2LDK
「ワンルームじゃないか?」
思わず疑問が声になった。
友人の住んでいる物件は2LDKだと聞いていたのだが、どう考えてもワンルームだった。
「基本はワンルームよ」
炬燵に入った友人が答える。
どこか遠い目をしているのが気になった。
「基本は?」
「気になるなら、そこの襖を開ければ分かるわよ」
そう言われて背後の襖を見る。
間取り的に、どう見ても押入れの襖だった。
間違っても、その先に部屋があるとは思えない。
もう一度、友人を見る。
高校時代のジャージ姿で炬燵に入る友人がそこに居る。
こちらには、さして興味もないのか、蜜柑を剥くのに夢中だ。
……顔は良い。
正直、可愛いと思う。
だが、性格が終わっている。
そう、性格が終わっているのだ。
性格が悪い訳では無い。性格が終わっているのだ。
「………………」
無言のまま、友人を観察する。
何故、部屋に誘われたのか?
名目としては、一緒に酒を飲もうという話だった。
だが、絶対に何か裏がある。
何か、面倒な事に巻き込もうとしているに違いなかった。
何故なら、彼女の性格が終わっているからだ。
暫しの間、思考を巡らせ、一つに結論に達する。
「帰るか」
「帰るな」
思わず口に出た言葉を即座に却下される。
思わず顔を顰めた。
ここで帰らなければ、絶対に面倒事に巻き込まれる。
これは確信だった。
「せめて、そこの襖を開けてから帰れ」
言われて、背後の襖に振り返る。
嫌な予感がした。
この襖には、何かがある。
開けたら終わりの様な気がしてならないが、開けなければ友人が帰宅を全力で阻止して来るに違いなかった。
友人は蜜柑を投擲する構えをとっている。
逃げたらカラーボールをぶつけられるコンビニ強盗の如く、蜜柑の餌食となる。
襖を開けるべきか否か。
一瞬、悩む。
そして、襖を開けたら全力で逃げ出す事を決意する。
意を決して、襖に手をかける。
開けたらダッシュ。開けたらダッシュ。開けたらダッシュ。
心の中で連呼する。
息を整える。
そして、勢いよく襖を開けた。
その瞬間だった。
「こんばんは」
目が合った。目が合ってしまった。
押入れの上段で体育座りをした女性とばっちり目が合っている。
何が起きたか理解できず、思わず後退る。
また、声を掛けられた。
「初めまして」
下段にも人が居た。
やはり体育座りした男性である。
「………………」
声が出ない。
身体が固まった様に動かない。
頭の片隅で、自分の冷静な部分が逃げろと叫んでいる。
だが、間に合わなかった。
「「どーも」」
「リビング」
「デッド」
「「キラーです」」
全力で襖を閉めた。
自己紹介されてしまった。
「何か居た!」
友人に振り返り、自然と叫ぶ。
友人は煩そうに顔を顰めている。
「リビング・デッド・キラーらしいわよ」
「二人居た!」
「2LDKだからね」
さして興味もなさそうに友人が言う。
友人の言葉が頭を駆け巡る。
そして、一つの結論に達する。
リビング・デッド・キラー。
英語表記だと『Living・Dead・Killer』のはずだ。
頭文字拾っていくと『LDK』になる。
「あれが2LDKの正体なのか⁉」
思わず叫ぶ。
リビング・デッド・キラーが二人いるから2LDK。
殆ど詐欺だ。
「なんでも、ゾンビが怖い人向けの物件らしいわよ」
「ゾンビと戦うのか⁉ ゾンビなんて居ねぇだろ! 誰向けなんだよ!」
「さあ? 実際、借り手がつかなくて格安だったわよ」
「当たり前だろ! 殆ど瑕疵物件じゃねぇか!」
思わず声を荒げてしまうが、友人は特に気にした風もない。
そして、友人が話し始める。
「私の勤め先、製薬会社なの知ってるでしょ?」
「ああ……」
完全に逃げ時を見失った事に気づいたが後の祭りだった。
この話を聞かないと帰してもらえそうにない。
友人は、何時でも蜜柑を投げられる態勢だ。
「不動産屋からゾンビウイルスを作ってくれって依頼が来るのよね」
「物件の借り手を見つけるために、この世をゾンビアポカリプスにするつもりなのかよ⁉」
「あまりにしつこくて、上司がノイローゼ気味になってるのよ」
「業務妨害で警察に通報しろよ!」
「この間なんて、タイ〇ントを作ってくれって言われたらしいわよ」
「ボスまで用意しようとしてる! 不動産屋は、この世をどうしたいんだよ!」
「とうとう上司がキレて、シー〇ラスとバラ〇とベ〇スターを用意しろって叫んでた」
