Hell’s Kitchen(56) 若しくは Heil’s Kitchen(57)著者解題
──突如として背後からクラクションが鳴らされた。運転座席の窓を開けて罵声を浴びせる男は少し加速すると歩道に乗り上げた。俺の前を遮る形で執拗に蛇行を繰り返す。今でも真っ白なベンツを見ると嫌悪感が込み上がってくる。憤った金持ちの男は確かにみっともなかったが、俺が抱く感情は貧乏人の惨めな嫉妬では無いと信じたい。
「大変申し訳無いのですが、お子様の現状ではこちらの教室で最適なレッスンをご提供する事が出来ません。先ずはご家庭で自己学習頂いた後、入会試験を軽くパス出来ると判断された際に、再度ご連絡下さいね」
手慣れたものだ。お互いに(1)。表情筋を駆使し眉間にシワを寄せつつ俺を見下す様に目を伏せる女性。心做しか母親に対しては嘲る様に慰めの言葉(2)を送っている。淡色コーデの影響だろうか。ボイストレーナーの顔は首の色よりも真っ青に日焼けしている(3)気がした。
俺は与えられた絶望をソシュール(4)の背中に括り付けて肌黒い野蛮人(5)と共にバンジー・ジャンプ(6)をさせる。そして、サムズアップしてきた斜視のノーベル賞辞退者(7)にレヴィ=ストロース(8)の爺さんの介護を押し付けて痴話喧嘩(9)をしている様子を眺めるのだ。適度にシャッターを切る。切り抜いたモノをフィルムに纏めてイッツメディア(10)。レッドピル(11)の出来上がり。こうして赤い成分を接種しなければ我々ブルーブラッド(12)は生きられない。
「音痴って遺伝するんだって。お母さんね、さっき先生から言われたの」
今朝、訪れた音楽教室はシャンデリアやミラーボールが吊るされている訳でも無いのにキラキラと輝いていた。受講生達の練習風景は立派な金の装飾が施された額縁に飾られている絵画の様で、見慣れない音楽記号のジェルシールが貼られた窓は大聖堂のステンドグラスに思えた。だが、よく見てみると絵画は十二世紀の宗教画(13)であった。悪魔の血で染め上げたキャソック(14)を着た枢機卿は祭壇の上で胡座を掻きながら(15)サブスクリプション型の免罪符(16)を売っている。ダンテは八日目に地獄で力尽き(17)、ジョット(18)はロベルト一世(19)と出会う前に黒死病で死に絶えたのだろう。それともハイブリッドカーに轢き殺されたのか。目の前で徐行している真っ白な高級車にさえ苛立ちを感じ出した。そんなスピードでは陸海空の支配(20)なんて無理に決まっている。此処におわすは内助の功で買った十万両の馬(21)であるぞ。頭が高い。控えおろう。
「ごめんね、お母さんがこんなんだから」
バックミラー越しに謝る母親。酷く傷付いた表情であった。震えた声のトーンは分からない(22)。俺には判断する能力が無いのだから。確かに今日は珍しく願い事を言った自覚はある。意気揚々と家を出て、母親が運転する青色の国産車(23)に揺られた。辿り着いた先で先天性音楽機能不全と暴露され恥を掻いた。先天的の障害だ。俺も母親も脳に異常がある。音楽訓練を積んでも意味が無い。反復練習によって音程の違いを少しずつ認識出来る様になるのは健常者の特権だ。音楽処理能力を司る脳機能が正常な場合のみ努力と友情で勝利を掴み取る未来が開かれている。
「大丈夫だよ。アイドルに最も必要な要素は、歌じゃないから」
思わず目を逸らす。分かっている。欺瞞だ。限度が有る。それでも縋り付くしかあるまい。例えどれ程、マルクスから総括を受けたとしても人はアヘンを信仰せずにはいられないのだ(24)。
「アイドルに一番必要な才能は―――強い意志を持っていること。勇気を持って、夢へと踏み出す才能(25)。だから、俺は諦めないよ。諦めて堪るか。なんだってやってやるよ。そして、トップアイドルになる」
