49.残された紙片
公臣は手元にあるカードをテーブルの上に並べ眺めていた。
ひとつは黒衣の老女たちに子供時に貰った「雨」
二枚目は白衣の老女に貰った「月」
三枚目は同じく「月の裏」
月のカードについてはマーガレットが漏らした言葉からある程度の推測は出来る。
だが最初の一枚が何なのかが全く分からない。兄の貰っていた「時間」と書いてあるカードと対になるのか。
それさえも分からない。
公臣は暖炉の前の椅子に座っている老女に声をかけた。
「ねえ、カトリーヌ。君はこのカードを僕に渡したのは僕が9歳か10歳の時だったね。長野の別荘の裏のとても古い森の中心にあった小川が流れる奇麗な場所だったよね」
「そうよ、コンフィボーイ。わたしたちはあの日にあなたたち双子に一枚ずつの絵札を渡した。でもそれが何を求めるのかは言わなかった」
公臣は鼻で笑い「いつも君たちは難解な事しか言わないし自分たちでは何にもしようとしないよね」
「そう、私たちは何も言えないしそれが出来ない。ただ言えることが全て無い訳ではない」
そして老女は続ける。
「わたしたちはあの時、あなたたちに言った。離れないで協力し合いなさいと。だがあなたはその約束を違えようとしているわたしたちの邪な意思が具現化したものを信じようとしている。それはあってはならない事」
公臣はそれを聞いてこう言った。
「ああ、マーガレットのことかい?彼女が邪な意思だって?まさかね。彼女は君たちよりとても親切じゃないか。どこから見ても君たちの方が悪人にしか見えないよね」
「あなたたち双子は、二人でひとつ。一つの水がめに合わせられた二つの水。分けることはできない。本来はそうであるべきのもの。それをあなたが甕に毒を放った。あなた方が言う八年前に・・・・・」
〜八年前、地下実験室
兄弟は二人で最終テストをしていた。兄は公聡と言い、弟は公臣と言った。双子の兄弟は歳が33になったばかりだった。
「兄さんようやくこれで完成だね。本当にすごいね兄さんは。社長としてこの会社を引っ張り成長させてきた。これもやりながらね。本当に尊敬するよ」
「何を言うんだ公臣。お前の助力が無ければ俺ぁここまで出来る気がしなかったぜ。本来はお前が専務でなきゃならんのだが、父親からの遺言で常務に留まらせてるのは苦渋なんだぜ。お前が優秀なのは誰よりも俺が知ってる。父親が菅井のやつに騙されてたんだろうよ」
「良いんだよ兄さん、菅井さんはあれで役に立つ人なんだしさ。色々と問題もあるけれど。それより過去のパラメータは本当に8年前に飛ぶためのものなのかい?」
公聡はパラメータを見せながら「そうだ、この部分の1001100011101111というのが8年前あたりを表している。その頃の父親は大変だろうし、お前たちに連絡もつけられねえしな。わっはっはっは」
公臣はつられて笑った。
だがその笑いは甕に盛られ螺旋を描きながら沈殿していく毒ぐすりの様だった。
「悪いがそのパラメータを入力してくれるか?」
「分かったよ兄さん。あ、そうそう置き手紙は書かないのかい?」
「そんなもん書きゃしねえよ。必要無え。俺はもうこの時代には居なくなる。お前が後を継げ。じゃ、後は頼んだぜ」
公臣はシークエンスの開始を宣言し、起動スイッチを入れた。
コックピットに乗った兄が光の塊となって消えて行く。その瞬間公臣は兄にこう告げた。
「行ってらっしゃい兄さん、永遠にさよならだよ。もう手紙は要らないからね。僕はマーガレットとの約束を守るよ」
〜その後公臣は兄の研究日誌を改竄し、入力したパラメータも故意に破壊するプログラムを兄が作ったと見せかける作業をし、何事も無かったかのように部屋を出た。
「さあ、後はカトリーヌが言っていた女がやって来るのを待つとしよう。でもその女がどれだけ努力してもパラメータは見つからないし徒労に終わるだろうけどね。あとはこの設計図の複製を元に僕だけの次元転移装置を作るだけだ。そして過去から帰ってくる方法は自ずと出てくるだろうしさ。あっはっはっは!それまで気長に待つさ」
〜その七年後
飛行場から降り立った緑村美月は、その足で都心から少し離れたところに社屋を構える一つの会社にやってきた。
在米中に出していたアポイント依頼はすんなりと受け入れられて、後は美月の来訪を待つだけとなっていた。
事前に送っておいた個人データがセキュリティに登録されているのだろう。すんなりとゲートを通過できて、案内のホログラムの矢印が管理棟を指していた。
一番右の役員用シャフトに乗り込んだ彼女は示された表示の元に会長室に通された。
「失礼します。緑村美月と申します」
「どうぞお入りください」と中から声がする。
「やあ、あなたが緑村さんですか。カトリーヌから聞いていますよ。申し遅れました、僕は太賀公臣です。この会社の会長です」
「太賀会長、私はカトリーヌから意思を継ぐ方々が経営されている会社と聞いてやってきました。 私はここで何をすれば良いのですか?」
公臣は彼女をじっと見つめていた。まるで子供のような佇まいの女性が黒衣の老女の正式のエージェントかどうかを品定めをしている。
「緑村さん、50年前に起こった世界大戦寸前の出来事はご存知ですか?」
「はい、祖父から聞きました。資料でもかなりの数を見た覚えがあります」
