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スフィア  作者: ハーブスケプター


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57.ゆくも地獄もどるも地獄

太賀公聡と緑村美月は公臣の私邸の前に立っていた。


「行こう、美月くん。手掛かりを探すんだ」


  〜地下実験室


「社長、聞いてください。昨晩ボクの前にカトリーヌが現れました。彼女は意味深な言葉でボクに何かを伝えようとしていました」

「中村くん、婆さんは何を言った?」


「文字がひとつ奪われ、兄弟星は違う軌道に囚われていると」

「ほう、弟が俺たちを妨害したまま出社してない事と何か関係してそうだな」


緑村さんは「護り石は最後のひとつは変わらないままです」と言った。


「あっちで何かあったようだな。奴はおそらく人民軍のシステムに先入りして俺たちを妨害した。どこからそれをしたのかが問題だが、奴の事だ、手っ取り早く事を進めるためにとんでもない場所に降り立った可能性がある」


「社長、そのとんでもない場所って?」

「恐らくだが軍の中だろう。そして最後は捕らえられた」

そして「奴らの軍の内部など当然の事だが表には出ない。内部情報が分からないとお手上げだ。救いに行くにしても危険極まりない。死にに行くようなもんだ」と言った。


「弟さんの家に行きましょう。次元転移装置のデータから何かが分かるかも知れません」と緑村さんが言う。

「よし、善は急げだな。俺と美月くんであいつの家へ向かう。中村くんは悪いが留守番だ、後のことは頼んだ」


〜公臣私邸


「不用心なやつだ。鍵も何も掛けてない。セキュリティもだ」


二人は玄関を通り抜け館の一番大きな部屋に到達した。

暖炉の前にロッキングチェアがあり、その横のテーブルには、飲みかけの紅茶がポットとともに残されたままだ。


「ふん、俺もあいつも一人もんだが、それにしちゃあ贅沢な家だぜ。俺には六畳一間で十分なのにな」


その時、別室で物音がした。


「社長、あっちです」と美月はジェスチャーとアイコンタクトをした。

そこに行くと天井まである大きなスライドドア両開きの部屋があった。中から懐中電灯の明かりらしきものが漏れている。


「誰かがいる。公臣なのか」と小声で公聡は囁いた。


「社長、おそらく違います。泥棒か何らかの侵入者ではないかと」

美月も同じように囁いた。


公聡は思い切ってスライディングドアを力任せに開き、大声で「誰だ!出てこい!」と怒鳴った。


その声に驚いた中に居たものは、持っていた書類や器材を慌てて床に撒き散らして部屋の隅に行こうとしている。


「待て!待つんだ!ここで何をしている」


 二人は部屋の灯りを点け床に座り込んでいる人間を確認した。

男は中国語で何やら喚き散らしている。おそらく助けてくれ、怪しいものではないと言っているようだ。言葉の中に”タイガ”が何度も出てきている。


言語チップを男の言葉に合わせることでようやく何を言っているのか理解できるようになった。


男は「ここは太賀の研究所か?太賀を救わねばならない」

それを何度も繰り返している。


「落ち着け!ここは太賀の家だ。俺は太賀公聡、公臣の兄だ」

「貴方が太賀の兄なのか?双子の兄の方なのか」

「そうだ、俺が兄だ。なぜ君が弟を知っている?何者だ君は」


男は公聡に訊ねた。「今は何年だ?」


美月がそれに答えた。

「なんてことだ。本当に彼の言う通りだ」


公聡はまだ落ち着かない男を椅子に座らせ、落ち着くように促し茶を淹れてやった。

数分後、落ち着きを取り戻した男は、静かに事情を語り始めた。


「君たちが彼の言う別動隊なのですか?太賀の邪魔をしに来たと言う」


公聡は少し怪訝な顔をしたが、そうだと答えた。


「だが、言っておくが弟が俺達の邪魔をしているんだ。我々は世界を救おうとしているんだ」


男は「立場の違いで正義の立ち位置も変わる。我々には自分たちを守ることが正義なのです」

「ふむ、それは君の言うことも尤もだな」

「ただ、自分が聞いた未来で起こることも、友人がしでかしたことも正義には思えない。だからあなた達の立ち位置の方が正義なのではないかとも思っています」と言う。


「君は何と言う?」

「自分の名前は劉敏。人民軍のシステムを、そう、大元を作った」


 男はシステムを一人で作り上げたこと、その後、党に秘密を知りすぎたために、僻地に長期に幽閉されていた事。そこから友人の中将に救い出され、公臣に出会い、協力してシステムに妨害対策を付加したことを話した。


