夜は、かつて誰だったか
第6話です。
宜しくお願いします。
――第18区域。
辺りは霧が濃く、重苦しい空気が立ち込める。風はなく、鳥も虫も鳴かない。
世界、大我、昇子の3人は、かつての地下都市の入り口に立っていた。ブロック塀や鉄筋がむき出しになった廃墟の中、崩れたビルの影が巨大な口を開けるように広がっていた。
「……ここが任務地?」 昇子が眉をひそめて周囲を見渡す。「不気味ね……どこか、呼吸すら重い感じがする」
「夜の匂いが濃いな。こりゃ古いやつがいるぞ」 大我が《ボディアンスロ》で鼻を犬に変化させ、空気を嗅ぐ。
世界は一歩前に出た。「気を抜くな。相手は公爵クラス……油断すればやられる」
3人は無言で頷き、地下通路へと降りていく。
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降りた先は、まるで時が止まったかのような世界だった。 瓦礫の山、倒壊した店、錆びた自販機、割れた窓ガラス。すべてが静まり返っている。
「気をつけて。どこから来るかわからないわ」 昇子が掌に微量の水分を集めながら言う。
その時だった。
「……また、命を狩るものが来たのか……」
不意に、低く、くぐもった声が響いた。
影の中から、何かが現れる。
全身を黒く染め、歪んだ剣を携えた騎士。 半壊した甲冑には軍章の名残があり、肩からは千切れたマントの端が揺れている。
「……我も、かつてはそちら側だったというのに……」
「……喋った……この“夜”、喋ったわよ……」昇子が呆然と呟いた。
世界が剣を構え、踏み込もうとした瞬間——
「《黒詠連鎖》……」
夜の言葉と共に、空間がねじれた。
一瞬で視界が赤黒く染まり、空間が歪む。
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◆ 幻視の中 ——
世界の足元に、あの地下室の床が現れる。 見慣れた鉄の扉。血の匂い。暗く、狭く、孤独だった空間。
「……逃げられないよ……ずっと……ここにいて……」
声が耳元で囁く。
——だが世界は、歯を食いしばる。 「……こんな……ものに……」
内なる光が脈打ち、彼の足元から《光紋結界》が広がる。
「俺は、もう、閉じ込められたりしない……!」
結界が幻影を打ち砕き、現実の空間へと引き戻される。
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昇子は、幼き日の記憶を見る。 倒れている誰かの影。火事のような炎。泣き叫ぶ声。守れなかった、あの日。
だが、彼女は目を見開く。 「そんな過去なんて……踏み越えてきたわよ!」
彼女の手に集まる水分が光を帯び、幻影を焼き払った。
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大我の瞳に映るのは、すり替わっていた“世界”の姿。 信じていたのに、見抜けなかった。仲間のはずだったのに。
「……俺は、何を見てたんだ……」
だが、大我は拳を握りしめる。 「もう、何も見失いたくねぇんだよ……!」
彼の脚がウサギの足へ、腕がゴリラへと変化。 全身からみなぎる力で幻影を打ち砕いた。
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3人が並び立ち、夜へと視線を向ける。
「世界、いくぞ!」 「任せろ!」 「全方位、爆破準備完了よ!」
昇子が両手を広げ、空間に水分を散布。 「《モイスチャーボンバー》!」
パァン! パァン! パァン! 連鎖する小爆発。水分の残留で、湿気が高まり、視界が揺れる。
「今だ、大我!」
「いっけぇぇぇ!!」
豹の脚に変化した大我が猛スピードで夜の背後へと回り込み、強烈な蹴りを放つ。
夜がぐらりとよろけた。
「世界っ!」
「《光紋結界》……展開!」
足元に展開された光の結界が夜の動きを封じる。
「この一撃で決めるわよ!」昇子が両手を掲げ、周囲の水分を最大圧縮。
「モイスチャーボンバー、全域解放ッ!!」
爆発の奔流が、夜を包み込んだ。
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煙が晴れる。
そこに立っていたのは、もう先ほどの姿ではなかった。
「……なるほど……“協力”か……」 夜がぽつりと呟いた。 「ああ……我にも……かつて……仲間が……いたな……」
彼の瞳が、虚空を見つめる。
——ヴァルド。 かつて、王国の近衛団長だった男。
王女を守り、仲間と笑い合い、剣を振るい…… だが、その命を仲間に捧げ、死に、そして夜と化した。
「……守れなかった……私は……“この手”で……」
ヴァルドの身体が、軋みながら変貌を始める。
黒い炎が皮膚を覆い、鎧が砕け、牙が伸び、目が血走る。
「ぐあああああああああああああああ!!」
地面が歪み、空気が悲鳴を上げる。
完全に理性を失った“夜”の異形が、そこに立っていた。
「……これが……“夜”の……本気か……!」
世界が剣を構え直す。 昇子が目を細める。 大我が唸りながら拳を握る。
「行くぞ、お前たち……ここからが本番だ!」
本当にボディアンスロって便利ですよね。
何か世界よりいつも活躍してる気がするな…