貧乏揺すりで跳ね上がる右膝を両手で抑えながら矢継早に話す(26)。先日テレビで観たアイドル養成学校、虹色学園。ホームページに載っていた言葉だ。えへんと咳払いをすると、鉛筆でさっさと描かれた首無しキルケゴール(27)が耳元で叫ぶ。リープ・オブ・フェイス(28)。リープ・オブ・フェイス。シートベルトをキツく締め過ぎたのか腹が痛くなった(29)。
続いて向かった先はダンス教室であった。一見すると古びたアパートでとてもじゃないが十年も続くスクールだとは思えなかった(30)。地下にある狭い駐車場に停めて傾斜が強い螺旋階段を登って行く。出迎えてくれた若い女性はオレンジ色のTシャツを着ていた。胸元に印刷されていたのは太い線で力強く描かれた棒人間。とても可愛らしいポップ・アート(31)だ。僅かに漂う汗の匂いが心地良かった。
「体験レッスン代二千五百円を頂戴致します。それと全クラス受け放題コースのお申し込みですね。本日ご入会して頂けるとの事ですので、特典として入会金一万一千円と事務手数料五百五十円、初月会費は半額とさせて頂きます」
十八平米の密室空間。天井から吊り下げられた黒い鉄棒に一定間隔で白熱灯が生えている。五枚の大きな鏡が様々な角度から息切れた俺の醜態を映していた。自然と上がった口角が不均等な顔を更に歪めている。一周回ってアシンメトリーな美しさ(32)を覚えた。汗ばんだ素肌がプラスチック繊維に溶け出していく快感に身を委ねる。ふと視線を下ろす。紫色のヨガマットに付着した雫は一見すると止まっているが僅かに重力に対して逆らい続けていた(33)。シャワールームへと案内される。振り向きざまに捉えたロールカーテン。その向こう側には茜色の空が広がっていた(34)。
「今日は折角の休日なのに色々と連れて行ってくれてありがとう」
返って来たのは曖昧な相槌であった。信号機の色が黄色のまま横断歩道を切り裂く様に加速する。ルームミラーに映るのは闇に包まれる街並みを眺める母親の横顔。浮かない表情でネオンサインを読み上げている。ハンドルを握る指先は微かに震えていた。母親が息を吸い毒を吐く。急発進したエンジン音が静かな車内に響いた。家までの一本道(35)。周囲の車からクラクションが鳴らされた。対向車線に躍り出て大きくUターンを決める(36)。理由が分からぬまま帰宅方向とは真逆に連れて行かれている。時速八十キロメートルで回転寿司屋(37)の立体駐車場に突入した。何本かの白線(38)を越える度に速度が落ちてゆく。バックブザーが金切り声で叫びだした。エレベーターに近い空きスペースに停めるらしい。ハンドルを右手で操作する母親が振り返った。そして、熱を帯びた左手で俺の顎を掴む。シートベルトに抑え付けられた俺は抵抗を許されぬまま一方的に覗き込まれた。炭(39)から炭へと灼熱の嫉妬(40)が燃え移る。炙りサーモンは割引フェア対象だろうか。
「たまには寿司も悪くないでしょ」
山吹色の塗装が所々剥げ落ちた鉄製アーチを視界の端に捉えつつ駐車場を出る。白線から飛び出た自転車の後輪にぶつからない様に身体を捻って小走りで階段を駆け上る。茶色く薄汚れた壁。吸い殻を押し付けられた跡にも見える(41)。自動ドアをくぐると強烈な光に襲われた。外との明るさの差異が激し過ぎる。何度も瞬きを繰り返す事で目を刺す様な痛みに慣れた。レジの前に可愛らしいロボットが佇んでいる。誰にでも平等に愛想を振る様にプログラムされた完璧な子供(42)だ。明朗快活な問い掛けと自信満々な応答。羨ましい。九十九匹の本質が形成された迷わぬ子羊(43)。野原に取り残されても構わないから俺のパーツを交換して欲しい(44)。
「うん、そうだね」
母親が手にする紙に印刷された番号は五十二(45)。そう言えば、此処に来るまでに登った階段は十三段(46)で構成されていた気がする。てっさを食べるのは止しておこう。母親に手を引かれて客席へと移動する。少し低い天井から圧迫感(47)を覚えると同時に覆い被さられる安心感(48)に包み込まれた。繋がれた俺の右手は少しだけ湿っていた。
