3.緑村
「そこの水槽はこちらにお願いします」
緑村美月は研究員に指示を出し自らの個別の研究室を組み立てている最中だ。
そんな忙しいさなかに新聞社のインタビューに応えるなんて、周りの人間からしたら人物そのものに興味をそそられるに違いない。
美月の元には他の部門から引き抜いたと思われる4名の女性研究員と1名の男性研究員がいる。
皆美月より年上だ。
その5名の人員だけで研究室の引っ越し作業を行っているのには何か理由があるのだろう。
「一通り器材は運び込めましたね、みなさんは休憩してください。わたしは一時間ほど共用棟へ行きます」
緑村は白衣を着ない。その長くしなやかな真っ直ぐな黒髪は解くと腰の上あたりまであるだろう。
腰は握れるほど細く強く力を入れると折れてしまいそうなくらいだ。
昔の女性の写真を観たことがあるが、あの時代にはこんな女性はいなかったろうなんて考えた。
庭を横断する格子に囲まれたガラス張りの連絡通路を歩く彼女を、中庭にいる男子社員が時が止まったかのように同じ方向を向き彼女の動きに合わせて首を動かす。
ボクも彼女の存在を知っていたらそうした軍団の一味になっていたかもしれない。
連絡通路を通り過ぎた彼女は中央にある管理棟の一階ホールを通り抜け、その向こうにある各事業部のショールームや会議室応接室などがある共用棟と呼ばれている建屋に向かうはずだった。
だが彼女は管理棟の上階への専用エレベーターに乗った。
もちろんボクたち一般社員はセンサーではじかれてそんな専用シャフトに乗る事すらできないし、仮に乗り込んだとしてもシャフトはロックされ上昇しない。
彼女は経営層への連絡シャフトに乗り込んだ。
〜
「随分とお待たせいたしました。申し訳ありません、所用が重なりまして。緑村と申します」
簡単な挨拶を終え互いに着席した美月と新聞社のスタッフたち。
「さて本日はどのような取材となりますか?」
木村が言う「日本の最高学府を最短で出、米国の有数の大学で資格も取られた才女の貴女が何故大学に戻らずにこちらのような一般企業に入られたのか興味があること」
木村は息つぎもせずに続けた。
「そして大学で研究なされてきたはずの分野を棄てて利益を追求する企業の歯車となられるのか・・」
美月は木村の少し意地悪とも言える言葉を感じながら大きく息を吐きながら話した。
「木村さんに、そちらは森さんでしたよね。お二人はいまなされているお仕事が自身にとって最良のものだと思っておられますか?」
森は木村より年長で先輩にあたるのだが、今回は木村の独り立ちを見守る立場として取材に同席している。だから口は出さずにオブザーバーとして取材をサポートするつもりで来たのだが、目の前にいる随分と年の離れたまるで子供のような女性の佇まいと言葉に引き込まれてしまった。
眼鏡の奥にある瞳の輝きが他の人とは違う。
今まで出会った女性たちのものとは全くの異質のものだ。
森は口角を微妙に震わせながらしゃべり始めるのだった。




