61.undo
重体だった劉が目覚めたのはニ日後だった。
「太賀弟、あなたはここに帰ってきたんだな。そして自分も」
公臣は「そうだよ劉さん、君はここに帰ってきた。僕と一緒にね。そして銃弾摘出をされた。3発とも筋肉と動脈の間、そして骨で止まってて、もう少しで死ぬところだってさ」といつもの表情を表さない顔をした。
「そうか、死ななかったのは朗報だが、それにしても貴方の言い方に悪意はないのは分かるが」
「何だよ。僕の話し方が悪いってのかい。それは昔に言われたことがあるよ。親からでは無かったけどね。僕の愛する女性からね」
「そうなのか、貴方にそんな女性がいたのか。それは大切にしないとな」
ふふんと言いながら公臣は彼に貸し与えているビジター用寝室を後にした。
「兄さん、僕の家にいつまでいるつもりなんだい?もうそろそろ会社に帰ってくれよ」
「そうか、迷惑なら帰るが、劉さんと話し合いを持ちたいんだがね」
「彼があっちで何をしたかって事だろ?僕が聞いておくよ。いや、もう兄さんたちの邪魔はしないさ。純粋に兄さんたちのフォローをするつもりさ」
「信じていいんだな?公臣。では社に帰ることにするか」
公聡は弟が前とは変わった事に安堵をしていた。憑きのものが落ちたと言うか、顔つきもどこか穏やかになったように感じていた。
カトリーヌ達は弟の内面がマーゴを引き出したと言った。
だがら弟が本心から変わっているとしても、マーゴがまだ存在している以上、安心は出来ない。カトリーヌはマーゴを過去に封印していたと言っていた。その封印方法を彼女達から聞き出さねばならない。
公聡は独り言を漏らした。
「憑きのものか」
弟は兄の独り言を不思議に思ったが、聞かないでおくことにした。
〜2050年7月
その頃の緑村家は京都市に住居を構えていた。
3歳になったばかりの美月は母親の葉月に連れられて参道をゆっくりと歩いていた。
本殿の前に立った二人はお辞儀をし、拝殿をした。
その後、本殿左に建立されている白狐社にお詣りした。
「美月ここのお社はね、商売繁盛の願いを叶えてくれる神社だと多くの人が思っているけど、実は違うのよ」
「そうなの?美月わかんない」
「あなたも大きくなったらわかると思うけど、神様ってそんなにかんたんなものじゃないのよ。人間に大事にされるから、いつも思ってもらえるから、その人間に等価として与えてくれるの。それが富だったり、商売繁盛だったり、ささやかな幸せだったりするのよ。でもいつしか人々はそんなことを忘れて、我先に自分達だけがご利益を授かろうとここに集まる。でもそんな浅ましい思いは神様はお見通しでね。そんな人たちには見返りは渡さない。でもそんな人達からの浄財は集まると大金になって、お社の保護や保全に役立つの。だから神様はその見返りとして、五穀豊穣として浅く広く人に与えるの。美月にはまだ難しいかな。でも憶えていて、人に何かを求めるとき、自分は何かを返さなきゃね。そういう事なの。わかる?」
「うん、お母さん分かったよ」と小さな美月は微笑んだ。
母は続けた。
「ここの白狐社にはね、命婦専女神と言うきつねの格好をした神様がいらっしゃるの。そのきつね様はね、白い女性性のきつねの姿をしてお役目のある人の前にだけ姿を現すの。白って言っても白でななくて『透明』の事を言うの。そのきつね様が貴女の守り神なのよ。いつかあなたも白狐さまに会える時が来るかもしれないわね」
「私を守ってくれるの?きつねさん」
「そう、必ずね」
〜
地下実験室〜
公聡はこの夜黒衣の老女と二人だけでこの部屋にいた。
「カトリーヌ、訊きたいことがある。あんたは素直には教えてくれんだろうが、とにかく俺の言うことを聞いてくれ」
