59.奪還
「うぎゃあ!!手が手がぁ。やめろぅ、やめてくれ、ぐぅぐぐぐ」
「お前は何様だ。答えろ答えろ応えろ」
その時、光とともに公聡は再びこの時間に飛んできた。
一秒も経たぬうちに目視した呉中将を発見し、彼の胸ポケットの中のものを取り出した瞬間、公聡は後方に吹き飛ばされてしまった。
頭をひどく打った公聡は10秒ほど意識を失っていたが、気を取り直し叫んだ。
「やめろ!公臣やめるんだ」
だが公臣は止まらない。呉をもう殺すつもりなのかもしれない。
その時、公聡は声にもならぬ叫びを発した。
「ヤ・メ・ロ!!!!!」
その瞬間、周りの空気が歪んでぶうぅぅんと音がして、ゼリーの中に閉じ込められたような違和感を覚えた。
公聡は驚いて周りを見渡した。
音が全くしない。自分が発する音さえもだ。
声を出しても鈍くこもってこだまするだけである。
よく見ると公臣の歩みが止まっていた。
呉中将の恐怖にひきつった顔も止まったままだった。
劉敏から流れ出ていたはずの血液も止まっている。
全てが無音の世界だった。
『どうした。何がどうなった。何が起こった。なぜみんな動かない。俺はゆっくりだが動けるのは何故だ』
公聡は公臣に近づいて彼を見ることにした。
眼を見開き鬼の形相をしている。
公聡は衝動に駆られて彼を両手で掴んで揺り動かそうとした。
その時だった。
突然公臣の動きが再開された。今にも呉に飛び掛かりそうな勢いだ。
公聡はそれを必死で止めなければならなくなった。
力ずくで抱きかかえて彼の歩みを止めている。
「やめろ!公臣。呉は停止している。とまれ公臣、止まるんだ」と言いながら右手で彼の頬をひっぱたいた。
眼に生気が戻った公臣は自分が兄に抱きかかえられていることに驚き飛び退いた。
「に、兄さん、何してるんだ恥ずかしいじゃないか」
「おい君臣!お前なにしたか分かってんのか」
「なんだい、この惨状は。既視感があるよ。これは僕がやったのかな。劉さん、劉さんは無事なのか」
床に倒れている劉を見つけた公臣は抱き上げ呼びかけた。
「劉さん劉さんしっかりしろ。兄さん大変だ劉さんが死んでしまった」
子供のようにおろおろしている弟を兄は一喝した。
「公臣、しっかりしろ。まだ劉さんは助かるかもしれん。なぜだか分らんが、今この空間は時間が止まっている。たぶんお前は俺が触ったから時間が動き出したんだ。俺が触らない限り心臓は止まったままだ。彼はまだ死んでない。劉さんを抱えて今すぐ屋敷に戻れ。あっちには緑村くんが待っている。着いたらすぐに俺の友人の医者に連絡しろ。分かったな分かったら行くんだ」
公聡は光となったふたりを見送り、しばらくこの場所にとどまった。
『とうとう俺の絵札も発動しちまった。時間が止まるだと・・・なんという力だ。公臣の絵札も恐ろしい力を持っている』
公聡はカトリーヌが言っていた『お互いを護るためのもの』という言葉に引っかかっていた。
『どうやって互いを補うってんだ。こんなもの厄災でしかないだろうに』
公聡が光に包まれた数秒後、独房エリアは時間を進め始め、呉の悲鳴だけがコンクリートに反響していた。
~公臣の私邸
「常務!公臣常務!大丈夫ですか血だらけじゃないですか。えっ!!劉さん、劉さんが撃たれたんですか」
「緑村さん、お願いだ。彼を助けてくれ。兄の友人の医者に連絡を。彼の時間は止まったままだ。今なら助けられる」
「え?時間が止まっている?どういう事ですか」
「説明は後だ。早く連絡を」
~20分後、私邸のリビング
「まったくお前達兄弟はなんなんだ、俺をこき使いやがって。こんな非法な事ばかりさせるつもりならお前たちとは縁を切るからな」
医者の桐野は公聡の高校の同級生なのだが、同級生になった3年生の時から公聡に振り回されっぱなしだったと嘆いている。
「俺の不幸は奴と同級生になったあの時から始まったんだ。患者はどこだ」
出血おびただしい患者を見て桐野は違和感を覚えていた。
「おい、弟君よ。こいつ心臓が止まってんじゃねえか。もう死んでんだろ。こんなもん俺に治せるかよ。葬儀屋を呼べや」
公臣は「桐野先生、彼の時計は止まっているだけなんです。出血が今以上に起こらないから輸血も必要ないかと思います」と言った。
桐野は何を言われたのか理解できないままでいたが「大体、お前の兄貴は突然行方不明になって、俺に8年ぶりに会いに来たと思ったら、脚を拳銃で打ち抜かれてたんだよ。しかも急激に老けてたしな。お前たちは一体何をしているんだ。なんだその時間が止まってるってよ」
「訳をすべてお話ししますと、時間がかかり過ぎて途方に暮れてしまいます。とにかく処置を」
~30分後
「おい、弟君よ。処置は終わったが、心臓が動いてくれないと血管に圧力がかからねえ。処置が上手くいったかどうかも確認できん。どうにかなるのか」
「ええ、兄が戻ってくれば・・・ですが。戻ってるはずなんですが。少し待っててください。別室にいるかもしれませんので見てきます」
~次元転移装置の前
「兄さん、戻ってたんだ。桐野先生が来てくれているよ。さあ、リビングへ行こう」
「公臣、その前にお前の絵札を見せてくれ。昔に貰ったやつだ」
公臣は昔は見せたくなかったのに、今は兄に素直に見せることが出来た。
「これは"RAIN"だな。雨か。暴風雨の絵柄か」
「そうだよ。僕のはこんな禍々しい絵柄なんだ、兄さんのとは違ってね」
公聡は公臣のこれまでの生き方を思いやり、こんな絵柄にさえ、自分に対しての敵対心を燃やし続けていた弟に悲哀を感じ、自分の何も関知せずの性格を呪い反省したのだった。
「公臣よ、よく見てみろ。絵柄の嵐の向こう側に青空が少し描かれているぞ。その嵐は過ぎ去るべき厄災だ。雲外蒼天ってやつだ。さあ、リビングへ行こう」
~
「やあやあ、桐野先生じゃないか。先生が来てくれたら安泰で、もう儲けものの他ならないな」
「公聡、何だお前のその口癖は。どこが儲けものだってんだ。ふざけるな治療代はしこたまもらうからな。ところでこの死人の心臓は動くのか。信じられねえ」
「ああ、俺は神さまなんだよ。俺が触れるとちょちょいのちょいでな、心臓が動き出す」と言いながら劉の肩に右手で触れた。
瞬間、劉の血流が戻り呼吸も再開された。
桐野は驚き「こ、これはどういう事なんだ。魔法なのか。いやとにかく傷跡を確認しなければならん。しばらくは眠ったままかもしれんが、起きたとしても急に動かさないようにな」と言い、一通りのチェックを施して帰っていった。
美月は数々の疑問点を確認せずにはいられない。
「社長、どうして劉さんの時が止まったままだったのですか。そもそも拳銃で撃たれるって一体どういう・・・」
「おお、そうだな。美月くんには詳細に、正確に説明しないと君は納得しないだろう?な?公臣」と言って二人で大笑いをしている。
美月はこの兄弟に何があったのかそれも聞いてみたい気がしたが、それは今夜は聞かないでおこうと思ったのだった。