「自分は太賀とこころを通わせたのだ。長い孤独の中にあった自分を友達は助けてくれはしたが、理由は自分を利用する為だけだった。だが太賀は、そう、君の弟は自分に敬意をはらい、一人の男として対応してくれたのだ。だから太賀への恩義を感じずにはいられない。太賀を救わればならない。彼は自分の友人の中将のだまし討ちを食らい、大切な絵札を奪われたんです。それが取り戻せたこの二枚。でもまだ一枚は呉の手中にある。それも取り返す必要があるんです。協力を願いたい。君たちの協力を。太賀を救わねばならないんです」


公聡は劉の独特の喋り方に違和感を覚えながらも、嘘はついているようには思えなかったが、彼にどうやってこの時間に辿り着いたのかを問うてみた。


「それは・・・・・」



20××年8月10日午後


 劉は制服を脱いでいつものラフな格好に着替え中将の部屋を訪問した。


「もうこんな格好でも大丈夫か?」


呉は劉を一瞥し「そうだな。ここの基地は現在自分に掌握されている。構わん。もう基地内の移動は誰の許しも要らない。ゆるりと過ごせ」と言った。


「そうか、ありがとう。太賀と話していて次元移動装置に興味を持っているんだ。それが今ここにあったら党の役に立つんじゃないか?」


「そうだな。今後の役に立つかもしれん。だがその装置は未来の世にしか無く、ここに持ってくることはできない。太賀を絞り上げれば作ることは可能かもしれんが。ふむ、そうだな。考えてもいいだろう。で、どうしたいと言うのだ?」


「太賀から聞いたのだが、彼はそのタイムマシンは片道専用のもので、使えばその時間軸に行ったきりになってしまうらしい。元の時間に帰るには別の行動が必要になるらしいと言った。それは実に非科学的な行動で、往路で使う超科学的な現象を一笑に付してしまうような現象らしいんだ」


「ははははは、そうだ。あいつはそう言っていたな。本当かどうかが疑わしいほどの事だぞ。こんな絵札を重ね合わせると元の時間に戻れると真顔で言うんだ。傑作だろう?」と言いながら月が描かれた絵札を二枚机の引き出しから出して劉に見せた。



『いいかい、劉さん。チャンスは一度だよ。あいつから二枚の月のカードを渡されたら問答無用で《裏と裏》を合わせて擦るんだ。そうすれば僕の飛んできた元の時間の僕の家に君は戻される。そこで僕の兄に助けを求めるといい』



劉は手の震えが止まらない。元々小心者のため人を騙すことなど出来た試しがない。

この時間までの小芝居はよくやった方だ。果たして上手くいくのだろうか。劉は額に汗をにじませていた。


「て、手に取ってもいいかな?詳しく見てみたいんだ。こ、後学の為に・・・・」


北京大学の風変わりな同窓生は、一人では生きて行けずに党の保護の下に生きながらえてきた。それはこの人間が生まれ持った才能があったおかげでしかなく、人間としても全く尊敬も共感も覚えることが出来ない俗物なのだからと。


呉はこの時油断をしていた。

軍人として油断は一時もしては成らぬものだった。

しかし、この鼠のごとく小さな同級生に対して、してはならぬ『油断』をした。


劉は公臣の言ったことに忠実に従った。


絵札を手に取った劉は、間髪を入れずに絵札の裏と裏を合わせて光に包まれた。



「劉さん、そうか、やはり弟は軍に捕らえられているのだな。しかし、君はその友人を騙してこっちに来ちまった。元の時代に戻れば粛清されるだろう。悪いことをさせちまったな」


「太賀兄、心配には及ばない。もうあの国もあの軍も自分は愛せないんです。だから、とにかく手伝わせてくれ」



20××年8月10日14時


呉は独房を訪問した。


「日本人太賀よ、劉が居なくなった。奴に入れ知恵をしたな」

「さあ、どうだろうね。ふふ。どんな”消え方”をしたんだい?見てみたかったよ」

「奴は何処へ行った?」

「うーん、多分僕が居た時代だろうね。2070年の東京さ」

「そこで何をさせるつもりだ」


「いや、特に何もないよ。彼が未来の世を一度見てみたいって言ってたからね。君の持ってる月の絵札を使えば一瞬で見に行けるよって言ってやったんだ。たぶんあっちの世では何も出来はしないよ。あの装置の正確な使い方も分からないだろうし、身分証明も出来ないから生きていくのも大変だろうしさ。乞食にでもなるしかないだろうね」


