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前編

  *


 マレック・ベルカ侯爵令息は人当たりも良く教養も豊かで、兎角人間関係に衝突や軋轢を生じさせない、優れたコミュニケーション能力をお持ちの方です。

 友人たちにも恵まれ、義務と責任を果たすことを旨とする少々堅物な父親と、腕のいい芸術家や職人の発掘と後援に精を出し、社交界一の情報通と謳われる母を持つ、押しも押されぬ完璧超人であらせられます。


 マレック様はそんなハイスペックなステータス持ちなものですから、当然のごとく妙齢の女性方に大変な人気がございます。

 普段のモテっぷりがどれくらいかと申しますと、例えば私たちも参加している今日の王城での夜会、マレック様が現れると、いつもどこでもすぐに周囲は人だかりになってしまいます。


 とはいえ周囲を女性に囲まれるかと言えば意外とそうでもないのです。マレック様、女性にモテるのも確かなのですが、それと同じくらい男性にもモテます。

 その男性の取り巻きの方々、彼らを突破して時たまお近づきに成りたそうな令嬢方がマレック様に声を掛けようといたします。

 しかし男連中は彼女たちのマレック様への視線を遮り、口にパッサパサのマフィンやジャーマンポテトを突っ込み、尚突撃する令嬢が現れればダンスに誘って引き剝がしてしまいます。


 凡そあらゆる手段を講じて蹴散らして周囲を固め、男の友情を温めつつ歓談して、その手のお話が好きなご婦人方の、ネットリ纏わりつくような視線を集めておられます。

 ちなみにお近づきになろうと周囲を徘徊する群狼が如き令嬢方からは、取り巻き友人たちは『ベルカの森』と呼ばれ忌み嫌われておいでです。


  *


 ああどうも、ご挨拶が遅れましたがわたくしの名前はミハリーナ・クレンツ子爵令嬢と申しまして、ベルカ侯爵家が寄子の一つ、クレンツ子爵家が誇るギリギリ次女と揶揄される、ただのマレック様の手下の一人です。

 マレック様と年代の近いわたくしたちはキラッキラのマレック様の虎の威を借りてパーティー会場を闊歩しているのですが、学友中心の『ベルカの森』連中や、令嬢の皮を被った猛獣さんたちとはまた距離を置いた一団です。


 どちらかというと、わたくしたちは貴公子然としたマレック様というのには違和感を感じてしまうのです。

 マレック様とは子供時代から野山を共に駆け巡った遊び仲間であり、大小様々な悪戯を大人たちに仕掛けては、そのたびこっぴどく叱られて何度もベルカ侯爵の王都屋敷の地下牢にお泊りした仲です。

 ぽっと出のご学友や、欲に眼が眩んで視野狭窄に陥っている野獣どもとは年季も信用度も違います。



「やあ、リーナ、今日もがっついてるなぁ。色々諦めてるからって女捨てるのもいい加減にしとけよ」

「おやこれはマレック様の弟君、今日も不躾ですね…………ちょっと太りました?」

「お前いい加減名前で呼べよ。どっちが不躾だっつーの。あと太ってない!筋肉付いただけだ」

「襟の上にはみ出したお肉乗ってますし……でもまあ男はそれくらいがいいのかもしれませんね、強そうですし。それにベルカ侯爵家の後ろ盾があれば、本人の魅力のあるなしなんて、そこまで問題にならないですよきっと……」

「さすがあの兄さまに口から生まれてきたなんてこと言わせるだけあるな。マジでお前の毒舌って人の心折りに来るし……なあ、なんでお前不敬罪で捕まらないの?」

「時と場所と言う人を選んでるからですかね」

 弟君は悔しそうな呆れた様な顔で私を睨みます。おおこわいこわい。


 わたくし自分が落第貴族だのギリギリ次女と呼ばれている事は十分承知しております。

 仕方ないのです。マレック様と遊んでいましたら、いつの間に悪童集団の幹部扱いです。

 人に勝てるのなんて、この良く回る舌と人の気にしている所を的確に探し出して抉る位しか出来ません。それ以外はお姉さまに励まされる程度には、ギリギリ落第していない所にはいます。

 それに貴族としての教養は習いましたし、上級貴族様方の前に出て話すようなはしたない真似はいたしません。

 むしろ上位の方から声を掛けられようが、一言も話さない自信すらございます。お姉さまからは『黙って立っていればギリギリ何とかなる』とお墨付きは頂いていますので。


「それでなにか御用ですか?」

 牛すね肉のワイン煮とはさすがベルカ侯爵様と心の中で称賛しつつ、弟君に問いかけますと、弟君はニヤッと笑いながら左の袖をすっと目の前にかざし、黒のブレスレッドを示されます。

