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スフィア  作者: ハーブスケプター


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6.約束

 森はバーのカウンターで緑村美月の言葉を反芻していた。


彼女はこう言った


「ある女性との約束があるから道を変えたのです」


なんだその約束ってのは。

そんな事で人生の進路を間違えてもいいってのか。

狂っているぞあの女は。

もちろん今やっている研究は話せないときた。

飲みなれたハイランドパークをカラカラっと飲み干し、バーテンダーに合図をしお代わりを持ってこさせた。


「森さん、飲まれるスピードがいつもと違いますね」

「いいんだ。今日のおれは少し荒れている。こんなもんさ」


テンダーはそっと冷たい水のグラスとチーズの盛り合わせを置いた。


「こちらはサービスです。どうぞ」


常連になると気の利いた事もしてくれるもんなんだなと森は思い、またスコッチを一気に飲み干した。


 木村は顔見知りのお好み焼き屋で人を待っている。

時間は8時を少し回った頃だ。この店は木村が学生時代から常連として使っていた店で、広島のお好み焼きを売りにしている。鉄板テーブルのボックス席が4つあり、カウンターももちろんある。カウンターは5人だけが座れる特等席だ。


木村はその特等席でサワーをちびりちびり啜りながらボクを待っていた。


「やあ、待ったかい」

「いや、そんなに待ってないさ」

「ごめんごめん、だいぶ待ってたって顔だね、それ」

「なんだそれ、初めて付き合い始めた男女の会話みてえだな」


それはそうだと二人して笑った。

二日酔いも仕事して楽になったのでボクもサワーを頼んで再会の乾杯をし、彼の仕事のはなしを聞くことにした。


「お前んとこの会社。・・凄えよな」

木村は続けた。

「植物のプラント、それも農作物のプラントを屋内で大規模にやってる。そしてそれだけじゃなく化粧品の類だったり、人体補強アシスト器具だろ?一体何を目指してるんだ?それに極めつけはあの謎の研究部門さ」

「そうだね、色々やってるよ」


「実はな今日はおれが取材の責任者となってインタビューをするはずだったんだよ。でもな、サポート役に回るはずの先輩がな、君ん所の女子研究員の魔力にかかってインタビュワーになりやがってな。おれは置き去りのゴマメさ」


悔しそうに語る木村にボクは訊いてみた。


「どんな女性だったんだい?」


木村はボクの質問に不思議そうな顔を一瞬表しこう言った。


「あれは魔女だ。うん多分そうだ。魔女に違いない。緑村美月さんは魔女だ、しかも美人だ」

「へえー、会ってみたいな。そんなに美女なのかい?」

「なんだ?知らないのか?同じ会社なのに」

「そうなんだ、研究部門の人とはボクたち一般社員は接触出来ないんだよ」

「おい、何だそれは!ますます気になってきたぞ。緑村さん、いやお前んとこの会社が!なんか極秘の研究をしてるのか?」

「そら極秘だろうよ。どの会社の研究もさ」

「いや違うぞ。お前んとこは他と何かが違う。これはおれの記者としての感だ」


木村はこうも言った。

「インタビューをした部屋がな、ドアが二つ有るんだけどその二つともに総務社員だと紹介された男性社員がずっと立ってたんだよ」

「そんなのふつうのことじゃないのかな。広報担当なんだろ」

「いや違う。あの風体は一般社員ではないと思う」

「どんな人なんだろう」

「ちょっと待ってな。その人物が映ってる動画をそこだけ切り取ってお前のパームに送ってやるよ」


木村がちょいチョイと端末を操作したら瞬時に映像が二枚転送されてきた。


「おい、こんな男達はうちの総務課にはいないぞ」


木村は愕然とした表情の内側に何かを見せた。


「おい祐介!これは一体どういう事だ。謎の男二人に俺たちは見張られていたのか?」

ボクはそうとも思いながら違うピースを頭の中で探し求めた。

「いや違うと思う。見張られているのは緑村さんじゃないか?彼女から会社の損失になるような事が漏洩しないようにさ」


木村は頷いたあと首をぶんぶんと横に振った。


「仮にそうだとしてもだ、なぜ正体不明の偽総務課員を付ける必要がある?え?どうなんだ!」

木村はまくし立てるように言う。

「それにだ!」

「いや、いい」


なんだいいのか?もっと言えよと思った。


「ちょっと思い出してみよう。彼女は大学で研究していた宇宙工学を半ば捨ててお前ん所の会社に引き抜かれた。その引き抜かれ方は公然の事なんだが、公には生物それも植物に係る研究をしているとの噂だ。内容は言っちゃくれなかったがね。しかし、その転機になった事を確か彼女が言っていたと思う。動画を再生してみよう」


二人でスクリーンを見つめた。


彼女が話している。彼女を初めて見てこんな女性なんだと思った。

子供のような大人のような、でも声は女優の様にはっきりとしている。

髪の長い美しい女性だ。


画面の中の彼女がひとつ息を置いて話し始めた。


「森さんたちが言うように私は研究を捨てたわけではありません。もちろん前にしていた研究も私自身に

とって大変意義のあるものでしたし、その仕事に生き甲斐を持っていました。今もその仕事は私の誇りですし私の中に生き続けています。ただ、、」


その瞬間彼女の視線は少しドアの方向へ移ろいだように見えた。


「ただ、私がアメリカにいた時に出会った方とある約束を交わしました」


森が訊く。

「その方はどのような方なのですか?そして約束とは?」

「その方は歳を重ねられたご老人です。声、そして眼が綺麗な、髪の毛もとても綺麗な女性です。約束の内容についてはとても個人的な事ですので差し控えさせて頂きます」


森は少し声を上ずらせて分かったと答えていた。


緑村はその約束が転職の切っ掛けなのだとも言っている。そして今の研究は植物の多産の為の研究をしていると言っている。


木村は言う「な、気になるだろ?何だろう約束って。なんで約束が植物の多産なんだよ」


ボクは木村の言葉に耳を傾けたふりをして彼女の姿を繰り返し再生して観ていた。

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