50.ジェットコースター
夜に電話がかかってきた。
ボクは眠っていたらしく、寝ぼけて着信に応答したらしい。遠い向こうの方で誰かが怒鳴っていた。
「おい!聞いてるか?祐介!おい祐介!」
「・・・・・・」
「おい、まだ寝るような時間じゃないぞ。起きてくれ、頼む!」
ボクは眠気まなこを擦りながら「どうしたんだい?一体どうしたんだよ。今何時だい?」と答えた。
「おい、婆さんだ、婆さんが来たんだよ。それでよ。俺に何か渡しやがった。使い方は説明しないとか訳わからねえよ」
ボクはその時やっと目が覚めて、木村の言う事に既視感を感じていた。
「いったい何を渡されたんだ」
「なんかよ、鎖で繋がれた二枚の軍票みたいなもんだよ。誰かに渡したものとは使い方が違うって言ってたな」
「え?ほんとか?なんで君に?・・・・・今度近いうちにそれを見せてくれないか?緑村さんにも見せたいんだ」
「ああ、分かった。ゆかりに渡しておくから明日にでも見てくれ。頼む。おい、これだけは言っておくぞ。これで俺たちも"正式に巻き込まれた"んだ。もう関わるななんて言わないでくれ。これも頼むよ」と笑いながら言い彼は電話を切った。
でもボクは責任の重大性を考えずにはいられなかったんだ。
~第二プラント研
「ゆーすけ、ゆーすけ!」
誰かがボクを呼んでいる。
振り返ると瞳を輝かせてこちらを見ていた小柄の女性が居た。
「ねえねえ、ゆーすけ。後でお時間ちょーだいね。うふふ」と言い彼女は水槽の方に行ってしまった。
彼女の名前は「中野ゆかり」と言う一つ年上の女性だ。
大学の同窓生の木村太郎の彼女だ。でもそんな人であれ、ボクのことを「ゆーすけ」と呼んでしまうのはやり過ぎなんじゃないかと思う。
だけど中野さんはとても愛らしい人で、とても嫌いになんてなるような人じゃない。
ボクはそう言った面で木村のことをとても羨ましく思っていた。
休憩時間に中野さんは僕にあるものを渡してきた。
「これね。昨日の晩に太郎ちゃんと歩いてたらお婆さんがくれたの。ねえねえ、これは何なの?もしかすると美月ちゃんの興味を引くものなのかしら」
「おそらくそう思います。中野さん、ボクと一緒に地下に行ってくれませんか?」
「え?わたし、地下に行けるの?ほ、ほんとに?」
「ただ、少し待ってください。これはもちろん他言無用で。それと緑村さんに言ってセキュリティを変更してもらう必要があります。少し時間をください」
「いいの?」
「ええ、その時の状況を正確に話してもらうにはあなたが必要ですから」
~2時間後
ボクはゆかりさんとアマンダ三人で地下に向かった。
「わっ、ほんとだ。B1のボタンが出た!ゆーすけ!すごいすごい」
「ボクが凄いんじゃなくて、ここのシステムが凄いんですよ」
ボクは自分が「祐介」と彼女に呼ばれるのにまだ違和感があったが、もう諦めて慣れるしかないなと感じ始め、彼女のようなキャラクターに多くの男たちは弱いのかもしれないなんて考えていた。
「緑村さん、お連れしました」
同時に二重扉が開け放たれゆかりの前に実験室が姿を現した。
公聡が言う「中野くん、ようこそ秘密倶楽部へ」
「し、失礼します。中野ゆかりです。ほ、本日はお、お招きいただき・・・」
「わっはっはっは、そう堅くなるな。中村くんから聞いているが、婆さんが現れたんだって?詳しく話してくれ」
「お侍、い、いえ社長・・・」ゆかりが堅くなっているのは他の理由らしい。
「私たち、新聞記者の木村さんと食事の後、駅までの道のりを歩いてたんです。そうしたら道向こうにお婆さんが立っていて、木村さんが『婆さんと対決する』と言って走り出したんです。二人は何かを話してましたが、私にはよく分からなくて・・・その時記録用のグラスを掛けていたので、あとで再生してみたんです・・」
公聡は言った「再生してみたら『何も』映ってなかったんだろ?声も記録されていなかった。そうじゃないかね」
「そうなんです。お侍さん、凄い。何で分かるんですか?」
「中野くん、俺たちはなあの婆さんたちと随分前から関わってきたんだぞ。いろいろと試したさ。これまでもな。だが彼女たちは”配達”するもの以外は何も残さねえ。彼女たちの意思を記録するには”記憶”しかねえのさ。ところでなぜ俺のことをお侍さんと呼ぶんだ?」
~
「わあっはっはっは!!そりゃ悪かった。すまんすまん。くっくっくっく。傑作だ。でもあれは侍の恰好じゃねえぞ。町医者だ。俺はあっちで藤吉の元で大工見習を4年、蘭学者もどきを15年やってたからな。わっはっは」
ゆかりはしゅんとなっていたが、あの時の老婆のはなしの中で印象に残って事を思い出して語った。
「お婆さんは地球は海が血液、大地は皮膚、空気は外殻って言ってて、血液の中に養分を運ぶ動物が必要、血液を奇麗にする肺の役割をする動物も必要だと。すべてが循環して元に戻る、地球はリサイクルボールなのだと言ってました」
「ほほう、婆さんたちのいつもの抽象的な話より随分と具体的だったんだな。なるほど・・・おい緑村くん、彼女の持ってきた金属板を分析してくれ。たぶんこれはあの文字列の二つなのだろうな。とすれば不意に進んでしまった文字列の印は何になるのだろうな」
公聡はしばらく黙り考え込んでしまった。
~10分後
美月が言う「社長、分析出ました。案の定ですがこの金属は例の二枚と同じ組成です。おそらく地球外の金属であるかと。そしてこの二枚には前と同じように絵柄の透かしが施されています」
「一枚は”魚”」
「そしてもう一枚は”海綿”です」
やはりか。公聡は自分の推測が正しかったことを認識した。そして残りの文字列が絞り込まれてきた。
あと残るは”雨”と”珠”・・・・進んだ一つは・・・そうか。”笛を吹く女”の効果が示されたことによるものか。
笛が吹かれた事により”珠”が目を醒ましたのだ。
公臣が持っているのはその残り・・・・
「雨」に違いない。
そして珠はひとつではない。カトリーヌたちの意思とは違う珠の意思が存在する。おそらくその意志はもう既に具現化して表に出てきてしまっている。
「雨」がどのような抽象物なのか、それがどのように作用するのか。
公聡は暗く先が見えない大局面に滑降する乗り物に乗っている気分だった。