「我々はあの大火を止めようとしています。あの時代の寸前に飛んでいき大火の元を破壊しようとしています。それのお手伝いをお願いしたいのです」
美月は一般人が聞けば荒唐無稽に思える「過去に飛ぶ」という言葉を受け入れて公臣の話しに耳を傾けている。
「それは次元転移装置がこの会社に実際にあると言う理解をしてよろしいのですね?」
「貴女はとても優秀な方の様ですね。こんな話を理性的に聞ける人はあまりいないと思いますが」
公臣は一呼吸を置いた後こう言った。
「僕には双子の兄が居たんですがね、その兄がそれを作ったんです。でも兄は実験と称して過去に行ったきりになってしまったんですよ。書き置きを残してね。どの時代に飛んでしまったのか分かりません。貴女にはそれを探り出して、兄の作ったトラップを回避して、最後の実験で過去へ飛んだパラメータを紡ぎ出して欲しいのです。帝都大を出てMITで資格を取られた貴女ならやってくださると信じています」
公臣は続けた。
「そして貴女は正式にここの社員となります。ただこれは極秘裏にやっている事ですので、今は僕と社長の菅井しかこの事実を知る者はいません。だから、貴女には研究室の一室を任せると言う人事を行います。プラントの研究室を二分化して新しい部署を作りますので、表向きにはそこの責任者となっていただきます。一日の半分はそこで仕事を。でも残りの半分は地下にある実験室、つまり次元転移装置のある部屋で過ごしてください。それと貴女は有名人ですので、対外的な取材があった場合は秘書室から人員を派遣しますので、社内の不明な点については彼らに任せておいてください」
了解したと美月は答えた。そして公臣は自ら地下実験室へと彼女を案内した。
「緑村さん、貴女はここで最後の紙片を探す仕事をしてもらいます。兄が隠した紙片を何としても見つけてください。これは貴女用のセキュリティバンド、それに記録グラスやその他備品です。それとそうそう。これは白衣です。サイズは合ってると思いますよ」
「お心遣い感謝します。でも私には白衣は必要ありません。この会社においては白衣着用が義務付けられていますか?無いのであれば非着用をお許しください」
「そうですか。それは構いませんよ。ああ、最後にですが、研究棟の正式名称はミストラルと言います。そこの社員は一般社員と交流してはいけないと言う決まりがあるらしいですよ。ふふふ。それでは頑張ってください。その他ご不明な点があればいつでも問い合わせしてください」
その後実験室に残った彼女は、双子の兄、公聡の最後の日誌を読み、このとんでもない装置の設計図と作業記録そして最終仕様書を丹念に読みこんだ。
彼女の飛び抜けた才能は、行方不明の設計者の意図をたちまち汲み取り理解するには時間を必要としなかった。その後、彼女は表向きの仕事と地下の仕事のふたつを両立させていく。
中庭中央に延びるミストラルへのガラス張りの連絡通路をしばしば歩く彼女の事を、一般社員達は羨望の眼差しで見つめる風景が日常となっていたが、前社長の作り上げた嘘の『禁止事項』が社内伝説となっていた為、彼女は必要最小の人間とだけ関わって社内生活を送る事が出来ていた。孤独を好んでいた彼女には打って付けの環境だった。
一年後エレベーターシャフト前で喉に傷のある男性に声をかけられるまでは。
~現在
「社長、あなたが過去に十返舎一九の本に細工をし、パラメータと正確な時間、そして着地地点のデータを我々に届けてくださいました。あの巻末の紙の表側に書かれたものと、わざと袋とじの裏側に書かれたメッセージ、これらは衆人に見せるためのものと見せたくなかったものの区別で宜しかったでしょうか」
公聡はそうだと言った。
「でも私が見た瞬間に疑問に感じたのは、パラメータが書かれた部分とその下の数列が明らかに表記方法が違っていたからです。0と1だけで書かれたパラメータ部分の下に「7865.7878.7473.85.8479.8373.8779.79.8479.8285」と書かれていました。十進数で78は"N"、65は"A"、これらの法則で文字に当てはめてみると『な・ん・じ・う・と・し・を・お・と・る』となります。このままでは意味を成しませんので、アナグラムと解釈して文字を並べ替えました。『おとうとをしんじるな』これで宜しかったですか?」
公聡は「そうだ、あの日ここに戻った時に君に訊いたはずだ。『すべてを解読したのだな』と」
「はい、すでにアナグラムは読めていましたので、すべてを解読は出来ていました。ただ分からなかったのは、このアナグラムを見せたくはない袋とじの内側ではなく、どうして外側に書かれたのかがずっと感じていた疑問なのです」
「そうか、優秀な君のことだからもう俺の意図には気づいているんだろ?」
「ええ、あれをわざと読ませたい人がいた・・・からでしょうか・・・」
「俺はあのジャンプの日に弟にはめられて大昔の江戸時代に飛ばされた。あいつはこの世から俺を消し去る目的でそれを実行した。だからあいつにも読めるように故意に表に書いたんだ。そうだ、君の推測の通りだよ。君は探偵にでもなれるんじゃないかね」
「ありがとうございました、社長。これで最後の紙片が繋がってパズルが完成しました」