「『ベルカ無槍騎士団』、今夜招集だ」


  *


 凡そ十代になった辺りから成人する十五歳くらいまで、そのうち夢見がちな子弟ならば二十歳前まで、選ばれし子供たちが罹患する厄介な病気がございます。


 病にかかりますと、世の中の事を知ったかぶりして語ったり、些細なものから隠された『意味』を発見したり、自分たちの『特別な使命』を聖職者の眠い説教の中に見出したりいたいます。

 陰に日向に世の悪を討ち滅ぼさんと眠り続ける潜在能力を引き出す努力を重ね、もしくは世間に隠れ真の目的を果たすべく暗躍する組織をつくる――――

 そういった天文学的な確率で現実化するものを、作ってみたくなるお年頃というものがございます。


 何を隠そう、今をときめくマレック様は、十歳の頃に『天から降って来た』メッセージを受け取り、従兄弟連中と王都の悪ガキからなる『ベルカ無鎗騎士団』を結成しました。

 活動の目的は大人になると見えなくなる悪霊や町を彷徨う亡霊や妖怪を討ち、人知れず領民の平和を守るというもの。

 結成時に出来た『秘匿結束』『悪鬼封殺』『徒手空拳』という三つの掟は全員が固く守り、今では団員が勝手に増やした掟が増えに増えて五十に届きそうな勢いです。 

 しかも第一から第三の旅団ごとにローカルな掟まで存在し、もはやマレック様すら把握していないのではないかと思います。


 パーティーもあとは大人に任せて会場を後にし、急ぎ屋敷に帰るといかにも『田舎から出てきたばっかりの野暮ったい平民』の様な格好に着替えて再び外に出ます。家人の目を掻い潜るなんてわたくしには朝飯前でございます。

 しかし本日、お姉さまはお父様とお母様に結婚相手を見つけるべく強制的にパーティー残留となって不参加。両親に連行されたパーティーと無鎗騎士団の会合が天秤にかかったら、姉さまどっちも行きたくないに違いないでしょうけれども……


  *


 いつもの集会場は侯爵邸の裏手にある廃修道院。

 『色々出る』噂のあるこの廃修道院は、『廃』が付く前から自殺した修道士が廊下を徘徊するだの、地下の隠し扉の向こうには白骨死体が山になっているだのといった噂の絶えない所でございました。

 その廃修道院の最奥部、『そこを開ければ絶対呪われる』と噂される開かずの扉、そこから地下への階段の先にある結構広い部屋が、無鎗騎士団の駐屯地でございます。

 今日の招集に応じたのは総勢二十名ほど。

 会議用のテーブルに一同が座り、暫くあちこちで雑談を交わしていましたが、開かれた扉からマレック様が入ってくると、全員起立して団長殿へ最敬礼を捧げます。

「楽にしてくれ」

 その言葉に全員着席すると、マレック様の言葉を今や遅しと全員待ち構えます。


「情報が入った。先ほどまでに分析は済ませたが恐らくクロだ。

 任務は二つ。

 一つは東の城門近くの酒場で、最近夜な夜なゴロツキが貧民街の子供を食事で釣り出し、かっぱらいや押し込み強盗の指南をしていると噂されている。恐らく彼らはメメントの森の悪霊が憑いていると思われる。

 二つ目はその連中の別動隊が、夜会帰りの馬車を襲う計画がある事も割れた。襲撃予定場所は南門手前のオチケン商会倉庫、我々は先回りして袋叩きにする!」


 マレック様が話に聞き入る団員をゆっくり見渡します。皆マレック様を信じてともに苦楽を乗り越えてきた仲間です。面構えも違うというもの。

「悪霊どもはいら立っている。我々が奴らの計画を悉く潰しているからだ。だが王都は我ら人類の領域、人に害成す奴等には我らが鉄槌を下す」

 応!と一糸乱れず全員が立ち上がります。

「奴等の狙いは来るべき人魔大戦に向けた人々の勇気を挫く事だ!ゆけい!」

「すべては人類の勝利のために!」

 全員で一週間くらい議論して決めたかっこいい敬礼をびしっと決めて、声高々にスローガンを唱和して散っていきました。


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