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勇者よ、大なら流せ!

作者: みーねこ

ものすごくくだらない短編です。さらっと読み流しましょう。

 僕は荒野を歩いていた。腰に下げた剣が、歩くたびに音を立てて揺れる。

 冷たい風に砂埃が舞い、僕の視界を阻む。痩せこけた裸の木には、死肉を食らう鳥が目を光らせていた。まるで僕が力尽きるのを待っているかのように。

 僕は身震いして、マントで体を包んだ。

身にまとった白い服は、長旅のせいで擦り切れてボロボロだ。

「もうすこしよ、カズマ」

 僕の耳元で、掌のサイズほどしかない少女が言った。ひらひらと舞う姿は、蝶のようだ。羽が黄金に輝き、飛び回るたびに光の尾を引いている。

 僕は彼女の名前を知っていた。ティンクだ。

「ティンク、すこし休まないか」

「何言ってるの。魔王の城はそこに見えているのよ!」

 そう言って、ティンクは小さな腕を伸ばした。その先には、魔王の城がある。

 高く隆起した岩の上にそびえ立つ城の上空には、雷雲が立ち込め、尖塔をめがけて稲妻が走っている。

 僕は戦慄するあまり足をとめてしまった。

「やっぱりやめよう。僕に魔王を倒すなんて無理だ」

「しっかりしてよ、カズマ! あなたは勇者なのよ。今までだって、どんな恐ろしい魔物も倒してきたじゃない」

「待って、待って。なんかそのへんの記憶があいまいなんだよな。魔物なんて倒したっけ?」

「倒したじゃない。ほら、赤いやつとか……青いやつ? とか」

「なんでちょっと疑問形なんだよ。僕の記憶をねつ造しようとしてない?」

「まさか! カズマが単純でだまされやすくてお人よしだからって、そこまでしないわよ」

「……今、さらっとひどいこと言ったよな」

 僕はじっとティンクを見つめた。

 すると、彼女は目の前でせわしなく飛び回る。

「あ~、もう。そんな細かいことどうでもいいじゃない。とにかく、最終的に魔王を倒せばそれでいいんだから」

 ティンクの強引な主張に押されて、僕はため息をついた。

 僕に百戦錬磨の経験があろうがなかろうが、とにかく魔王を倒せばいいらしい。って、それでいいのか?

 納得いかないこともあるが、それはそういうもんだと割り切らなければ先に進まないことも事実だ。

 赤いやつとか青いやつとかを倒してここにいるんだ、僕は。よし、そういうことにしておこう! あ、なんかそう思ったら自信がわいてきたぞ。

 ティンクの言うとおり、僕は単純な性格だと改めて自覚した。


 ◇◇◇


 魔王の城に着くと、門前に青いゲル状の魔物がいた。門を隠してしまうほど大きくて、栗のような形をしている。先端部分には王冠をかぶっており、丸い目がかわいいとさえ思えてしまう。

 あ、これなんか知ってる。知ってるけど、こいつの固有名詞は口にしちゃいけない気がする。

 僕はあえて、初めて目にした未知の生物だと思い込むことにした。

「カズマ、こいつはキングスラ……」

「あーーーーっ!」

 ティンクが空気を読まずに口走ろうとしたので、僕は咄嗟に大声をあげて相殺させた。

「ちょっと、いきなり大声出さないでよ」

「ティンクこそ、空気読んでよ」

「空気?」

 ティンクが怪訝な顔をする。

 どうやら僕がロイヤルティにこだわりすぎているらしい。でも最近、そういうの厳しいし。「オマージュです」と言ってどこまで通用するのか、素人には判断しかねるところだし。

