24.手紙
美月は考えていた。
会長の兄、つまり前社長が実験後行方知れずになっていることを。
私はその方にお会いしたことはないが、会長から聞いた話では「破天荒」で「身勝手」な人だが、緻密な作業と正確なアウトプットができる人だと言っていた。
自信過剰な部分からくる失敗はよくあることだとも言った。
ただその失敗は必ずリカバリを果たすほどの異常な程の集中力を持っているらしい。
その時会長が「異常」という言葉を二回使ったのを覚えている。
そんな緻密な計画を錬る人が一体どうしたというのか。何が失敗に結びついたのか。
生きているのか死んでいるのかも分からない。
美月はふと考えた。
「異常な程のリカバリー能力」
私は前社長のメッセージを見落としているのだとしたら・・・
なにか残っているはずだ。
ここではない。
どこかに鍵は隠されている。
木村はいつものお好み焼き屋で人を待っている。
待っている間、彼はカウンターでサワーをちびりちびり飲んでいた。
「お待たせいたしました」と女性が現れた。
「木村さんですね?わたし、タイガの中野と申します。嫌だわ、お好み焼き屋さんに来るなら服を着替えてきたら良かったわ」と少し困った顔をした。悪気は無いのだが彼女は思ったことをそのまま考えもせす口に出す癖がある。
「すみません、気の利いた店じゃなくて。ここ美味しいんですよ」
「ご馳走してくれるって言うから来ちゃいました。今日はどんなお話で?」
「緑村美月さんについて教えてほしいことがあるんです」
「電話では大変失礼いたしました。緑村主管については私もよく知らないんです。それに個人情報は教えられませんよ」と少しばかり意地悪な顔をする彼女だった。
「それはもちろん。それと会社の事で話せないことまでは聞くつもりはありませんので安心してください」
中野は安心した表情で彼の話を聞き出した。
「実はですね。今日会社にお電話をした際に、貴女は緑村主管は異動になったとおっしゃられた。そうですよね?」
「はい、言いました」
「でも代表電話に掛け直したところ、緑村氏は会社に在籍していない・・・と言われたんです」
「そ、そんなはずはありません!あの朝もロビーで彼女を見ました。会長さんと一緒にいたところを。だから私はあの人は秘書室か何かに異動になるのではと思いましたし、まだ会社の通達には何も載っていませんでしたよ!私達残された研究員は、ただ今日から緑村主管は異動になると聞いただけで」
木村はなにかおかしな事になっているなと思いながらも話を続けた。
「彼女がこの会社に来てからはずっと貴女の部署に?」
「はいそうです。私達は別の研究部隊に居たのですが、彼女の入社とともに下に配属されたんです。緑村さんは会社の上層部のお気に入りだと聞いていました。あの人私より4つも年下なんですけどね」
饒舌に語り始めた中野女史に期待感を持ちながら木村は突っ込んでゆく。
「そうなんですね。彼女は上層部と研究室を頻繁に往来されていたのでしょうか」
中野は「ええ、多分。一日の半分は研究室にはいらっしゃいませんでした。私達には共有棟や管理棟に行くとおっしゃって出て行かれましたね。ただ、ハンディの内線をいくら呼び出しても出られないこともしばしばでした。私達はこっそり上層部との情事だわなんて冗談を言ってたくらいです」
木村は笑いながら聞くことをやめない。
「公にはできない話ですねー。聞くところによると、研究棟の社員は他の棟にいる一般社員とは口を利いてはいけないって社則があるらしいですね」
中野は顔を曇らせたが話した。
「あれは前社長が・・、前社長は研究棟の管掌役員を兼ねておられたんですが、あの方がそんな噂を勝手に流したんだと聞いています。だから本当はそんな社則はありませんよ」
そして「先日も緑村主管にみんなが見ているロビーでデートの誘いをした社員がいたと噂になってましたもの。確かあれは管理部の、えーと、何だっけ、あ、そうそう中村って子」
木村はギョッとして聞き直した。「中村ですか?もしかして中村佑介?」
「そうそう、たしかそんな名前の・・・。でもなんで中村君の名前を?」
「いえいえ、先日の取材のときに案内してくれた人なので覚えていただけですよ」
木村は誤魔化すのが下手だ。
「それはそうと、前社長は随分ユーモアがお有りなんですね?して、なんで前社長なんですか?」
「8年ほど前に突然辞められたと言う噂です。私が入社したときはもう既に今の社長でした」
中野のお喋りは止まらなくなった。
「でも本当は失踪したって専らの噂です。手紙を残して。今の会長さんはその前社長の弟さんですね。あら、こんな事まで喋って、あたしったら。すみません、忘れてください」
木村はこの女性からもっと聞き出そうと思ったが、今日はこれくらいにして次回に回そうと考えて「中野さん、もし良ければ今度は仕事抜きでデートしてくれませんか」と言った。
もちろん情報を抜き出す目的だ。
中野は木村の容姿や話し方がが割りと好みだったらしく、喜んでと答えた。
中野女史と別れた木村は帰り道の歩道を歩き、街路樹に躓いた。
「あー!!チクショー!スボンが破れた!最悪だ!」しかし木村は別のことでもっと腹を立てていた。
「祐介め!何だあいつ!電話に出ねえのはそういう事か!」
プンプン怒りながら歩いていると向こうから孫を連れた老婆が歩いてくる。
何か不穏なものを感じた木村は立ち止まり二人が通り過ぎるのを待った。
すれ違いざまに老婆は木村に「明日は晴れましょうか。失せ物は出ましょうか」とだけ言い孫と手を繋ぎ遠ざかっていった。
「なんだ?晴れ?失せ物?なんだあの婆さん」
手紙を残して失踪した前社長
勤務時間の半分が行方知れずの緑村美月
総務課員を装った二人の男
いや、パズルのピースが繋がらない。なにも繋がらない。
「森さんになんて言おう。スボンは破けるわ、祐介に抜け駆けされるわ。踏んだり蹴ったりだ」
「チクショー!!」
木村は夜の街で叫んだ。