「ふん、まあいい。貴様はあの絵札が無いことには元の世界には戻る方法は無い。冥土の土産にこれを返してやる。せいぜいその絵札を毎日拝んで暮らすがいい」と言いながら雨が降る絵柄の札をドアの隙間から投げ入れた。


「おいおい、良いのかい?でも、これも偽物なんだろう?」


「お前はその絵札の使い方は分からないから自分にくれてやると言った。どうせ役に立たんくず札なのだろう」


呉はそれだけ言って房を去った。



現在


「すごい凄いぞ。我が国のテクノロジーは世界最高水準だと思っていたが、50年ほどでこんなに技術は進むものなのか」


劉は公聡から今の世の様々な仕組みの説明を受けていた。


「まあ、そうだろうな。だが次元転移装置はこの世にここにあるこれと、もう一台っきりだ」


劉は装置を興味津々で触っていた。

「これを作ったのは貴方、太賀兄だね?すごい技術者だ貴方は」

「まあ、そんなもんだ。だがそろそろ弟を救いに行く作戦会議といこうじゃないか、劉さんよ」

「そうだ、それが肝心です。先ず呉が所属する部隊のある基地の所在を確定する必要がある」


劉は続けた。


「自分はヘリで救出され基地に入った。だが夜だったので外の様子は全く分からないんです。その後は基地から一歩も出られなかった。特定の窓の外に見える風景も特定できる物は無かった。山ばかりだ」


「うむ、どうだね美月くんならどうこれを解決する」


美月はこれに秒も掛からず答えた。


「アメリカの国防総省のデータにと中国の軍事データにアクセスしましょう。その時代のその呉宗大の所属する基地も判明するかと」


「おいおい、美月くん。ここからはやめとけよ。足が付いちまう」


「ええ、一度当時に飛んで”ネットカフェ”と言う所からアクセスしましょう。行動を起こしている所を監視カメラに撮られても私を絶対に特定など出来ませんから」と笑った。


公聡は「おい、美月くん、ちょっと待て。その前にこいつに入力されたパラメータをログから拾い出してくれ。そしてそこにある端末の検索データもだ。君が言うその犯罪まがいの事より手っ取り早いかも知れんぞ」と笑い返した。


劉は二人が何を言っているのか分からず、笑い合っている二人を相互に見返した。


「見つけました。これがパラメータです。でもこの端末にはデータは残ってません。別の端末から検索していたのかもしれませんね」


劉はこの話に割って入って良いものかどうかを迷っていたが


「も、もしかしてこの端末でしょうか」と言いながら公聡に小型の端末を差し出した。

「うん?、これは君のものじゃぁ無さそうだな。君の時代にはこれは流石に無いよな?」

「はい、これは太賀弟から預かったものだ。妨害対策をした時に借りたんです」


公聡は劉の独特の喋り方に慣れない。不思議な喋り方をする人間だと思っていたが、元来頭の良い人間はこんな話し方をするのかも知れないなと考えた。


「劉さん、良くやった。そりゃあ儲けものだぜ。その端末にはあいつの活動データから、それを借りた後のあんたの基地内の動きまでトレース出来るんだ。これは面白いことになってきたな」


美月が端末を受取り内部に蓄積されている情報を可視化した。

「ふむ、この施設は衛星写真と照らし合わせると東山省にあるこの基地だな。ふふん、案外近いところじゃあないか。目標は定まったぞ。あとは建物の詳細図を作成してゆこう。これが動いた場所に限定はされるが、それだけでも十分だ」


 端末は公臣がジャンプし着地した地点からその基地までのルート、建物内の牢屋であろう場所、劉にあてがわれた部屋、そして中将のオフィスが視覚的に再構成された。


付随して公臣が掛けていた記録グラスの動画映像も同期している。


「ほほう、彼が呉中将か。随分と厳しそうな軍人さまじゃねえか」


救出地点もピンポイントで確定した。

公臣がその瞬間にそこに居れば助けられる。だが、捕らわれている場所が変わったりしていたら作戦は失敗だ。


「劉さん、君は弟の牢屋の前には何回も行ったのかな?」


劉は言う「三度だ」


「その時の守衛の動きは覚えているかい?」


「そうだな、守衛は三時間に一度交代する。だがクーデターが開始されてからは一時間に一度の点呼だけになったな。人員が割けなくなったのだと思う」


「それは何分だ?」

「正確に00分だ」


「よし、救出作戦は点呼の時間を避けて行こう。後は妨害対策をどうにかしたいのだが、協力してくれるかね?劉さん」



 その夜〜


公聡は社に帰ってから公臣が残した端末の画像を閲覧していた。


動画ファイルにはタイムスタンプが付与されている。当然の事だが、過去に飛んだ画像だとしても現在時間のものが貼り付けられている。ただ、ひとつだけタイムスタンプがおかしなファイルがあった。


