34.会長室
「兄さん、お帰りなさい。ずいぶんと歳を召されましたね、それに臭いしその恰好は何なんですか」
「ああ、こっちは8年経ったんだな。あっちの世で19年経ってしまったからな。お前より見かけ上11歳も年上になっちまったよ」
「あはは、それでどうやって帰ってこられたんですか。うちにある次元転移装置は現状片道切符しか無いはずですが」
「わはははは、それがよ面白いんだぜ。俺ぁよ、向こうの世、そう江戸時代でな大工をやって生計を立ててたんだよ。そしたらよ、今日、棟上げの日にな屋根の梁から落っこっちまってな、気が付いたらあそこに寝そべってたんだよ。こんなに簡単に帰れるのならもっと早く上から落ちればよかったぜ、あはははははは」
そして公聡はこう切り出した。
「おい、俺を社長に戻せ」
「それはなんとも。役員会の承認が必要ですし、株主にもある程度話を付けなければなりませんので」
「そうか!わかった!いい返事を待ってるぜ。ところで俺の家はどうなったのか知ってるか」
「兄さんの家はもうありませんよ。ボクが引き払いましたし、警察にも行方不明者として登録されてしまっています」
「そうか、俺ぁまるで浦島太郎だな、何年か前についた嘘が本当になっちまったぜ。なあお前に頼みがある。とにかくこっちの世の服を用意してくれや。この格好では女子にも逃げられちまうしな。それと厚生等の風呂を借りるぜ。当面は実験室に寝泊まりすることにするのだけは許可してくれや」
「わかりました、いいでしょう」
~風呂
「あいつやっぱり変わってねえな。思った通りだぜ」太賀公聡は今後の計画を湯に浸りながら考えていた。
~
太賀兄弟の前に黒衣の老婆二人が現れたのは30年ほど前になる。
当時10歳になるかならないかの双子の兄弟は都内の私立小学校へ通っていた。兄弟ともに非常に成績優秀で飛び級で来年は中学へ進学することになっていた。
兄の公聡は豪放磊落で、弟の公臣はそれとは真逆の大人しいが大人びた眼を持つ子供だった。
進学を前にした春休みに会社経営をしていた両親が別荘へ連れて行ってくれた。
森の中には小川が流れ静かでとても気持ちの良い場所だった。桜がちらほらと咲き始めた森で二人は追いかけっこをして遊んでいた。互いに疲れてバラバラになって自分の時間を楽しんでいた時だった。そんな時、弟の公臣が遠くで誰かと話をしているのを兄の公聡は見た。
何だろうと思いずっと森のベンチの裏に隠れて見ていた。
黒い服を着た老婆が公臣に何か紙のようなものを渡している。
その瞬間、そのベンチに黒い服の誰かが座っているのに気が付いた。
公聡はびっくりして後ずさりをしてしまい、派手に転んで後頭部を木の根っこにぶつけてしまい気を失った。
しばらくして公聡はベッドの上にいる事に気が付いた。ずいぶん長くベッドで寝ていたようだ。周りはもう夜になっている。
起き上がってリビングに向かった。そこに居たのは両親と公臣だったが、なんだか公臣の様子がいつもと違う事に気が付いた。
いつも静かで大人しい公臣が、手を振り身体中を動かし饒舌に喋っている。
こんな公臣を見るのは初めてだと公聡は思った。
食事をとりなさいと言われテーブルに着いた彼は、ブレザーのポケットにカードが一枚差し込まれているのを見つけた。
彼はそのカードをテーブルの下でこっそりと見た。
タロットカードのようだと思ったが、少し違う。彼は書かれている文字を読んでみた。
「TIME」と書かれ奇麗な円が様々な大きさと色とで描かれている。同時に、公臣が老婆から受け取っていた紙はカードなんだろうかと考えた。
その後、何度も黒衣の老婆は彼らの前に現れてはイメージだけ伝えて去っていくことを繰り返したという。
~
公聡は美月らの無事を願い、そして湯船に潜り息を止め精神集中をした。
~
前日の夜に会長から緑村美月は出社後朝一番で会長室に来るように命令されていた。
そこで公臣会長から、兄が突然帰還した事と地下の研究室は兄が寝泊まりしていると伝えられた。
そして兄は戸籍上よりも歳を取っており、身元不明者の照合にも合致しないだろう事も伝えられた。
素知らぬ顔で少し驚いた小芝居をした美月は早々に部屋から退き、実験室へと急いだ。
しかし、その前に寄らなければならない場所を思い出して、進路を変えた。
二番プラント研究室である。
入室した美月を見てひとりの女性が駆け寄ってきた。
研究員の小畑洋子である。そして中野ゆかりの様子が朝からおかしいというのである。なんでも幽霊が出たとか言って怖くて仕事ができないと言って震えているらしい。
何か申し訳ないことをしたと感じた美月はゆかりのところへ行き謝った。
ゆかりは泣きながら美月に抱き着いてきた。
「うわーん、美月ちゃーん、わたし美月ちゃんたちに放ったらかしにされたでしょ。で、そのあとに美月ちゃんから連絡がなかったから、プログラムをいつ終了したらいいか分からなくなってこの部屋と研究室を行ったり来たりしてたのよ。そしたら何回目かの行ったり来たりでー、そしたらね。そうそうびっくりなのよ。お侍さんみたいな人が端末を触ってるのー。ねえ、お侍さんってコンピュータ触れるの?」
「ゆかりさん、昨日は本当に申し訳ない事をしました。いずれ埋め合わせをしますのでお許しください。そしていつかお侍さんにも会わせて差し上げることが出来ると思います」
ゆかりは頬を膨らせ首をぶんぶん横に振った。
それは美月に謝らないでほしいとの願いなのか、侍に会いたくないという気持ちなのかは分からなかった。




