36.社長
タイガ社社長の菅井は会長室の前にいた。
「会長、入ります」
入室を促された菅井は会長室のソファの後ろに立った。
「菅井さん、兄が戻った話はもう聞いていますよね」
「はい、先日それをお聞きして驚きを隠せません」
「兄が社長職に戻りたいと言っています」
菅井はその話も秘書室から既に聞いていたが知らぬふりをした。
「でもね。菅井さん。僕は兄を社長に戻すつもりはありません。引き続きあなたに社長をやってもらいたいと思っていますよ」
「はい、ありがとうございます。で、公聡氏の処遇はいかになるので?」
「兄にも社長だったプライドはあるでしょうから、まずは研究棟の執行役員として復職してもらうつもりです。至急臨時の役員会議を開いてそれを可決してください。株主への対策も忘れぬようにしてくださいね」
菅井はほっと胸をなでおろし、お辞儀をした形でにやりと笑うのだった。
菅井は自分の部屋へ緑村美月を呼び出した。
「入りたまえ」
「失礼いたします」と言い美月は入室した。
「掛けたまえ」
「ありがとうございます」
菅井は美月を下目づかいで見ている。
「先日の近代美術館の件は役に立ったかね」
「はい、研究の進捗に役立つものが"少し"だけですがありました」
彼は表情を変えずに続けた。
「どのようなものだったんだね」
「はい、例の新聞記事に載ったものが全てです。前社長のメッセージで、8年前に江戸時代に飛んだ太賀氏がパラメータをこちらに伝えるために苦肉の策で残されたものだと判明いたしました」
「他には何も見つからなかったのかね?」
「はい、あれが全てです。いまパラメータをコンピュータに入力させているところです。すこしこちらで揺らぎを修正しなくてはならない様なので、その作業に時間を要しています」
「その事と前社長が突然お戻りになられたことの因果関係はあるのかね?」
「あのパラメータは江戸時代へ行くためだけのものですので、偶然が重なったのだと思います。前社長が組み立てた次元転移装置は行くことだけしか出来ませんので」
「そうかね。概略はわかった。下がりたまえ」
美月は嘘を突き通した。社長は信用ならない人だ。
~実験室
「おお、美月くん、戻ったかね。菅井にいじめられなかったか?」
「いえ、あの方はいつも優しくしてくださいます」
「そうか!?あいつぁ、蛇のような奴だぜ。俺ぁ嫌いだけどね」
「社長はいつも思ったことをそのままお出しになりますね」と美月は笑いながら答えた。
「俺ぁいま社長じゃないぞ、美月くん、な?」
「そうでした、失礼いたしました」
「おお、そうだそうだ。コンピュータ!ドアを完全にロックし誰も入れるんじゃないぞ」
『ドアロック完了・・・』
「それでだ、美月くん。そろそろ整理にかかろうじゃないか。我々の目的はなんだ?」
「大火の前に行ってそれを止めることです」
「そうだ美月くん。我々はその使命をもって勇気ある行動をするのだ。でもあっちに行ってどうやって止めるつもりだ?」
「我々のテクノロジーをもって、彼らのネットワークに入り込み、すべてを無力化し破壊します」
「そのとおりだ。正解だ。だが今いる自分たちの世界を消し去ることになるかもしれんぞ。俺も君の存在も無くなるやもしれん」
「覚悟しています」
公聡は大きく頷き美月の肩を両手で二回叩いた。
「カトリーヌとフランソワーズから渡された文字列とやらを確認させてくれ」
"太陽"、"魚"、"時間"、
"喉を汚した男"、"植物"、
"珠"、"海綿"、"本"、"笛を吹く女"
"瓶"、"土竜"、"雨"
「今チェックが入っているのは、太陽、喉を汚した男、植物、本、そして瓶と土竜だな。残っているのは、魚、時間、珠、海綿、笛を吹く女、そして最後に雨だな。美月くん、俺が帰ったことによって一つの文字列は潰されたぞ。これを見ろ」と言い一枚のカードを差し出した。
『TIME』と書かれているカード。
「そしてな、実は公臣もこれと似たようなカードをばあさんに貰っているはずだ。何が書いてあるかは分からんが、その残りの文字列の一つだろう」
公聡はすこし苦々しい顔をして「あいつもこの旅に深く関わってくるって事だ。気に入らんがな。菅井の蛇雄もなんらかの関わりを持つのかもしれん。忌々しい」
「公聡社長の数字羅列メッセージにアナグラムが仕込まれていました。あれは本当にそういう事なんですか?」
「さすがに君は優秀だな。君のような社員がうちにいてくれるなんてわが社も安泰だな。儲けものだ。大儲けだ!読み解いたのならその通りだ。あいつには気を付けなくてはならん!!信用してはならんぞ。我々が復路の切符を手に入れた事も隠しておかねばならない。これは絶対にだ。誰からも漏れないように気を付けてくれたまえよ」公聡は優しく彼女に言った。
