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スフィア  作者: ハーブスケプター


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1.飛び抜けた才能

「お兄ちゃん、早く食べないと遅刻するわよ」


 二日酔いの頭痛に悩まされた頭を掻きむしるような決り文句が高音で襲いかかってくる。

昨晩、大学の友達と飲みすぎたせいでまだ頭が朦朧としている。

妹の綾香はボクとは歳が離れているくせに女房気取りでボクの世話を焼くのが趣味なようだ。

まったく迷惑な話だ。

こんな日は特にお世話焼きにも程があると思ってしまう。


「あたし、もう学校行くからね。ちゃんと食べて会社に行くのよ」

「ああ分かったよ」


 電車を二回乗り継ぎバスでまた30分ほどでボクの勤務先に到着する。このバス停で降りる人はほとんどが同じ勤務先だ。敷地のゲートで何箇所からのセンサーで顔認証が行われている。社外の来訪者はここで顔や姿が記録されさらにエントランスに着くまでに個人特定が完了され、アポイントメントスケジュールと連動される。


この時代にはインフォメーションデスクと言うものが存在せず、エントランスを通ると進むべき通路が視覚的に補正され客人は迷うことなく応接レベルの建物に案内される。


ボクたちのような研究者以外の者はゲートの奥にあるエリアに進んでゆく。

ボクの居場所はセキュリティレベルはあまり高くない部類に入るのだろう。


今の時代のオフィスが何十年か前のオフィスと比べて進んでるのかは間違いのない事実なんだろう。

ゲートの奥にあるのは、業務部門がある棟で僕はそこの所属という事になる。

大きな中庭を介して格子に囲まれた通路、そしてその奥にあるのが"研究"棟で、そこに至るセキュリティはボクたちの知る術もないほどの屈強なものらしい。


その研究棟に所属している人達は何故か女性が多く、我々一般社員はその施設の事を羨望や当てつけをも含めてこう言うのである。


「大奥」


 その大奥で研究されているものが何なのかは全く公開されていないし知る方法もない。

大奥の詳細についてボクは将来知ることになっていくのだが、まだ語ることはできない。

あんなことがあるまではこんなことを平気で喋れる人間ではなかったのだ。


 そんな人間の二日酔い状態の出勤風景に時を戻したいと思う。



 綾香に起こされ、朦朧意識のまま朝食も摂れずに無人のシャトルバスに乗った。

自動走行のシャトルバスはスムーズに駅からの道のりを辿り確実に会社に送り届けてくれる。

振動や騒音を全く感じないのでこのバスの中で眠りこけてしまう人も多い。

もちろんそのうちの一人がボクだ。


 車内の人の会話や咳払いが聞こえるのが嫌なので昔ながらのヘッドフォンをつけて音楽を聴いている。

目を瞑り、眠りにつこうかとした時に肩を何かが触れた気がした。

気のせいかと思いまた眠りへの旅立ちをしようとした時に肩に置かれたのは誰かの手だった。


ギョッとして目を開けると男が横に立っていてニコニコしている。


「木村!木村君か?」

ボクは思わず大声を上げてしまい車内から失笑が漏れ聞こえてきた。


「ああ、久しぶり。君とは卒業してから会ってなかったからな」

木村君は独特の笑顔でそう切り出した。


「なぜ君がこのバスに乗ってるんだい」

ボクがそう言うと木村君は名刺を差し出しながら「このバスが行き着く先の会社へ取材に行くのさ。ほらあそこに座っているのもうちのスタッフだ」


取材?よく見ると彼はポケットの沢山ついたベストのようなものを着て首から何か大げさなものをぶら下げていた。


「それは何だい?」

「これはずいぶん前に使われていたレトロなカメラだよ。ほら何て言ったかな、デシ、いやデザ、違う、そうデジタルカメラだよ。デジタルなんてネーミング馬鹿げてるだろ。略してデジカメなんて言ってたらしいぞ、笑えるだろ?」

「そうかな、ボクには笑えないけど」

「でもね、これで撮るとさなんだか現実的でない写真が撮れるんだよ。いい風合いというか、だから手放せないのさ」

木村君は独特の笑い方でそう言った。


「君の会社に緑村美月って人がいるんだけど、その人のインタビューをするんだよ」


緑村?誰のことだろう。

木村は続けた。

「東京帝都大学を最短で卒業してMITの修士課程に進んだって噂の彼女だよ」

「そうなんだ。でもそんなすごい人物ならどんなインタビューをするんだい」


木村はいっとき息を飲みこんだ後ニヤッと笑いながらこう言った。「それは言えないね」


そして「そうだ、久しぶりに会ったんだからこの取材がはけたら今晩飲みに行かないかい」と木村は言うけど、こっちはいま二日酔い状態だ。そんな気持ちには到底なれない。

連絡するよと気のない返事をしてバス停で別れたんだ。



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