遅ぉ
俺は木村寅也。
15歳。
中学校3年生。
俺の家は自慢じゃないが超貧乏。
そんな家に生まれた俺は朝3時前から起きて週に7日、学校の許可を得て近所の新聞配達をしながら家計を手助けしている。
新聞配達の仕事は学校とは違い、雪の日も台風の日も盆正月でさえも休みはない。
冬の朝は布団から出るのが辛いが、貧乏な家に生まれ落ちたのは運命だから仕方がない。
兄弟は長男、次男、それと三男の俺。
あと四男、五男の男だけの5人兄弟。
親父とお袋を含めた俺たち家族7人は皆、築40年超えの木造ボロアパートで肩を寄せ合いながら暮らしている。
うちは典型的な貧乏一家で細身の身体に皆、同じようなエラの張った骨ばった顔つきをしている。
俺の将来の夢はお笑い芸人。
今は回文を使ったギャグを考案中。
中学を卒業したら日中は午後4時くらいまでコンビニで働き、 夜間高校を卒業したら上京する予定だ。
芸人になって一山当てて億万長者!
夢はデカければデカいほど燃える。
*
俺の親父は日雇いの警備員。
お袋はパートを3つかけもって朝から晩まで大忙しだの貧乏暇なし家庭だ。
だから年の離れた末っ子の面倒をみるのは真ん中っ子の俺の役目だと心得ている。
勉強する時間は正直あまり取れない。
長男の酉、次男の子規は父さんと同じ現場で働いて稼いで家にお金を入れているという理由で、年の離れた末っ子の面倒を見たためしがない。
因みに近所の夜間高校に奨学金つきの推薦状をもらえるくらい良くできた俺の事を兄たちは内心、疎ましく思っているらしい。
アルバイトで稼いだはずの金は月末に通帳に振り込まれるらしいが、俺はお袋に預けっぱなしの通帳に毎月いくら振り込まれているのか、その総額を知らない。
通帳は高校の学費を積み立てておくからとお袋に預けたままになっているので、未成年の俺が総額を知らない。
だが、狭い家なのにそれがどこにあるのかさえも分からず仕舞いなのは実に不可解なことだ。
*
クリスマス。
偽サンタは毎年、クリスマスパーティーと同じ日の夜に焼けした赤白いブーツに小さなお菓子を数個入れていく。
兄弟たちは末っ子以外が皆、サンタがいるなんて信じている年齢ではない。
だが、この日は年に1回、両親が無い袖を振って兄弟に平等に接してくれる特別な日なので俺は好きだった。
我が家のクリスマスは毎年12月26日。
他の家庭のクリスマスとは違うらしい。
小3の頃。
冬休みに入る前日、同じクラスの親友の優太にこの事を話したら「遅そぉ」って馬鹿にされた。
親父はアメリカとの時差を考えて我が家は26日の夜に祝ってるって偉ぶっているけど、お袋がパーティーの為に買って来るケーキの分厚くなった値引きシールを必死で剝がしている後ろ姿を見ると違うんだなって思う。
貧乏暇なし。
世間では本当のクリスマスの夜のこと、あの事件は起こるべくして起こった。
俺は風呂のことで次男の子規と大喧嘩した。
ウチは貧乏なので家族全員が帰宅するとお袋が浴槽にお湯を張る。
風呂に入る順番は親父と五男の菟月と四男の羊太、長男の酉、次男の子規、俺、お袋の順番だ。
午後6時から入っても1時間半以上は、かかる。
貧乏な我が家の風呂に“湯沸かし機能”というものはない。
なので、俺の入るころには風呂の湯はプールと同じくらいの水温まで冷めきってしまっている。
しかも子規は兄弟の中で1番風呂が長い。
このように真ん中っ子の俺は理不尽にいつも我慢ばかりさせられている。
それなのに今季一番の寒波がやって来た日の夜。
次男の子規が外で喧嘩をして負けた憂さ晴らしに浴槽の底に拳大の穴を空けた。
友達の誘いも断り、末っ子のお守りで行きたくもない公園に行った俺。
挙げ句に野球のグローブで作った特大の泥団子を投げつけられて風呂に入れないと告げられたことは、精神的に余裕のない俺にとって大事件だった。
*
「お袋、俺のこの髪見ろよ。菟月の子守りで全身、泥だらけなんだけど!今日風呂は入れないとか、マジないんだけど!!」
「……ごめんね。寅也、お風呂の修理が来るのは明後日なんだって。だから、今日は我慢して……ね」
お袋と目を合わさないようにしてわざとらしく情けない声を出した。
「はっ!?意味わかんねぇ!!」
ガンッ
「お袋は今日は我慢、今日は我慢!っていつも兄弟の中で俺にはそればっかりさせてんじゃん。いつまで、どんだけ我慢すればいいんだよ!!いい加減にしろよな!!もう、いい。俺、こんな家、出てく……」
ガンッ!
ガタン、バッタン!!ッ……
「待ちなさい!寅也!!」
俺は怒りに任せ、玄関の靴箱の上に飾られた日焼けした家族写真を床に投げつけると玄関の枕木を凹ませて家を飛び出した。
「はっ。外、寒……ヤバイな、今日のこの気温。あ~ぁ。雪まで降ってきた。ついてねぇや……」
外は暗く北風が厳しく吹き荒れ、雪が舞い言葉にならない程ただ、ひたすらに寒かった。
身体を縮こめて近くの公園に身を寄せる途中、私立中学に進学していった元・親友の優太の家の前を通りかかった。
優太の家は地元の名士で同級生の中でも1、2を争うくらいの金持ちだ。
その家の北側の壁を曲がった瞬間、庭の真ん中に植えられた記念樹のてっぺんに飾られた星形のオーナメントが誇らしげに輝いているのが見えた。
「あっ……」
俺は思い出した。
そう今日は世間一般の人間にはクリスマスだ、と。




