第5話 はじめてのお買い物
「ラーナさん、あの子一体何者だい?」
冒険者である客のうちの1人が配膳をしていた彼女を呼び止める。
さっきまで受付にいた少年について気になっていたようだ。
待ってましたと言わんばかりに、周りの客たちも聞き耳を立てる。『さくら亭』にいた者は皆、突如現れた幼子に興味深々であった。
「さあね~。受け答えはしっかりしてるけど……貴族様だとしたら1人はおかしいしね~」
彼女としては訳アリの客人を泊めることは日常茶飯事だったので、そこまで深く考えていなかった。
だが年齢が年齢のため、マルクスに対して心配はしているようであった。
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一方その頃、僕はラーナさんが用意してくれた部屋の前まで来ていた。
扉を開けると、ワンルーム6畳くらいの部屋にシングルベットが置いてあった。作業用の机と椅子もある。申し分なし。
入ってすぐ、僕は迷わずベッドにダイブした。
疲れていたのか年齢のせいなのか、強烈な睡魔に襲われそのまま眠ってしまった。
雲一つない青空が広がる。静まり返った早朝の城下町。
日が昇り始め、窓に日の光が差し込んだ。
「ふあ……」
ああ、寝落ちしていたのか。
僕は念のためマントを羽織ってラーナさんのもとへ行き、顔を洗うための水桶を貰いに行った。
「おはようございます、ラーナさん」
ラーナさんは食堂を開く準備をしていた。
他に人はいない。この店の準備を全部1人でやっているのだろうか。
「おはよう! 随分と早起きだねえ」
子供が起きる時間ではなかったらしく、驚かせてしまったようだ。
僕は準備の邪魔をしないよう早々に水桶を受け取り部屋に戻った。
「ふえっ、これが僕……?」
部屋で一息ついてから水桶を覗き込んだ。
すると綺麗なシルバーのさらさらショートヘアで澄んだ青い瞳をしている少年がいた。
確かにこれは狙われる。女神様、やりすぎです……。
支度を終えて食堂へ向かう。
まあまだ何も買っていないので、昨日と全く同じ格好なのだが。
自分の容姿を認識した今、マントなしでは生きられないと僕は悟った。対策は追々考えることとしよう。
「サンドウィッチとスープを1つずつお願い致します」
起床時間が早すぎて食堂が利用できないかもしれないと心配していたが、さすがはラーナさんだ。すでに準備を済ませていた。
料理の良い匂いによって完璧に目が覚めた。
「は~い。全部で銅貨3枚だよ」
日本円で、300円。え、コンビニより安いのでは……?
あまりの安さに思わず、声に出して驚いてしまった。
「安っ! あっ……すみません」
ラーナさんは一瞬、きょとんとしてから盛大に笑った。
静かな食堂に笑い声が響く。
「あははっ!(笑) いいよいいよ!(笑) 今持ってくるからね。ちょっと待ってな」
なんだか嬉しそうに厨房の方へ向っていった。
その後ろ姿はどこか懐かしく感じる。不思議と安心感を覚えた。
「はい。お待ち!」
パンに葉野菜やら何かの肉やらが挟んであるサンドウィッチ。日本のものと特に変わりはなかった。
スープの方はトマトベースにしているようで、ミネストローネを想起させた。
「ありがとうございます! 頂きます!」
一口頬張った瞬間、全身に衝撃が走った。
少し薄く感じるがスープの暖かさが疲れた体に染みわたり、心を落ち着かせてくれる。
サンドウィッチの方は肉が分厚く満足感があり、今まで食べたことのない味だったが本当に絶品だった。野菜との相性も素晴らしい。
「うまっ!」
ラーナさんはまたきょとんとして、豪快に笑った。
よく笑う人だなあと思いながら食べ進めていると、
「はあ~、お腹痛い。嬉しいよ。ありがとね」
そう言ったラーナさんは、今度は母親のような優しい笑顔で微笑みかけてくれた。
面を食らった。父親と一緒にいた頃の母親が僕に向けてくれていた笑顔と重なったからだ。