「うん、美味しかったよ。ありがとう」
回転寿司屋からの帰り道。母親は普段から俺に甘いが、特に今日は異常に優しかった。値段を気にせず鰻ばかり注文してみたが慈愛に満ちた笑みを浮かべるだけであったので、本当に遠慮無く沢山食べた。いくらの皮を犬歯で突き破り、第二小臼歯で擦り潰した時、レーンの上で回転を続ける炙りサーモンは聖火の祝福を受けていた。
「月、ダンス頑張ってね。お母さんちゃんと応援するから」
母親の顔を下から上へと照らし出す対向車の中にはタクシーの姿もあった。助手席に座る乗客が着ていた山吹色(49)のニットがたちまちマンハッタン(50)への片道切符と化す。運転手の肉体を透き通り接近するカメラフレーム。楕円軌道(51)を丁寧になぞる映像記憶。いや、違う。何も違わない。エアコンフィルターから放たれる独特の臭いのせいだ。吐き気を催す。思わず窓を開けた。大丈夫、母親は誰も殺さない(52)。それに俺は母親とは違って後部座席に座る事が許されている身(53)だ。発表会の費用を含め、年間二十五万円。コツコツ積み重ねれば十二歳となった母親(54)との再会をもう少しだけ先延ばしに出来るだろう。焦燥と嫉妬は鎮火していた。明日の朝食はジャムと砂糖を掛けた食パンを一緒に食べよう(55)。
1:女は拒絶する事に、主人公は拒絶される事に慣れている。
2:ウーマンエキサイトが二千十八年に実施したアンケート「男の子、女の子どちらが欲しい?」と云う質問では「男の子」と答えた人が十六パーセントであるのに対し、「女の子」と答えた人は五十三パーセントであった。男の子はヤンチャであり、行動原理は理解不可能である為、振り回されてしまう。そして、服選びに楽しみが無く、そもそも華が無い。との事であるそうだ。尚、犯罪者の男女比率は男性が七十八・五パーセントであり、引きこもりの男女比率は男性が七十六・四パーセントである。
3:首より上は血が通っていない。
4:フェルディナン・ド・ソシュール。スイスの言語学者。近代言語学の父。構造主義思想に多大なる影響を与えた。
5:人種差別的意図は一切含まれておりません。意図的な露悪的表現であります。
6:カニバリズムの風習があるバヌアツ共和国発祥の文化。要は、構造主義に逃げたくない主人公の意志を描写している。
7:ジャン=ポール・シャルル・エマール・サルトル。フランスの哲学者。実存主義者。
8:クロード・レヴィ=ストロース。フランスの民族学者。構造主義の祖。
9:千九百六十二年発行『野生の思考』にてレヴィ=ストロースがサルトルの実存主義を批判。要は、主人公の脳内では、実存主義的思考(自由意志によって選択する事)と構造主義的思考(社会構造に支配されている為、意志による選択は欺瞞である故に、現状の悲劇は致し方無いと納得する)がせめぎ合っている様子を表している。
10:風刺画。刃物を手にした男性と逃げる男性が居る。そして、その様子を撮影したカメラには全くの逆の光景が映し出されていると云うもの。要は、構造主義と云う欺瞞を受け入れる事。
11:前話注釈24を参照。
12:第一話注釈13を参照。
13:平面的で実写性が低く、描く主題によって様式が決まっていた。要は、主人公は音楽教室に対する価値を何とかして陥れようとし、自分を守っている様子を示唆している。
14:聖職者の祭服。枢機卿は赤色のものを着用する。
15:フランスの詩人エリファス・レヴィ(本名はアルフォンス・ルイ・コンスタン)の著作『Dogme et Rituel de la Haute Magie(高等魔術の教理と儀式)』において描いたBaphometは胡座を掻いている。尚、バフォメットは魔女と結び付きが深く、フェミニズムにも関わっている説がある。要は、魔女狩りをする側である枢機卿がバフォメットと同じ姿勢をしていると揶揄しているのである。
