第6話 魔法の発動
異空間収納に本をしまう。このスキル、本当に便利すぎる。5歳の僕にとっては1冊の本でも大きい荷物として分類される。それが4冊もあればその場から動けなくなってしまうことだろう。
本も買い終わり、今日という1日を本を読むことに費やそうと決めた僕は、早々にさくら亭に舞い戻った。
認識阻害付のマントで全身を覆っていたおかげか周囲の人たちは僕に全く気付かなかった。ゆっくり自室に戻って、さっそく本を漁り始めた。
まず1冊目は『オリエンスの歴史』だ。なんせ私の家名と同じオリエンス。もしかしたらこの世界において僕自身がどういう立場なのかを理解することができるかもしれない。
うん、どれどれ……めちゃくちゃ気になるぞ。
この世界は大陸1つといくつかの小さな島で構成されている。その名は、オリエンス大陸。1000年以上前に創造神ハルト様によって造られたとされている。そのオリエンスには現在、6つの国と魔族が支配している領域が存在する。
僕がいるこの国はリグーダ王国。初代国王ジョン・リクルドの手により、大陸の北に位置する森を開拓して造られた国である。彼は創造神様によって異世界から召喚された勇者だったそうだ。当時の魔王を倒した後、異世界の知識を駆使して国を統治し発展させた。現在もなお、都市国家として栄えている。また魔物の数が増加し問題となった際に冒険者ギルドを立ち上げ、そのシステムを開発したのも彼であった。現在はリグーダ王国にある冒険者ギルド本部によって冒険者システムが統括されている。ちなみに国名のリグーダとは、『リクルド』が訛って広まったのではないかと考えられている。
そして大洋と北の森に面している自然豊かな国、ヴィヴィニア王国。この国の初代国王はリグーダ王国の初代国王とともに召喚された勇者の1人であった。その名を、ヤマト・リクタという。彼は『サムライ』であり、刀と剣術をはじめとするサムライ文化を構築した。何故『ヴィヴィニア』という国名になったのかは不明である。平和な時代が長く続いたためか、現在サムライの数が減少している。資源を独自の方法で最大限活用しており、観光地として栄えている国である。
それから大陸一の軍事力を誇る小国のホルクラン王国。この国は傭兵団によって建国されたと伝えられている。他の国に比べて歴史も浅く、軍事力に偏った国として他国から危険視されている。だが南の森に棲む魔物たちの数を抑えられているのは彼らの軍事力によるものである。さらに魔族の侵攻に対して中心となって動いているのもホルクラン王国である。リグーダ王国とヴィヴィニア王国を魔物や魔族から守るという安全保障の形で成り立っているのがこの国の特徴である。
この3国は人族中心で成り立っているが、中には獣人だけで構成されている国も存在する。南の森の西側に高く険しい山々が連なっている場所が存在する。その山間に建国されたのが獣王国モンテスクである。歴史上、人族によって迫害されてきた彼らは、人族が立ち入らない場所に獣人のための国を造り上げたのである。
モンテスクから離れた山の頂上付近に建国された国が存在する。創造神ハルト様と主神アルディア様を絶対とする聖皇国ダムサルグである。国教はオリエンス教であり、その他の宗派を受け付けない厳格な宗教国家である。国を治めているのは教皇で、世襲制ではなく実力主義。独立国家で基本的に他国の干渉を受け付けない。
ダムサルグと唯一関わりがあるとされているのが、北の森のさらに北に位置する神聖国家アルディン。だがその実情は秘匿されており謎に包まれている。オリエンス大陸から遠く離れた島に建国されたと言い伝えられており、その正確な場所を知る者はほとんどいない。
そして最後に現在問題視されている魔族領域。約100年前、魔王が再び誕生してから魔族たちは侵略行為を再開した。オリエンス大陸の南の位置する孤島に存在する魔王城を中心に南の森へと領域を拡大している。
うむ、なるほど。オリエンスの家名は大陸名から来ていたのか。というか異世界人、昔から居たんだな。サムライ文化って……絶対日本人だし。それに創造神のハルト様って……日本人の名前っぽいけど、気のせいかな? なんか色んな問題を抱えてそうな世界に来ちゃったな……例えば、魔族領域に侵攻問題。まあこれに関しては勇者たちに任せるのが無難だろうな。管轄外です、多分。そういえば一緒に召喚された彼らはどうなったのだろう。
さて――
「んんー、疲れたあ。ちょっと休憩」
僕はベッドに倒れこんだ。一気に読み進めすぎた。頭がガンガンする。
残りの本は明日にしようかと考えながらパラパラ本をめくっていると、『魔法入門』の目次に目が留まった。
「ん、変装魔法?」
どれどれ。
変装魔法【カラーリング】
――この魔法は髪の色・目の色を染めることができる。
これは今の僕に最も必要な魔法なのでは?
