事の顛末
「ああ、そういえばもうすぐ誕生日だね…ごめんね、一緒にいられなくて…でも、パパもママもあなたのことを愛してるわ」
目の前の防御魔法陣の中にいる息子を見る。自分と同じ黒い髪に、夫と同じ紫色の瞳。もうすぐで4歳になる。愛しい愛しい私たちの子。この子を守るためなら私は命を賭けれる。
「血統魔術…破滅の創造!!」
強い決意を持った瞳が黄金に染まる。その瞬間眩い光が満ち母子に迫る危険は去った。だが母親はその代償に多くの生命力を使い力尽きようとしていた。
「うそ…まだ、死ねない…!」
この子のためにも私はやらなければならないことがある。
母親は覚悟を決めた。母親の周りに幾重もの魔法陣が現れる。そして大きな水晶が母親を包みこんだ。
「いつ目覚められるかは分からないけど…絶対にまた、会えるから」
届くはずもないが母親はわが子に向かってそう言いかけ、笑った。そして意識は暗転した。
「…。あれ?」
目覚めると氷?水晶?の中にいた。しばらく思考を放棄してようやく事態に気がつく。
「そうか、自分で」
私は意識を集中させ通り道を作った。
「うーん!なんかあっという間だったけど久しぶりって感じ」
頭がスッキリとし、身体も軽い。
「よし…!」
会いに行こう。愛しい家族に。きっとそこまで年数はたっていないはず。
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コンコンと目の前のドアをノックする。きっとこの家なら師匠がいるはず。
「すみませーん…うわっ!!」
バタッと音を立てていきなりドアが開いた。
「あ、あんた」
「師匠!お久しぶりです!!」
ぎゅっと師匠に抱きつく。感動の再会。力を込めて精一杯喜びを伝える。
「ちょっと待ちな!!あんたいつから…」
「その前に家入ろ、せんせ」
師匠――ジェシカは渋りながらも家に入った。ちなみにジェシカの家は街の外れの割とのどかな所にある。 椅子に座り窓の外を眺める。相変わらず人がいなくて静かな場所だ。
「リラン、あんた目が覚めたんだね」
一息ついたらしくジェシカがそう言った。
「うん、ごめんね、心配かけて…」
なんだかやっと戻ってきたという感じがする。でも…
「どうしたんだい…?」
心配そうな瞳でジェシカがこちらを見つめる。私はわずかに青く光る瞳で見つめ返す。
ずっとここに来るまで魔力を張っていた。もちろん敵がいる時に備えたのもある。だけど一番は愛しい人たちの気配を探るため。
「二人に会いたくて…」
ぽろぽろと涙が零れ落ちてくる。私にはあっという間の時間だったけれど、実際に過ぎた時間はそうではない。
「生きているって言いたいし、会いたいって思うんです」
「そうだね…」
ジェシカが優しく私の背中を撫でる。
「私みたいに寂しい思いをしないようにって思ってたのに…」
「大丈夫、これから巻き返せば良い。それに私がいたんだ…少しは力になれてるだろうよ、リラン、お前の時もそうだっただろ?」
そうだ。両親を幼くして亡くした私に愛をたくさん注いでくれた人。いつの間にか私はたくさんの守りたい人が出来ていた。
「ヴェルリアは学園の寮に通っているよ」
「もう、そんな年なのかぁ…」
「そうさね。あんたとジェディのいいとこ取りしたような子だよ。まあ、少し性格はジェディの悪いとこを継いでるけども…」
どんな子でも、私たちの子供なら可愛いに決まってる。それにジェディの悪いとこ…小さい頃の話かな。初めて会った頃のジェディ――ジェディズヴェル。私の夫は他人を顧みない人だった。それでも今は大切な人。
「ジェディは今世界中を飛び回ってるよ」
「…いつから?」
「…あんたが眠りについてからだよ」
少し言いづらそうにジェシカが言う。
「…!ヴェルの面倒は全部師匠が…?」
コクリと頷くジェシカ。
「あの子も辛かったんだろうよ。あんたを死なせないためにって…魔族の砦を潰して回ってる。でもヴェルの様子も見に来ていたよ」
二人にとても申し訳ない。今すぐ無事だよって伝えたい。
「師匠二人に会いたいんです」
「それは、難しいだろうね」
「え?どうして…」
困惑を表情に出し問いかける。
「長年、ヴェルリアのことを見ていたが一度も魔族が現れることは無かった…なぜだか分かるかい?」
眠りにつく前のことを思い出す。魔族らは執拗に私たちを追っていた。その理由は私の血筋にある。魔族ははるかに人間よりも強いとされているが、その魔族に対抗し得る三つの血筋。そのうちの一つ――フリージア家。我が家の血を絶やそうとする魔族とフリージア家は長年争い合っていた。そしてその直系は私、リラナリアとヴェルリアだけ。
なのに何故…?
「あんたがいなかったからだよ。魔族はリランのいないヴェルリアは脅威にならないと踏んだんだ。あいつらは傲慢だからね。けど、今でも見張られているだろう。今は子供だから手を出されていない…けど、リランが生きていると知れたらどんな行動に出られるか…」
「そんな…」
頭では理解したけど…納得出来ない。何とかならないのか。じっと私の反応をうかがったジェシカ。
「ヴェルリアはあんたとの記憶がほとんどない」
「え?」
どういうこと?確かに私は写真が苦手だから、残ってるとしたら絵姿ぐらいだろう。単純に幼かったから?どちらにしろやっぱり悲しい。
「多分、相当なショックだったんだろうね。私たちが助けに行った時は放心状態で何の反応も無かった。今でもリランが死んだと思ってる」
「 !!」
「誰も悪くなんかないよ…悪いのはみんな魔族さ」
それでも涙は溢れてくる。何かしてあげたいのに、もどかしい。しっかりしなくてはと涙をぬぐう。
「教師をやってみないか?」
「……え…?」
「教師をやってみないか?」
聞き間違いではない。でもなんで教師?
「あんたは髪色を変えられるだろう。それにヴェルリアには記憶がない。学園で近くにいれば守ってやることも出来るだろう」
「確かに…」
よく考えてみればみるほど良い案のように思える。もともとじっとしているのは性に合わない。愛しいヴェルリアのためにもやれることをやりたい。
「やってみる…教師」
私は決意を込めて師匠を見る。師匠は大きく頷いた。