 ああだこうだと考えているうちに、僕はキングスラ……ではなく、青いゲル状の魔物に攻撃されてしまった。

 ピロロと妙な音が鳴り、気がつくと体がしびれてきた。

「ティンク、どうしよう。魔物の攻撃を食らってしまった!」

 意識が朦朧とする中、ティンクに助けを求めた。

 だがしかし。

「えー、ヤバイ! どうしよう! 私、こういうのわかんなぁぁい!」

 と、うるさく飛び回るだけだった。

 こいつ、使えねぇ……。

 気弱で穏やかな性格の僕も、このときばかりは毒づいてしまった。いや、おそらく世界中の草食系男子が同じ反応をしただろう。僕は正常だ。

 力の入らない手を必死で動かし、僕は剣を抜こうとした。

「待って、カズマ! その剣は魔王を倒すときまで使っちゃダメよ!」

 血相を変えて、ティンクが目の前に飛んでくる。

「バカなこと言うなよ。これを使わないと、こいつ倒せないだろ」

「大丈夫よ、きっと話せばわかってくれるわ!」

「いや、魔物は会話できないだろ」

「彼はできるわ。だってキングだから。ね、そうよね?」

「話せるよ」

 青いゲル状の魔物は、しれっとそう言った。

 僕の思考回路は、一時停止した。

「お願いキング。私たちは魔王を倒さなくてはいけないの。ここを通して」

「どうしようかな」

 ティンクの懇願に、魔物は意地悪く返す。

「じゃ、上目づかいのかわいい声で、お願いって言って」

「わかったわ」

 ティンクはそう言うと、上目づかいになり両手を胸の前で握った。そして、なまめかしく腰をくねらせる。

「お・ね・が・い」

「いいよ」

 魔物はあっさりその場をどいてくれた。心なしか青い中にほんのり赤みが差しているように見える。が、正直どうでもいい。

 僕はいっきに脱力した。

 こんなしょうもない色仕掛けですむなら、勇者いらねぇだろ。なんかもう、しびれて体だるいし、怒る気も失せたわ。

 ついでに魔物から解毒剤をもらって、僕たちは先に進んだ。


  ◇◇◇


 魔王がいるであろう部屋を、僕たちはすぐに見つけることができた。黒く塗られた厳かな扉には、血なまぐさい赤い字でまがまがしい文字が刻まれている。

 『mao’s room』と。

 今更ながら暴露するが、僕は中学二年生だ。英語は決して得意ではないが、これくらいの単語なら理解できる。

 僕は扉の前で首を捻った。

 これは、つっこむべきなのだろうか……。

「どうしたの、カズマ? 魔王の部屋を前に、怖気づいた?」

 横でティンクが能天気な質問をしてくる。

 この妖精、アホだ。

 いや、待てよ。もしかしたらあえてさらっと流しているのかもしれない。

 僕は真実を確かめてみることにした。

「ティンク、この英文おかしくない?」

「え? ……やだ、ホント。uが抜けてるわ。これじゃ『マオの部屋』になっちゃうわよね」

 と、ティンクはフフフと笑う。

 やっぱりアホだ。

 もう訂正するのも面倒くさいので、僕はそのままにすることにした。魔王を英訳すると『satan』になるということは、とくに知らなくてもいい。これがわからないからって、英語のテストで困ることはほぼないだろう。

 僕は無視して扉を開けた。

「フハハハハ! よく来たな、勇者よ! 待ちくたびれたぞ!」

「おまえが魔王か!」

 僕は魔王を前に鼻をつまんだ。

 真っ白く何もない部屋に、黒く長い物体が強烈な臭いを放ちながら立ちはだかる。詳細に容姿を説明したいところだが、あまりのグロテスクさに少々ぼかされている。画的にNGが出た証拠だろう。

「ティンク、こいつってもしかしてウン……」

「ダメよ、その名を口にしては! つけ入るすきを与えて、命を奪われるわ!」

 青ざめながら深刻な顔つきで、ティンクはさも恐ろしげに言う。しかもどこかで聞いたような設定だ。

 台詞だけ聞いていたら迫真のシーンだが、実際のところあまりのくだらなさに顔が引きつってしまった。

 こんなの倒す勇者って……。

 情けなさのあまり、目に涙がにじんだ。

 真っ白い床に茶色いモノをなすりつけて汚しながら、魔王はゆっくりと近づいてくる。

「フハハハハ! 私の恐ろしさに震えているのか、勇者よ!」

 違うわ、ボケ!

