55.「待ついら立ち」
〜お好み焼き豊臣
「祐介。隠すつもりは無かったんだがこんな事になってしまった。許せ」
「別に謝らなくていいよ。ただびっくりしただけなんだ」
「祐介ったら、ホントに可愛いんだから!」と中野さんが眼を輝かせている。
ボクたち三人はいつもの店に居る。
ただいつもと違うのは特等席ではなく、小上がりのボックス席だったこと。
眼の前に、会社の先輩研究員と大学の同輩が、腕を組んで座っている景色を見るのは目眩を覚える。
誘われたが断ろうかと思ってたくらいだ。
「ところでどうしてこんな事になっちゃたの?」とボクは訊いてみた。
木村は「お前とタイガの取材の動画をこの店で観たろ?あれからしばらくしてからだ。緑村さんの事を探ろうとしてコイツに取材を申し込んだんだ」と言った。
ボクは呆然としてそれを聞いていた。会社の謎を探ろうとする新聞記者、そしてしまったが口癖の女性。なるべくして成った二人なのかもしれないなんて思う。
ボクは話題を変えようとして「預かってる二枚の札だけどね、使い方がまだ分からないみたいなんだ。黒衣の老婆達はいつも本題をはぐらかしてしか話さないらしいから」
「そうだろうぜ。あの婆さん。俺の前に初めて現れたときにな明日は晴れるかとか無くしたものは出るのかとか言ってたし、こないだも、ほれ、珠がどうのとか地球の血液を綺麗にするとか言っててな。挙げ句に俺たちに伝えろだとさ。なんだっけ?何かを止めろとか言ってたな。おい、ゆかり、なんて言ってたかな」
「ええっとね。確かあのお婆さんは珠の意思でカトリーヌって名前。それでよこしまな部分が出歩いてしまったみたいな?その人には別の名前があるって言ってたかな」
ボクは驚いた「中野さん、前はそんなこと言ってなかったですよね?」
「うん、そうなのよ、祐介。思い出したというか、なんだか頭に刻み込まれたみたいになっちゃって。なんなのかしらこれって?。今なら何でも訊いて。多分答えられるわ。あ、それと私のことはゆかりさんと呼びなさい、祐介」
「は、はい中野さん。分かりました」
「ゆかりさんと」
「わ、わかりました、ゆかりさん」
「よろしい!祐介」
木村が呆れた顔をして「前にも言ったがな、もうこれは乗りかかった舟なんだよ。片足は舳先に乗ってんだ。俺は降りるつもりは無え。森さんにはタイガの件は俺の勘違いだと報告したしな。しかしお前んとこの会社はとんでも無えことやらかしてんな」
それを聞いてボクは申し訳ない気持ちになった。やはりこの一連の物事の歯車が噛み合い始めたのはボクが原因なような気がしてたからだ。
ボクに何が出来るのだろうか。
人をある意味避けて生きてきたボクが関わりの中心になってしまった。
一喜一憂なんて言葉があるが、ボクには憂いしか無い。
どのようにすれば良いのか答えが見つけられない。今までの自分の生き方を呪うばかりだ。
「おい祐介!おまえひとりで悩むんじゃねえ。お前のことは大体知ってるつもりだ。お前はいつも自分のこと、を壺の中に隠して俺たち仲間と付き合ってきた。そんなお前のことを、俺たちは嫌いにはならなかった。今ここにいるこいつもそうだ。みんなお前のことが好きなんだよ。お前はもう少しし自分を晒して生きても良いんじゃねえのか?それしか出来ねえって事も分かるんだけどな。出来ねえことをしろって何か違う気がするが、ほら、もう少しな・・」
ボクは木村が言ってくれたことに感謝した。
「ボクに君のような行動力が有ったらよかったよ。そうすれば過去はもっとましだったかもしれないけど、もう億劫に生きるのはやめにするよ。君の言う通りだ。出来る事をやる事にする。計らずもボクはこの件の配役になってしまっている。くよくよするのは良くない。もうしない」
「よし、おれは社外の者だから常には関わることは出来ない。ゆかりを通じて手伝える事は率先して手伝う。な?ゆかり」
「そうだよ。祐介は出来る子だよ。私は知ってる。多分」
ボクは秘密にするように釘を刺された事を二人に話そうかどうかを迷った。
ミッションが失敗した事。そしてもしかしたら過去があらぬ方向へ変わってしまった事実。
身の回りに変化を感じなくとも、底辺が変わった事による歪みはどこかに表れてきてしまう。
ボクは彼達に言うのをためらい、結局言わずに別れてしまった。
その会食の帰り道にボクは黒衣の老婆と再会したんだ。
駅からの帰り道、ボクはいつもの様に、公園をショートカットして家に行き着こうとしていた。
遊具達を照らす照明塔のひとつに黒い人影があり、ふたつの光る眼がボクの歩みを追っていた。
ボクは《現れたのか。今日は何を言うつもりなんだ》と思い、眼の方向に歩いていった。
「可愛いお人形さん、随分と大きくなってあの時とは見違えるようね」
「はい、あれから20年経ちましたから。今日はどんなご用件で来られたのですか」
「ひとつの文字が奪われました。そして兄弟星は違う軌道上に囚われたままになっています。兄弟星を元の軌道に戻しなさい。それが元の舞台にせり上がる唯一の方法。わたし達は行動を直接行えません。手を下せるのはあなた方だけ」
老婆はそれだけを言うと外灯の白と黒の境目に吸い込まれるように消えていった。
ボクは彼らに臆病な自分をやめると言った。
待つことで苛立つより能動的に動き出そう。
ボクを変えられる方向に。




