37.チーム
研究室には主任研究員として小畑洋子係長、その部下に広瀬みゆき、兵頭恵子、唯一の男性研究員の段原正人、最後に中野ゆかりと言うメンバーがいる。つい先日まではここのトップは緑村美月氏が務めていた。
ボクは研究なんて無関係の部門から鶴の一声で配置転換させられてしまった。いったいここでボクが何の役に立つというのだろうか。
小畑女史は言う「中村さん、研究経験のないあなたがここでお仕事をされるのは大変困難な道だと思います。だけど日々行われ、出されるデータの蓄積や整理、水生植物や水棲動物のお世話などはやっていただけると思っています。先ずはそこから学んでいただいて、先輩方のサポートを出来るようになるまで励んでください」
とは言え、全く自信がなく、自己嫌悪に陥る毎日がこれから来ると思うと憂鬱で仕方がない。
白衣を着ている自分の姿など想像できないし、妹や木村に笑われるに違いないと思うと気を病んでしまいそうだ。
「中村さん、しばらく数日は中野さんの補助として働いてくださいますか」と言われ、先ほどボクの腕を引っ張った女性の助手となった。
中野さんは小さくて可愛らしい女性だ。歳はボクより一つ上だと聞いた。主に水の中の植物に関しての研究をしているとのことだ。
「あのね、中村くん、わたしはこんなだけど出来る人なんです。美月ちゃんにも信頼されてたんだからね。だから私の事、尊敬しなさいね」
「はい、わかりました。中野先輩」
「よろしくってよ」
中野さんからしばらく見るだけでいいと言われ、一日中研究室の中を邪魔にならないように歩き回った。
4人の研究員が独自の役割分担を行っている。ある人は米の稲の品種研究をしていたり、国外から渡来した外来種を駆逐する為の研究であったり、水棲動物の役割などをDNA改良して飛躍的に植物の発生に貢献させるみたいな研究らしい。
当の中野さんは今日は大きな水槽の前にいて何やらサンプルを取ると言って頑張ってるところだ。
「これはね、海水槽でね。海の植物や動物を飼ってるのよ。向こうにあるのは淡水のやつ。海のやつは難しいの。じつは海の汚染されていないところって少なくってね。海ってみ~んな繋がってるでしょ。だから品種を保つのが大変でね。汚染されずに飼育していくのが私たちの仕事の一つなのよ。海の水もね。ものすごーい深海から汲み取ったやつなのよ。それでもまったく汚染されてないかって言うとそうでもなくってね、何回も何回も機械的にろ過して、それでも足りないから、多くのスポンジや貝類の犠牲を払って浄化しているの」
「スポンジですか?あの食器を洗う奴?」
「そうそう、それの元祖よ。スポンジってもともと海に住む動物なの、日本語言うと"海綿"っていうのよ」
「海綿?」
あの文字列なのか、でもここにいた緑村さんがそれの存在を知らないはずもないだろうし。別の海綿がなにかの役割をするのだろうか。
「この動物はね、もともと宇宙から飛来したんじゃないかって言っている人もいるの。この"人"なんかそうでしょ。まるで宇宙人でしょ」と中野さんは写真を見せて言う。たしかに幾何学的で不思議な感じだ。海綿を"人"扱いする中野さんは、この動物たちを愛しているのかもしれないなと思った。
「今の世の中には病気と言うものがほとんどなくなったでしょ。実はね、この"宇宙人さん"達が頑張ってくれたってのも一因になってるの。この宇宙人さん達から抽出した組成がね。いろんなウイルスに対抗できることが分かったのよ。海綿は地味だけど本当はものすご~く偉いのよ」
ボクはなんだかここの仕事が好きになりそうだ。
でも、そんな朗らかな時間を彼らは持たすのを許してくれないと痛いほど分かる事態がボクたちに迫っていたんだ。