いやしかしまだ魔法が使えない。最初は魔力を感じるところからだ。
よし読もう。
魔力には生物の体内を循環しているもの、自然界に放出されているものの2種類存在する。
魔法を行使する際、基本的には体内の魔力が使われている。
まず体内を廻る魔力を感知する。目を閉じて己の魔力に意識を集中し、魔力の流れを感じ取る。
なるほどこれならできそうだ。僕は集中力が必要だと判断したため、瞑想のときと同じ姿勢をとることにした。目を閉じて深呼吸をしながら魔力を感じ取る。少し時間が掛かったが、なんだか温かいものが流れているのがわかった。これが魔力か。
次に魔法の発動である。
魔法の発動をさせる場所に魔力を収束させて、魔法の完成形のイメージを行う。イメージを確実なものとするために魔法詠唱が存在する。
より具体的なイメージをすることが強力な魔法発動に繋がる。
ほう、イメージか。詠唱はちょっと恥ずかしいし、発動時間が早いに越したことはないよね。イメージだけで発動できるように鍛えよう。
まずは1回試してみるか。簡単そうなものといえば……。
「ライト」
魔力を指先に集中し、懐中電灯のイメージをしたら意外にも簡単にできてしまった。
「すごい。これが魔法か」
こんなにも心が躍ったのはいつぶりだろうか。新しいことに挑戦するって面白い。もっと早くこの楽しさに気付けていたなら何か変わっていたのかな……いや、もう考えても遅い。
なお、その対象である魔法属性を持っていなければ魔法は発動しない。属性とは主に火・水・風・土の基本属性魔法と光・闇の希少属性からなるものである。そしてそれらに付随し派生した氷や雷などの属性も存在する。
あれ……魔法が発動しちゃったけど、属性なんか持っていただろうか。確認してみるか。
「ステータスオープン」
職業スキルに『【光属性】Lv.1』が増えていた。どうやら発動させることでステータスに追加されていくシステムらしい。
となると他の属性もいけるのでは……そうだな、ライターとかイメージするか?
(パチン)
指先に炎が灯った。お、できた。息を吹きかけすぐに消化した。
あとはなんだろう?
『ウォーターボール』……水の塊をイメージしたら球状の水が手の上に出てきた。
『ウィンド』……風の発生をイメージしたらそよ風が吹いた。シルバーの綺麗な髪が風でなびいた。
『ダークネス』……暗闇をイメージした。部屋が真っ暗になった。
なんか結構簡単にできてしまった。順調に行き過ぎてもそれはそれで怖い。
残りは土か。土属性……石とか?
石のイメージをしていたら手のひらが輝き出して、少しずつ石が出てきた。
これ結局、全属性使えるってことだよね。あれ……チート過ぎないか。
まあ、まだどの属性もLv.1だけど。よし、下準備も出来たことだし変装魔法を試してみよう。
変装魔法【カラーリング】は光属性の一種である。魔力の意識を変装部位に集中させて望む色を強く念じることで発動する。
色か。何色が良いだろうか。
目立たない色……そうだな、街に居た人たちは暗めの茶髪が多かったから、茶髪にしよう。おしゃれにアッシュブラウンとかにしてみるか。目はそのままでも大丈夫だろう。
「カラーリング」
ウォーターボールを使って自分の姿を映し出す。
お、良い感じ。これで気にせず出歩けるな。まあだけど、外に出るときは万が一のことを考えて認識阻害のマントだけは羽織っておこう。
(ぐぅ……)
頭を使ったせいかお腹が空いた。そういえばお昼食べてなかったな。
僕は本を片付けて食堂へ向かった。今度はフードをつけずに。
お読み頂きありがとうございます。