突然の訪問者
書き溜めがなくて、1週間に一度が精一杯…。頑張ります!
ぐっと伸びをして気持ちを切り替える。窓からは朝日がこれでもかと降り注ぎリランに起床を急かしているようだった。
「よし、今日も頑張るぞ!」
三日目の朝。学校の先生用の宿舎に部屋を借りているリランは割と遅い時間に目を覚ます。身支度を整え、朝食を食べる。
(朝は抜くと元気でないからね)
トーストにいちごジャムを塗りつつ、リランは魔法でミルクを引き寄せコップに注ぐ。ここまで自然に注ぐのに結構練習が必要だった。
(今日は平和でありますように)
なかなか難しそうな願い…でもまだ始めたばかりだ!
意気込み十分にドアを開け外に出る。
「にゃぁん」
黒猫と目が合った。そそくさとその黒猫は目の前を通り過ぎる。
「ははっ…可愛い猫ちゃんだなぁ」
黒猫に目の前を通り過ぎられると不吉だとかなんとかいう迷信があったような気がするが、迷信は迷信。気にしない…それに可愛いからね、猫…
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ガラッと音を立て教室の扉を開く。
「おはようございます」
「おはよう」「おはようございます」
ちらほら挨拶が帰ってきた。
やはり昨日の自己紹介タイムが良かったのか。これは幸先いいな。
「おう!ずいぶんと若いな、レナルドの先生は」
なぜだか一人だけ明らかに場違いな人がいる。
一旦反射で扉を閉める。
そしてゆっくりと扉を開けてみる。
教室の真ん中くらいに人たがりが出来ている。主に集まっているのは男子生徒だ。
そしてその中心にいるのは、銀髪をオールバックにした、少し鋭めの赤い瞳を持つ美丈夫だ。
(な、なんで…)
「あっ!先生、これ父さんです」
初日よりもだいぶ軟化した態度でレナルド君が声をかけてきた。
「レナルドをよろしくな!先生」
「はは…」
乾いた笑いを漏らしつつ頷く。
なんでここに居るんだろうか、この人は。
フィナーズ・フォン・ガルフファウン。この国の近衛騎士団長にて、ガルフファウン家現当主。多忙を極めているはずで、こんな気軽に息子と共に学園まで来ることなどそうそうない。師匠‐ジェシカにだって報告はしてなさそう。
近衛騎士団長ともなると顔パスなのだろうか。そうでなければ学園のセキュリティに不安を感じてしまう。
「何の御用でしょうか?」
「ん?ああ、レナルドが今日模擬試合をするっていうから見に来たんだよ」
「…なるほど」
少しばかり忘れていたがそういえばそうだった。それでこの人はわざわざやってきたのか。暇なのかと問いたい。きっと試合の二文字に反応しただけだろう。
「はあっ…」
試合に乱入されるシチュエーションがいとも簡単に想像できてしまう。
「あれ?お前…リランじゃねぇか!」
「…!!」
びっくりした。突然大声を出さないで欲しい。
思わず非難に目を向けるが、フィナーズは目を見開いてこちらを凝視している。
「なんでお前…」
「うわぁ〜!!お久しぶりですね!!」
(あ、危ない!)
よく考えれば今の私はリリラン・ヴァーメインとしてここにいるのだ。下手なことを言われたら敵わない。というか髪の色を変えてるし、十年前だというのにバレるだなんて。学園の先生方には何人か師匠が訳を話しているらしいが、この人には話はいってなかったんだろう。私の出自を知っている人は極稀で、学園時代も髪色はミルクティー色にしていたし…。
他の先生方は親戚だと言われて納得したらしいのに…。
何だろ…野生の勘と言うやつか。
「なんだよ、いきなり。そんな大きな声出すなって」
ぐっと思わず握り拳を作ってしまう。落ち着け、自分。
「いえ、なんでも。そういえば模擬試合を見に来たんでしたね」
「おっ、そうだ。いや、大陸級って聞いたもんでなぁ」
この人は剣で魔法をぶった切るという人間離れしたことが出来る。魔導師に有利なのは長距離戦。騎士に有利なのは接近戦。だがしかしこの人に向かって魔法を放っても長距離戦なら魔法をぶった切られ、接近戦なら放つ前に斬られる。
本当にめんどくさい相手だと思う。
「それでなぁ、俺も一度手合わせしようかと思ってついてきたんだ」
「でしょうね」
思わず口からこぼれる。
「先生と父さんは知り合いなのか」
「よし!じゃあ今からやりましょ!模擬戦!」
「よし来た!」
フィナーズは意気揚々と教室から出ていく。
「レナルド君、お父さんを第二訓練場まで案内してくれる?」
「分かった!先生、俺とも試合してくれるよな?」
「分かってるわ、約束だものね」
「やった」
フィナーズと比べたら可愛いもんだと、教室を走って出ていったレナルドを見て思った。みんなもレナルドの後を追っていく。女子はお淑やかに、それでいて速く。男子たちはみんな駆けていった。
「お前剣術苦手なんだろ?」
かけられた声に後ろを向くとヴェルリアが机に足を組んで座っていた。
膝に手をつき頬杖をしているのが妙に様になっている。
私が同じポーズをしてもこうはならないだろう。顔は似てるはずなのに…。
「心配ですか?」
私がそう訊くとヴェルリアは小馬鹿にするように鼻で笑った。
「流石に3日で辞めるのは可哀想だからな」
「…」
私はまじまじとヴェルリアの顔を見つめる。あまりにも不躾過ぎたのか、ヴェルリアが眉根を寄せる。
「何だ…」
「心配してるんですね!」
だってさっき否定はしなかった。
「は?」
呆けてる姿もまたかわいいだなんて思いつつ、気合いを入れる。
そうだ。この試合は見せ場なのだ。
「何を言って…」
「ヴェル様〜!!」
ヴェルリアの声に被せるようにして甲高い女の子の声が聞こえた。
「げっ…」
ヴェルリアがあからさまに嫌そうな顔をする。
きっと、レティノーラ・フォン・ヴァナペスちゃんの声だろう。何やらヴェルリアにべっとりらしいと聞いている。女の子を邪険にするのはあまりよろしくないかな。きっと後が怖い。
「まあ、いい」
気を取り直したのか、すっと机からヴェルリアが降りる。
「ま、頑張りなよ…せんせ」
そう言って教室を去っていった。最後扉をくぐる時、こちらを鋭く射抜いていたような気がした。