薄暗い天井か壁のようなものが延々と映されている。

だが、弟の声だけがはっきりと残されていた。


《こいつ、夢でも観てやがるのか》


夢の中の公臣はこう言う「ここで頭を打って気絶するんだ」


次に音とも声ともとれない叫び声のようなものが録音されていた。


次の瞬間、画像が鮮明になった。

どこかの学校らしき景色が映っている。ドローンで撮影したような低空からふわふわ映した動画だった。


公聡が驚愕したのはそのカメラの目線の先には、無残にも手足が折れ曲がり気絶した中学生、背中を向ける白い服の老婆。その間に割って入る中学生。

そして老婆が中学生の肩に手を置き何かを語りかけている様子。

それを空撮するカメラ。


走り出す中学生。

空撮するカメラに向かって微笑む老婆。


公聡は思った。

《これは何なのだ?何でここにこんなものが割り込んで挿し込まれているんだ》


『グットボーイ、そこにいたのね』と老婆がドローンに向かってしゃべりだした。


《こいつ、こいつがマーガレットなのか・・・カトリーヌと瓜二つじゃねえか》


公聡は初めて見る彼女の姿に驚愕した。


ドローンから声がした。

『やあマーガレット。ボクの事が見えるのかい?これは過去の出来事じゃないか。なぜ現在の僕と会話ができるんだい』


その瞬間、ふわふわと漂いながら空撮をしているドローンらしきものは、公臣本人だった事に公聡は気づいたのだった。


『それはそうと彼たちが怪我をしたのは僕が原因なのかな』と公臣が訊く。そして老婆はこう答えた。

『私は直接は手を下すことはできない。実際に力を使ったのは私でも貴方でもなく、胸のポケットにしまっていたあの絵札が貴方の力を引き出した。雨は大地を汚しもするが、大地を洗い流す』


動画はここでぷつりと終わっていた。


《絵札が力を引き出すだと?》


公聡は高校生の頃に訪れた占い館での出来事を思い出していた。


《あの林であなた達に私たちが渡したものは大切にしなさい。あれは貴方達一人一人を個別に護るものでもある。決して離さないようにしなさい。あなた方に足りないものを互いにあなた方が補う。その絵札はその為のものでもある》


『ああ、なんかそんな事を言ってたような気がするな。ただ、いくら念じても何が起こるわけでもなかったし、あの絵札は単なる呪いみたいなもんじゃねえのかなって思ってたな。力を引き出すだと?一体どうやって?弟の夢の中の映像には、確かに奴が同級生の前に立った後に彼らが吹き飛んだ。俺の持っているこの"時間"の絵札にもそんな力が宿ってるってのか?』


公聡は薄暗い実験室で椅子にもたれかかり宙を仰いだ。


〜次の日

救出作戦〜


「どうしても一緒に行くと言うのか?劉さん」

「そうだ、こうなったのは自分の責任でもあります。あなた達が去ったあと向こうでしたい事がある」

「そうか、分かった。しかし君にはここにしばらく残ってやって欲しいことがあったんだがね」

「もう、工作プログラムはこの端末に転送済みだ。あとは自分をある区画へ飛ばしてくれ」

「うむ、美月くん、俺を奴の牢の中へ。その後、劉さんをあのポイントへ送ってくれ。劉さんは月の絵札を、俺は軍票を使ってこっちに戻る。いいな劉さん、必ず戻れ」


公聡は祐介から預かった軍票を首に掛け光りに包まれ飛び立った。


「緑村さん、短い間でしたがありがとうを言いたい。自分は国と党を守るために働いたつもりだったが、どうやらそれは間違いだったようです。あなた達の顔や眼を見れば、そうだったと理解するには時間はかからないだろう。友人だったと思っていた呉や、太賀弟の眼はあなた達とは違う。もしかすると自分もつい最近まで、彼らと同じ眼をしていたかも知れないです。さあ、送ってください。必ずやり遂げます」


