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スフィア  作者: ハーブスケプター


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54.再起動

 転送パッドに戻った二人は落胆を隠しきれない。緑村さんは黙って涙を浮かべている。


ボクは二人に何があったのかをその様子から計り知ることができた。

失敗したのだ。彼らは失敗した。


「歴史は変えられん・・・と言う事なのか?何がどうしたらこうなる」

「社長。もう一度再考しましょう。対策を講じなければなりません」美月は言う。


「分かった。よし、切り替えだ。君たちも手伝ってくれ。あっちに飛んだ後の事実を今から言うぞ。そこから意見を出し合おうじゃないか」


~20××年8月6日


「日本人太賀よ、自分はお前の言う事を信用する。全くと言っていいほどお前を否定する材料が無いのだ。そしてこの絵札は返しておこう。この月の絵柄のものだけでいいのだな?もう一枚は要らぬのか」


「うん、いいよ。それは君にあげるよ」

「よし、それでお前は我々に何をしてくれるのと言うのだ」


「君たちの軍事システムに興味があるんだ。まずはそれを理解させてくれ。それから僕の住む時代から別動隊がもうすぐやってくる。そいつらは君たちの打撃システムを壊そうとしている。それを妨害するためのシステムを作ってあげるよ」


「うむ・・・・、それは自分の一存では決定できない・・・・・、しかし、自分には党幹部に直接説得する資格は無いのだ。しばらく時間をくれ。では牢の中だがゆっくり過ごせ」と言い、呉は鉄格子を出た。


呉は優秀な男である。様々な表彰を受けてきたほどの根っからの軍人である。

呉は昨日未来から来たという日本人から自らの運命を見せられてしまった。


党の支持に従わずに反乱を起こした部隊が多数あったと書いてあった。


そこには、党の未来を変えてしまうほどの行いがあった。

それを肯定すべきか

否定すべきか。


呉は悩んだ。


「呉同志!指導部より指令があります。どうぞこちらです」

指令書を受け取った彼は驚愕の表情を浮かべた。


「開戦だな。とうとうやらねばならぬのか」


彼ら人民軍に実戦の経験はない。このまま開戦してしまえば実戦経験のない部隊は多かれ少なかれ滅ぶのが定め。


避けねばならぬ。

彼の思いは公臣とは正反対を有していた。


~地下実験室 現在


 「お二人が旅立った直後に白い服を着た老婆が現れました。容姿はカトリーヌと瓜二つでしたが、喋り方も少し違うような気がしました」とアマンダが報告した。


ボクも老女は白い服だったと言い、「準備が足りないのに旅立ってしまったとも言いました」と付け加えた。

公聡社長は一拍おいてそれはマーガレットだろうと言った。

そして自分の前には現れたことは無いとも言う。緑村さんも同様のことを言った。


それからボクはマーゴがディジュリドゥの事を毛嫌いしている風を伝えた。


「やはりそうですか。あの笛は月の意思を歪曲させる。だから彼女はそれを嫌うのでしょう。そして悪意を防ぐ唯一無二の武器がこの笛なのかも知れませんね」

「そうだな。緑村くん、これをどのような場面で使うことになるのか想像も出来んが、ジャンプにはアマンダくんも同行をしてもらおうじゃないか」


「そうです。ただあの場面へのジャンプはもう効果は有りません。堂々巡りになりますし、平行世界が出来てしまいます。私達の生きてるここも危うくなります」


「うむ、では次のジャンプは大火の後8年後くらいではどうかね」

「はい、そこで情報収集をしましょう。今わたしたちが知っている大火と違っている可能性があります」


公聡はこう言った。


「調査へは俺ひとりで行く。比較的被災が無かったあの土地へな」


〜20××年8月7日


公臣は呉から入手したプログラムのソースを丁寧に見ていた。

「ふふん、なるほどね。大元は優秀な人間が作ったんだろうね。でもその人は亡くなったのか居なくなってるね。ソースの継ぎ足し部分がすごく変だよ。これは丁寧な人間の作業ではないよ。ふーん、面白い」


「日本人太賀よ。自分は規律違反を起こしている。どれくらいの時間があればプログラムの変更が出来るのだ?」

「プログラム変更自体は大した作業じゃないよ。でも割り込みをさせるためには全ての枝分かれの可能性がある部分を潰しておかないとだめなんだよ。彼奴等はね、恐らくシステムに侵入して命令系統を騙すつもりなんだよ。だから僕はその騙しに来た詐欺師を更に騙すのさ」