16:正しい表現は贖宥状であるが分かり易さを優先した。
17:イタリア都市国家フィレンツェの詩人、ダンテ・アリギエーリ。実際の『神曲』で描かれている地獄の旅は九日である。つまり、イタリアのルネサンスの先駆者が居ない事を指し、即ち、宗教革命は発生する事無く、注釈13から16までの光景を打破出来ないと言っている。要は、主人公は音楽教室には通う事が出来ないと痛感している。
18:イタリア人画家兼建築家、ジョット・ディ・ボンドーネ。ダンテから『神曲』の第二部・煉獄篇十一章九十四節から九十六節で絶賛されている。ダンテと同じくイタリアのルネサンスの先駆者。意味合いは同じ。
19:Roberto il Saggio(ナポリ王ロベルト賢明王)。ジョットを第一宮廷画家に任命した人物。
20:メルセデス・ベンツのエンブレムであるスリーポインテッド・スターに込められた意味。陸・海・空の全てのモビリティの先駆者に成ると云うビジョンから誕生している。
21:三菱マークの事。創業者である岩崎家の家紋「三階菱」と主家である土佐山内家の家紋「三ツ柏」に由来する。内助の功は初代土佐藩藩主、山内一豊の妻である見性院(千代・まつ)が夫の為に馬を買う為の大金を差し出し、出世を助けたと云う逸話。転じて、家庭に置いて、夫の外部での働きを支える妻の功績を指す。尚、自動車では無く、敢えて馬と云う表現を取っている理由として、ドイツの画家フランツ・モーリツ・ヴィルヘルム・マルクの『青い馬Ⅰ』を示唆したいからである。
22:声のトーンには音程以外の要素も充分に含まれているが、分からないと断じている。よって、主人公は音痴であると言われた事を相当に引き摺っており、自虐的な表現をする事によって自分を保っている様子が伺える。
23:先述したマルクの『青い馬Ⅰ』を示唆している。
24:ドイツの哲学者カール・マルクスが『ヘーゲル法哲学批判』序章で「Die Religion ist der Seufzer der bedrangten Kreatur, das Gemuth einer herzlosen Welt, wie sie der Geist geistloser Zustande ist. Sie ist das Opium des Volks. (宗教は抑圧されし生き物のため息であり、心無き世界での心であり、魂無き状況での魂である。宗教は大衆のアヘンである)」と述べている。搾取されている労働者が宗教に逃げて階層構造の変革を行う為の社会運動を行わない事に対する批判であり、要は、主人公が現実に向き合って行動する事を忌避している描写である。
25:学園アイドルマスターから引用。
26:自分の理性に対して嘘を吐いている描写。
27:デンマークの哲学者、セーレン・オービュ・キェルケゴール。実存主義の創始者である。
28:leap of faith. キルケゴールの宗教的実存に至る為の信仰の跳躍を指す。尚、単純に信じて飛び込めと云う意味合いで読み取っても良い。その場合は前者も併せて読解する事を推奨する。
29:ストレスに依る腹痛。
30:音楽教室でのネガティブな出来事により、疑いから入っている。
31:キース・ヘリングの作品を意図している。
32:百田尚樹『モンスター』十一章三百十七頁「モナリザの魅力はどこにあると思いますか?」以下略。因みに、能面も左右非対称である。フラワーアレンジメントのトライアンギュラーと生け花の天地人が一番分かり易い。
33:アイドル至上主義社会に対して反抗する主人公が自分を投影している。尚、第二宇宙速度に到達すれば地球の重力を振り切る事が出来る。
34:ロールカーテンの向こう側の風景を見る事は不可能である。つまり、主人公がダンス教室に赴いたかどうかすらも曖昧となっている。全て妄想の世界であるかも知れない。