美月はコンソールのボタンに手を掛けながら劉の眼を見た。

「劉さん、あなたの眼は透き通って輝いています」


彼女はキーを押して劉に対して深くお辞儀をした。

光りに包まれながら劉は何かを言ったが、美月は聞き取ることが出来なかった。


20××年8月11日午前8時


基地内コンピュータ室〜


「よし、着いた。ほんとに帰ってきた。時間はどうだ?」

劉は無人のコンピュータ室に降り立った。


『自分はこれをここに仕込んだら任務は完了だ。急ごう』


劉は公臣に端末の使用方法を教えてもらっていたので、難なくそれを操作しコンソールから侵入、彼と先日作り上げた妨害対策プログラムを削除し、ルーチン同士の不整合が起こらぬように修正をかけていた。

この作業が終わるまでは、先日仮想的に置いていたサーバに迂回させ、表面上は不都合なく動いているかのような騙しを掛けた。


『あともう少しだ。もう終わる』


その時だった。コンピュータ室に誰かが入ってくる音がする。


『まずい、はやく終われ。まだなのか、遅い遅すぎる!』


ドアを開ける音がし、軍靴の踵の音が 近づいてくる。

棚の向こうで足音は止まり、何かカセットを取り出したり挿し込んだりする様な音がしている。


『ふう、バックアップ用のカートリッジの交換なのか。おそらくこちらには来ない』


棚や筐体で区切られた通路の奥に潜んでいる劉は冷汗をこれでもかと垂らしている。

しかし、彼の胸ポケットからボールペンが抜け出ようとしている事に劉は気付かないでいる。

劉は急いで手を動かすが、その動きに合わせる様にボールペンのノッチがポケットから外れそうになる。


『よし、削除と整合性は完了だ。あとはこの新しいルーチンを差し込むだけだ。急げ急げ動け動け』


棚向こうの人物は、まだ劉の存在に気づいていずにバックアップ交換作業を繰り返している。

その時だった。

ボールペンがポケットから浮き上がり、重力に引っ張られ床に落ちようとしていた。


『五、四、三、ニ』


《カチャリ!》

『一、零、転送完了』


瞬間、肝を冷やした劉は、絵札を両手に一枚ずつ握り逆転送に備えた。

しかし、壁向こうの兵士はカートリッジを差し込む音とペンの落下音が同時にあった為、気付くことはなく、作業を終えた兵士は部屋を出ていった。


『ふう、危ない危ない。これで時間が出来たな本来ならこれで任務完了だが、自分にはまだやる事がある』


〜同日、同時間の少し前


 呉は再度日本人の収監されている独房を訪問した。やはり公臣ののらりくらりとした態度を怪しんでいる。


「日本人太賀よ、劉同志が作成したプログラムは正確に動いている。お前ら日本人の別動隊が妨害に来たとしても、鉄壁の防御だ。劉はこの分野にかけて類稀なる頭脳を誇る。プログラムの中身については、信頼の置けるものである事には間違いはないだろう。だが、奴がお前のいる時代に消えた事について、自分は釈然としないのだ。まだ疑念は晴れない。何を企んでいる。それを聞き質しに来た」


公臣は鉄の扉の小窓越しに呉中将を見てこう言った。


「だからさ、前にも言ったけど、彼が未来を見たいって言うから助言をしただけだよ。それ以上含んでるものなんて何も無いさ」


その時だった。

公臣の後方で光が沸き起こった。


「何だ今の光は!貴様何をしている」


光を感じた瞬間公臣は、記録レンズの後方のカメラを前を向いたまま確認した。そして「いや、僕の端末が何か警告を発したようだ。少し見てもいいかい?」と言い、後ろに突然現れた人物に自分の足元とドアの間に隠れるように指で合図をした。


「そう、端末、端末だ!」と言い転送されてきた公聡に端末を渡すように促した。

公臣は少ししゃがんだ真似をして端末を受取り、牢屋の小窓に端末を見せるようにした。


「ごめんね、端末の作業を終えたら光るように設定していたんだ。びっくりさせたかい?ほら、ここが光ってるだろ」


呉は公臣を怪しんでいるが、ここに閉じ込めておけば何も出来ないと高を括っている。これ以上この男を詰問しても劉のことも分からない、そしてこの短時間で劉とこの男が結束することなどあり得ないと踏んでいた。


