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スフィア  作者: ハーブスケプター


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53.白と黒


「どうした!美月くん!発射されてしまった!」

「侵入と破壊工作は上手く行ったはずです!分かりません、なぜこんな事に・・・」


〜 一日前


ボクたち四人は実験室で作業を急いでいた。


「社長、やはりお二人だけで行かれるおつもりですか」

「そうだ中村くん。この”太陽“と”植物“のチェーンと‘護り石”は預からせてくれ。君たちはここで吉報を待てばいいさ」

「分かりました、アマンダとここで待っています」


その時社長の背後に人が立っていることに気付いた。その影はボクたちに近づき話し始めた。


「まあ可愛いお人形さんたちとシャイボーイ、そしてわたし達のリトルミヅキ。旅支度は出来たのかしら」


公聡は振り向き驚きもせず「おやおや、カトリーヌじゃないか。とうとうこんな場所まで来ちまったのか?」と言った。


「貴方達が行う旅の見送りには何度でも来るつもり。それがわたし達の思いだから」

「ああ、それはすまんなだがただ見送りに来たわけじゃ無かろう?何が目的だ」


アマンダとボクは突然のことに言葉を失い二人のやりとりに釘付けになっていた。


緑村さんは老婆に向かって歩いていき「カトリーヌ、そしてフランソワーズ、あなた達の悪戯にお付き合いをしてきました。ひとつだけ訊かせてください」


老婆は緑村さんの方を静かに顔を向け黙って彼女を見た。


「ではお訊きします。あなた達は先程“何度でも見送りに来る”と言いました。それは一度の次元移動だけでは、あなた方が言うその意思とやらの目的は達成されないと言うことですか」


黒衣の老婆は「護り石は形を変えられない。全ての文字を書き入れることをしなければならない。あの讀賣に配達したふたつの文字も完全ではない。使い方を理解しないと護り石も裏を見せることはない。だからそれを見守るために何度でも見送りに来る」


緑村さんは老婆の眼の奥に何かを感じ取ったようだが、ボクら二人には全く分からなかった。

老婆は緑村さんの視線を乾いた笑顔で返して会話にならぬ呟きをささやき続けた。


「コンフィデントボーイが12廻った時にマーゴが現れた。マーゴは悪しき漂白。全てのものを白く染め上げる。彩られた過去も、そして未来さえも。マーゴは珠の意思のひとつ。別の珠の意思。色を引き立てることは無い」


緑村さんはこの難解な呟きを組み解こうとしたが、老婆の囁きは止まらない。


「マーゴを止めなさい。月の表と裏で引き合う力を。そして兄弟星を取り戻しなさい。そうしないと雨は止まない」


緑村さんは記録グラスに音声さえも全く残らない老婆の言葉を懸命に紡ごうとしている。


老婆が話し出すと手が自由に動かずメモも取れない。ボクもなんとか難解な問答の一部でもいいから記憶しようとしていた。アマンダも社長も老婆の言葉を聞き漏らすまいとする。


「カトリーヌ、そのマーゴと言うのはあなた方と同じような存在なのですね」

「そうマーガレットは意思のひとつ」


「公臣常務がマーゴに動かされていると言うことですか。悪意の下に」

「コンフィボーイの裏の部分がマーゴを私達から引き抜き具体化した。元々は私達の中に隠してあったもの。星に住む数多のもの達を許可しているのは私たち。行き過ぎた事があるとき諌める役割をする者がマーガレット。でも数億年は彼女の出番は無かった。私たちは必要無しと考えマーゴを封印した。そう封印していた。封印していたはずだった」


「何億年前にはマーゴに滅ぼされた生物がいたという事ですか」


「人はそれを天誅や天の裁きと呼んだ。マーゴは珠に住むものを滅ぼそうとしている。それはわたし達の本来持っているものではない。本来わたし達は住むものを許す、マーゴは何者も何物も許さない。許さない事が彼女の仕事。だから月の動きを司る。月は何物も許さない意思。太陽は何物も許す意思。兄弟星は太陽に皆従う」


緑村さんは何かにポイントを絞って訊くようにしたようだ。


「月の意志が“何物も許さない”ものならば、月の周期で生物たちが生き方を選んでいる事はなる程理解できました。月の周期で生物は産卵をします。それは・・・・、月の意思が届かないであろうその一時(いっとき)を狙って生物たちが生命を掛けて生き残りを、そして月を出し抜くためにしている行為なのですか?」


一時息を止めて彼女は続けた。


「月の意思が届かぬその時だからこそ生命の繋がりが延々と、月を騙しぬいて、延々と続けられてきた。そう言う理解でよろしいですか?カトリーヌ・・・」


緑村さんは続けた。

「あなた方の言う"笛"、つまりディジュリドゥですが、これは月を欺くための音階を発生する装置だという事ですね。全ては月を欺くことから始まる。マーゴの意志はその逆。そういう事ですね」


老婆は微笑みを残しゆっくりと微かに暗闇に消えていった。

四人はある種の金縛りから解かれたが、暫くは無言の時が続いていた。


 公聡がその静寂を破り声を発した「なる程、やはりあいつに悪意が取り憑いたのは12歳のあの時か。ふんっ、すべて理解できたぜ。あの時から俺たち兄弟はもう既に離ればなれだったと言う事だな。しかし四の五の言ってられん。先ずは現状装備のままであっちに行ってミサイル発射を止める。そう言う事だ、緑村くん」


