56.「孤独のゆくえ」
帰ってきた挨拶もほどほどにして太賀公聡は難しい顔をして黙り込んでしまった。
「社長、おかえりなさい。調査はどうでしたでしょうか」
しかめ面を解くのに少し時間を要した公聡は「美月くん、大変なことが起こっている。あるべき場所に暫定首都が無かったのだ」と言う。
「それはどういう事ですか。確かに2030年にお送りしたはずです」
「年代は合致している。しかし歴史が変わっているんだ。俺たちは計画を失敗した。だから歴史は変わるはずはない。なんの要素が混じりこんだのだ。やはり公臣と珠の意思の妨害があったと言う事か」
「社長、とにかく整理いたしましょう。どの様に変わったのでしょうか」
「まずだな。あいつらが最初に発射したのがSLBMだったらしい。それも六カ所に対して同時にだ。しかしそれは都市にではなく威嚇のつもりか各都市の近海や草原や砂漠、人のいない所へだ」
公聡は次のように続けた。
自分たちの知っている規定の事実では、全世界から長期に渡り物資の流れを立たれ、孤立した彼の国が自暴自棄になって全戦力をほぼ同時に発揮してしまった。
そして、対抗戦力を使い切った状態に加え、軍内部の反乱が国内各地に勃発して、多国籍軍の制圧はそう時間がかからなかった。
だが、変わった歴史では、彼の国は巧妙に戦力を使い分け戦力を温存、彼の着いた2030年はまだ“第三次世界大戦”の真っ只中だったと言う事だった。
首都東京は存在していたが、台湾、沖縄は人民軍の支配下に置かれていた。
〜
「美月くん、このまま放置すれば今自分たちのいる世界も消え失せるだろう」
「社長、やはり弟さんが同時にあちらへ飛び妨害したとしか考えられませんが、どこの時点でどの地の時間軸に飛んだのか知る必要があります」
「あいつめ、とんでもねえ事しでかしやがったぜ。俺ぁちょっくら秘書室へ出かけてくるよ」
美月は留守を任せてと言いながらも思案に暮れるのだった。
〜
20××年8月8日深夜
公臣は牢の中の粗末なベッドに横わたり短い睡眠の中で夢を見た。
傍観者となり過去へ旅する夢だった。
初めて黒衣の老婆が現れた別荘の林の中、占い館、高校生活、渡米した数年間、身体は実体を失い魂が浮遊した様な状態で物事を俯瞰している。
次に見たのは中学生になって数ヶ月した頃の自分だった。
クラスメートよりひとつ年下で体も小さく引っ込み思案、クラスの中でも浮いていたそんな自分を上から眺めていた。
ある日の昼休み、自分が同級生数人に連れ出されていた。
《これはあの時か。僕は突き飛ばされて気絶していたから何にも見てなかったんだ》
そう思いながらしばらく眺めていた。
《そうだ、この和久井は体がでかくて僕なんかじゃ太刀打ち出来ない。今見れば他の三人は大したこと無いじゃないか。あの時なぜ立ち向かわなかったんだろう》
そうこうしている内に核心の場面が来た。
《あ、こうして突き飛ばされたのか。そしてあそこで頭を打って気絶するんだ》
『ガンッ』と鈍い音が聞こえて子供の頃の自分が仰向けに動かなくなっている。
その後四人は大変な事をしてしまったとおろおろしている。
先生に言うか言うまいかで揉めているらしい。
その時だった。倒れた公臣の影から白い服を着た老婆がしゅるしゅると出て来た。
老婆は音なのか声なのか分からない音を発した。
『何をするのかーー!!!』
音(声)に驚いた四人は音の方向に振り向いた。
しかし次の瞬間、倒れていたはずの公臣が老婆と四人の間に立っていた。
公臣が目を見開いた途端四人は弾き飛ばされ、ものが壊れる音を発し、手足が折れ曲がり気絶した。
数十秒時間が止まったように何も動かなかった。
四人も、老婆も、公臣もだ。
その後意識を取り戻した公臣は後ろからそっと肩に置かれた手に気づいた。
白衣の老婆は優しく公臣に語りかけた。
『逃げなくていい、私は貴方の味方あなたを傷つけようとしたモノには罰を与えられた。貴方は珠の意思。私はマーガレット。これからは心静かに過しなさい。そして今日のことは忘れなさい。大きくなるまで私が貴方の守護者となる。私を忘れないでグッドボーイ』