「お前は別働隊は複数の人間がいると言っていた。しかし、お前と意を共にするものはおらんとも言っていた。よってお前を救いに来る人間は居ない、お前にはもう何も出来ん、と言うことだ」


それを言うと衛兵にしっかり見張ってろとだけ言いオフィスに戻って行った。


牢屋エリアの鉄格子扉の閉まる音を確認した公臣は「危ないなあ、兄さん。何しに来たんだよもうちょっとで引っ張り出されて銃殺されるかもしれなかったよ」と言った。


「おい、公臣よ。助けに来てやったのになんて言い草だ。お前は現代に帰る方法も奪われたんだろが。まさかここで野垂れ死ぬつもりなのか?」

「それも良いかななんて思ってたのは確かさ。でも劉さんに命を託してみようかなと思ったんだ。彼は変な奴だけど仕事は出来る人だし、割と真っ直ぐな性格なんだよ」

「そうだ、劉さんはお前を救い出してくれと俺たちに願い出た。俺は気が進まなかったけどな。美月くんと劉さんがあまりに言うもんだからな、仕方なくだ」

「ふーん、そうなんだ。兄さんらしくないね。兄さんなら誰に何を言われようと僕を救いに来ると思ってたのに。残念だよ」


その時だった。牢屋の扉が突然開き、通路に衛兵三人と呉中将が立っていたのだった。


「まんまと騙せると思ったのか。ばか者共め。衛兵!こいつらを自分のオフィスへ連行しろ」


〜呉のオフィス


衛兵三人に連行された公聡と公臣。


「そこのお前。貴様はなんの為に房の中に侵入した。そしてお前は何者だ」


「俺は太賀公聡、こいつの兄だ。双子のな」


「双子だと?冗談はやめろ。どこの世界にお前のような歳のいった双子がいる」


公臣が口を挟み「彼は君たちを妨害する為に派遣された別働隊だよ。多分君たちに加担する僕を始末に来たんだ。ねえそうだよね兄さん」


公聡はそれには黙っている。


「衛兵、この兄と言う人間の身体検査をしろ。何かを持っているはずだ。未来に帰るためのな」


衛兵は公聡を調べ始めた。


「中将、この男が持っているものは、そこにある不思議な機械、と右のポケットに小型のスイッチの様なもの、胸ポケットに絵札が一枚、首にネックレスをしています。持物は以上です」


呉はスイッチと言う言葉と絵札に反応した。


「絵札とスイッチ、それをこちらに持ってきたまえ」


衛兵がデスクにそれらを置いて後ろに下がった。


「このスイッチはなんだ?」


公聡はこう答えた。

「その機械は未来に帰るためのものだ。頼む、それは返してくれ。そうでないと俺は帰ることができなくなる」


呉は先日見た不思議な出来事を思い出している。劉が絵札を使い消えたことを。


「先に来た太賀はタイムマシンは一方通行だと言っていたはずだが、なんともおかしなことを言うもんだな、大河兄よ」


「中将よ、よく俺を見ろ。双子の兄の俺が何故こいつより歳を食っているのかを考えてみるんだな」

「どういう意味だ、それは」

「俺はこいつの持つ次元転移装置よりも自分たちのものを改良するために未来へ飛んだ。そう、今の世からは100年後くらいの未来だ。そこでテクノロジーを学んで帰ってきた。ただ、そこがあまりに楽しい場所だったもんでな。気付いたら10年以上時が過ぎていた、そういう事だ」


「ほほう、お前たちの国には“浦島太郎”と言う逸話があるが、それと同じだと言いたいのか」


その時だった。

表を守る衛兵が中に声をかけた。


「中将閣下!よろしいでしょうか!」


呉は「何だ!何用だ。邪魔はするなと言ったはずだが!」

「いえ、閣下。邪魔をするつもりはありません!ただ、」

「ただ、何なのだ!」

「訪問者です!閣下のご友人の劉同志です」


「通せ」と言い呉はドアを凝視した。


劉が部屋に入るのを見届けると、呉は衛兵たちに外で控えるように命令した。


「劉じゃないか。未来の世は楽しんできたのか?」

「そんなに楽しいところではなかったよ。あまりに馴染めないので帰ってきたんだ」

「それでどうやって帰ってきたのだ」

「着いたのは太賀の屋敷だったんだ。タイムマシンがまだ動いていたよ。プリセットスイッチがあったのでそれを押したらほら、この通りさ。少しだけどテクノロジーも盗んできたんだ」