 と、大声で吐き捨ててやりたかったが、僕はぐっとこらえた。こんなやつをまともに相手すること自体、屈辱的だ。

 それにもかかわらず、横でティンクが真剣な眼差しで叫ぶ。

「カズマ、今こそ勇者の剣を抜くのよ!」

「はいはい」

 僕はやる気なく剣を抜いた。

 シャキーンとやたらかっこいい効果音が鳴り、僕の手の中で剣は神々しい光を放った。

 よかった。なんかここだけまともだ。

 と、ホッとしたのもつかの間。光がおさまり剣の正体が明らかとなって、僕は絶句した。

 剣……というより、それはつまったときに使うアレだった。丸くて吸盤のようになっていて、明らかにゴムでできている。

 うわ、最悪。

 勇者としてのかっこよさはもう一ミリもない。

「カズマ、早くその剣で魔王を倒すのよ!」

 ティンクの激励が、恐ろしいほど腹立たしく感じる。

 僕はやけくそになって、剣もといアレ、いやアレもとい剣を魔王に突きつけた。すると、魔王はあからさまに動揺を見せたのだ。

「お、おのれ、私をそれで流す気だな!」

「……おまえ、つまってたのか」

 これが僕の決め台詞となった。僕は、魔王めがけて剣というかアレの吸盤を押し付けた。

 吸盤のついた剣で、白い部屋にいる魔王を僕は倒した。これ以上詳しくは書かない。もしご飯を食べているときに、このページにさしかかっていたら申し訳ないからだ。

 だが、魔王はこれで終わらなかった。しぶとく最後のあがきを見せたのだ。

 部屋の隅の天井から、どこにつながっているのかわからないが、ひもが垂れ下がっていた。魔王はそれを引っ張ったのだ。

「私はこれで終わらぬ! 終わらぬぞーーっ!」

 悪役らしいセリフを吐き捨てながら、魔王がそのひもを引いた瞬間、轟音が床を震わせた。僕はその場でたじろいだ。

「な、なんだ? あいつ、何をしたんだ?」

「大変よ、カズマ! 魔王のやつ城ごと自爆する気だわ!」

 ティンクが叫ぶ。

 僕は右往左往した。

「ど、どうすればいいんだ!」

「脱出しなきゃ!」

「どうやって?」

「そんなの、わかんないわよ!」

 半泣きになりながら、ティンクは僕の頭上を飛び回る。

 泣きたいのはこっちだ!

 はたき落してやろうかと思ったが、今はそんなことをしている場合ではない。

 部屋から脱出するため、僕は扉を勢いよく開けた。が、それは失敗だった。扉を開けた瞬間、大量の水が僕の体を飲みこんだのだ。

 水はぐるぐると渦を巻き、僕をどこかへ流し去ろうとする。

「た、助け……!」

 目の端に魔王が映った。ぐでんとなった黒い物体が水に流されていく。

 これから下水にいくんだな……。

 なぜか僕はそう思った。そして、そのまま意識を失った。


  ◇◇◇


 激しくドアをノックする音で、僕はハッと目を覚ました。

「カズマ! あんたいつまで入ってんの!」

 ドアの向こうからそう怒鳴られて、ようやく自分が何をしていたのか思い出した。

 徹夜で手に入れたばかりのゲームをし、トイレに行きたくなって便器に座ったのはいいが、そのまま眠ってしまったらしい。

 変な夢を見てしまった。

 僕はそそくさとズボンをあげて、トイレを後にした。 


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