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スフィア  作者: ハーブスケプター


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46.二子玉川3

 綾香は学校帰りに駅前の書店に立ち寄った。今の世は紙媒体の本や雑誌などはほとんど発行されていない。

だから書店と言っても戦火を逃れた古本を全国より集めてきて懐古趣味の人達に売っている。もちろんその業態だけでは経営などはほとんど成り立たないので、他業種とのミックスしたような店舗であった。


綾香はそこの書店で古い紙の匂いとなんの匂いがわからない合わさったような香りが好きでよく立ち寄った。 何を買うわけでもなく、古い本の背表紙を触っていく。

何だか昔の人との繋がりが持てるような気がして、とても充足した気分に浸れるのである。

そんな事をして気持ちを落ち着ける。最近の兄と居候の"姉"の事が心配で仕方がないからだった。


そのとき本棚の裏から声がした。


自分に向かって話しかけているような声だった。柔らかい優しい口調の声だった。その声に誘われるように本棚の裏側に回り込んだ瞬間、綾香は背筋が凍る感覚を覚えた。そこには黒い服を着た老婆がこちらを凝視して立っていたからだ。


「まあ、貴女はかわいいお人形さんの妹ね」

綾香は勇気を振り絞って言った。でも声がかすれて出ない。


「あ、あなたはアマンダと話してたお婆さんね!今日はお孫さんは一緒じゃないの?」

「私には孫なんていない。夫も居ないしね」

「で、でも・・・」と言いかけて綾香は止めた。


そして「あなたは会社の何かを盗もうとしてる産業スパイとか言うやつなんでしょ?ダメですよお婆さん、そんな悪い事したら捕まってしまいますよ」


老婆は言う「私たちはスパイなんてものではないわ。ただ、あなた達に荷物を届けるだけ。そうね、郵便屋さんみたいなものかしら」

「郵便配達の人は自転車か"オート"バイクに乗ってますよ。だいいちお婆さんのような人は乗れませんよね」


老婆はそれを聞いて笑ったようにみえた。


「そうね、でも私たちは配達しなければならないの」

「ふーん、そうなんですかー。でも何を配達するんですか?郵便配達じゃないんでしょう?」

「私たちが配達するのは人間たちが自分の力で壁を打ち破るための大きなハンマー。でもそれは様々な形をしている。使いみちも説明はしない」


「なんですか?それ。ハンマーなのに違う形なんですか?」

「そう、それを貴女の兄にも渡した。今家にいる蒼い瞳の可愛い娘にもね。それはハンマーであり、煉瓦でもある。形は様々」

「うーん、難しくて訳わかんないなー。お婆さんは何がしたい人なの?」


老婆は答えた。「私たちは意思。あなた達にここに住むことを許す者。こんなあなたたちでもここに住むことを許可している者」


綾香は「そう?だったらさ。わたし達の命はお婆さんの思う通りになるって事なの?」と言った。


すると老婆は服のリボンを触りながら答えた。

「そう、そうとも言えるし、そうとも限らない。それは貴方が決める。あなたには何もあげないけど、ふたりのお人形さん達に伝えて。月の満ち引きがもうひとつの歯車を回す。それを止めなさい」と言い本棚の裏に行った。


綾香は追いかけたが、老婆の姿はもうそこには無かった。


〜その夜


綾香は帰宅したボクに矢継ぎ早に話しかけた。


「また出た!あのお婆さんがまた出たの」

「黒服のかい?」

「そう、前にアマンダと話してたお婆さん。今日は一人で本屋に出たのよ!」


ボクは訊いた「何か変わったものを渡されたりしなかったか!綾香」


「私には何もあげないって言ってた。それと何だか難しい話をするの。ここに住むことを許すとか、意思だとか。最後のところだけ覚えてるんだ」


ボクは身を乗り出して聞こうとした。

「最後に言ってたのは、月の満ち引きで別の歯車が回るとかなんとかでお兄ちゃん達にそれを止める様に言えって」


〜君臣の私邸にて


「やあ、マーガレット。また来てたのかい。君達はいつもどこからやって来るんだい?」

「・・・・」


「そうか、言いたくなければ答えなくていいよ。そうそう、時計が手に入ったんだよ。正確に時を刻むものが」


「そうなの?グッドボーイ。じゃあハンマーを振り下ろす時が来たのかしら。貴方達兄弟のことはずっと見てきたの。あなたの事は特にね。さあ、貴方にはもう一枚のカードを差し上げましょう。この"月の裏"の絵札を。これはもう一枚と合わさると、月の満ち引きを自分のものに出来る」


そしてこうも言った「満ち欠けと満ち引きは同じもの。海と陸は満ち引きをして満ち欠けをしている」


公臣は訊きなおした「ふん、そうかい。難解だね。いつもそうだ。君たちは難解な事しか伝えないよね。それはどうやって使うんだい。どのような作用が起こるのかな」


白衣の老女は首を横に振り、「月の満ち引きは表と裏で引き合う。満ち欠けはそれの時間を表しているだけ。光と闇が引き合うのと同じ」


「ふふん、そうかい。使い方が分かった気がしてきたよ。表と裏で引き合うんだよね。あっはっはっは。何でこれを早く渡してくれなかったんだい?本当に意地悪だね君たちは」


公臣はこうも言った「カトリーヌとフランソワーズも難解な事しか言わなかった。君たちは全く同じ顔をしているけど姉妹なのかい?」


「・・・・・・・・・・」


「そうかい、わかったよ。言いたくない事は言わなくていい、もういいよ、もうわかったよ」


マーガレットは何も言わなくなった。公臣はそれも察して言い続けた。

「だけどね、彼らと同一の時間軸に行かないと何にもならないんだ。その時間に行く方法は時計が教えてくれるけど、着いた先が彼らの飛んだ先の時間かどうか分からないんだよ。そこを解決しないとね。そして彼らより先に着いている方がやり易いからね。そうか、月の満ち欠けではなくて満ち引きなんだよね?それを強引に作るのがこれなんだろうね。ふふふ、面白いね」


公臣は大きく天を仰いで両手を広げた。


「僕はその時、神に少しだけ近づくのかな」


〜中村家


ボクは綾香にもう一度確かめた。


「お婆さんは“月の満ち引き“と言ったんだな?満ち欠けではなしに?」

「確かにそう言ってた」


どう言う意味なのだろう。月の周期の意味なんだろうか。そう言えば人間を含めて沢山の動物が、この”月の周期”の中で生きているらしい。

中野さんに説明を受けた原始生物の海綿でさえもそうだと聞いた。

生物は月の呪縛から逃れなれない。


〜数時間前、第2プラント研究室


「中野さん、月の周期との関連も調べてください」

「ええ、この幼生の大きさから推測すると、おそらく周期とはずれているように考えます」


小畑は考えた。何が要因となったのか、月の影響が変わったのか、それともこの個体だけの問題なのか。それにしても、この遺伝子操作した海綿で産卵が可能になる個体は初めてだ。


「中野さん、幼生の大きさから推測して、この個体だけの“大潮“を推測してください。その日に何があったのかが。多分それが鍵になります」





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