「それ、暴君怪獣の方! ウル〇ラマンだよ! ウル〇ラマン・タ〇ウ! タイ〇ント違いだって!」
叫びすぎて息が上がる。
自分の呼吸音が煩かった。
そんな状態の俺を興味なさそうに友人が見ている。
正直、殴りたかった。
訳の分からない状況に巻き込んでおいて、呑気に蜜柑を口に放り込んでいる友人がとても腹立たしい。
「まあ、上司の事はどうでも良いのよ」
「いや、良くないだろ」
上司がノイローゼまで追い込まれているのに薄情にも程がある。
「問題があるのは押入れの二人なのよ」
「そりゃあ、まあ、自宅の押し入れに二人も住み着いていたら問題だろうよ」
押入れに人が住み着いていると思ったら落ち着いて生活もできない。
問題しかない状況だ。
何故、この部屋に入居しようと思ったのか甚だ疑問だ。
「別に押入れに住み着かれる分には良いのよ」
「いや! 良くないって! 変に気を使って着替えもできないぞ!」
思わず叫ぶが、友人は不思議そうに首を傾げている。
正直、この友人の事が少し怖くなってきた。
「問題は、あの二人が新婚だって事なの」
「あの二人、結婚してんの⁉」
「今年に入って入籍したらしいわよ。……それで、夜になると押入れの上段でイチャつき始めるの」
「心臓に毛でも生えてんのか⁉ 人んちの押し入れで普通イチャつくか⁉」
聞く内容の全てが衝撃的すぎる。
頭のおかしい奴しかいない。
「流石に、私も精神に来るものがあるわ」
「当たり前だ! とっとと引っ越せよ!」
「去年のクリスマスのイチャつき方は酷くてね。流石の私も押入れの前で般若心経を読経するしかなかったわ」
「やる事が陰湿! どんなクリスマス送ってんだ⁉ 後、もう十一月だぞ! 一年近くここに住んでるのか⁉」
「ここに住んで二年くらいよ」
友人の言葉に力が抜ける。
思わず膝をついた。
「いや……、マジで引っ越せよ」
「そんなお金ないわ」
友人の言葉に自分の銀行預金残高を思い浮かべる。
俺も金が余っているわけではない。
正直、貰えるなら貰いたいくらいだ。
だが、それでも一つの提案をする。
「二十万で良ければ貸してやる。だから、引っ越せ。そして、俺をこれ以上巻き込むな」
これが狙いなのだとしたら友人の遠謀深慮に舌を巻く。
しかし、ここに至っては、この状況から抜け出すために仕方がないと諦めた。
「……いや、お金を借りたい訳じゃないから」
「なら、なんで巻き込んだ?」
「私も彼氏を作って対抗しようと思っただけ」
「……聞きたくないが続きをどうぞ」
「もうアンタで良いかな? って」
友人の言葉に思わず頭を抱える。
ハッキリ言おう。
絶対に嫌だ‼
迷う事は何もない。
何も言わずに全力で駆けだした。
その瞬間、後頭部に何かがぶつかる。
痛みに振り返れば、半分潰れた蜜柑が床に転がっていた。
「食べ物を投げるな!」
「なら、今度は文鎮を投げるわ」
「殺す気か⁉ 後、なんで手元に文鎮があるんだよ⁉」
「さあ?」
「何で、自分で理解してないんだよ!」
「別に良いじゃない。とりあえず、続きは飲みながら話しましょ」
そう言って、友人が自分の向かいの席を勧めてくる。
座ったら終わりである。
この話題に何らかの決着がつかない限り逃がしてはくれないだろう。
だが、ここで逃げたら本当に文鎮が飛んできかねない。
死ぬのは御免だ。
渋々だが席に座る。
残念だが、他に選択肢は無かった。
「ちなみに、私の何が嫌なの?」
「性格」
他にない。
顔色一つ変えずに、こんな事に巻き込む人間だ。
付き合ったら最後、どんな地獄を味わう事になるか分かったものではない。
「見た目は?」
「……認めたくないが、正直、可愛いと思ってる」
「なるほど……、脈はあると」
「いや! 欠片も無いぞ! 見た目の良さが霞むどころか、分厚い雲に阻まれてるレベルで性格が終わってるからな! 阻む雲が大雪振らせてるレベルだからな!」
無言で酎ハイの缶をぶつけられた。
続いてサラミが飛んでくる。
「……そういうところだからな」
「もう一本飲む?」
「まだ、一本目を開けてすらねぇよ!」
缶酎ハイを振りかぶる友人に怒鳴る。
……とりあえず、投げつけられた酎ハイを開ける。
当たり前の様に炭酸が噴出した。
「……とりあえず、お前の見た目に騙されそうな男を紹介してやる」
零れた酎ハイを拭きながら言ってみる。
見た目に騙されそうな馬鹿な男の友人は何人かいる。
そして、コロッと騙されそうな奴を一人、頭の中でピックアップした。
さらば友よ! お前との友情はこれまでだ!
