層も多く、そして女性客の口コミを期待している面もある「7th」だ。男性客自体が珍しいのに、あれだけ奇抜にして異様な存在感を放つ集団が来店すれば、そりゃ噂くらいは広まるだろう。――特に東山先輩のイケメンっぷりはヤバかった。

 店的にはOKで嬉しい悲鳴を上げるような状況なんだろうけど、一バイト的には大変である。まだ慣れたようでぎこちなくもある僕にはもっと大変である。


 まあ、客が多いだけならよかったのだ。客が多いだけなら。


 ランチタイムの終了間際だというのに客の波が引かない。店内はずっと満席だし、外には十数名の行列ができているのが見える。その中に一人だけ男という目立っている柳君の姿が確認できたが、今料理を運んでいる僕にはどうすることもできない。

 料理もケーキも飛ぶように売れていく。

 ウェイター仕事以外考えられないような濃密極まる時間は、あっと言う間に過ぎていく。


 気がついたらランチタイム終了五分前になっていて――


「一之瀬くん」


 それさえ、人に教えられて始めて気付くくらい、僕は仕事に集中していた。

 レジの奥にあるカウンターに料理を取りに来た僕を捕まえたのは、ちょうどレジを打ち終わった熊野さんだった。


「あと五分でランチ終わりだから、水くばりがてら外のお客様のオーダー聞いてきてくれる?」

「あ、はい」


 今外に並んでいる人たちで、ランチの注文を区切るのだ。そうしないと切りがないから。


「Bランチは終わったから気をつけてね」

「わかりました」


 そして僕は店を出て――三組六名に詰め寄られた。





 僕が呼んでいる人たちは、基本的にランチタイム終了間際の時間に来るよう話してある。

 それは、ピーク時に来られるとテーブルが空いていないというのが第一だが、同じくらい忙しい時に来られても少々の話もできないという理由もある。傍目にみっともないだろうから長々話すつもりはないが、呼んだ以上は完全放置ってのもどうかと思う。

 特に今日は、話ができないのは、致命的だった。


 今日は、高校に入って別れた柳君と月山さんが、再会する日だ。


 中学時代、月山さんは柳君に毎日告白しフラれ続けるという、ネバーギブアップ精神旺盛な鋼のハートっぷりを披露し続けたらしい。

 この再会、いくらか僕からフォローと言い訳をしないと、きっと柳君は怒るだろう。

 何せ「今日のこの時間に来てくれ」と誘ったのは僕で、誘われるままそこに行ったら(たぶん)会いたくなかったであろう因縁のある女の子がいるのだ。

 どう考えても僕が図ったとしか思えないだろう。

 だから、特に今日は話ができないのはまずい。困る。


 いつもピーク時から少し前に来て、だいたいランチタイム終了までいる月山さんと清水さんは、僕はてっきりもう来ているものだとばかり思っていた。客を意識できないくらい忙しかったので、来店を確認できていなかったのだ。

 それがまさかのこれである。


 よもや店内で「相席お願いします作戦」で二人を会わせようと思っていたのに、僕の知らないところでさっさと再会しちゃってたという。

 しかもこの忙しいタイミングで柳君の「説明しろ」みたいな視線を受けるとか。

 その上、金髪モヒカンに声掛けられるとか。


 ビジュアル面でものすごい圧を掛けられ内心かなりテンパッているものの、小さなミスをやった時に何度も反芻した「焦らない」を己に言い聞かせる。そう、焦っちゃダメだ。焦ったらそれこそ収拾が付かなくなる。

 とにかく優先順位を決めて、一つずつ片付けるしかない。


 柳君は、悪いが後回しだ。最悪この場で別れても、あとから連絡が取れる。

 むしろゆっくり話すのであれば今ここで済ませる必要もない。


 月山さんは……まあ僕から特に言うことはない。

 が、彼女は僕のフォローを待っているように思う。僕は彼女の恋愛を手伝わないと決めているが、ここで再会させようと画策したのは僕なので、最低限のフォローは入れるつもりだ。