上から眺めていた公臣は呆然と走り逃げていく子供の頃の自分を目で追っていた。
《あれは僕がやったのか?一体どうやったらあんな事が出来るって言うんだ?僕は超能力者でも何でもないんだぞ》
その時だった。
12歳のときの夢の中のマーガレットが上空に浮いている公臣の方を見た。
そしてにやりと微笑んだ。
『グッドボーイ、そこにいたのね』
『やあマーガレット。ボクの事が見えるのかい?今僕は幽体離脱している最中なんだけどね。それとこれは過去の出来事じゃないか。なぜ現在の僕と会話ができるんだい』
『そうね。でもそれは不思議な事じゃないわ。時間というのは、過去も未来も、そして現在も同時に存在しているのだから。貴方は私と初めて出会ったのは、占い館で魔女たちと会った後だと思ってるみたいだけど、実は12回星が回った時に会っていたの。貴方の記憶は無いかもしれないけど、この時に月の絵札を手に入れていたはず』
『そうなのかい。思い出って曖昧なんだよね。それはそうと彼たちが怪我をしたのは僕が原因なのかな』
『私は直接は手を下すことはできない。だからあなたを通して彼らに制裁を加えた。でも実際に力を使ったのは私でも貴方でもなく、貴方が胸のポケットにしまっていたあの絵札・・・・な・・・か・・・』
~
公臣はそこで目を覚まそうとしていた。
朦朧とした意識の中で彼は必死に現実に戻ろうとしていた。
そして意識を我に戻した瞬間、大切な事に気が付いた。
あの絵札を取り返さなくてはならない。
〜
20××年8月9日午前
「呉、あの日本人に会わせてくれないか。ルーチンの中身を直接聞いて確認しておきたいんだ」
劉はそう言いながら茶を飲んだ。
呉は訝しげな顔をしながらも許可をしたが「君はここに存在していてはいけない存在なのだ。軍服を着てカモフラージュしようとも多くの目に触れるといつかはばれるだろう。別室で籠もっていることを勧めるがね」
劉は独房エリアに入ることを許可され、日本人の収監されている部屋の前に立った。
「おや、君は誰だい?新しい警護の人なのかい?」
「私は劉という者です。あなたに会って確かめたいことがあった」
公臣は頷きながら彼の次の言葉を待った。
「貴方がおそらく未来から来た人というのは事実なのでしょう。しかし、日本人の貴方が我が国に加担する理由が全くわからない。そこを教えてほしいのがひとつ、そして貴方の持つ次元転移装置に興味がある。どのような原理で時間を往き来出来るのだ」
公臣は笑いながら答えた。
「未来から別動隊が来て君たちを妨害する話は聞いたかい?あれは僕の兄たちなんだけど、単純な理由を話すと兄には負けたくないって事だよ。だから君たちに加担するとかしないとかは関係ないんだ」
「その兄弟の仲違いが理由でこんな大それた事をするというのか?全く理解できないな。日本人の兄弟とは仲違いする事が多いのか?理解し難い理由だ」
次に公臣は次元転移装置の簡単な説明を劉に施した。
「元々は片道しか移動出来ない機械だったのか。そしてその非科学的なスイッチを利用して反対のエネルギーを放出する。そういう事を言ってるのだな?」
「そう。この非科学的なスイッチが不意に手に入ったんだよ。それまでは行ったきりになる危険な装置でしか無かったんだ」
と言いながら二枚の絵札を劉に見せた。
「太賀さん、貴方がそれを持っているということは、それを使えば貴方は今すぐ居なくなるということですか?」
「うん、そうだね。でも妨害工作の設定が終わらないうちは帰らないよ」
「そうですか。では実際のプログラムの割り込みを簡単に出来るように手伝いましょう」
「劉さんと言ったかい?貴方だよね?これを作ったのは。多分貴方が全て一人で作り上げた。そして後の追加プログラムは素人同然の別の者が継ぎ足した。違うかい?」
「そうです。よくお分かりですね。コアの部分は自分が構築したのですが、訳あって役割を解かれました」
「君となら仕事が早く済みそうだね。家にも早く帰れそうだよ」