「それと例のアマンダと言う女性が持っている護り石だか、あれは何なのか分かったのかね?」
「あのペンダントに仕込まれている石は文字列と同期していました。我々が文字列と出会うたびに時計方向に石の色が全て白い石に変わっていってます。ただ、真ん中の13個目の蒼い石は何なのかは分からないのです」
「そうか。よろしい。引き続き監視してくれ。それとあのうちの社員、中村と言ったか?彼はあれからどうしてるのだ」
「中村さんにはこちらの作業に関わる事なく通常業務に勤しむように伝えていますが・・・・わたしにはこの時間移動の旅には必要な人と思えてなりません」
「そうか」
とだけ言ったあと「少し出てくるよ、君も息抜きに出なさい。ただし我々の秘密に関してのものはこの部屋に残さぬ様にしてくれ」と言い実験室を後にした。
〜管理棟
公聡は管理部門のあるフロアに来ていた。
「おい、人事部長!松本!お前だ」
「ヒイッ!社長っ??、お戻りになられたので??」
「そうだ!しかし俺はもう社長ではないらしい、今はな何の権限もない執行役員さまだよ」
「はい、そうでした。で、前社長、わたくしに何用でございましょうか」
「そうでしただと?」
「いえいえいえ、滅相もない。他意はございません・・・」
「実はな。頼みがある。お前んところに中村と言う社員がいるか?」
「は、はい。中村というのは4名ほどおります。中村逸男、高雄、麻里子、祐介です」
「おお、その最後のやつだ。そいつはな、俺が作った大奥のルールを破ったとんでもねえ野郎でな。鍛えなおすためにミストラルへ引き取ることにする」
「ええ?なんですか?そのルールって。あの、社員たちが勝手に言ってるあれですか?」
「そうあれだ」
「しかし社、いや太賀執行役員、人事には稟議が必要ですし、役員の方々の承認が・・」
そこまで言いかけた松本だったが諦めてこう言った。
「はい、どうせあの方達は"めくら判"ですしなんにも見てませんから・・・。わかりました。人事課の黒岩には私から言っておきますので、明日には通達が出せると思います」
「よろしい!あっはっはっは。お前、これ儲け物だぞ。それとな、そいつの所属先は俺の下だ。それを忘れるなよ」
松本はへなへなと腰を落として椅子に倒れてしまった。
〜人事課
「おお、居た居た。中村くん、引越しの準備をしろ」
「社長?、いえ太賀執行役員!どうしてここへ?引っ越しってどういう事ですか?」
周りの職員が一斉に注目している。
「きみをミストラルに転属させる。根回しは完璧だ」
~別の日 会長室
「菅井さん、人事部よりこんな時期に人事異動の稟議が上がっていましたよね」
「はい、お兄様の部署に中村と言う社員が人事部より異動という稟議です」
「この中村と言うのは理学系の出身なのですかね」
「そうでは無いとのことです」
公臣は数秒の沈黙の後こう言った。
「稟議は各自承認しておいてくださいね」
「承知いたしました」
菅井は(この人は何を考えているのか未だに分からない)と心の中で思うのだった。
~ミストラル一階
太賀は祐介を連れて一階にある第二プラント研究室に入った。
「おい、諸君。ここの棟の責任者として復帰した太賀公聡だ。ここは緑村くんの古巣だな?」
「そうです。太賀部長」と小畑洋子。
「しばらくこいつを預かってくれ」
「はい、承知しました」
「ただな、こいつは事務畑だから何にも出来んぞ、わははははは、そして一日の半分は俺の直属で動く。頼んだぞかわいがってやってくれ」と言い部屋を去っていった。
「わ、中村さんだ!どうしてここに?」
「どうしてボクのことを?」
中野ゆかりはボクを見て不思議そうな顔をしている。
「ちょっとこっち来て」と腕を引っ張られて部屋の隅に連れていかれた。
「こっそり言っちゃうけど。あなた何日か前の夜に。。。。"地下"に行ったでしょ?」と小声でささやいた。
「でもね。私たちは"地下"があるなんて全く初耳だったの、でもあの日美月ちゃんから地下に誰かを連れていくと言われて仕事のお手伝いをしたの。あの夜あなた達三人がエレベータに乗った後に私も追いかけてエレベータに乗った。でもどこを探しても地下に行くボタンなんてなかった。で、その後にお侍さんの幽霊を見てしまったのよ!!怖いのよ!どうしてくれるの?」と早口で一気に言われ、しかもを眼をうるうるさせて言われてしまった。
ボクは彼女が胸につけているIDカードを見て「中野さんと言うのですね。その件についてはまた"次の機会"にしてください。今日からここにお世話になります、中村佑介です。よろしくお願いします」




