20.十返舎一九
蘭学者美山堂さんは今日も医療活動や発明品の制作に没頭していた。
そんな美山堂さんに権吉が大変な知らせを持ってきた。
なんでも南蛮の船が近くの海に停泊し、数名の南蛮人が小舟で上陸したというのだ。
出島以外に勝手に入国などしたら大ごとになる。美山堂さんは港に駆け付けた。
丁度、小舟から降りた数名の南蛮人が砂浜にテーブルを置き大きな傘を拡げていたところだった。
駆け寄った美山堂さんは既視感を覚え身体中に寒気が走った。
「あら、シャイボーイ。お久しぶりね」
「なぜあなたが?あなたは一体・・・・」
自分がこの女たちに弄ばれている事を実感した。
「カトリーヌ、訊いてもいいか。あなた方は時空を飛び越えて存在出来る。それならばなぜ自分たちでそれを実行し自分たちで解決しないのだ?」
「私たちにはそれは出来ないの。それを促すだけ。それにわたしはカトリーヌではなくてフランソワーズ」
黒衣の老婆はお付きの者に目配せをした。
「いま江戸の町で評判の本を見つけたわ。あなたにこれを差し上げます。きっといいお土産になると思うわ」
と言って踵を返した黒衣の老婆は従者とともに小舟へ乗り沖合に戻っていった。
太賀の手元には一冊の本が握られている。
「お土産だと!!ふざけるな。馬鹿にしやがって。その前に俺を助けろ」
砂浜に叩きつけられた本の表紙には
「東海道中膝栗毛 十返舎一九」と書かれていた。
蘭方美山堂に帰った太賀は畳に寝そべり本を片手に考えていた。
「こりゃあ、どういった謎かけなんだ。彼女は具体的にものをいう事もあるが、殆どは抽象的な事柄で伝えてくる」
・・・・
「十返舎一九に会いに行けって言うのか。いや違うな」
「俺は有名になろうとして奮闘してきた。それは俺が書いた書物などが後から発見されて、パラメータ解読のヒントになるかもしれんと思ってきたからだ。が、馬鹿な思い違いをここ数年していたのかもしれん」
これだ。
そうこれだ。これしかない。
長野県、いや信濃の国へ行かねばならん。東海道ではなくて甲州街道膝栗毛だがな。
ふふっと笑いをもらした美山堂さんは意を決して旅支度を整えるのだった