男友達の一人を悪魔に売り渡す事を心に決めた。
スマホを取り出し、売却予定の友人の写真を探す。
その瞬間、炬燵の中で足を蹴りつけられた。
顔を上げると、悪魔……、いや、友人が上目遣いでこちらを見ていた。
「私は……、アンタが良いんだけど?」
少し恥ずかしそうに呟く声が聞こえる。
思わず、息を飲んだ。
「お前……」
「………………」
「お前、俺が一軒家に一人暮らしだって知ってたよな?」
「チッ」
舌打ちが聞こえた。
間違いなく聞こえた。
「お前! 俺の家に転がり込むつもりだったな⁉」
「今時、同棲くらい珍しくもないでしょ」
「この辺り、割と田舎だからな! 形だけでも同棲なんてしたら、速攻で外堀埋まるぞ!」
こちらの叫びに友人が深々と溜息を吐く。
溜息を吐きたいのは俺の方だ。
「仕方ないわね……」
「いや、仕方ないのはお前だろ! お前は間違いなく仕方ない奴だよ!」
だが、こちらの叫びを無視して、友人が自分の鞄を漁り始める。
そして、一枚の紙を取り出した。
「じゃあ、これにサインしてくれるだけで良いから」
そう言って、友人が一枚の書類を差し出して来る。
自然と差し出された書類に目がいった。
婚姻届けだった。
ダッシュで逃げた。
文鎮が飛んでくるとか言っていられない。
今、俺は悪魔に捕食される寸前なのだと気がついた。
「今よ!」
友人の声が響いた瞬間、押入れの襖が吹き飛ぶ。
押入れから二人の人間……、そう、2LDKが飛び掛かってきた。
「すみません!」
「この人が退去しないとLDK物件が廃止にならないんです!」
「押入れ暮らしは、もう、嫌なんです!」
「転職しろよ!」
叫んでみたが、鍛えられた人間二人に敵う筈もない。
一瞬で床に組み伏せられた。
「年貢の納め時よ!」
「お前に納めるべき年貢は何もねぇよ!」
誓って言うが、コイツとはマジで何もない。
不幸な事に幼馴染という立場に生まれてしまっただけだ。
「こんな時の為に、私は毎年バレンタインチョコをアンタに渡していたのよ!」
「あの食いかけのチョコ、バレンタインチョコだったのか⁉」
「あれを、今、本命チョコだった事にするわ! あれを食べた以上、入籍してもらうわよ!」
「後付けがすぎるだろ!」
こちらの言い分を鼻で笑い、友人が婚姻届けを突き付けてくる。
ここで折れたら終わりだ。
結婚は人生の墓場とか言うが、コイツと結婚なんぞしたら墓場どころか地獄の底に真っ逆さまだ。
「分かった! 貸すとか言わない! 引っ越し費用は俺が出す! 高い物件じゃなければ家賃も半年分出してやる! だから、勘弁してくれ!」
駆け引きなど考えず、出せる全てをここで出す。
下手な駆け引きで結婚へ向けて舵を切られたらたまったものじゃない。
「残念ながら、アンタの両親と私の両親に結婚するって連絡済みよ!」
「何してくれてんの⁉」
心からの叫びだった。
外堀どころか総堀が埋められている。
ここを切り抜けたら全力で誤解を解く必要が出てきてしまった。
「一応言っておくけど、今回の計画にはアンタの両親も一枚嚙んでるわ」
「嘘だろ⁉」
親に売られた気分だ。
よりにもよって、何故、こんな悪魔みたいな相手なのか?
勝手に見合いをセッティングされた方が遥かにマシだった。
「さあ! 早くサインしなさい!」
勝ち誇った友人が婚姻届けとペンを突き付けてくる。
だが、ここで負ける訳にいかなかった。
「えっ⁉」
「何っ⁉」
2LDKの驚く声が聞こえる。
それはそうだろう。
俺は己の限界を超えた力を振り絞り、2LDKを押しのけ立ち上がったのだ。
「チッ! 流石に往生際が悪い!」
友人が吐き捨てるように言う。
酷い言い草だ。
被害者は、どう考えても俺だというのに、この言い草なのだ。
だからこそ、ここで己を曲げる訳にいかない。
「俺は……! 俺は、自由の為に戦う!」
逃げる事は諦めた。
戦わずに掴める自由など有りはしない。
既に戦闘態勢の2LDKと対峙する。
「行くぞ!」
先手必勝。
一気に飛び掛かる。
「こうなったコイツは手強いわよ! 一斉にかかりなさい!」
友人が叫ぶ。
2LDKが迎撃態勢に入る。
「俺は、負けない!」
俺の拳と2LDKの拳がぶつかり合う。
こうして、俺の……、いや、俺達の熱い夜は始まった。
翌日、俺は役所に居た。
ボロボロの身体を2LDKに支えられ、悪魔の契約書が友人の手で提出されるのを呆然と眺めていた。
ふと、窓の外を見る。
俺の気持ちなど知らないとばかりの青空だ。
雲一つ無い空が眩しい。
そして、俺は、青空が大嫌いになった。
これと同時に「勇者パーティーの賢者は、今日もトレンドを追いかけます」という連載を開始しているはずなので、良かったら読んでください。
あと、本編完結済みの「婚約破棄のゴングが響く!」という作品の、おまけ話も上げていると思います。こっちも良かったら読んでください。