「何なのかしら、シャイボーイ。でもいいわ、言ってご覧なさい」
「俺は最近思うんだが、あんたの集めた人間に共通しているものがあるように思えてならない。あんた達の目的が地球を救うことなのは理解しているが、なぜこんな大勢を集めて回りくどい事をするんだ」
老女は最初目を瞑り沈黙していたが、口を開いた。
「最初はひとり。そしてあなたたち兄弟。本当はそれだけで成し遂げられた。後の者たちは取り替えられる為の予備だった。だけど一番目の者の資格に不備が発生したため、次の資格の者に札を挿し替えた。護り石の目録も書き直されなければならなかった。あの時の護り石と、今の護り石は役目が違う」
老婆は息継ぎしないで続ける
「あの娘の力は強大だった。あの娘だけで事足りた。たがそれが深く埋もれてしまった。だからそれを掘り起こすために様々な要因が必要になった。今の護り石の役目は”第二の者“を覚醒させるための羅針盤。蒼い石が覚醒する時にあの娘の力が甦る」
「おい、婆さん。小難しいことばかり言うんじゃねえ。要は最初は、俺たち兄弟とその人だけで計画は済んだ。だが何らかの事故でその一人目が死んだか居なくなった。そしてあんたらは二人目を探し出してきて、その人間を覚醒させる為に色んな人を巻き込んでるって事だろう?一人目って誰のことだ。俺が知ってる人か?そして二人目って誰だ!言ってくれカトリーヌ!」
黒衣の老女はふたつの言葉を発し壁の向こうに吸い込まれ消えていった。
公聡は嗚咽した。
「何てことだ。何てことなんだ!そんな」
〜
公臣私邸〜
「劉さん、君はあっちで最後の工作を挿し込んだろ?でさ、その後にもしかすると予定外の事をしなかったかい?」
「そうか、あなたには隠せないな。そうです。自分はあなたの作った妨害対策をすべて無効にしてきた。目的はそれだけで成し遂げられたんですが、自分は打撃プログラムに変更を加えてきた。何故なら党の要人たちは呉のクーデターによって皆殺しにされていた。軍の各部隊も呉に倣えと彼の意思に感化されてしまっていた。だから、最初聞いた歴史とは違ってしまっていたんです。軍のやることに反乱するものが皆無となってしまった。これでは歴史に沿わない。だから別の方法で歴史に沿う方向に強制的に修整しなければと考えたんだ」
「そうか。それで君はその目的を達成する為に何を仕込んだんだい?」
「表面には表れないようにして、各ミサイルの標的を彼らの各基地や空母に固定してやった。もう誰にも変えられないさ」
「君は祖国を裏切ったのか。それで良かったのかい?」
「最初は国を保持しなければとあなたに協力した。だが、呉のクーデターや奴らの眼を見て、これは狂気に走っていると思ったんです。狂気に駆られるような行動は正義とは呼べない。だから自分はその逆をすることにした。でも全ての打撃システムを粉砕出来たわけでは無い。潜水艦は生きているし、隠された航空戦力も残存しているだろう。過去がどう変わったのかを知らねばならない」
〜
美月一家は復興を果たしたあとの東京に引っ越してからも、稲荷神を勧請した社がこの地にあることを知っていたので、事あるごとに稲荷詣りを続けていた。
ある日、母親の葉月が稲荷神社の清掃をしていた時に、鳥居の外に黒い服を着た老女が立っていたのに気付いた。
老女が鳥居をくくらずにじっと佇んでいることを不思議に思った葉月は竹箒を置いて、彼女の元に歩み寄った。
「お詣りですか?掃除は止めましたので、どうぞご遠慮なくお入りください」
老女は礼をしながらもこう言った。
「私はこの奥に入ることは出来ない。だが貴女に伝えたいことがあってやって来た」
「私にですか?」
葉月は老女の言葉に戸惑いを感じながらも「私とお婆さんは何処かでお会いしましたでしょうか」と訊いてみた。