「劉よ、自分はお前を信用が出来ないでいるのだ。お前は何の思惑も持っていないと証明出来るか?」

「そうか、そうだな。君を騙したみたいになったからね。でもそれは未来のテクノロジーを持ち帰りたいっていう願望の成したことなんだ。そう言っただろ?あの時。それに自分には野心なんてものは無縁なんだ。タイムマシンを党の役に立てることこそが自分の目的なんだ」


呉は劉の眼を見つめた。


嘘なのか本当の気持ちを吐いているのかを見定めるためだった。

呉は思う。この男は元来の小心者だと言う事は前から知っている。嘘をつけばそれはすぐにわかる嘘だ。自信満々に嘘をつける人間ではない。あの消えた時もおどおどしていた。だが、今は堂々として前を見て喋っている。


「分かった、劉同志。君を信用しよう。引き続き我々のために仕事をしてくれ」

「信用してくれて良かったよ。ああ、それとこれは返しておく」と言い月の絵札を呉に渡したのだった。

「ただ、それを合わせると持った人間は飛んでいくから別々に保管したほうがいい」

「ああ、そうしよう君はやはり信用に値する。それを証明した」


そして表の衛兵たちに「この者たちを房に叩き込んでおけ」と命じた。

机の上には“時間“と書かれた絵札と何かを操作するスイッチ、そして二枚の月の描かれた絵札が残された。


部屋に残った呉と劉だったが、言葉とは裏腹に中将の劉に対する視線はきつく冷たい。


「劉同志、もう一度確認させてほしい。君は我々の要望通りにプログラムを書き換えたが、その成果について問いたい。妨害者に対しての壁の性能についての評価、そして既存の行動に対する不具合の有無だ」

「もちろんだ。既存の行動に対する侵襲は無いと思ってもらいたい。そこは無問題だ。ただ、予測による効果の範囲を飛び越えられる可能性は残る。太賀のアイデアを取り入れた事により別働隊と言われる太賀兄たちの行動も予測の範囲だが出来ているが、それはあくまで予想だ」


「そうか、それをいかに考える?」

「丁度、罠にかかった熊猫が下の牢屋に居る。彼から情報を取り出して予想を限りなく実際に近づけることは可能だろう」

「ふ、そうだな。君にはあの牢屋区画への立ち入りは自由とする。衛兵には申し付けておく。早速取りかかれ」


呉はもう一度劉の眼を見てこう言った。


「劉よ、秘密は無しだ。逐一報告せよ」


劉は生唾を飲み込んで同意した。



独房にて。


公聡は一つ離れた房に収監されている。鉄扉越しに会話をさせぬ為だったが、二人はそんな事はお構いなしに大声を出して会話をしていた。


「どうせ衛兵には俺達の会話など理解できん」

「だけど、こんな事して何になるのさ」

「憂さ晴らしさ。他にする事もあるまい!」

「あははは、そうだね。でも僕には憂さなんて無いよ」

「お前はいっつもそうだったな。悩んでないと言いながら人一倍悩んでたのはお前だろう?憂さが無いなんてのも大嘘だ」


「ふふ、兄さんには参るよ何でもお見通しなんだよね。僕のことは何でもお見通しだった。だから僕は兄さんへ沢山の秘密を持ちたかったんだ。兄さんの知らない部分を沢山ね」

「そうか。俺のいい加減な部分がお前を苦しめてたんだな。そりゃあ悪かった、この通りだ。牢屋の扉越しにする会話じゃねえな!でもお前には悪いことをしたと思ってる。お前が真っ直ぐ生きられなかったのは、マーガレットのせいでもない、ましてやお前のせいでも何でもない。全部俺のせいだ」

「いいよ、もう。兄さんの言いたい事は分かったから」


その後、公臣は呼びかけても黙り込んでしまった。

公聡は弟の性格を知っているからこそ会話を続けなければならなかった。


「公臣よ、返事しなくていいから聞いてくれ。お前は小さい頃から俺と比べられて生きてきた。俺はこんな性格だから自由奔放と言えば聞こえがいいが、周りに気を遣わずに自分の好きなまま生きてきた。たぶんその裏でお前は数多くの我慢をしてきたんだろう。それもほんっとに小さい頃からな。親父はあんなだから、お前に、俺に追い付けとうるさく、とても煩く言ってきたんだろうな。そんな毎日の生活の中でお前は我慢我慢して努力してきた。でもあの親父はお前を認めようとはしなかった」