 呉宋大は公臣に対して全てを信用はしていない。ただ未来から来たと言うのは嘘ではないだろう。別働隊が妨害に来るというのも信憑性を感じている。

呉の軍人としての感がそうさせる。

だが、この男とは目的の乖離があるような気がしてならない。

自分は党を守らねばならぬ。だがこの男の言いなりになれば、あの端末で見た党も国も無くなる未来が直ぐそこにやって来る。


「日本人太賀よ。核の雨を世界中に降らせれば我々はその代償として滅ばねばならない。それは何としても避けたいのだ」


公臣は首を傾けながら「ふーん、そうなんだ。やってしまわないのかい?臆病なんだね。だったら別働隊の思うようにさせてやるかい?それとも粛清を覚悟して党に逆らって反乱を起こすかい?どっちにしろ僕は別働隊を防がねばならないんだ。利害は一致してそうな気がするけどね?」


「日本人太賀よ。自分はどうすればいいのか分からないのだ」


公臣はそれを聞いて大笑いをしながら言った。


「君は馬鹿なのかい、いやいや失礼。ふっ。あれだけのことを見させてやったのにまだ分からないってどうかしてるよ。君たちは各国に対して目に物を見せてやりたかったんだろ?それがあの行動に繋がったんじゃないか。君たちは手駒をすべて打ち尽くしたんだ。それが敗因じゃないか」


呉は瞬間に喉を鳴らしてしまった。


「温存するんだよ。戦力をね。先ずはSLBMがいいかな。核弾頭は無しにしてね。いいかい?核は温存だよ。将棋は君たちの国がインドに伝えたんだろ?」


呉は屈辱に震えていた。

未来から来たという小さな日本人に良いように言われている自分を呪った。自分の愚かさを。


呉宋大は「作業を続けろ」とだけ言い独房を去ることにした。


《太賀の言うとおりにすれば戦局は変えられるかもしれん。が、奴は所詮、軍事の素人だ。そんなことくらいで勝利は転がり込む訳はない。だが今は奴の思い通りにさせてやる》


呉は親友の劉の事を思い出していた。京北大学で同窓だったあいつのことだ。劉は小さい頃から天才プログラマとか神童とか呼ばれていたが、少々変わった男だった。数年前から劉は行方不明になっていると聞いていた。だが恐らくだが軍のシステムの殆どを一人で作り上げ中枢の部分までを知り尽くした男だ。行方不明とは表向きの事であり、何処かで生きている可能性が高い。幽閉まではされぬものの何処かの屋敷で匿われていると推測していた。

呉は党の人民管理システムを閲覧した。

そこで顔認証の為に蓄積されている容姿データと軍の履歴の写真を照合してみた。


「ヒットしない・・・か。当然だな。党がこんな杜撰な証拠を残すものか」

次に彼は劉が行方不明になった日から10日後までに転居した人間を検索した。


「1万2千645件ヒットか」


呉はそのリストを上から順番に見ていく。

その中でどこか不自然な行があり、彼はそこに目を留めた。


《おかしい、これは転居前のデータがこいつだけ無い?》


呉は緊急で口の堅い部下を4名ほど秘密裏に召集した。


「諸君!我々は今夜秘密作戦を行う。現地に到着し中に捕らえられている要人を救い出す。銃撃戦は覚悟せよ。なおこの作戦は他言無用だ!分かったら各自それに備えよ1900にここを立つ」



1900に基地を飛び立ったヘリは5人を乗せて夕暮れの中西を目指した。本部へは夜間ヘリ訓練と詐称している。軍罰ものの行動であるため以下の四人は親兄弟親戚がいない者を選抜した。

呉は彼らに「この作戦は我が党の生き残りを掛けたものであり失敗は許されない」と言った。

そして、館の警備をしている者は静かに殲滅せよと命じて、この言葉を付け加えた。


「館の警備は人民軍の同胞同志が行っている。だが、躊躇するな。瞬間で“黙らせろ”」


ヘリを目的の館の風下2km先に降ろしそこからは徒歩で林の中をゆく。

呉は最後列を守りながら先導するものを誘導して最短の距離を使い館を目指した。


20分ほどで目的の館周辺に到着、部下が暗視カメラで辺りを検索した。


「呉中将、周辺には罠及びセンサーの類はありません」


「出入り口に兵士が二名いる。やはり普通の人間が住んでいる訳はない。ここで間違いないだろう。中に兵士が何人いるか?」


電気の付いてる部屋が一階に三つ、2階に一つあり。慎重に監視を続けた。


「中将閣下、下の左端の部屋に動きがありましたので、中を見ましたら三人の兵士が確認されました。2階はこの館の主がひとりであると考えます」


「李よ、舘の送電線を合図とともに切断せよ。後の者は自分と共に館へゆく。全員暗視スコープを装着。合図を待て。こいつらは警備をしている風をしているが、不測の事態など起こらないと考えている。そのまさかを体験させてやるか。こんな場所で実戦とはな。。。実戦経験の無い奴らには可愛そうではあるな」


呉は暗視スコープを外し「集そして宋、門番をかるく眠らせてやれ」と言った。彼ら二人はとても若い門番たちの背後に音もなく忍び寄り首を捻り瞬間で失神させた。そして彼らの銃を奪い中将に合図をした。


