〜序章
「あの碧い海はかえらず」
春の陽射しを浴びて釣り人が浅瀬に釣り糸をたれている。
ボクはそんな光景を見ながらなぜあんなことをするのだろうといつも思う。
こんなことを今の時代に趣味とする人がわからない。
そんな海べりにいまの「海」の様子を見にくるボクも変な人間には違いないなと思うと、誰かがボクをみたらかなりの変人に思うんだろう。
ボクは釣人の後ろ2メートルほど斜め後ろに立つことにした。釣り人が置いているバケツ容器には案の定だが生き物らしきものははいっていない。
しばらく眺めていたけど釣り人も釣り糸も動く様子はなく波の音だけが大きく耳に入ってくる。
どのくらい眺めていたろう。
釣り人の動かなかった身体が少し敏感に動いたかと思うと、釣り糸がピンと緊張して激しく釣り竿を海の向こうに引っ張り込もうとしている。
「きた」
その男はそう言い釣り竿をしゃくりあげる動作をした。
その動きに合わせるかのように海の底から何かが釣り上げられた。
「何が釣れたんですか」
思わずボクはその男に声をかけてしまった。
後ろから突然声をかけられた男は少しびっくりした調子で
「これかい?これはイサキだよ」
「もしかして食べるんじゃないですよね」とボクが聞き返すと
「もちろんさ。いまは魚を食べることは法に触れるからね」
男は続けて言う。
「もちろん釣りの免許は取ってるよ。何十年か前に港の猫が全滅したって話は君の歳では知らないかな?釣りをしたって魚はリリースしなければならないし、間違えて魚が死んでしまえば処理はお役所に頼まないといけないし大変な趣味だよこれは」
初老の男性は意外に饒舌で見知らぬボクに語り続けた。
「ちょうど良かった、ちょっと君手伝ってくれないか」
バケツ容器の中身を海に戻した証拠を動画に撮るらしい。
彼のメガネが不調で動画が撮れているかが心配らしく、別の少し大きめのデバイスをボクに渡して言う。
「使い方は分かるかい」
ボクは大学でこれと似たような機械を触ったことがあったので生返事をしておいた。
一通りの規則通りの報告書を仕上げた男性にボクは訊いてみた。
「魚って食べたことないんですけど美味しいんですか」
帽子を取りながら男は言った。
「そうさ、本当はとても美味いらしいよ。聞いた話だけどね」
道具を片付け始めた男にもうひとつ訊いてみた。
「魚がまた食べられるようになりますかね」
「わからないね。海の汚染はここ何十年も誰にも手を付けられないほど進んでしまったからね」
男は少し悔しい表情を顔に浮かべて堤防を去っていった。




