48.リポート
ボクとアマンダはあの日に有ったことを朝の出社時から時系列に記入していった。
なにをどうしたか、部屋から出たのは何時何分か、戻ったのは何時何分か。
項目を埋めていく事に時間を費やしてた。それを一覧表にまとめて緑村さんのところへ二人して持って行ったのだった。
「二人ともご苦労様でした。報告を見せてください」
ボクはパッドを彼女に渡して「はい、これがその日の二人の行動です」と言った。
緑村さんは20秒ほど画面を凝視した後、ボクたちにこう言った。
「あなたたち二人が同時に休憩を取っています。この休憩時間の事を詳しく思い出してください。
~お好み焼き豊臣
二人はカウンターの隅で小声で話し合っている。
「それが事実だと言うのか?緑村さんは・・・・」
「そうなの。あたし、美月ちゃんを放っておけない。どうしたらいいんだろう」
「俺がした予測はほとんど外れていたな・・・・まさかそんな事が本当にあるって言うのか」
「ねえねえ、美月ちゃんを助けられないかな。あたし達で」
「馬鹿を言うな。あの人からもう関わるなって言われてんだろ?」
「そうだけど」
ゆかりは続ける言葉を失った。
「けど、俺たちに何ができるってんだ?フレーフレーって言う以外にさ」
ゆかりは泣きながら言う「でもね、でもね。あの人がいなくなったりしたら、どうしたらいいか分からなくなっちゃうじゃん。ああ、それとね。あたしのね、研究してた海綿さんがね、子供を産んじゃったのよ。それに何かビビッと来たみたいでさ、美月ちゃん。あたしはね、そこの部分で何か手伝えるかもって思う訳なのよー。えーん」
木村は話しが読めずに混乱したが「それの観察をじっくりするようにって言われたんだろ?それをする事が彼女を助けることになるんじゃないの?」
「そうだよね。太郎ちゃん良いこと言うよね」
ああ、なんて前向きな娘なんだろうと、木村はゆかりを少し愛おしく感じていた。
そして彼はこれ以上タイガの件は森さんには報告できないかも知れないと考え始めていた。
「よしっ、まあ何とかなるさ。俺たちには中村ってすんげえウエポンが居るんだぜ」
〜翌日
夜の九時半に木村から電話がかかってきた。
「祐介、話がある」
「何だい?話って」
「あのな、ゆかり経由でおまえ達がやろうとしている事はあらかた聞いた。お前の会社の地下にあるタイムマシンの事もだ」
ボクは突然の彼の言葉に仰天した。どうしてそれを知ってるのかをもう一度確かめた。
「そのゆかりさんって誰のことだ?」
「中野ゆかりだ。研究員の。俺たちは付き合ってる。経緯はその、なんだ、まあそれは後で話す。詳細を緑村氏から告白されたらしい。そして関わらぬよう釘も刺された。危険だからって理由でな」
更に驚かされたボクは暫く言葉が詰まってしまい、頭の整理に時間を要した。
「ボクも緑村さんと同じ意見だ。前にも言ったと思うけど、これは危険な道なんだよ。死ぬかもしれない。だから君たちはもう関わっちゃいけない・・・としか言えないよ」
木村は言った。
「いや、だめだ。あの時バスに居合わせた事がそもそもの始まりだ。あれは仕組まれていた歯車にちがいない。黒い婆さんが出たのもそう言うことだろ?だから俺も手伝う。俺はゆかりと約束した。俺も地球を救ってヒーローになる」
ボクは答えられなかった。
考えておくと言って電話を終わらせた。
〜
「あの日、ボクは中野さんに遺伝子操作された海綿のことをお聞きしたあと、一人で設備を見て歩いてました。小畑主任とアマンダと通路で会ったんです。主任は二人で休憩してもいいと言ってくださったんで、休憩フロアへの往復時間が勿体ないと思った僕たちは端末室で休憩をとりました。15分くらいそこに居ました。そうだよね?アマンダ?」
「そうです」
美月は「そこで何かありましたか?いえ、質問を変えます。何をしましたか?」
ボクたちは何を訊かれているのか暫く分からなかった。でもある事を思い出した。
「そうだ。アマンダに“ディジュリドゥ“を吹いてもらいました。物凄く不思議な音でした。心臓に響く音と言うか、今まで聞いたことの無い音でした」
「それはアマンダさんが持っているあれですね?」
美月は何かを確信したらしく、アマンダにこう言った。
「今すぐディジュリドゥをここに」
美月は言い直し「いえ、第二プラント研究室へそれを持っていきましょう。そのほうが早い」と言った。
〜第二プラント研究室
「小畑主任、少しだけ実験をする事を許してください」
小畑は「ここは元々貴女の部署です。いえ今も我々にとって貴女はここのリーダーです。遠慮は不要です」
美月は小畑に礼を言って水棲動物の水槽エリアでの実験を行うことにした。
「先ずアマンダさんは私の号令から端末室の戸を締めてそれを一分間吹いてください」
〜端末室
ディジュリドゥを吹くアマンダ〜
