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スフィア  作者: ハーブスケプター


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7.Narita

 アマンダは日系人だ。オーストラリア人の父親と日本人の母親の間に産まれた。

祖父母は滋賀県生まれの日本人で「みつる」と「ひかり」といった。

あの時の祖父母は、ここイエプーンに移り住んで5年が経とうとしていた初々しい若夫婦だった。

不妊症に苦しんでいた二人は知人の医師を頼ってオーストラリアへの移住を決断したのだった。

カウンセリングと治療の甲斐あってようやく女の子を授かった。

その女の子がアマンダの母親となる「みらい」だ。


当時3歳の黒髪が素敵な女の子だった。

フラットが沢山並ぶ住宅街に三人は住んでいたが、有事の際は行政の共同シェルターに入ることになっていた。


 若夫婦は友達一家とシェルターに入ったが、みらいとの3年間の思い出をひとつ家に置き忘れたことに気づいた。

 車で20分の距離なので楽観的に考えていた夫婦はみらいを友達に預け自宅に取りに戻る決心をした。

不幸な事にその決心がみらいとの決別をさせてしまう事になるとは思ってもみなかったのだろう。


 当時3歳のみらいは大きくなっても両親のことを全く覚えていない。

向かいに住んでいた友達家族のクロムウェル家の養子となり、大切に大事に育ててもらったらしい。

16になった時、クロムウェルから実父母のことを始めて聞かされ毎日泣き続けたという。

 育ての両親から多くの愛情を受けて育ったみらいはセントラルクイーンズランド大学に進学口腔保健学士課程を、卒業後もこの大学で専任講師として在学し多くの学生たちから尊敬を集めていた。

30歳になった時、同じ大学のシドニーキャンパスでビジネス研究員をしていたジョン・イーストウッドがロックハンプトン校に出張して来た。

ある夜のパーティーで二人は出会い、同い年であった優男のジョンと勝ち気な娘であったみらいとは瞬く間に恋に堕ちた。


綺麗な真っ直ぐな黒髪と青い眼をしたアマンダが産まれるのはその二年後である。


その後三人はシドニーに転居し幸せに暮らしていた。

アマンダが16歳になった時、みらいは自分があの夜泣き明かした歳と愛娘が同じ歳にまでなった事の歓びと真実を話さなければならない哀しみをふたつ同時に味わっていた。


「アマンダ、よく聞きなさい。貴女にはイエプーンに本当のお祖父さんお祖母さんが居たのよ。そしてあの光を浴びて亡くなったの」


アマンダは少し動揺したかのように見えたが「昔から自分は違うと思って生きてきたの。クロムウェルのお祖父さんお祖母さんは金髪だけどお母さんはアジア系だし何だかおかしいと思うじゃない?」


娘のあっけらかんとした態度に少々残念がってしまった自分をみらいは諌めた。


「ねえねえ、お祖父さんお祖母さんってどんな人だったの?」

「過去の住民データからダウンロードしたのがこれ」


祖父の名は藤居みつる、1993年生まれ、日本、滋賀県

祖母の名は旧姓饗庭ひかり、1995年生まれ、日本、滋賀県。

日本で婚姻、2016年にイエプーンに移住。


「亡くなったのはわたしが3歳の時だから申し訳ないけど何にも覚えてないの。16になった時にクロムウェルの父母から真実を聞かされて1枚の写真を渡されたわ。これは貴女にあげる。大事にしなさい」


 写真に写っている東洋人夫婦と小さな赤ん坊、そして実の祖父母だと思っていたクロムウェル夫妻の若い頃。それを見てアマンダは大粒の涙を流した。嗚咽し母親と抱き合った。

みらいもあの時と同じように泣いた。

二人共泣いた。大泣きした。

ジョンはそんな二人を暖炉の前の椅子で静かに見守るのだった。


〜カンタス航空ブリスベンから関空行


 アマンダはエコノミークラスに乗りこんだ。

国内線で会ったあの老夫婦は乗っているのだろうか。

周りを見渡してみたが見つけることができなかった。

おそらく上階のクラスに乗っているんだろうと思い再び席についた。

約7時間のフライトである。


 彼女は母親に大学を卒業したら日本に行きたいと願い出ていた。

目的はまず祖父母の足跡を訪ね歩くこと。親戚がまだ健在かもしれない。

そして復興を遂げた東京の様子を直に見てみたいこと。

ふたつのやりたい事を母親に話した。

みらいは快く承諾し旅行を許可した。

愛娘の一人旅に父親のジョンは当初反対したが娘の眼差しに負けてしまった。

どうやらどこの父親も娘には弱いようである。


 機内でイヤホンを耳に挿し目を閉じ音楽を聴くことにした。

いつしかアマンダは眠りについていた。


 次の朝、アマンダは湖のほとりの港に立っていた。

日本で一番大きな湖だという。


「これは湖ではないわね。まるで"海"だわ。波もあるし向こうが見えないもの」


多くの観光客とともに渡船に乗って島に渡る。

そこは島そのものがご神体だという変わった島らしい。

「ご神体」と言われてもピンとこない彼女だったが、島に渡ったとたんにその言葉が身に染みて理解できたらしい。


 鳥居をくぐった彼女は得体のしれない何かに囲まれている気がした。

樹々が大きくざわめき、晴れているはずの空からさわさわと雨が降ってきた。


 社務所の軒に避難した彼女は建屋の中にいる女性に翻訳機を使ってここに来た事情を説明した。


 宮司と呼ばれるピンと背筋が伸びた老人が彼女の前に立ち

「ようこそおいでくださいました。饗場さんのお孫さんなんですね」と言い、手を強く握ってきた。

「饗場さんは、当家の母方の親戚筋になります。そうですかオーストラリアで亡くなったのですね・・・」


「饗場さんの御主人の藤居さんと言う方はおそらくこの近辺の造り酒屋の御関係ではないかと思います。神社本庁や宮内庁に御神酒をお届けしている造り酒屋です。あなたの御家系は神職に縁のある方たちなのですよ」


彼女は感激し、先ほどの突然の雨のことや樹々のこすれ合う音のことを話した。


「それはですね。ここの神々が貴女が来られたことを歓迎したのだと思いますよ。貴女は神々に護られている方なのです」


 島を後にしたアマンダは町を南下し造り酒屋のある町で祖父の生きた証も手に入れた。

祖父母の足跡を。


 明日成田へ行く。アマンダは神々と共に高揚をしている自分を感じていた。


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