劉はそれには返事をせず作業に取りかかった。
仮想のサーバに仮想の基地のデータと全兵器のデータを丸ごとコピーし、全ての兵員がリアルタイムに活動している様もシミュレーションした。
そこに公臣の作った妨害対策ルーチンを割り込ませた。そして公聡らが行うであろう妨害工作を推測で作り上げて、仮想サーバに侵入。
全ての潜水艦載ミサイル、弾道ミサイル、中距離ミサイルを不活化を確認。
しかしそれは表示のみで実際のルーチンは影に隠れて実行されている。
「どうだい?こんなもんで上手くいくんじゃないかな」
「太賀さん、このルーチンを実際の軍事サーバに組み込むのは至難の業です。ですが、やり遂げますよ。ありがとう太賀さん。仕事が終わるまでこの端末をお貸しください。宜しいですか?」
公臣はいいよと答え粗末なベッドに横になった。
「少し寝るよ。手伝ってくれてありがとう」
劉はその足で呉のオフィスへ向かった。
「呉くん、いや呉中将、試験は終わったよ。あとは本物のサーバに食い込ませるだけだ」
「そうか、良くやった。流石だ、君がいてくれて良かったよ。さて、妨害対策を施したところで我々は次の作戦に出なければならない。目的は我が国と我が党を滅ぼさぬように、上に理性的に行動する様に進言しなければならん。だが自分の様な一介の中将如きが進言など出来るとは思えん。だからだ、だから俺たちは別の道を行くことにする」
「ご、呉中将。それはどういう事なんだ?何をするつもりだ」
「劉、太賀のやる事に不審なところは無かったか?もしあるのなら今のうちに報告をしておくことだ」
「?、と、特に怪しい部分は感じられない。本当に妨害に対して対策をしようとしている事は明らかだ。まて、僕の質問の答えにはなっていないじゃないか!」
「劉よ、我々の部隊は党を守るために行動を起こす。それ以上は言えん。ラストシーンが来るまで君は別室で待っていたまえ」
劉はとてつもない恐怖に駆られてしまった。
~懲罰房
呉は独房の前に立った。そして中にいる日本人にこう言った。
「日本人太賀よ、劉同志の尽力により、システムの解析及び改善を短時間で行えたことは誠に輝かしい実績だ。お前の処遇に関してだが、伝えておくことがある。お前はもう用無しだ。この独房で命が尽きるまで暮らすがいい」
「なにを言うんだい。僕の存在が無かったら君たちは滅んでいたんだよ。命の恩人だと崇め奉ってほしいもんだけど、違うかい?」
「ふむ、そうあって然るべきかも知れんが、お前の存在が無くなってしまえばどうでもいい話だ」
「ふん、そうかい。じゃあさよならだね。もういいよ君たちに加担して損した気分だ」と言いながら月の絵札の裏と裏を合わせてスライドした。
数秒後、公臣は異変を感じ冷や汗を流し始めた。
《どういうことだ。絵札が反応しない・・・・・・》
呉はポケットから二枚の月の絵札と別の一枚を出して公臣に見せた。
「我が国のイミテーション技術を甘く見るな。それは精巧に作られた偽物だ。そして太賀よ。永遠にさようならだ」
公臣は自分の過ちに今になって気づき、今当に誰かに助けを求めて叫びたい気持ちだった。
〜20××年8月10日未明
人民が寝静まる頃、150発のミサイルが党の要職に就く者たちが居住しているであろう豪邸に着弾した。
これは今の歴史でも報道がされない事実だったが、首謀者が一体誰であるのかさえ分からなかった。
ただこの瞬間、党を人民軍が掌握したことを意味した。
〜その日の午前8時
「太賀さん、大変だ。早くお逃げなさい、軍がクーデターを起こした。そのスイッチを使って未来に戻りなさい」
公臣は薄ら笑いを浮かべてこう言った。
「中将にまんまとしてやられたよ。このカードは偽物にすり替えられていたんだ。やつは僕のカード3枚ともを奪った」
「そうか。そうなのだな?分かった。とにかく呉からそれを奪い返し貴方に返す。世界へ発射が始まる12日までに」
「大丈夫かい?君の身の危険もあるよ。僕はもういいんだ。孤独のままここで朽ち果てるさ」