一瞬のうちに、かつて感じていた温もりを思い出してしまった。
「っ……」
僕は込み上げてくるものを必死にこらえながらサンドウィッチを頬張った。
母親のような優しさを感じたのは、本当に……本当に久しぶりだった。
自室に戻ってからは、乱れた心を落ち着かせるために瞑想をした。
昔よくやっていた、自分自身の心を落ち着かせる方法。この方法が見つからなかったら一体どうなっていたことか。
気持ちが安定してからは、これからどう生きていくかを考えることにした。
まずは何から手をつけるべきか。しっかり計画を立てなければならない。
異世界といえば冒険者のイメージである。しかしラーナさんに聞いたところによると、どうやらこの世界では10歳からという年齢制限があるようだ。ただ有難いことに、魔物や薬草などの素材買取は年齢問わず対応してくれるらしい。
制限解除まであと5年。だいぶ時間がある。
とりあえず一番優先すべきことは、自力でお金を稼げるようになることだ。お金がなければ生きていくことができない。
5歳の僕を雇ってくれる所などは存在しないだろう。つまり僕には、自力で素材を集めて売る、という稼ぎ方しか残されていない。
素材集めのためには魔物の棲む森に入る必要がある。
すなわち、戦闘を行う前提で行動する必要性があるわけだ。
そこで使えそうなスキルが『狩猟スキル』である。まだレベル1ではあるが、修練していけばなんとかなるだろう。
「よし、修行をしよう! こういうのはスキルを使用した分だけ強くなるんだよね……? とにかく鍛えるしかない!」
僕は立ち上がってガッツポーズをした。気合を入れるために。
「あれでもいつまでに強くなれば良いんだろう? そういえば、肝心な邪神の情報も特に聞いてないな……邪神の復活時期は? 封印場所は? ダメだ。情報が無さすぎる。まずは情報集めからだな。最初は本屋に行ってみよう!」
僕はこのとき気づいていなかったが、どうやら全部声に出ていたらしい。
隣の部屋にいた冒険者の人を起こしてしまったことを、後になってから聞かされた。
冒険者さん、ごめんなさい……。
ラーナさんに本屋の場所を聞いてお店へ向かった。
想像していたよりもずっと書籍の種類も数も多かった。
さて、何を買うべきか。まずは店内を散策してみるか。
結局、『冒険者の心得』『魔法入門』『オリエンスの歴史』『女神と教会の歴史』の4冊にした。
値段がわからなかったので、とりあえず最低限必要そうなものを選んだ。
「これをお願い致します」
本をカウンター上においた。
5歳の身長では商品を置くことすら難しい。
「はいよ。ん? お客さんどこだい?」
眼鏡をしている薄毛の店主が辺りを見渡す。
どうやらこちらに気づいていないらしい。
「ここです……」
精一杯の背伸びと両手を高く挙げて、僕の居場所をアピールした。
店主は驚きと疑いから僕を軽蔑するような視線を向けてきた。
「ふんっ、冷やかしなら帰れ! 餓鬼が買えるようなもんじゃない!」
まあ当然の反応だよな。紙って高級品なんだよね。
仕方なく巾着から金貨3枚、カウンター上に置いてみた。
「おいくらですか? お金の用意はあります」
金貨を見た店主は少し対応が柔らかくなった。
だが、届かなくて手が震えている様子を見て、金貨を出し渋っていると勘違いしたらしく、嫌味ったらしく合計金額を言い放った。
「全部で金貨10枚だ。諦めて帰りな」
金貨10枚か……。
少し痛い気もするが、生きるためだ。仕方ない、全部買おう。
巾着から追加で金貨7枚を取り出して、カウンターに置いた。
「はい。金貨10枚です。ありがとうございました」
店主は心底驚いたのか目を見開いて僕のことを見ていた。
だが僕は店主の顔を見ることなく店を去った。
なんか呼び止める声が薄っすら聞こえたような気がしたが、気にせず店を出た。
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