35:前半部分は『Taxi Driver』マーティン・スコセッシ監督の映画を意識している。一本道に関しては、西洋的な直線時間を示唆している。要は、母親がアイドルに成る事は不可能な年齢であり、その状態が永続する事を表している。
36:母親が自由意思によって注釈35の直線時間を逆行する事を選択したと云う描写である。
37:寿司が回る事と東洋的価値観である円環的時間を掛けている。つまり、回転寿司屋は母親の中で夢が循環し続けている心地良い空間を表している。
38:現実と幻想の境界線。『Harajyuku』エイリーク・スベンソン監督の映画の手法に惹かれたので採用した。原宿と秋葉原の雰囲気と文化の違いやスーサイドガールと原宿ガールの違いを理解していない作品である為、日本人からすると強烈な違和感を覚える惜しい映画であるが、ノルウェー国際映画祭アマンダ賞を受賞している程、ノルウェー国内からの評価は高い。
39:黒色の瞳。
40:注釈35で示した通り、母親はアイドルに成る事は年齢的に不可能であるが、主人公は時間的な余裕は有る。其の為、母親は息子である主人公が持つ若さへ女性的な嫉妬と渇望の感情を向けてしまった訳である。
41:注釈37で示した母親の夢が閉じ込められた空間の外装は年季が入っていて汚いと評している。つまり、母親は何度もこの夢の様な空間に逃げ込んでいる事を示唆している。
42:母親の夢の中に居る理想の息子像。
43:マタイによる福音書十八章十二節から十四節、乃至、ルカによる福音書十五章一節から七節。
44:整形の意志。
45:四(死)掛ける十三(不吉な数字・タロットでは死神)。母親の年齢かも知れない。
46:死刑執行台の階段が十三段である。この状態で河豚を食べると毒に当たるかも知れない。
47:母性的支配欲。
48:母との一体感。いくらと炙りサーモン。寺山修司。エヴァンゲリオン。以下略。
49:注釈35で示した『Taxi Driver』で主人公トラヴィス・ビックルが運転しているタクシーの色。
50:上記映画の舞台と成っている街。
51:重力の影響下で物体が描く軌道。要は、母なる地球の束縛から逃れる事が出来ない第一宇宙速度である事を強調している。
52:注釈35で示した『Taxi Driver』の主人公トラヴィス・ビックルは殺人を犯している。
53:逆説的に、運転席に座っている母親を注釈35で示した『Taxi Driver』の主人公トラヴィス・ビックルであると示唆しており、注釈35で示した様に主人公は未だ時間が有る為、母親の側には行っていないと自覚している。要は、主人公は若い。
54:注釈35で示した『Taxi Driver』に登場する少女娼婦アイリスの年齢は十二歳に設定されている。
55:注釈35で示した『Taxi Driver』の脚本を書いたポール・シュレイダーが知り合いの十五歳の娼婦から教わったパンの食べ方。
56:注釈35で示した『Taxi Driver』の舞台となったニューヨーク市マンハッタンの西側の地区。
57:Heilはドイツ語で万歳と云う意味。『Taxi Driver』に対するリスペクトの意を表している。
先に断っておきますが、幾らカニバリズムの風習があったからと言って筆者が抱くバヌアツ共和国に対する印象は大航海時代の欧州人からアップデートされています。謝罪をするのであれば、実存主義と構造主義、ハンス・ベルメールとフランツ・マルクの狭間に漂うポストモダン的な人間である事でしょうか。カーテン越しに夕焼け雲を幻視するよりも遥かに読み辛い文章で申し訳無いです。家までの一本道は時間軸。Uターンして過去に向かう。そして、東洋的な回転し続ける時間軸に囚われてしまう。アイドルに成れる未来が無い母親は52歳なのかも知れませんね。主人公に嫉妬してしまっても致し方無いのかも知れません。これだから最近の若者は……と。