「はい。ただ、一度変更された過去を今の時間軸でまた塗り替えることは出来ません。変更出来るとすれば、それは違う時間軸になります」

「平行世界を作ってしまう事に繋がるからな。何度でもやり直しが利くならそこら中に平行世界への入り口が出来ちまうぜ。それだけは出来ん。マーゴとやらが何をしてくるか分からん、作業を急ごう」


一同はそれに頷いて各自の仕事に取り掛かった。


~ジャンプ当日


「それでは行ってくる。しばらく留守を頼んだぞ、二人共」

ボクたちはお辞儀をして二人を見送った。光の環とともに二人が吸い込まれるように消えていく。光の帯の端っこがまだ輝きを放っている時に、老女が突然闇の中から現れた。


「まあ、行ってしまったのね。準備不足にもほどがありましょう」


ボクは言った「あなたはこの一連の出来事を楽しんでいるのですか」


「ええ、そうね。楽しんでいるのかもしれない。でもわたしはそんな悪趣味なことはしない。ただひとつの意志をまっすぐに実行するだけ。あの人たちとは違うのです」

白い服を着た老女は部屋の壁に立てかけてある極彩色の笛に眼を止めた。


「これは珠の意志を歪にする笛。この世に在ってはならない笛。こんなもの棄てておしまいなさい、出来るだけ早くに」


白服の老婆は顔をゆがめていらいらを募らせているようだ。よほど笛の存在が気に入らないらしい。


その後、老女は消えて居なくなり実験室に静寂が訪れ、ボクたちに少し暗い気持ちにさせている。でもボクたちは二人が帰ってくるまでこの部屋にいようと話し合っていた。希望を捨ててはだめだ。必ず成功して帰ってくる。


その数分後に二人は無事に帰ってきた。しかし顔色は悪く、笑顔で迎えてしまったボクたちの反応に嫌悪感に似たような表情を感じさせたのだった。


~20××年8月12日


「着いた。緑村くん、怪しまれぬようにマスクをしたまえ。この時代はマスクが必須だ」

「はい社長、了解です。でも早速作業に取り掛かりましょう」

「ここは株式会社太賀の社屋だ。先々代がやっていた製薬会社だ。今日はお盆休みで誰もいない。絶好のチャンスだ。この時代のセキュリティなんて大したもんじゃないしどうとでもなるだろう。緑村くん、ネットに接続し妨害を開始してくれ」


美月は脆弱なネットの隙間を縫って大陸の国の人民軍の中枢にいとも簡単に侵入した。


「3256発の弾道ミサイル、26発のSLBM、その他中距離ミサイルすべてを無効化します。もうしばらくお待ちください・・・・・完了しました。加えてネット復旧もできないように改変プログラムを走らせます。もうしばらく時間がかかります・・・・完了です」


「よくやった緑村くん。これで現在に帰ってどのような変化があるのか楽しみじゃないか」


美月はこの時代のネットを会社にあるパソコンを見よう見まねで立ち上げてネットニュースを閲覧することにした。


「そろそろです社長」


その時、ネット速報が発信された。潜水艦から発射されたであろうミサイルが、各国主要都市に同時多発的に発射され着弾したとの事だった。


「どうした!美月くん!発射されてしまった!」

「侵入と破壊工作は上手く行ったはずです!分かりません、なぜこんな事に・・・」

「ここにいては危険だ!!。すぐ戻るぞ!」


~20××年8月5日


「呉同志!敷地内に侵入した日本人を捕らえました」

「どうやってこの基地内に入ったというのだ。わが軍の領域には虫一匹たりとも入れぬはずだ!!ここに連れてこい」


 指揮官の元に中年の日本人が連行されてきた。


「貴様!どうやって基地内に侵入した。答えろ!~


 懲罰房に入れられた公臣は、持っていたもの全てを取り上げられた。


牢の外から呉宗大が訊いた。

「日本人太賀よ、お前が持っていたものは此方に有るもので全てだな。見慣れぬ携帯端末、タロットカードのような絵札が三枚」

「そうだよ。それで全部だ。他には何も持ってこなかった。ただその絵札の内、月が描いてあるもの二枚は返してくれないかな。それは母さんの形見なんだよ」


「いいだろう。これに細工がしてあるかどうかを調べて何もなければ返してやる。話を戻そう。お前は未来からやって来たと言ったが、そんな荒唐無稽な事を信じられるか、馬鹿者め」


「まあ、信じられないのは理解できるよ。君たちの常識ではね。でもさ、その携帯端末に証拠があるよ。ボクの言うとおりに操作してみてくれるかい」


呉宗大が公臣の言う通りに操作すると空間上にインターフェースが現れた。


「びっくりしたかい?こう言うのはまだ無いだろ?君たちの時代にはさ。操作パネルは君たちのいる時代に合わせてある。君たちが最近までやってきた事、そして今日以降の出来事も記載されているだろ?」


呉は驚きを隠せずにいた。時系列データは確かに我が国の行動を事細かく表している。しかし、この先の事が書いてあり、世界から糾弾され四面楚歌になった我が国は戦術ミサイルの全てを各国に向けて発射、その後、行動に不満を持つ同志達の反乱、国内の統制が取れなくなる。連合国の攻撃に対抗する術もなくなり国の主要施設が陥落させられていった。

そして、国名は剥奪され連合国の統治下に分轄され5000年の歴史に幕を閉じる事になる。


呉は公臣に「これは事実なのか?本当にお前は未来から来たと言うのか」と訊ねた。


「そうならない様にする為に来たのさ」

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