公臣の部屋からは何も物音はしないままだった。


構わず公聡は続けた。


「俺もこんな性格だからよ、面と向かってはこんな恥ずかしい事言えなくてな・・・・すまん。鉄扉越しなら言える気がしたんでな。なあ、俺と一緒に帰ろうぜ。また会社を一緒にしていこう。そして世界を救うんだ。地球をよ、救うんだぜ、一緒にな」


ひとつ向こうの牢屋から何かを叩く音がした。


「なんだ?公臣、どうした」


「うるさい、うるさいんだよ兄さん。あんたに何がわかるってんだ。うるさいうるさい!もう遅いんだよ。今更なんだ。何を許せってんだ。僕にはあんたと反対の道を選ぶことしか残されていないんだよ。だからあんたとは組まない。永遠にね。もう黙っててくれ・・・頼む。黙ってくれ」


その時だった。通路向こうの鉄格子が開く音がした。

誰かが入ってくる。


「兄さん、静かにしろ。誰か来た」



「太賀兄弟、気分はどうだい」と劉敏が言った。


公臣の牢の前で彼は立ち止まり、もう一度同じ事を聞いた。


「気分は上出来さ。君の方はどうだい」

「ああ、貴方のおかげで呉に怪しまれながらも切り抜けることが出来たよ」と言い鉄扉の食事受け渡しの隙間から二枚の絵札を公臣に渡した。


「これは元々貴方のもの。持ち主に返るべきものだ」

「僕があらかじめ渡した偽物をあいつにつき返したって訳だ」

「そうだ。元の持ち主に返さねばならないからね」と言い劉は笑った。

「これで元の世界に戻れる。兄も今のままの状態で戻れるのだろう?二人共はやくしなさい。見つからぬうちに」

「太賀兄、呉に盗られたあなたの絵札は諦めなさい。今は命が大切だ。さあ、はやく行くんだ」



「そこまでだ!劉同志・・いや劉敏よ」


劉が驚いて振り向くとそこには呉と衛兵が立っていた。


「お前はやはり信用には能わない・・・・残念だ」と言い手に持った拳銃から鉛球を2発発射した。


劉はもんどりうって前に倒れこんだ。血が床に流れ続けていく。


彼は薄れゆく意識の中で呉に言い続けた。


「彼たちはあなたにはもう害をなさない。放ってやれ。頼む、行かせてやってくれ」


呉は眉を少し動かしたが躊躇なく3発目を劉に向けて撃った。


「やめろおぉぉぉぉぉ!!!!」


その声とともに牢屋の鉄扉が外側に吹き飛び衛兵3名が鉄扉とコンクリート壁に挟まれて身体の厚みが無くなった。

隣にいた呉も衝撃で飛ばされ拳銃を手放してしまった。

公聡は外の様子が分からない。鉄扉が視界の邪魔をしていた。


「な、なんだ。何が起こった。劉さんが撃たれたのか。その後の爆発音のようなものは何なのだ」


牢の外で公臣が叫んでいるのが聞こえてくる。


「なぜだ、なぜ劉さんを撃った。お前は何様だ。何様のつもりだ。お前は地球にいてはならないものだ」


公臣が牢屋から出て呉にのそりと近づいた。

近づくたびに中将の屈強の手足が曲がってゆく。

曲がってはならぬ方向へ。


「うぎゃあ!!手が手がぁ。やめろぅ、やめてくれ、ぐぅぐぐぐ」

「お前は何様だ。答えろ答えろ応えろ」


公聡は窓越しに彼ら三人がやっと見えた。

床に倒れている劉。そして手足が曲がった呉中将。

ゆっくりと歩く公臣。


よく見ると公臣の胸ポケットが光っている。どうしたことか、呉中将の胸ポケットも同じ様に光っているではないか。


「あ、あれはまさか・・・・・」


公聡は意を決して軍票のような金属板二枚を擦り合わせた。



公臣の私邸~


公聡と劉を送り出した美月は発出パラメータの再確認をしていた。

すると光に包まれた公聡が疲弊した様子で帰ってきた。


「美月くん、詳細は後で話す。大至急、この時間の、この地点から3メートル後方に射出してくれ。またすぐ戻ってくる」


美月は急いで数値を入力し公聡を再度送り出した。


「社長、いったい何が有ったというのですか・・・・」

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