覚醒の翼 ―神使召喚―
第29話です。宜しくお願いします。
活動報告に設定や登場人物のまとめがありますので
良ければどうぞ。
――あの光景が、脳裏から離れない。
目を閉じれば、夢の中で見た“角の男”の腕の中にいた、幼い自分の姿。
優しく見下ろすあの目。温かい抱擁。
それは夢とは思えないほど、肌の奥に残る確かな記憶。
「……俺は、本当に……人間か?」
ベッドの上で目を開ける。
深く吸い込んだ空気が、胸の奥まで刺さるように冷たい。
胸のどこかが疼いている。昨日聞いた“父さん”の話、そしてあの角の男の言葉。
それらが断片を繋げ、心の奥底に閉じ込めていた何かが、静かに揺れ始めていた。
訓練場。鈴菜昇子の水蒸気が弾け、大我の蹴撃が地面をえぐる。
「世界、お前ぼーっとしてんじゃねぇ!」
「すまん……集中する」
言葉では返すが、心はまだ夢の残響に捕らわれていた。
その瞬間。
バチィッ、と空間が歪み、紫の裂け目が生まれる。
異様な気配と共に、三体の“君主クラス”の夜が出現した。
「何だコイツら……!」
昇子の水爆発、大我の脚撃、世界の結界――すべてをものともせず、敵のオーラが空間を制圧する。
世界の展開した《光紋結界》が、ねじり潰されるように割れた。
「クソッ……っ!」
手が震える。追い詰められたその刹那――
(……お前には、まだ力がある)
脳裏に、ルシファーの声。
そして、玄道のあの言葉。
(それでも、私はお前の父親として育てた)
二つの想いが交錯し、世界の身体の奥から、何かが爆ぜた。
ドンッ、と心臓が脈打つ。
眩い光が背中から弾ける。
右に白の天使の羽。
左に黒き堕天の羽。
腕は片方が純白、もう片方が漆黒に染まり、空間が共鳴し始める。
「なっ……!?」
紫の裂け目から現れた夜たちが、一瞬、後ずさった。
天空に、神紋が現れ、そこから降り注ぐ光柱の中に立つ者――
「……汝は、メイソンか?」
その名を口にしたのは、銀白の鎧をまとい、背中に六枚の翼を広げた戦天使。
名を――《アズラエル》。
「お前は……」
「主の御子よ。いま契約が結ばれた。“神使召喚”により、我は応じた。かつて我が主、ルシファー様が遺した希望……」
世界が言葉を失って立ち尽くす中、アズラエルはゆっくりと炎の剣を構えた。
「その身を守ることが、我の使命」
一閃。
剣が振るわれ、夜たちは塵と化し、紫の裂け目は光に呑まれて閉じられた。
剣を収めたアズラエルが、ゆっくりと世界の前に降り立つ。
「その身に“ふたつの愛”が宿ったのを感じて、私は降りてきた。
かつての主の願い――ようやく、叶えられるかもしれない」
世界は、その光に包まれた存在を前に困惑を隠せず、問う。
「……お前は誰だ? さっきの“光”は……? 俺は……何が起こってるんだ……!」
アズラエルは静かに頷き、語り始める。
「お前には“ふたつの血”が流れている。
天使と悪魔――どちらでもある存在。
だが今、お前をここに導いたのは、“無償の愛”だ」
「……無償の、愛?」
アズラエルは剣を地に突き、真っ直ぐに言う。
「これは“神使召喚”。
選ばれし者が、天使と契約し、神界の使徒をこの地に呼び降ろす術。
条件はただ一つ――“無償の愛を受け取る”こと。
お前には、ふたりの“父”がいた。
一人は血を分けた者として、もう一人は命を懸けて育てた者として。
彼らの愛が揃った時、封印は解け、力はお前の中に宿った」
世界は瞳を揺らし、言葉を詰まらせる。
「俺なんかが……天使と契約……? 意味が……分からないことばかりだ……」
アズラエルは、そんな世界の目をまっすぐに見据え、ゆっくりと手を差し出す。
「お前にはまだ“すべて”を知る時間がある。
だが今は、歩め。力を持て。私はお前の剣となろう」
世界は躊躇しながらも、その手を取った。
すると再び、背に広がる光と闇の翼が輝き、空間に神紋が広がる。
「……契約、成立だ」
アズラエルの姿が神紋の光に包まれ、再び神界へと還る。
世界はその場に立ち尽くし、そっと拳を握りしめた。
(……俺は、天使でも悪魔でも、人間でもある……)
それが、何を意味するのか。
正解はまだ分からない。だが――
(でも、俺を信じてくれる人がいる。守ってくれた人がいる。
……なら、この力を――)
後方から昇子と大我が駆け寄る。
「おい、世界!大丈夫か!?」
世界はふっと微笑み、立ち上がった。
> 「……まだ戸惑ってる。けど、それでも――歩いてみるよ。
俺が、誰なのかを知るために」
揺るぎない覚悟が、その瞳に灯る。
神の血と悪魔の影を背負いながら、少年はその一歩を、踏み出す。
世界が自分と向き合う話が長くなっていますが、この話は元々こういう話にしたかったので、すいません。