呉と英が館の入り口に合流、そして送電線を今にも切ろうとしている李にサインを送ったのを機に建物の明かりが全て消失した。


あまりの突然の事に中にいた別の若年兵は四人の急襲になす術もなく元門番たちの銃で命を絶たれた。

館内の照明が再び点灯するまで50秒ほどの出来事であった。


後は外に倒れている兵士二人をこの部屋に引きずり込み、今度は先に殺しておいた兵士の銃で絶命させられたのは言うまでもない。


呉は「お前たちはここで待機せよ」と言い二階へ上がっていった。


個室の部屋をノックした呉は「劉、君を助けに来た」と言い部屋に入り机の下に震えている男を見つけた。男は下の階の銃声4発に驚き、ここに身を隠していた。


呉は「おい、劉、俺だ」

男はその声に恐る恐る顔を上げて震える声で声を発した。


「呉、君なのかい?呉?何故ここに」


呉は友との久しぶりの再開を喜ぶ振りもなくこう答えた。


「そう、俺だ劉。君に頼みがあってわざわざこんな辺鄙な所まで来たんだ。聞いてくれるか?」と笑った。

作戦終了し帰投しようとするヘリの中で劉は呉に訊ねた。


「こんな事をしたら君は大変な目にあう」


それを聞き呉は「ヘリの中での会話は疲れる。帰投したら茶でも飲みながら昔話でもしようじゃないか」と言ったきり黙ってしまった。


劉は何が起ころうとしているのか分からぬまま着替えろと言われたいた軍服を身に着けた。


 やがて基地内に着陸した一行はセキュリティを抜け何事もなかったように各々の持ち場に分かれた。

中将の部屋に通された劉は出された茶を一口啜るともう一度呉に訊ねた。


「こんな事をしたらただじゃ済まないのでは」


呉は「そんな事はもう些末になる程の大きな事が眼の前に迫ってるんだよ、劉」


呉はこの三日間に起こった出来事を忠実に劉に伝えた。


「それは漫画の世界の話ではないのだな?呉」

「そうだ、自分は昔から漫画を読まない」

「そうか。。。君ほどの人間が嘘をつく理由はあるまい。それで俺にどうしろと言うのだ?」

「今、その日本人にプログラムの割り込みを作らせている。それはもうひとつの未来人を妨害する為のものだ。その日本人を騙してほしいのだ」

「未来の人間だぞ。俺たちのやる事なんて見透かされる」

「いや、お前ならきっとやれる。あれを作ったのはお前なのだからな」と笑った。


〜20××年8月8日


「日本人太賀よ、作業は進んでいるか?」

公臣は「そうだね、もう半日もすれば出来上がるよ」

「そうか、それは朗報だ。それとこれを返しておく。月が描かれているが、此れはそんなに大事なものなのか」と二枚の絵札を公臣に返した。


「そうなんだ、ただ形見と言ったがあれは嘘だよ。これはねタイムトラベルに不可欠な帰りの切符なんだ。仕組みはともかく、これの裏と裏を合わせて擦ると飛んだ瞬間の時間と場所に戻れるんだ」

「そうか、それは大切なものだな。大事にしろ。もう一枚は自分が貰っても良いのだな?」

「いいよ。前にも言ったけどもうそれは要らない。僕には必要無いんだ。使い方もさっぱり解らないしね。と言うか、それは無くなったほうが良いんだよ。だからあげるよ」


呉は感謝を表しこう言った。


「ではそれが出来上がれば試験しようじゃないか。軍のエンジニアに仮想的に同じ環境を作り上げてもらった。そこに接続して防御プログラムを装入してくれ。そしてお前の言う別動隊が行うであろう妨害工作も予測して立ち上げてくれ。そのテストが上手く行けば本番だ」


公臣は「それはいいね。妨害ルーチンも作っておくよ」と言った。


公臣はこう付け加えた。

「君たちが大火を起こすのは12日だよ。あと三日しかない」

「時間がない。テストは明日夜に行なう。それまでにやってくれ」と言い牢の前から去った。


~2030年8月7日午前 長野県


「こりゃあ、どう言うことだ・・・・」


公聡は長野暫定首都の建物前に着いたはずだった。

そこに表記されていたのは『長野県県民文化交流会館』。

急いで携帯端末を現地仕様に流動化させてネットワークに接続した。


《大火はどうなったのだ。もしかして首都は東京のままなのか。歴史が変わってしまったのか・・・・》


 公聡は接続した端末で大火からの時系列史実を掘り出した。


《こりゃあ俺たちの知っている世の中じゃなくなってるぜ・・・》


公聡はデータをすべて端末に格納し『現在』に戻ることにした。

公聡は軍票のような金属板を二枚合わせ音を立て光の中に消えていった。

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