52.ネプチューン
公臣は私邸に建造した次元転移装置の試験をしていた。
「なるほど、この数値をこの程度の揺らぎを3ヶ所指定してやれば上手くいくんだな。この表裏の月のカードは考えていた通りのものだったし、この次元に帰る手法は完璧だよ。ねえ?マーガレット」
公臣は椅子に腰掛ける老婆にそう訊いた。
「そうね。グッドボーイ。黒の魔法を無くさないといけないわ。それが出来るのは貴方だけ」
「そうかい?僕だけ?ふーん。そうそう、これは君がくれたものじゃないけど、これの事について分かるかい?」と言って”雨”の絵札を彼女に渡した。
老婆は指先でそれを受け取り「これはフランソワーズが与えたもの。私にはそれを語ることは出来ない。ただ、それは12の文字のひとつ」と言う。
公臣は初めて聴く言葉に興味を示した。
「ふーん、彼たちはその12の文字とやらを集めてるってのかい?初耳だな、それは」
直ぐに笑いこう言った。
「じゃあ、これがここに在るうちは彼らは前に進めないって事なのかな?」
マーガレットは次のように答えた。
「そう、進めないかもしれないが進めないとは限らない」
「なんだい?またいつもの禅問答だね。意味がわからないよ。まあでも、これは隠しておくようにするよ。渡さないようにね」
その後、公臣はテストを何度か繰り返し時間旅行の方法を確実なものとしていった。
「ただ、恐らくだけどこの揺らぎの数値をあっちと同じにしないと違う時間軸に行ってしまう可能性が高いよね。さあ、どうしましょうかね」と言いながら公臣はにやりと笑うのだった。
~地下実験室
双子の兄として何らかの責任を感じつつ公聡は作業を進めていく事にしていた。
美月もそんな彼をサポートし献身的に勤めていた。
彼女は前回の公臣の訪問時にデータを流出させてしまったことに反省し、それらを食い止めるリソースをプログラムに加えていっていた。
「社長、前回の弟さんの訪問時にパラメータが抜き取られた件ですが、それを今後防ぐための防止策を施しておきました」
「よかろう、美月君、今後は注意が必要だな。しかしあいつは抜け目が無い奴だから何してくるか分からんぞ。急いで旅支度をしなければならん」
「ですが、社長、護り石の問題はどう考えれば?」
公聡は「それは喫緊の問題ではないと考えている。とにかくあの時代に行ってあの者たちに鉄槌を下さねばならん。護り石はその後の世界に活用されるのではないかと俺は考えているんだ。とにかく出発の準備をしよう!」
しかしこの公聡の拙速の判断が今後の計画を狂わすことになる。
〜
「ああ、文字に当てはまるカードは奴が持っている。どうあがいても最後のひとつは埋まらんよ。奴がこちら側に来れば埋まるかもしれんが、そうはならんだろうぜ」
美月は兄弟姉妹を持たずに育ったので、社長たち兄弟の関係性を理解できずにいた。だが今この兄弟は仲違いをしている。
そして互いに反対側の川岸に立っている。
〜ハイランズ 数年前
「リトルミヅキ、あなたはその会社のオーナー兄弟に会いに行きなさい。とても仲の良い兄弟です。でもその兄弟は今は心も身も離れてしまった。わたし達の意思を正しく継ぐには“離れては”いけないのです。貴女が近い将来、心の置き石となっている問題を解決出来るように、その兄弟にも解決の路は無いわけではありません。遠い距離を回る兄弟星のように、そこには涙のようなダイヤモンドの雨が降りましょう。でもまた帰ってくるのです。離れている兄弟星をひとつにする。それも貴女の使命」
〜
兄弟星。なんの比喩なんだろうか。太陽から一番遠い海王星にダイヤモンドの雨が降る事はもう証明された事実。最後の文字列は”雨“、しかし彼女たちは最近”月の満ち引き“と言う言葉も多様したはず。月とは地球を回る月では無いのか。太陽にとって惑星たちは月のようなものなのかも知れない。踊りながら笑顔を見せて回るけど決して心の裏側を見せることはない。
満ち引きとはその刹那のせめぎ合いの様子なのか。
美月はそんな事を考えていた。
禅問答は決して結論を言わずに、結果を推測して導き出すゲームのようなものだ。
それは考える人によって答えが変わる。
それが悪になったり善になったりもするし、黒になったり白く塗りつぶされてしまうこともある。
私はそんなゲームより結論が唯一である世界に生きてきた。
今も世界はそうあるべきだとも思っている。
しかし、そのゼロイチだけの集合より、曖昧な揺らぎのある事に心が惹かれる。
私は私を否定してここ数日を過ごしている。
わたしは遠い間合いの外で心の内を見せずに回り続けている。
そして心には雨が降っている。
ダイヤモンドの雨粒が心に刺さり続けている。