 でも話すのは柳君へ、なので、必然的に後回しになる。


 となると、このポニーテールと金髪モヒカンの処理になるか。

 もしくは藍ちゃんに求婚するかだな。うん。このタイミングならイケるかもしれないし。


 僕はわずかな時間ながら真剣に悩んだ末に、泣く泣く藍ちゃんへの求婚を諦め、モヒカンさんの用件を聞くことにした。

 まずこのモヒカン組を処理するべきだろう。それから他の並んでいるお客さんの注文を聞いて、それから藍ちゃんへ求婚してから柳君と月山さんの弁解に入る、と。

 これが僕の決めた優先順位だ。





 僕は柳君に「ちょっと待て」の意を込めて軽く手を上げ合図し、モヒカンとポニーテールに向き直った。


「何か?」


 僕の沈黙は、時間にして十秒ほどだったはず。なんとか怒らせる前に用件を聞くことはできたようだ。


「ああ、今熊野さんいるよな? 呼んでくんない?」


 と、モヒカンは答えた。なんだ熊野さんの客か。えっと……この場合どうすりゃいいんだ?

 …………うーん?


 僕は振り返って店内の様子を見ると、無理だなと思った。


「あの、見ての通り今は手が離せないので、少し待っていただけると。申し訳ありません」

「わかった。その辺で待ってるから伝えてくれよ」


 モヒカンはそう言うと、ポニーテールと一緒に行列から離れた。熊野さんの客だけど店の客じゃなかったようだ。


 それからは簡単だ。水が欲しいお客さんを募り、オーダーを取り、藍ちゃんに求婚する。


「あ、そうそう藍ちゃん」

「はい?」

「――気だるい夏の昼下がり、シャレた喫茶店でキャラメルマキアートでも飲みながら二人の結婚式について語り合わない? そう、ずばり結婚して欲しいんだけど」


 今日はちょっとスタイリッシュにキメてみた。


「一之瀬さん、プロポーズ好きですね」


 もう慣れている柳君と藍ちゃんはともかく、九ヶ姫の二人の反応は面白かった。


「うわぁプロポーズ……」

「ほう」


 若干顔を赤らめるというかなりグッと来る表情の月山さんと、興味深そうにクールにメガネを光らせる清水さん。

 よし、まあ、とにかく暑いし、とりあえず今はここまでだな。


「ごめん柳君。色々ちゃんと話すから、もう少し待っててほしい」

「わかった。だが俺が納得できるようにちゃんと話せよ」

「約束する」


 一仕事終えた僕は店内に戻った。





 柳兄妹と月島さんと清水さんが入店したのは、ランチタイムを五分ほど過ぎた頃だった。


「……」


 偶然だが、赤ジャージとその友達もほぼ一緒に店に通された。……ほんとに負けず嫌いだな、こいつ。まあ対抗し続けている僕が言えることでもないかもしれないけど。


 それはともかく。


 色々説明する手間が省けるので柳君たち四人を一つのテーブルにまとめ、四人が昼食を終える頃にはだいぶ客も少なくなっていた。これなら少しくらいは話す余裕がありそうだ――あ、そうだ。


「熊野さん」


 擦れ違おうとした熊野さんを呼び止め、外で客が待っていることを伝えた。


「…? どんな人?」

「金髪でモヒカンでした」

「……あ、そう。わかった」


 熊野さんはピクリと眉だけ動かすと、他は目立った変化もなく、そのまま行ってしまった。……あの反応を見るに、知り合いではあるんだろう。


 そして僕は、四人分のケーキセットを用意すると、今日の予定を消化するためにそのテーブルへと近付いた。


 話をしているのは、藍ちゃんと清水さんだけである。

 柳君はいつもの無表情で窓の外を眺め、いつもより強い冷たいオーラみたいなものを放っている。そんな柳君の不機嫌さを察して、月山さんがだいぶ縮こまっている。

 雰囲気はかなり悪そうだ。

 藍ちゃんと清水さんは、たぶん二人の関係を知っているのだろう。だから逆にもう触れないようにしているのだと思う。下手に触れたところでどうにかなるなら、今不仲になっているわけがない。どうにもならないからこのざまなのだ。


