絶対にじゃんけんで勝つ男
ある町に、一人の男がいた。
その男が、いつものように馴染みのステーキハウスで飯を喰らっていると、近くに座っていた客の声が耳に入ってきた。
「なあ、知ってるか?例のアレ」
「ああ、じゃんけんのやつだろ?最近それで持ち切りじゃねえか。それがどうかしたか?」
「それなんだが……なんでも、まだ誰もそいつに勝ったことがないらしい」
「なんだって?」
「ああ、少なくとも三十人はやられてるって噂だ。賞金目当ての連中とはいえ、この数は……」
話を聞く限り、じゃんけんに賞金を懸けている奴がいるらしい。それで、未だに無敗なんだとか。
……あまりにも馬鹿馬鹿しい。そんなデマを大真面目に信じているアホ共がいるとは、この町のレベルも落ちたものである。
男は話を聞くのを止め、飯に集中しようと再びフォークを持ち――すぐにそれを放した。
「それで、賞金は今どこまで上がってる?」
「百万ドルだ」
「よおブラザー。面白そうな話してんじゃねえか。ちょっと俺も混ぜてくれよ」
「……ここか」
彼らの話では、この古ぼけた教会に、例の男がいるという。
噂が本当かどうかはさておき、男はじゃんけんには自信があった。なにせ、男は元プロボクサーで、過去には世界チャンピオンにまで上り詰めたこともある。ライバルには勝ち逃げされてしまったものの、当然、動体視力は素人のそれを優に上回るはずだ。どんなイカサマをされようと、相手の手が見えてしまえば関係ない。
挑戦料だという一万ドルが入ったバッグを担ぎ、男は扉をノックした。
扉がひとりでに開き、男が中に進むと、広々とした薄暗い空間の先に神父服のようなものを着た男が座っているのが見えた。
「待っていましたよ。貴方がいらっしゃるのを」
「……ほう」
神父服の男はこちらに顔も向けず、何やら机の上に置いた水晶のようなものに手をかざしている。
「……私には、あなたの出す手がはっきりと見えています。それでも、私に勝負を挑みますか?」
「ハッ、おもしれえジョークだな。未来でも見てるってか?負けた時の言い訳が楽しみだぜ。それで、賞金はちゃんとあるんだろうな?」
「ここに」
そういって、神父服の男がケースを開ける。暗くてよく見えないが、札束が綺麗に敷き詰められており、ざっと見積もっても百万ドル以上あるように見えた。
「いいだろう。ほらよ、一万ドルだ。さっさと始めようぜ」
「はい、確かに。ではルールを説明します」
「あ?何がルールだただのじゃんけんだろうが」
投げたバッグを難なく受け取り、神父服の男が立ち上がって本を開いた。
「はい、ただのじゃんけんです。しかし、ルールは決める必要があります」
「……言ってみろ」
「これといって特殊なルールはありません。グー、チョキ、パーのどれか一つを出し、それで勝敗を決めます。勝負する際は、同じタイミングでじゃんけんと言い、言い終わってから一秒以内にどれか一つを出してください。一秒を超えた場合は、後だしとして反則負けとなります。簡単でしょう?」
「……あいこの場合はどうなる?」
「その場合は私の負けで構いません。いかがでしょうか」
「……」
ルールにおかしなところはないはずだ。至って普通のじゃんけん。時間指定は珍しいが、むしろ競技性が上がっただけでデメリットはない。あいこで勝ちになるのも気になるが、こちらが得しているだけ。……どうするつもりだ?
「……いいだろう」
「では、証拠としてカメラを回しておきます。何かあれば確認しましょう。ストップウォッチもありますが……練習されますか?」
「必要ねえ」
「そうですか」
神父服の男は左手に本を持ったまま、中央に足を進めた。男もそれについていき、程なくして、二人の間がスポットライトのようなもので照らされる。
「始めます」
「ああ」
男は、極限まで集中力を高め、照らされている神父服の男の右手に注視した。そうして、神父服の男の「せーの」という掛け声に合わせ、男は口を開いた。
「じゃんけん…………
ッ!てめえ!」
「चट्टान-कागज-कैंची के इस्तेमाल कइल जाला……ぽん。これで、三十五勝目ですね」
「ふざけんじゃねえ!ルール違反だろうが!」
「はて、私が何のルールに違反したのでしょうか」
「てめえじゃんけんって言ってねえだろうが!」
「いえ、確かに言っていますよ。ボージュプリー語ですが」
「……は?」
「私は、『同じタイミングでじゃんけんと言い、言い終わってから一秒以内に……』、としか申していません。何語かはルールで定めていないので、反則には当たりません」
「……」
ああ、確かにコイツの言っている通りなのだろう。ムカつくことこの上ないが、嵌められることも考えていなかった訳じゃない。その上で、決して負け惜しみなどではなく、まだ負けと決まったわけではない。なにせ、こちらの目的の半分は既に達しているのだから。
そう、金がそこにあるのなら、無理やり奪い取ればいい。
「…………ならよお。俺が出したこのグーが、勢い余っててめえに当たっちまっても問題ねえよなあ!?」
男は、素早いフットワークで神父服の男に殴りかかった。しかし――
「……ガッ!?」
神父服の男に反撃を喰らった男が、床に倒れ伏す。それと同時に、スポットライトの明かりが消え、どこからかやってきた修道服を着た女が男をどこかに運んでいった。
運ばれていく男を眺めていた神父服の男が、口を開く。
「ああ、それと。言い忘れていましたが、貴方は隙があるとみるや防御を疎かにする癖があります。直した方がいいでしょうね」