「他の水槽には変化はありませんが、やはりこの海綿の濾過摂食行為が増長しています。水面が僅かに波打っているのが見て取れます。中の魚類もそれに影響されたのか興奮しているようですね。私達には音は聞こえませんが、“彼ら“は何かを感じ取っている様です」
緑村さんは次の段階を確認するために、ボクにアマンダを呼びに行かせた。
「アマンダさん、次はこの水槽の前で演奏をお願いします」
頬に空気を吸い込んだアマンダは力強く音を吐き出した。
その途端、屋外へ繋がっている大水槽の回遊魚達が規則正しく速力を上げ円を描き泳ぎ始め、海藻類は光合成を活発化したかのような泡を大量に吐き出した。
遺伝子操作されたに動物たちはもとより、そうでない動植物達が一斉に反応し生活本能を剥き出しにしているようだ。
もちろん、様々な海綿動物たちが濾過摂食を旺盛にした。
「こんな事があるなんて。凄い。とても美しい」
ディジュリドゥの音に驚いた他の研究員もエリアにやってきて驚きの表情を水槽に向けた。
緑村さんは、暫く”イギイギ“の音に合わせて踊る動物たちを無言で眺め続けていた。
〜舗道にて
いつもの様に腕を組み舗道を歩く二人。
「んでね、海綿さんたちが子供を産んだのは、あの娘の持ってた笛が原因だったって訳。あたしの研究の賜物でも何でも無かったのよ」
「でも良かったじゃねえか。前に一歩進んだんだろ?ナントカの石ってのも印が増えたんだろうしさ」
「そうなの。あたしはその石って見たことないから何とも言えないんだけど、美月ちゃんが言うにはそれの印が全て埋められたら何かが起きるって。あと3個なんだって、ただひとつは前の会長が持ってるはずだから実質は二つなんだって」
「何が起きるんだ?わくわくじゃねえか」
「そうよね」
木村は横断歩道の向こう側に立っている人物が気になって仕方がなかった。見覚えがある。
「ゆかり!あっちから渡ろう。ここはまずい!」と一つ先にある横断歩道まで走った。
「え?なんなの?何がまずいの?」
「黒い婆さんが居たんだ。向こう側に」
「黒いお婆さん?あの人のこと?」
走ってきた横断歩道の向こう側にもう黒衣の老婆が見えた。
「走ってきたはずなのに」
もう一度次の横断歩道まで走った二人だったが、向こう側に老婆が居てこちらを凝視している。
木村は青信号になるまで老婆を睨みつけた。来るなら来い。来ないならこっちからそっちへ行ってやる。
青信号になったが案の定老婆は立ったままこちらを見ていた。
「仕方ない。ゆかり行くぞ!婆さんと対決だ!」
ゆかりは小走りの木村の後を追っていった。
「おい!婆さん!どう言うつもりだ。俺たちになんの用だ!」
「明日からは雨が降りましょうや、しかし失せ物は出ましょう」と言いながら黒衣の老婆はチェーンで繋がれた二枚の金属板を差し出した。
「これがなんだってんだ。婆さん、何が言いたいんだ!」
ゆかりは老婆の眼を見ていた。とても澄んでいて底がないような沼に引き込まれるような眼だった。声もとても人とも思えないような不思議な音階で話す。そしてとても綺麗な銀髪だった。絶世の美女が相応に歳を重ねるとこんな風になるのだと思い感心して彼女に引き込まれていた。
その時、木村の慟哭に応えた老婆はこう答えた。
「宇宙に無限にある星々の中で血液とも言える水と皮膚とも言える大地、そのふたつをを持つ星はこの地球だけ。大気という外殻を持ち、身体を守っている。その珠の中で育まれた一切のものは出来ては消え、また生まれ変わり、地中に沈み、また大地に起き上がる。血液は養分を運び身体を守っている。また排泄されたものは珠の中で生きる者たちの養分となり、その生きる者たちが出す排泄されたもので珠は生きている。このプラスティックボールのような珠の中で、すべての物質は循環されて元に戻る行程を何億年と繰り返してきた。私はそれをいちからすべてを見てきた。地球はお前たちの言う”リサイクルボール“なのだ、全てが。全ては元に戻るのが定め。そして循環する。血液を循環させるのは血液の中に住むもの達、血液を清浄化する肺に相当するものも必要。珠には循環させる生物が必要なのだ。だからあなた達にこれを渡す。自分では使えないから。自分が住む土地を島を大陸をそして星を守りたいのなら協力なさい。これはお願いなのです」
長々と話されたので要点しか掴めなかった木村は大声で老婆に叫んだ。
「おい婆さん!これの使い方はどうなんだ!教えてくれ!」
すると老婆は言う。
「私にはそれを説明する事はできない。ただ渡すのみ。だが言えるのは、お人形さんに渡した二枚とは使い方は違う。それと言っておく。わたし達の邪な部分が一人で歩きだしてしまった。私はカトリーヌ、この星の意思。フランソワーズは私の裏側に住むもの。邪な妹は別の名前がある。私たちはカトリーヌとフランソワーズ。珠の意思」
「何なんだ、珠の意思って・・・」
そう思った瞬間に黒衣の老婆は消え、街の雑踏が大きく耳に入り込んできた。
残されたチェーンと二枚の板。
謎はさらに追い討ちをかける。
ゆかりと木村は呆然とその場に立ち尽くし宙に視線を送っていた。