 ……いいと思うけどなぁ、月山さん。超美少女ってだけじゃなくて、残念なところが面白いし。


「お待たせ」


 四人は同時に振り返った。

 さて。

 なんとか柳君を納得させないとな。





「まず最初に言うけど、僕が君たちを引き合わせたわけじゃないよ」

「こうして会っているのにか?」

「僕は柳君が今日来ることを、月山さんに話してないから。月山さんは君に会いたいがためにずっと通ってたんだ。僕がいつか柳君を呼ぶだろうことを予想してね」


 思えば、月山さんたちとの出会いもそうだった。


「柳君」

「なんだ」

「付き合うとか付き合わないとかは君が決めることだけど、連絡手段だけは月山さんに伝えておいて欲しい」

「なぜだ」

「こんな風に、君が来そうなところで待ち伏せするから。――僕が月山さんと会ったの、高校の近くだよ? あの八十一高校(・・・・・・・)の近くだよ?」


 この言葉の意味は、同じ高校に通う柳君に伝わらないわけがない。

 うちの高校のバカどもに月山さんと柳君の関係が知れた時、彼らがどんな反応を示し、どんな行動に出るのか。

 どうあれ、柳君が平穏に過ごせる可能性がかなり低くなるだろう。

 嫉妬に狂った輩が感情任せに殴りかかってくるかもしれないし、合コンのセッティングしろと迫る者もいるかもしれない。とにかく一度でいいから九ヶ姫の三大美姫とまで言われるあの月山凛と会いたい、ツーショット写真が欲しいと欲望を丸出しにする奴は必ず現れるはずだ。


 そこまで容易に先が読めるのだ。

 ならば、二人の関係が今後どうなるかは別として、ある程度月山さんの行動を抑えるために、連絡手段――携帯の番号かメルアドくらいは交換しておいた方がいいだろう、というのが僕の考えだ。


「僕は月山さんの応援はしてない。ただ、柳君にとっても、その方が絶対に都合がいいと思うんだ。だから今会ってると思ってほしい」

「……そうか。言いたいことはわかった」


 お、納得したか! ……おい月山さん、まだ嬉しそうな顔しない! 柳君イヤそうに見てるよ!? 「ただでさえしつこいのにこいつに教えたら終わりだろ」って思ってるのが僕には伝わってくるようだよ!? そういう即物的に喜ぶところ犬みたいだよ! ドンと構えてろよ美少女なんだから!


「―-清水」

「ん?」


 ケーキとお茶に夢中だった清水さんが、柳君に呼ばれて視線を上げた。


「おまえと交換する。月山がどうしても連絡を取りたい場合は、おまえを介する。それなら教えてもいい」


 お、進展したか!?


「面倒臭いからパス」


 清水さん断るのかよ! ……いやまあ確かに面倒臭そうだけどね! ほら、隣で月山さん「うそぉ!?」って感じの顔で驚愕してるよ!? ほんと君は敵か味方かよくわからないスタンスだよ!

 心の中でツッコミまくりの僕だが、清水さんは冷静な目で柳君を見詰める。


「凛の愛の告白を私が代弁するなんて、私のピエロっぷりすごすぎない? しかも一回ならまだしも二回三回続くんだけど」


 ……そう言われると、確かにすごいですね。ピエロっぷり。


「とんだピエロよ」


 そうですね。


「とんだピエロよ」


 なんで二回言うんだろう。


「凛の友達としてじゃなくて、事情を知る第三者として意見したいんだけど。メルアドくらいは交換してあげてくれないかな? 基本無視でいいし、暇な時は暇つぶしで遊べばいい。それくらいの軽い気持ちでさ」

「…………」

「――危なっかしいから単独行動させたくないんだ。でもいつも一緒にいられるとは限らないから」


 あ……

 今始めて、清水さんはわかりやすい言葉で本音を漏らした。月山凛という友達に対する本音を。


「兄さん、メールアドレスくらい教えてあげたら? 本当に嫌になったらすぐ変更もできるし、着信拒否もできるんだから」


 藍ちゃんからそんな援護射撃が入る。


「そうだそうだ。藍ちゃん僕とも交換してくれ」


 僕の援護射撃は全員に無視された。誰一人見向きもしなかったよっ。


 しばし黙り込んだ柳君は、小さく息を吐くと、始めて月山さんに視線を向けた。


「月山」

「は、はい」

「基本的に無視するし、気が向いた時しか返信しない。それでいいなら交換する」

「ほんとに!?」


 月山さんは、思わず椅子から立ち上がるほどに驚いていた。

 ――中学三年生を同じ教室で過ごした柳君は、月山さんに携帯番号どころかメールアドレスさえ教えなかったそうだ。


 一年掛けた片思いが、今ようやく、目に見える形で進展した。


「良かったね」


 と言った僕だが…………また無視されたよっ。誰一人反応しないってどういうことだよ!





 心が荒んだ僕は、今日も負けた赤ジャージでもからかいに行くことにした。











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