「いや、会うのは初めてだけど、貴女のお人形さんには何度か会っているわ」
葉月は普段から不思議な出来事には慣れているのもあって、この老女も神様の使いか何かだろうと思った。
「お人形さんと言うと美月の事ですか?」
「そう、可愛い日本人形のリトルミヅキよ。本当に可愛らしい女の子ね」
「ありがとうございます。それで私に御用とは何でしょう」
「これを」
葉月はペンダントを老女から受け取り「これをどうしろと?」と老女の顔を睨みつけた。
「私は危険な存在ではない。あなた達を守る存在。だがあの娘はここの女狐が常に守っていて易易とは近づけない。これは私がお人形さんと話しをする為だけのもの。危険は無い。女狐に対して敵対するものでもない。女狐も分かってくれるはず」
葉月はある言葉に反応してこう言った。
「あなたが何者かは分かりません。今までお会いした神様とは違うように思います。そして悪いものでは無い様にも見えますが、ただあの子を守ってくださるのは、命婦専女神さまの使いの正当な稲荷様です。侮辱は許しません」
老女は目を見開いて葉月を見た。
「そう、それは悪かったわ。女狐と言ったのは見たままを言ったまで。別に侮辱でもなんでも無い。私たちは珠の意思。この星の全てのものを許すもの。そしてそんなあなた達にも、ここに住むことを許可しているもの。だからその稲荷神がこの地に住むのも私たちが許している。だけど稲荷神は私たちの存在の理由を知っているくせに、私たちがあの娘に近づくのを相当に嫌がっている。だからこの銀製品をお人形さんにかけてあげて欲しい。それを掛けている間はあの娘は私たちと話せるようになる」
「これは預かっておきます。あなたお名前は」
「私たちはカトリーヌとフランソワーズ。珠の意思はふたり」
「どちらを呼べば良いのかしら」
「どちらでも」
「そう。じゃあカトリーヌ。ふたりと貴女は言ったけど、私には三人に見えるわ。もう一方はどなたなの?」
老女はそれを聞き確かに狼狽した。
今まで見せた無表情が崩れ、顔の一部が歪んでしまった。
「そんなはずはない。あれは出るはずはない」
〜
美月が20歳になった時の事。
彼女のアメリカ行きを明日に控えた夜の事だった。
母親の葉月は彼女に向かって「明日はとうとう渡米してしまうのね。寂しくなるわ。この家も私とお父さんとふたりだけ。家が広すぎるわね、もう」
「お母さん、行ってきます。そんなに寂しがらなくてもいいわ。私とお母さんは繋がってるから。お母さんには見えていた命婦専女神さまが昨日私の前に初めて出てきてくださったの」
「あらそうなの?何か言ってらした?」
「私に光る図形や文字のようなものを見せてたわ。でも今の私には分からなかったけど、顔は穏やかだったので旅の安全を守ってやると言ってたのかも」
「そう、それは良かったわね。そうそう、これを貴女にあげるわ。肌身離さず身に着けてなさい」
そう言った母親は銀のペンダントを美月に渡した。
それはあの社でカトリーヌから渡されたものだった。
〜
「カトリーヌ、貴女の願い通り娘にペンダントを渡したわ。今まで貴女の奇天烈な話しを聞かされ続けてもうどれくらいになるかしらね。私も根負けをしたのかもね」
葉月は首を少し振りながら言う「でも本当にあの子がその救世主と一緒になって地球を救うのかしら?ならば私ももう一仕事しなければね。稲荷神さまを説得する事にするわ」
〜
その後、アメリカに渡った美月に黒衣の老女が接触を図り、そこからゆっくりと再び歯車が回り始める事となる。
古い時を集め、それを刻む12個の石。
書き直された目録にひとつずつ線が引かれてゆく。
それに導かれた人々は、その使命を運命を確認していく事となる。




